第七章
「……。」
リユネと共に社の中を散策するヴィア。
側にある林から、笹の木などの魔力の通りが良くなるとされる物を集めてきていた。
壊されたシステムなどもにも一通り目を通してみるが、まるで修復できず、ほんの少しの作業しかできなかった。
「リユネ、大丈夫か?」
「はい……。大丈夫です」
「……。」
どこか落ち着かない様子のリユネを見るヴィア。過去の記憶が蘇っているのだろう。あいつが式神となる前の記憶を……。
「過去の記憶をあまり気にするな。お前は機械だったんだ。それはデータでしかない」
「は、はい……」
頷いてみせるリユネだが、その様子はあまり良いとはいえない。
こいつは、繊細でそれを抱え込む癖がある。
「リユネ、次の解析を頼めるか?」
「お任せください。機械である私の出番です」
張り切って解析を始めるリユネ。
同じ古代人の遺産であるプログラムの読み取りや解析機能が無ければ、この社の事はまるで分からない。
「………。」
考えるヴィア。どうすれば良いのか。どうすれば正しいのか……。
――心は目に見えないから、手に取れないから……。
だからこそ、大切な事を見誤ってはいけない。
――ミューリア……。
相手の心を理解しようなどと……今の自分には無理があるか……。
「………。」
ヴィアは社の復旧作業を進める。
物理的に破壊され、データが壊れた部分は修復できないが、残っているデータから気休め程度の修復が出来るように思えていた。
「………。」
リユネのデータを頼りに、ヴィアは作業を進めていく。しかし、やはり埒が明かないと判断するのにそう時間は掛からなかった。
古代人の残した遺産は、あまりにも複雑すぎる――。
「………。」
するとヴィアは、他に作業へと当たる事にする。
「何をしておるのじゃ?」
「祭木などを使って、魔力の通りをよくしてみようと思ってな……」
社には必ずある木々など、神木と呼ばれている物もある。魔力の通りを良くするなら、こうした事が用いられる。
「ご苦労なことじゃな。実体を持つ人間ならではの作業じゃのう。招き猫のわしには分からぬ」
「そうか……。」
欠伸をして暇そうに見つめている猫を傍目に、ヴィアは作業を進めた。
「一応、掃除もしておくか……」
「あうう……猫の手も借りたいとはこの事ですね……昔の人は確かな言葉を残しました……」
リユネが作業を手伝いながらも小さく納得するのだった。
一応、リユネに魔力を与えると実体化をする事は出来る。大掛かりな作業で無い故に微量な魔力の消費で済むが、本来なら有事に備えて避けたい所だった。
そして、休憩を挟みつつ作業を終えると、ヴィアは社の中にある鳴らし鈴の下に立った。これが最後の手順になる。
「ここで神に祈るというのも変な話だが……」
本来、社は神を祭る場所とされていたのだ。
しかし、機械的プログラムの占める場所で神頼みというのも……。
何やら、藁にも縋る思いとはこの事か……。
だが、古代人がこの社を神に見立てて作ったのは間違いないのだ――。
「………。」
リユネと一緒に鈴を鳴らしてみる。
手を合わせて拝むリユネ。ヴィアは魔力の通りが良くなったかどうかを感じようとするが、あまり変わっていないように思えていた。
「あまり変わったようには思えないな……」
「はうう……残念です……」
祈りが通じなかったのか、それとも只単に復旧が不可能だっただけなのか……。
「ならば、賽銭を入れてみてはどうじゃ?」
背後からそんな声が響く。面白おかしく様子を見ていた猫がそんな言葉を口にした。
「もしかしたら、何かが変わるやも知れぬぞ」
「どう言うことだ? 賽銭に何か特種な機能でもあるのか?」
そう尋ねるヴィア。
「ううーむ、わしは大昔、招き猫で小判を片手に持っていたような気がするのじゃがのう……。どうにもあの感触が恋しいのじゃ」
「がめつい猫だな……」そんな理由を聞き、社の守主に堂々と文句を述べるヴィア。
「何を言うか! 招き猫にとっては、あの小判がマタタビのような物なのじゃ! 実体は無いとは言え、猫使いが荒いぞ人間!」
「猫に使い方があったのか……」そう突っ込むヴィアだが、先程の森での探索を思い出す。
「マタタビ……。それならさっき林で見つけたが……」
狩った草木の束を探し、その中からマタタビを見つけ出すヴィア。それをユラユラと揺らし招き猫に近づけてみるも、反応はしない。
「ふん、そんな物ではこの社の守主たるわしの機嫌は直せん。」
「ふむ……。」
すると、懐から一枚の金貨を持ち出すヴィア。
「ぬ!?」
途端に招き猫の表情が変わる。確かに反応を示すようだ。
「………。」
ヴィアが、それをちらつかせると、招き猫はそれに飛びつくように手を伸ばした。
「にゅおお!! それにゃ! それを納めるのにゃ!」
「………。」
金貨を渡さないまま、踊り狂う招き猫を注意深く観察するヴィア。先ほどと少し口調が変わっている。金貨にマタタビ効果があるというのは本当かも知れない……。
そのまましばらく観察すると、ヴィアは招き猫とのやり取りを終えた。
「まあ、それはそうとして、作業を終えた後の魔力の通りはどうなっているか分からないか?」
ヴィアがそう尋ねると、招き猫は口惜しそうに喉を鳴らして答える。
「まあ、ある程度は生きているじゃろうのう……。だが、社の中枢が機能していなければ意味は無い」
そう答える招き猫。不機嫌そうに話を続ける。魔力の通りが良くても、社の機能が失われていては意味が無いということだ。
「わしは、もうこんなオンボロ社とはおさらばしたいのじゃ。この有様のせいで人も寄りつかぬ。さらに魔力の流れも不安定じゃ。住みにくいったらありゃせぬわ」
小判を取られ不機嫌な顔をしながら、猫は不満を述べ続ける。
「まったく。人間は勝手に社を建てては放っておくからのう。わしもここから離れられぬし、やれやれじゃ」
「………。」
考えるヴィア。まあ、招き猫からすれば、ここにいきなり閉じ込められたような物か……。
「あなたは、ここに縛られているのですか……?」
その言葉に、リユネが反応する。
「む? それはお主の式神か?」
そう呟くと、招き猫はジロジロとリユネを観察する。まるで物珍しい異形の物を見るように――。
「何故に式神が悲しんでおる?」
「まあ……それには色々と事情があってな……」
曖昧に答えるヴィアだが、招き猫の興味深そうな目つきは変わらなかった。
「ははーん……。人間よ……。お主もかなり罪深いことをしておるのう……?」
「……!」
その言葉に、リユネとヴィアは表情が変わる。何をしたのかを見抜かれたのか――?
「そんな事をしては、どんな神罰が下るかも分からぬぞ? お主は神が恐ろしくないのか……?」
「……罰ならもう受けている。」
そう短く答えるヴィア。
それは――この身に刻まれている。
「そうか……。お主、色々と訳ありのようじゃのう……」
ふうむ、と招き猫は興味深そうにヴィアを見ていた。
すると、猫は「ふん」と鼻を鳴らしてほくそ笑むような表情を浮かべた。
「やはり真に恐ろしいのは生きた人間よな……? まこと業深き者達よ……。」
皮肉るような笑みを浮かべて言う招き猫。
「返す言葉は……無いな……」
ヴィアは短くそう返す。本当に怖いものは、どこに隠されているか分からない。
闇に満ちたこの世界では――。
古代人が滅んだ理由も……。
「………。」
そして、ヴィアは退屈そうに毛繕いをして過ごす招き猫に目を向ける。
「そちらも、かなり変わった人格プログラムだな……」猫を眺めながら感想を述べるヴィア。
先程から見るに、本当にユニークな猫だ……。
「まあ、昔はこんな風じゃなかったのじゃがのう……? 長らく生きている内に、九十九神として扱われるようになったのじゃ」
「九十九神……?」
その言葉に驚くヴィア。九十九神とは、物に魂が宿るという現象だ。
八百万の神とも言われていて、長年使われた道具など、どんな物にも魂が宿るとされている。
古代人の遺産は、魂を宿らせる事すら可能なのだ。
「……。」
生きた魂が進化する現象。
どこまで人知を越えているのか……。
「………。」
招き猫の言葉に、リユネも驚いているようだった。自分と同じ古代人の遺産……。未だに解明が不可能な知識の産物……。
魔法と変わりなく、現代に神が残した遺産とも扱われている……。
霊体がこの世に存在しているのも、奇跡そのものだ……。
「なんじゃ? もう行くのか?」
「ああ、時間がないのでな……。失礼する」
招き猫に、一応の礼を述べるヴィア。
「もう少しゆっくりしていけば良い物を。久しぶりの客人で、丁度良い退屈しのぎになったわ」
背伸びをしながら猫が答える。久しぶりの遊びに満足をしたような表情だった。
そして、これからまた退屈な時間が来ることを憂いているようだった。
「……。」
そして、ヴィアは最後にと、お賽銭を一枚、社の賽銭箱に納めた。
「ほう。お賽銭か……ならば……」
招き猫が腰を上げる。するとどこからか妙な物を取り出した。
「持って行くがよい。お守りじゃ」
そう言って、猫がお守りを差し出した。
この社の文字と印が書かれており、その中に札も入っている。
「お守り……? どんな効果があるんだ?」
「さあのう。まあ、持っていて損はあるまいよ。御神仏の授かり物なのじゃ。きちんとありがたく受け取れい」
「………。」
ヴィアは何の説明も受けないまま、胸を張って威厳を見せる招き猫から、お守りを貰う。
そしてそれを懐にしまうと、社を後にした。
招き猫は鳥井の上に戻ると、また体を丸めて眠そうに欠伸をしているのだった。
その場を後にするヴィア。リユネと共に帰り道を歩く。
「な、何だかすごく不思議な場所でしたね……」
「ああ……。古代人の遺産は計れない事ばかりだな……」
本当に人が作ったのかと疑いたくなる。驚きと言うべきか、未知の経験に満ちている。
――この世は、驚くべき事が沢山隠されているわ……。
ふと、ミューリアの言葉が脳裏に浮かんだ。