第八章
社からの帰り道、薄暗い道を歩いていると、ヴィアは変わった気配を感じ取った。社から離れると、辺りの気配が変わる。
異様な気配が漂ってくるのを感じる肌で感じる。あまり感じたことのない奇妙な気配だ。
「……。」
「何でしょう……。この気配……。」
リユネも何事かと探知機能を張り巡らせる。しかし、何も反応はない。
魔力を使い、そのまま気配の出所へと進むヴィア。
「主、お守りが……」
リユネがお守りの反応を感じ取る。何かしらの警告を発するように赤く光っている。
「……もう少し見ていくぞ」
「で、ですが……」
引き下がろうとするリユネだが、ヴィアは、先へ進むことを止めなかった。
危機感を覚えるリユネ。しかし、それを口に出す事は出来ない。
主には、まるで危機感や恐怖が無いように思えてなから無かった――。
だけど、そんなことを聞いたら……。
「………。」
口に出せないリユネ。そんな事を聞いたら、何かが壊れてしまいそうで……口には出せない。壊してはいけない何かが――。
それがとれだけ曖昧で、繊細なものか分からないから……。目に見えない、手に掴めない……。
でも確かに存在している……。
「………。」
そのまま構わずヴィアは歩を進める。何か異様な反応がこの先にある。それをまずは確かめなくてはならない。
もし危険な存在なら、スコーリアーとして対処をする必要がある。もしくは、何らかの警告を……。
「あれは……」
違和感の正体は、すぐに目の前に現れた。
軋むような機械音を出して、歩いてくる巨体の存在。
薄暗い景色の中に現れたのは――鬼神像だった。
角があり、鬼のような形相をして、手には大きな刃を構えている。分厚い装甲に、鋼で作られた手足が見えている。
護神像の一つで、鬼神像は外敵に対して排除を行う戦闘用の機械だった。
主に社や瘴気の濃くなる場所に配置される、外敵から守り手となる機械。
「まさか……」
「主……!」
鬼神像がこちらを睨む。すると刃を構えて直進してくる
大きな巨体が歩く度に、その振動がこちらにも伝わってくるようだ。
ゆっくりと……ゆっくりと……その鬼神像は近付いてきた。
先程の社に配備されていた物なのか、それとも別の場所から来たものなのか……。
その鬼神像の存在は大きく、並の人間の倍はあろうかという巨大だった。
「外敵と認識されているのか――!!」
ヴィアがそう判断したと同時、その場を飛び退く。
直後、鬼神像の刃が振り下ろされた。
「……ッ!」
鬼神像を確認するヴィア。先程まで立っていた地面が割れている。
「リユネ!」
「はい!」
獅子に変化をしたリユネが、すぐさまヴィアを拾い上げて背中に乗せる。
「鬼神像……まともに戦うのは自殺行為だ」
「はい……。ここはひとまず撤退しましょう……」
しかし、退こうとすると違和感に気付くヴィア。辺りの方向感覚が狂っている。どちらから来たのか分からなくなっている。
「なんだ、これは……」
「わ、分かりません……! でも主、これは……!」
方向感覚が狂っているのか、それとも別の亜空間にでも閉じこめられたのか……。リユネのセンサーでも方向が分からない。
だが、鬼神像が何かしらの作用を働かせたのは間違い無い。
人を迷わせる何かを――。
「この……瘴気は……」
違和感に気付くヴィア。辺りには先ほどから強い瘴気が漂っている。
まさか、この鬼神像は――瘴気に当てられているのか……?
侵入者を容赦なく葬る鬼神像が……。
「リユネ、お前は鬼神像のプログラムに介入してみろ。俺が奴を引きつける」
「ですが……!」
リユネが止めようとするが、ヴィアは強行した。
「他に方法が無い。とにかく試すんだ」
「……は、はい……」
リユネはそう答えるしかない。他に方法は思い浮かばない。逃げようにも、どちらに逃げればいいのか分からない。
「これは、おそらく神隠し現象だな……」
「神隠し……?」
よく分からないリユネだが、ヴィアには聞き覚えがあった。噂には聞いたことがあるが、人が消失する現象の事だ。
どこへ消えたのかは知られていない。異世界や別の時間軸など、噂は様々だが……。
存在自体が消失したり、神にか成し得えない天罰――祟りなどとも呼ばれる現象だ。
以前に怨念と戦ったときにも、似たような事があった――。
「っ――!」
ヴィアが魔力の矢を放つ。鬼神像に接近戦での戦闘は逆効果だ。
あの鎧を砕くのは至難の業だ……。
「………!」
普通の鬼神像や護神像ならば、認証コードを入力すれば、外敵と認識されなくなるはずだが……。
――リユネ……!
ヴィアは戦闘を継続しつつも、リユネの様子を見る。鬼神像のプログラムに介入を試みるも、こちらを外敵で無いと認識するには至らないようだった。
古いプログラムでバグを引き起こしているのか……。
「ッ……!」
間一髪の所で刃を避けるヴィア。ワイヤーを駆使して移動をする。
リユネの動けない間は、この場を持たせる必要がある。
『――――。』
動きを止める鬼神像。纏っている魔力が変わる。
――これは……。
鬼神像が放つ魔力に、瘴気が混じっているのを感じ取るヴィア。
すると、鬼神像の動きが変わる。
「ッ――!」
素早く回避するヴィア。
鬼火と呼ばれる青白い炎が吐き出される。
鬼神像が使用する、特種な炎だ――。
「う、くっ……!」
その威力に戦慄するヴィア。全てを燃やす地獄の業火と呼ばれているのだ。
その炎に飲まれれば、生身の人間が生きて帰ることは不可能だ。
「防壁展開……!」
ヴィアが防護魔術式を発動させる。守りの術式を施した防壁が眼前に展開された。
「ッ!」
次に弓を放つヴィア。少しでも時間を稼ぐ必要がある。
しかし――
「駄目です、主! プログラムが認識しません……!」
「ッ――!」
その言葉に表情が苦しくなるヴィア。これはまずい状態になった。
鬼神像を倒さなければ、この場を逃れることは出来ない事が分かってしまった。
ヴィアは獅子に変化したリユネに再び乗る。
「どう対処したものか……」
「うう……」
鬼神像は機械だ。無理矢理破壊することも不可能ではない。
エラーを起こしている機械なら、古びている可能性がある。
だが……古代人の遺産は、そう易々と破壊出来るような代物でないことも確かなのだ。
「くっ……!」
リユネは、今も鬼神像のプログラムに介入している。だが、深刻なエラーが起きているのか、こちらの呼びかけには応じない。
エラーを起こしたまま侵入者を抹殺する使命を果たそうとしている……。
「ッ――!」
鬼神像の刃が襲い来る。リユネに乗っていても、素早い攻撃が襲い来る。
ヴィアが反撃に矢を放ってみるも、鎧に弾かれてしまうだけだった。
「くっ……」
策を考えるヴィア。しかし、何もこの状況を打開できる策は思い浮かばない。
――何か……策は無いか……。
悩むヴィア。このままでは逃げきれなくなる。
この状況を打開できるような策は……。
「何だ……?」
すると、懐にしまってあるお守りに光が宿っている事に気付く。
「主、何らかの信号をキャッチしています!」
リユネの探知機能が働いている。すると、どこからか反応が現れる。
歩く機械音が、森の中からもう一つ響いてくる――。
「鬼神像……!」
驚くヴィア。森から現れたのはもう一体の鬼神像だった。
すぐさまリユネに確認を取る。
「リユネ、反応は?!」
「正常です……! あの鬼神像は……!」
希望を見いだすヴィア。すぐさま認証コードを入力する。
「よし……!」
認証コードを入力すると、鬼神像がこちらを味方だと認識した。同時に敵対勢力であるもう一体の鬼神像と対峙する。
「……!」
リユネを介して、鬼神像を操作するヴィア。
「や、やりました……!」
リユネが安堵する。鬼神像がこちらの味方になるのなら、活路を見い出す事が出来る。
「ッ――!!」
激しい衝突が起こった。鬼神像同士の刃と刃がぶつかり合う。
鋭く鈍い金属音に、辺りが強震する。
どんな金属で出来ているかも分からない、未知の機械だ。
「リユネ、距離を取るぞ」
「はい」
鬼神像同士の激しい戦闘では、間近にいては巻き込まれる可能性があった。
遠距離から弓矢で援護をするヴィア。数では、少なからず部がある。
圧倒的な力で鬼神像同士の戦いが繰り広げられる。
『ギ……ゴ……』
鈍い機械音を上げる敵の鬼神像。こちらの鬼神像に押される形で、敵の鬼神像が後退する。
――押している……。
少しずつではある。しかし、確実に敵を押している。
手数が多い分、こちらに部がある。攻撃の手を休めないヴィア。鬼神像を操作しつつ、弓で援護を行う。
そして、少しずつ敵の鬼神像を押していく。
「っ!」
「や、やった……!」
こちらの鬼神像の攻撃が、敵の鬼神像を捉えた。刃の一筋が敵を斬りつける。
その鎧は堅い。しかし、少しでも確実にダメージを蓄積させている。
『グッーーッァァァー!』
その発せられた奇妙な音に、違和感を覚えるヴィア。リユネにも不気味な悪寒が背筋に走る。
鬼神像が声にならない叫びを上げている。
「……っ!!」
それでもヴィアは攻撃の手を休めず畳みかけた。怖じ気づいている暇は無い。
だが――敵の鬼神像の動きが変わる。動きが荒々しくなり、まるで獣のように走り出す。
機械とは思えない野性的な動きだ――。
警戒するヴィアとリユネ。敵の鬼神像が刃を振り回す。
「くっ……!」
刃を縦横無尽に振り回し、襲ってくる。
しかし、こちらの鬼神像もそれに対処している。鬼神像を操作し、リユネがそれに合わせるようにサポートする。
「ッ――!」
敵の鬼神像が荒々しく押してくる。今までとは違う動きで、こちらを襲い、攻撃して来る――。
「あ、う……!」
「リユネ!」
青白い鬼火がリユネを僅かに掠める。
危うく焼かれそうになるリユネ。鬼神像同士の激突は荒々しいものだ。割り込もうならこちらまで巻き込まれかねない。
敵の鬼神像は、どこに当たるかなどお構いなしに鬼火を振り撒いている。
まるで獣のように――。
「くっ……!」
対応に追われるヴィア。一気に状況が切迫する。
リユネと共にサポートする事が難しくなる。
そこへ――。
「主っ! 危険です!」
リユネの声が響く。敵の鬼神像がこちらに向かって突進してきていた。
猛スピードで向かってくる鬼神像。
「っ!」
剣を構えるヴィア。体制を立て直すが、このままでは間合いを離せないと分かった。
直撃は免れない――。
「……!」
しかし――そこへ、味方の鬼神像が割って入る。
一瞬であの場所から跳躍し、ヴィアと敵の間に割って入った。
「鬼神像が……!」
リユネが叫ぶ。敵の刃を受け止めきれず――味方の鬼神像の鎧が、砕かれるようにして貫かれていた。
しかし、味方の鬼神像は最後の力を振り絞るように動き――。
「……!」
ヴィアの目の前で――同時に2体の鬼神像が倒れた。
味方の鬼神像は、最後の力を振り絞り、同じように敵の鎧を同じように刃で打ち砕いていた。
ヴィアはそのように命令した覚えも、操作をした覚えもなかった。
この機械が、単独で判断したのだ――。
「………。」
しばらく呆然とするヴィア。何が起こったのかを把握できず、呆気にとられる。
静かに停止する2体の鬼神像を見つめながら、この状況を再確認する。
「助けた……のでしょうか? この鬼神像が……」
「分からん……。だが、この鬼神像のお陰で助かったことは確かだ……」
不思議に思うヴィアとリユネ。機械が自らこのように身を挺するようにプログラムされていたのだろうか……。
「それに、このお守りは……」
リユネが不思議に思う。このお守りが光り出してから、あの鬼神像がやってきたのだ。
「何にせよ、あの猫にも助けられたか……」
ヴィアが手の中のお守りを見る。不思議な力が働いていることは間違いない。
どんな術式プログラムが掛かっているのかは分からないが……。
「え……?」
その時、リユネが違和感を覚える
瘴気が濃くなり、辺りがザワザワと騒ぐ用な感覚に襲われた。
そして、ふと背後を振り返る――。
信じられない光景が目に映る。
「あ、主……! まだ、鬼神像が……!!」
リユネが指さすと、そこには敵の鬼神像が再び立ち上がっていた。
ボロボロになったまま、深々と刃を刺された状態で……。
どうやって動いているのか、分からない状態だというのに……。
まるで怨念のように動いている――。
『………』
無造作に睨み付ける壊れた鬼神像。ヴィアには、確かな鬼の形相に思えていた。
リユネの援護と共に、敵の鬼神像に攻撃を仕掛けるヴィア。しかし、魔力の矢では通じない。逃げようにも、瘴気の中で方向が分からなくなっている……。
「ぐっ………!」
「主っ!!」
吹き飛ばされるヴィア。鬼神像の刃を避けるが、鋼鉄の拳撃がヴィアを弾き飛ばした。
「………!」
どうにか力を入れて立ち上がるヴィア。まともに受けたら、骨が折れる程度では済まない……。
リユネがすぐさま魔術の炎で援護をするが、鬼神像の鎧には通じない。
「どうすれば……! 私は……!」
焦るリユネ。この状況を打破できる案は思い浮かばなかった。
味方の鬼神像は機能を停止している。他に太刀打ち出来るような余力は無い。
――痛い……。痛い……。
「あ……う……!」
突然、リユネが頭を抑えて呻く。その声はまるで人の悲鳴のようにリユネの頭に響き渡った。
「あっ――」
直後、リユネに対して鬼神像の炎が襲い掛かる。魂をも焼き尽くす業火がリユネを焼いた。
「……リ、ユネ!」
ヴィアが声にならない叫びを上げる。動けないリユネが、かなりの深手を負った。
普通の式神であれば修復が出来る。だがリユネは違う……。
――酷い……。酷い……。助けて……。
「あ、うう……!」
声にならない悲鳴をリユネが上げる。頭の中に誰かが話しかけている。頭の中で誰かの悲鳴が鳴り響く。
助けてくれと誰かが叫ぶ。声にならない声。魂の悲鳴――。
「リユネ……! 闇に捕らわれるな……!」
ヴィアが叫ぶが、リユネは頭を抑えたまま苦悶の表情をしたままだ。
「あ……!」
そこへ、鬼神像の鬼火が襲い掛かった。全てを焼き付くす業火は、リユネをも飲み込むように焼いた。
深い傷を負い、リユネは動けなくなってしまう。
神使変化も行うことが出来ず、ただ霊体のまま見守るしかない。
「主………逃げ……て……」
警告信号を出すも、辺りに人はいない。リユネが呼び掛けるも、ヴィアは逃れる事が出来ない。
「ぐっ!!」
ヴィアが、さらに鬼神像からの攻撃を受けている。苦しそうに表情を歪める。
その表情を見た途端、リユネの胸に”何か”が湧き出てくる。
「あ、るじ…… 」
リユネが手を伸ばす。しかし、自分は側にいる人の手を握る事すら出来ない。
幻である自分は……嘘である自分の存在には……。
苦しんでいる。主が……。今にも死に絶えいそうな人が、目の前に居るのに……。
私は何も痛くない……私は何も感じない……。
なのに、自分は助けられない。私は人ではないのだから……。
人とは違う。人とはかけ離れている。
どうしてこんなに違うのだろう。どうしてこんなに悲しいのだろう……。
人を助けられないという事が……。大切な存在を支える事の出来ない自分が……。
「だめ……だめ……」
苦しい……。苦しい……。
どうしてこんなに、苦しいのだろう……。
「苦しい……」
私はどうして――機械なのだろう。
『だめええええええッッ!!!』
光と衝撃が辺りを覆う。
「っ……!」
強い衝撃が放たれた。それは光と共に瞬く間に辺りを覆い尽くした。
「う……く……!」
余りの衝撃に目を覆うヴィア。同時に強い光が辺りを包み込む。
そして――静けさだけがそこに取り残された。
「……?」
何も起こらない――。
身構えたままヴィアは違和感に気付く。死を覚悟していたが、その時がやって来ない。
辺りには先程とは違った、静けさだけが残っている。何が起こったの分からず、ヴィアは呆然となる。
さきほどの光と衝撃は何だったのか。
よく辺りを確認してみるヴィア。すると信じ難い光景がそこにあった。
あれほど暴れていた鬼神像の動きが止まっている。
エラーを起こし、完全なる機能停止を示していた。
「リユネ……?」
「あ……う……」
ヴィアが呼び掛ける。そこには、リユネが泣いたまま倒れ込んでいた。
足を引きずり、ゆっくりと駆け寄るヴィア。
「………。」
リユネを抱える。かなりの深手を負っている。完全に破壊されてはいないが、魔力は無く機能を強制的に休止させている。
何が起こったのか……。
まさか、神が助けてくれたとでも言うのか……。
「………。」
だが、先ほどの悲鳴と光は確かにリユネの物だった
ヴィアは何も分からないまま、リユネを見ていた。
何かを起こした。リユネが……。
人には成し得ない、何かを……。魔術や力を超越した何かを――。
「リユネ……。お前は一体……」
ヴィアは不思議に思いながら、目を閉じている長年連れ添ったはずの機械を見下ろしていた。