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Reliveir  作者: そうのく
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第五章



「こうして過ごす時間は、とても大切なの」

 ミューリアはそう言った。

 草原の中、隣に座り、ヴィアとミューリアはいつもと同じように時を過ごす。

「大事な時間……私にとって、とても……」

 何かを思い詰めながら話すミューリアを、ヴィアは不思議に思った。まるで遠くを見つめるように話していて――。

「でも、楽しいのに……どうしてだろう……」

 胸に手を当て、ミューリアは自身に問い掛ける。

 疑問の種が心に残る。どうしてなのかを問い続ける――。

「なんだか、寂しくなるの」

 寂しくなる……。こうして楽しい時間が続けば続くほど……。

 同じように悲しくなる――。

「心って不思議ね」

 そうして寂しそうに笑うミューリアに、ヴィアはどうしていいか分からなかった。

 どうして、こんなに寂しそうなんだろう。

 楽しいと言うのに、寂しいのは何故なのだろう……。

 心とは何なのだろう……。

 ヴィアが同じように表情を俯かせると、またミューリアは微笑んだ。

「大丈夫。私は、ヴィアが居れば怖くないから……」

 安心させるようにミューリアは微笑み掛ける。

 どんな事だって、怖くない。自分にどれだけ恐ろしい未来が待っていても……。

 ヴィアが側に居てくれるのなら……。




 初めてミューリアの苦しむ姿を目にした。その姿を目にした時、ヴィアは何が起こったのか分からないままだった。

「う、うう………!」

「ミューリア! どうしたの!?」

「お願い、側にいて……ヴィア……」

 何もすることが出来ないまま、ただヴィアは願われるまま側にいた。彼女の震える姿を、ただ見守るしかなかった――。

 必死に手を握り呼び掛けるも、苦しむ様子は変わらなかった。

「待ってて! 今、皆を呼んでくるから……!」

「私は……ヴィアが側にいてくれるなら、大丈夫……。」

 必死に胸を押さえ込むミューリア。自分の心を……。

 知りたくなかった。自分の未来など……。

 ヴィアと共に楽しい時間だけを過ごしたかった。悲しみと共に時間を過ごしたくは無かった……。

 見えないからこそ、先が分からないからこそ感じられる事もあるのに……。

「うう……!」

 だがミューリア自身は、この苦しみから逃れる事は出来ないと、心のどこかで理解していた。

 しかし、それでも――ミューリアの中には確かな支えがあった。ヴィアという確かな支えが……。

 ――私は、ヴィアが側に居てくれるなら、きっと怖くない……。

「………。」

 ヴィアに殺されるなら、きっと怖くない……。

 


 ミューリアの様子は、ますます酷くなった。日を追う毎に苦しみは酷くなる。しかし、ヴィアにはどうすることも出来なかった。

「僕が必ず守ってみせるから……!!」

 そんなミューリアに、ヴィアは勇気付けるように根拠の無い言葉を投げかけるしかなかった。弱いままの自分は……。

 ただ、そう励まし続けるしかなかった。無力感に苛まれながらも、そう言い続ける事しか出来なかった。

「必ず魔装兵士になって、ミューリアを守るから……!」

 ヴィアはただ励ますように言い続ける。どうすることも出来ないのに、魔装兵士すらなれていない自分に、何が出来るというのか……。

 ただ、根拠のない言葉でも、それがミューリアを安心させる唯一の方法だった。

 その言葉を聞くと、ミューリアは安心したように微笑んでくれた。

 そんな言葉でしか、ミューリアを支えられなかった。

 そして、最後は――もはや見ていられる状態ではなかった。

 あの穏やかな笑みを浮かべていたミューリアは、化け物へと成り果てた。

 あれが現実の光景とは、とても思えなかった。

 だが――。

 ――大切なことを見失わないで。

「……。」

 ミューリアの言葉だけが脳裏に浮かんだ。

 だから、僕は剣を握りしめた――。

 





「主……寒いですか?」

 昔を思い出していると、リユネが心配そうに問い掛けてくる。

 ヴィアは怨念との戦闘を終え、休憩を挟んでいた。辺りがかなり冷え込んでおり、休憩するにはとても厳しい温度だった。

 しかし、一度報告に戻る前に負傷した体を休める必要があった。

「お前も魔力を使っただろう。俺のことは気にせずゆっくり休め」

「ですが……」

 魔力を使い、あれだけの戦闘をしたというのに、リユネはこちらの心配をしてばかりだった。

「私は平気です。機械ですから……。」

 思い詰めたような表情のリユネ。どこか遠い目をしながら呟く。

「でも……傷つくのは、いつも主ばかり……」

 リユネは疑問だった。機械の自分は傷付かない。自分ばかりが安全で、傷付くのは主ばかりだ――。

「まったく……心配のし過ぎだと言ったろ。お前は……。」

 呆れるような表情を向けるヴィア。

 機械らしくない言葉だった。余計な気を回して、自分に枷を作り――。

「あまりの心配症は、放っておくと一種の病気になるぞ。病は気からとも言う」

 病は気から。昔から言い伝わる言葉だ。

 軽口を言って諭そうとするが、リユネは暗い表情のままだった。 

「すみません……。でも私は主ばかりが傷付き、私は傷付かないのは……なんだか不公平な気がして……」

 不思議に思い、自分の手を見つめるリユネ。自分は傷付かない。血も流さない。

 透き通った自分の体だけが映し出されている。

「すみません、私は人じゃないから体温がなくて……」

 そっとヴィアの手を握るリユネ。

 しかし、その手に実体は無く、ヴィアには実感は感じられなかった。

「いや、暖かい。少しでも寒さが紛れる気がする」

 そう返事をするヴィア。辺りは凍てつく寒さだが、気分だけでも暖かくなる。

「私も……ちょっと寒いです……」

「そうか……」

 不思議に思うヴィア。自分の体温の検知や、ある程度の感覚ならデータで共有している。それがリユネに伝わったのかもしれない。

 機械の式神である存在が寒がるなんて、妙な話だが……。

「主が寒そうにしているのを見ると、私も寒いです……」

「……。」

 その言葉に呆れるヴィア。機械らしくない言葉だ……。全くこいつは……。

 昔から治らないな……この性分は……。

 機械だからか、どうやって治療すればいいのか方法も分からない。臆病で、心配性なのは――。

 いや、人でも分からないかもしれない……。心というものは……。

「助けたいのに、私には人の暖かみが無い……」

 自身の映し出された手を見るリユネ。

「悲しいです。私は……」

 リユネは、悲しみのままじっと自分を見つめる事しかできなかった。

 実体の無い手。現実味の無い感触。

「吐く息も、手の温もりも、何もかもが主と違う……。」

 こんなにも違う……なのに、どうして姿形は似ているのだろう……。

 同じ姿形をしているのに――。

「些細な心配はするな。お前の悪い癖だな」

「そんな、でも……また、私の失敗で主を危険な目にあわせてしまいました……」

「あれはお前の所為じゃない。お前はよくやってくれていた」

 そうヴィアが言うが、リユネは落ち込んだ様子のままだ。先程の戦闘をまだ気にしている。

「でも、私は機械なのに……失敗するなんて……」

「以前にも言っただろう。機械じゃないから失敗もする。それは人として当たり前のことなんだ。お前はそれを苦にする必要はない。だから共に成長できるんだ。人というのは……。」

 ミューリアの言っていた言葉を思い出すヴィア。

「失敗するから人なんだ……。失敗するから生きているんだ……」

 その言葉を聞いて、リユネは表情を和らげた。

「ありがとうございます、主……。とても良い言葉ですね」

 感動する様子を見せるリユネだが、ヴィアは首を振って否定した。

「……これは俺の言葉じゃない。ミューリアがよくそうして励ましてくれた。それを記憶しているだけだ。今の俺は人の励まし方を覚えていない」

「そんな、主……」

 また悲しげな表情に戻ってしまうリユネ。

 ヴィアはどうしたものかと悩む。頭を上げたと思ったら、また悲しげな表情に戻ってしまった。

「でも私は……とても嬉しいです。それはこうして励ましてくれた主のお陰でもあります」

「……逆に俺が励まされたか」

 肩の力が抜けたように息を吐くヴィア。

 すると、リユネは気になって次の質問を投げかける。

「でも主も……昔は失敗していたんですか?」 

「ん……? ああ、そうだな……。確か魔術訓練で失敗をすれば泣いていた気がする。それをミューリアに悟られるのが嫌で、ずっとどこかに隠れていたような思い出があるな……。」

 過去の記憶を思い出すヴィア。過去の自分を思い返すも、未熟で弱いばかりの自分が思い出される。 

「昔は……失敗してばかりだった……。俺は……」

「主にも……そんな時期が……」そんな話を聞き、リユネは驚きを隠せなかった。

「……そんなに以外か……?」

「い、いえ……! 決して否定しているのではなく、とても可愛らしいと思いますよ……!」

「可愛らしい……?」

 不思議に感じるヴィアだったが、リユネはその唐突な言葉に呆気にとられるしかない。

「ええ、何だか可愛いです。とても人間らしい……」

 想像してみるリユネ。あの主にも、そんな時期があったのだ。

 その時、主はどんな反応をしたのだろう。どうやって立ち直っていけたのだろう――。

「精一杯なのも大切なことですし、今の主にもそんな時期があったのかと思うと、とても親近感が沸きます」

「そうか……」

 否定も肯定もしないヴィア。だが、自分にはどこか思い出せない感覚だった。

「まあ、人には色々ある。お前にも色々な事があるだろう……。あまり失敗を気にするなということだ。それが足枷になっては尚更な」

「は、はい……」

 あまり話が頭に入ってこないが、リユネはそう頷くのだった。しかし、やはりその指示は難しいと感じるリユネ。

 機械としての性なのか、小さな間違いでもどうしても気になってしまう……。それが大きな支障に繋がるのなら尚更だ。

 しかし、それを気にすることなく前を進めと言われたら……。

「失敗を臆する事なく前に進む……。それが勇気――なのでしょうか……」

「どうだろうな……」

 リユネの質問に対して、同じように複雑な表情に変わるヴィア。

 勝ち目のない戦いに挑むことを勇気とは言わない。無謀とも取ることが出来る。

 しかし、どうしても避けられない戦いの場合は――。

「俺にだって、分からないことは沢山あるな……」

 息を吐くヴィア。俺にも分からないことが沢山ある……。こんな時、ミューリアなら何と答えるだろう……。

 ――分からないからこそ、胸が躍るでしょう?

 ミューリアの言葉を思い出し、ヴィアは薄い笑みを浮かべた。この世は分からないことだらけだ。教えてほしいことは山積みだ。

 この、未知が犇めく世界では……。

 古代人の知識は、今の自分達より遥かに全てを知っている。この世の全てを知っているとすら思える。だが、そこに答えはあるのだろうか……自分の求める答えは……。

 星の数のように願いと不思議があり、知りたい世界は存在している。

「……とにかく今は気にせずゆっくりと休め。お前にはまだ色々と頑張って貰わないといけないからな」

「は、はい……。善処します……」

「………。」

 そうは言ってみるが、リユネの複雑な表情は変わらなかった。

 どうしたものかと考えるヴィア。昔、自分は人を励ますときにどんな言葉を掛けていただろうか。

 今のような言葉を吐いていたはずは無いのに……どうしてか、思い出せない……。

「私の心は、申し訳なさで一杯です。あの方への……」

「あいつは、そんな事を気にしてほしくないと思うぞ」

 唐突に謝るリユネに、ヴィアはそう返した。

 あの方、というのはミューリアの事だろう。

「あの方は優しいですから……。ですが、私の心がその負い目だけを気にします……」

 悲しそうに顔を俯かせているリユネ。その様子を、ヴィアはじっと見つめていた。

「私は……とても幸せです。ですが、その実感を感じる度に、あの方の事が脳裏を過ぎります……」

 リユネは複雑な気持ちだった。この複雑な気持ちをどうやって表せば良いのか分からない。

 幸せなのに幸せじゃない……。幸せなのに……それが申し訳無い……。

 私は、人の大事なものを奪って生まれてきた……。

「………。」

 そんな様子のリユネを見ては、思い返すヴィア。

 リユネは、いつも悩んでいる。機械なのに悩む。

 機械らしくない機械……。悩んで苦しみ……見えない答えを探す。

 探して、探して……いつまでも終わらない自問を繰り返す。答えを探し続ける――。

「……複雑なんだ。人の心は……」

「はい……。とても……。」

 ヴィアの言葉に、リユネはゆっくりと頷いた。

 胸に手を当て、その真意を確かめる。機械と人間との狭間で思いが揺れている。

 だけれどそれが、生きている証……。今はそれしか分からない。

 それしか、分からない――。

「心……こんなにも複雑で不思議な物を私は感じたことはありませんでした……」

「同時に融通が効かない物でもある……。心というものは」

 機械のように精密には出来ていない。どんな苦しみもエラーも引き起こす……。自分でコントロールすることは出来ない。

 ヴィアは経験則からそう言うが、リユネは首を振って否定した。

「いえ、でもだからこそ、きっと優しくなれるんだと思うんです。人は……」

「……そうか」

 リユネの見解に肯定も否定もせず、ただ頷いて言葉を返すだけのヴィア。

 ――心があるから強くなれるのよ、ヴィア。

 ミューリアも、いつかそんな言葉を言っていた。笑顔で語るその表情を今も覚えている。

 ――弱くもあり、強くもあるの。心は。

「弱くもあり、強くもある、か……」

 それは目に見えないもの。見失ってはいけないもの……。

 手にも掴めず、実体も無い。だけど確かに存在している。魂と同じように曖昧で、揺らぎ虚い、移ろう。

 とても――不思議な物。

「心があるから、とても暖かいです……」

 リユネはどこか思い詰めるような表情のまま言った。

「それを無くしたら……きっと駄目だと思うんです……」

 真剣な面持ちのまま、リユネは続ける。

「心の無かった私は……化け物でした……。心無い機械は……きっと怨念と変わりません……」

「………。」

 ヴィアはただ黙って話を聞いていた。不思議な事だ。エラーを吐き出しても、それを持ち続ける事をやめない。

 枷となる物なのに、それを捨てようとはしない……。

 苦しむと分かっていても……こいつは絶対に目の前の苦しみから逃げようとはしない……。

 目の前の現実から目を逸らさない。

「心の無い人形は……とても恐ろしい物なんです……。怨念や妖魔よりも……」

「怨念や妖魔よりも、か……?」そんな突拍子も無い言葉に、ヴィアが聞き返す。

「はい……。私は自分が何よりも恐ろしかったです……。戦いの果てに、魂までも、無惨に……!」

 その言葉を口にしかけた途端、リユネの様子が変わる。

「あ、う……!」

 突如表情が固まり、頭を押さえ込んでうずくまる。

「リユネ……! もうよせ。無理に記憶を蘇らせるな!」

「す、すみません……」

 リユネが苦しそうにしたまま頭を抱える様子を見ては、ヴィアは考えた。重要なエラーというのは様々な記憶から来ているのか……。

 機械なのに心を持つと、こんな負荷が生じる……。怨念にすら同情し、自分を押し殺してしまおうとする……。

 そうでなければ、戦えない……。

「あの怨念も、捕らわれているんです……。」

「捕らわれている?」

「はい……」

 リユネは過去を思い返しながら口にした。

「ただ恨みを晴らすことに、捕らわれ……。縛られ……それを忠実に実行する。まるで機械のように……」

「………。」

 ただ黙ってその言葉を聞くヴィア。リユネには過去の記憶がある。まだ古代人の文明が存在していた時代の記憶が……。

 寒気を感じながら思い返すリユネ。

 機械は命令に縛られている。

 怨念はその憎しみに縛られている。

 ならば人は、何に縛られているだろう。

 私達機械も、命令を果たすためだけに捕らわれる……。

 ただ……抹殺することに終始する……。

「どこまでも冷たく……どこまでも冷酷な……。」

 過去の私は、怨念達と同じようだった。命令する事に捕らわれ、ただそれを忠実に実行する……。

 あれは、本物の化け物だった。

 冷たい存在が、何よりも恐ろしい。

 




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