第四章
ヴィアとリユネが外で話を終えて研究所ラボに戻ると、メイアスが不機嫌そうな表情でデータと睨み合っている最中だった。
「あら、帰ったのね」
「ああ……。」
ヴィアは静かにその場を後にしようとするが。
メイアスはリユネの姿に気が付くと、ヴィアに向けて口を開く。
「ちょっと、リユネに手荒な真似をさせようとしてるんじゃないでしょうね? 機械はデリケートなんだから。特別な物を持っているリユネなら尚更」
後ろにいるリユネを見て、メイアスは釘を差すように警告するが。
「十分に気を付けるつもりだ」
「またその回答……。これで何度目? あなたが未熟だと、リユネにも負担が掛かるのよ?」
これで何度目かという、はぐらかすような回答に、メイアスは呆れるしかない。毎度同じ答えしか返ってこない。
その変わらない態度にメイアスが身を乗り出そうとする。
「す、すいません! 私が未熟なだけです! 主に遅れを取っているのは、いつも私で……」
「………。」
激しい空気を宥めようとするリユネの言葉を聞くが、ますますヴィアに対しての視線が強くなるメイアスだった。
「あのね、分かっているわよね? リユネは特別なの。手荒な事は避けるようにって、いつも忠告してるわよね?」
「分かっている」
短く答えるヴィアだが、その素っ気ない態度に、メイアスの視線は強くなるばかりだ。
「はわわ……はわわ……!」
あたふたと慌てるリユネ。こんな時は、どうやって二人を宥めればいいのかを考えてみるも、まるで答えが見えないのだった。
ピリピリとした空気に、リユネはただ慌てるしかない。
「はあ……リユネも、よくこんな主に愛想を尽かさないわね」
「あいつは、優秀な式神だからな」
「あ、主……!」
ヴィアにそう誉められては、感動に身を震わせるリユネだった。
その後、しばらく休憩を取る二人。
掃討任務の後で、色々と調整をしなければならない事が控えていた。
戦いで負った傷を確かめるヴィア。リユネの治癒魔法で傷跡は消えている。
「………。」
だが、傷を負った疲労は消えない。今生きている故に……負った傷の痛みまでは……。
「………。」
しかし、同時にこの狭いラボに居るのを自覚すると、ヴィアは表情が曇るのだった。埃と息苦しさで押しつぶされそうになる。傷を癒して落ち着こうにも、落ち着くに至らない。
「良い表情よ。それ」
そう指摘して、メイアスはニヤリと笑みを向けた。苦い表情のヴィアを見ては、そう褒め上げる。
死んだような人間が、ようやくらしくなった――。
しかし、そのメイアスの楽しんでいるような様子が、ヴィアは気に入らなかった。
「………。」
そして、そんな主の様子を端から見ては、リユネはクスリと笑ってしまうのだった――。
主の意外な一面を見れた気がした。
「そう言えば、貴方にも調査の依頼が来ているわよ」メイアスは思い出したように口走る。
「どう言うことだ?」
「西の方で調べて欲しい箇所があるらしいの。瘴気の濃い場所が出てきているみたい。付近にいる魔装兵士は、速やかに調査してほしいそうよ」
「……分かった」
返事をするヴィア。スコーリアーにも依頼が出ているとなると、迅速な対応が求められているようだ。
支度を整えると、ヴィアは出立の準備を整えた。
「あら、もう行くの? 少しはゆっくりしたらどうなの」
「俺に休憩は必要ない。」
「落ち着きのない事ね」
呆れるように息を吐くメイアス。
ヴィア達が再び出立しようとすると、メイアスは声を掛けた。
「また来なさい、リユネ。私達は家族なんだから」
「はい! ありがとうございます、メイアスさん。また必ず帰って来ます!」
そう堅く約束するように宣言すると、リユネとヴィアはラボの外へと出るのだった。
「家族……! 暖かな響きです……!」
感動に表情を潤ませるリユネ。その響きにどこか心を打たれているようだった。
「私と主とメイアスさんも、立派な家族ですよね! ね!」目を輝かせてせがんでくるリユネ。
「ん……? あいつとはそんな関係か……?」
ヴィアが疑問に思うが、即座にリユネは否定した。
「私達は血はつながっていませんが、家族なんです! お互いを支え合えるなら、それは家族なんです!」
熱く意気込んでいるリユネ。何が何でも家族と言うことにしたいらしい。
「家族……それは暖かな絆なのです……!」
「まあ、お前がそう思いたいなら、そうしたらいい」
否定も肯定もしないヴィアに、リユネの頭が垂れていく。
「はうう……どうしてそんなに素っ気ないのですか、主……。」
「別に素っ気なくするつもりはないのだがな……」返答に悩むヴィア。こう言う時にどう反応すれば良いものか。
「主は素直じゃないです……。昔からそうでしたもんね」
「その言い方だと、まるで俺が寂しい思いをしているようじゃないか……」
「そうですよ! 主は昔から素直じゃありませんでした! 今もそうなんです!」
「妙な誤解はよせ……俺はそんな歳じゃない」
誤解を解こうとするヴィア。今の自分に、寂しいと言う感覚は無い――。
スコーリアーとなった時から、怨念と戦っている時から、ミューリアを失った時から、そんな感覚は無くなっていた――。
だが、リユネは譲らないようだった。
昔を思い出すヴィア。ミューリアと過ごした時は、今でも覚えている。それは確かに笑みを絶やさない時間だった。
しかし――。
今の俺は、その時の事を何故かうまく思い出せない。確かに存在した時間だったはずなのに……。
あれは、暖かな時間だったはずなのだ――。
「私には分かるんです! 長年連れ添った相棒の勘は外れません……!」
「まあ、確かに長年連れ添ってはいるが……。」
リユネの言葉に、いまいち要領を掴めないヴィア。
「ふふん。主の事を一番よく理解しているのは、私なのです!」
誇らしげに胸を張るリユネに、ヴィアはどう言うべきか迷う。
お互いを理解するのか簡単なら、きっと時間は掛からないのだろうが……。
「………。」
相手を――人を理解するということがどれほど難しいことか、今の俺には身に染みて分かる――。
ヴィアは、先程メイアスに言われた調査をして欲しいとの場所まで赴いていた。そこは町のある区域からは離れた場所にあった。
ヴィアとリユネは、そこに来た途端、嫌な気配が濃くなるのを肌で感じていた。
「主……ここは……」
「ああ。かなり瘴気が濃いな」
瘴気は怨念や妖魔が住まう場所によく立ち込む。死者の無念や、恨みが凝り固まり――全てを闇に覆う。
「……辺りに注意しろ」
「は、はい」
リユネも注意深く辺りを探る。戦闘態勢に入っていた。
瘴気が濃くなると同時に、辺りの景色もボンヤリとしか見えなくなる。
リユネのセンサーと索敵能力でしか、視覚をまともに保てない。
「リユネ……。戦闘になったら、あまり無理はするなよ」
「わ、私は大丈夫です。主と一緒なら……きっと」
エラーの事を注意するヴィア。リユネの負荷は別の部分から来ているのだ。
「……怨念は弱みに付け込んでくる。意思の弱みを見せたら取り込まれるぞ」
「は、はい……!」
気を引き締めるリユネ。そのまま二人は先へと調査を進めた。人の気配は無く、不気味に静けさだけが漂っている。
鳥の鳴き声、虫、生命の気配は感じない所か、風の音すらしなくなっていた。
「辺りが深くなった……?」
場所が変わるのを感じるヴィア。
瘴気が濃く、どこか感覚的な部分でしか辺りを見分けられない。常に周りは暗い霧に覆われている。その所為か、深い場所にまで踏み込んだような感覚に陥った。
何故か――場所の感覚が曖昧になる。
「主っ!」
その時、リユネの声が響く。センサーに反応が見られた。
「どこだ……!」
素早い影が目の端で動くのを感じ取る。
視界が悪い故に、影の正確な位置を捉えきる事が出来ない。
「ッ――!」
敵の攻撃が飛んでくる。素早く対応するヴィア。間一髪の所で攻撃を回避する。
『グガアア………』
呻き声がどこからか響く。やはり正体を探るのが先決だった。
「リユネ、神使変化!」
「はい!」
呼びかけに応じるリユネ。狛犬の派生である獅子の姿に変化する。
その獅子のリユネに乗るヴィア。
「リユネ、呼び掛けには応じるか?」
「いえ……」
表情を苦くするヴィア。やはりと言うべきか、この瘴気の濃さではもはや怨念を鎮める事は不可能か……。
「………。」
ヴィアは機装弓を構えると、浄化の魔力を込めた矢を放った。
ここで動いていなければ、良い的になる。
矢を放つヴィア。この瘴気では対象を見極めるのは難しい。しかし、気配や攻撃を加えてくる方向を見極めれば、反撃は可能だ。
それを探らなければ……。
「っ――!」
獅子となったリユネに乗り、辺りを駆け巡る。相手に的を絞らせない――。
「ッ……!」
ヴィアが闇に向けて矢を放つ。数発の矢を放った。闇雲に撃っても当たりはしないが、手探りで探すしか無い。
少しの手応えは感じたが、どこか浅い。
やはり、相手を直接視認して接近しなくては……。
「リユネ、少し手荒くなるぞ。気をつけろ」
「あ、主! あまり無茶は止めてください!」
リユネがそう警告するが、ヴィアは変わらなかった。
「大丈夫だ。算段はある……」
そう答えてみせるヴィアだが、正直賭けに出るほかになかった。
ヴィア闇の中を駆け巡る。獅子のリユネに乗り、辺りを探るように移動する。
「跳躍だ!」
「はい!」
ヴィアの指示に従い、リユネは踏み台になりそうな岩を見つけると、それを踏みつけて跳躍した。
高く跳躍し――ヴィアは上空から下方を見渡す。
「ッ………!」
ヴィアが呪文を唱える。そして、術式の施された丸い弾を放り投げると、それが弾けて閃光のような光が辺りを照らした。
光が上空から辺りを照らす。辺りは暗い瘴気で覆われていた。
「ッ――!」
その闇の中へと照準を絞り込んだヴィアは、弓を構え――雨のように矢を降らせた。
辺り一面に浄化の矢が降り注ぐ。
『グガアアッッ!!』
叫び声が響いた。その位置を捕捉するヴィア。瘴気の霧は消えないが、怨念が潜んでいることは察知できた。
「だが……」
「数が分かりませんね……」
怨念は複数居ることもある。怨念の恨みが強ければ強いほど、その数は増す。
強い恨み同士が引き合い、怒涛を組んで襲ってくる。
「っ……!」
再び、瘴気の中へと入り込むヴィア。リユネに乗り、駆け巡る。
ある程度の怨念の出所を見極めなくては――。
「くっ!」
「主!」
鋭い斬撃がどこからか飛んでくる。紙一重でそれを避けるヴィア。
『グルルル………』
畝り声が響く。しかし、木霊のように反響し、どこから聞こえてくるのか曖昧だ。
こちらを威嚇している……。闇から恐怖を植え付けるように……。
「くっ!」
死角から斬撃が襲い来る。それを躱すヴィアだが――。
『ゴガアアァ………』
「――っ!?」
その時、ヴィアは何が起きているのかを察知した。
目の前に巨大な口が開かれている。
闇の中で、こちらをかみ砕くような大きな口が待ち構えていて――。
「離れろっ! リユネ!」
叫ぶヴィア。リユネを蹴り飛ばし、自身もその反動で跳躍する。
「あ、主……!」
リユネは人型に戻ると、すぐさまヴィアの安否を確認するが――。
「う、く……」
ヴィアは足を負傷していた。そのまま噛み砕かれなかったのが救いだったが、足で動く事が難しい状態となっていた。
巨大な口を門のように開けて待ち構える怨念が居た――。
「っ……」
立ち上がれないまま表情が厳しくなるヴィア。まさか、闇の中で待ち伏せとは……。
動き回るのを見越して、じっと息を潜めていたのだ。
知恵がある――かなりの……。
「主! 背後です!」
そのリユネの声に反応し、ヴィアはすぐに体を捻って飛び退いた。
もう一体と思われる怨念の攻撃が、自身の体を掠めていた。
すぐにリユネが援護に入る。獅子に変化して転がるヴィアをすくい上げ、ヴィアは再びリユネに乗る。そして、その場を素早く移動した。
「主、治癒の魔法を掛けます!」
「頼む……」
ズタズタの足に治癒魔法を掛けるリユネ。
しかし、傷は癒えても痛みまでは回復しない。今はまだ足を動かす事はできない。
「……。」
「主……!」
心配そうにリユネが問い掛けるが――。
そのままヴィアは弓を構え、進行方向に矢を放つ。闇雲に撃っても当たりはしないが、進路の待ち伏せを防ぐ。
――痛い……苦しい……。
「あ、う……」
「どうした、リユネ……!?」
その時、リユネが急に表情を歪める。機能にエラーの表示が出される。
「大丈夫です……。私は……」
「………。」
相当な負荷が掛かっている事を自覚するヴィア。まずい事態になったと悟る。長く戦わせる事は出来ない。
「リユネっ!」
「あ、う……」
闇に潜む怨念からの攻撃を避けきれずリユネが傷を負う。何らかの負荷で機能が低下している。
「大丈夫です……。こんなの痛くないです……」
リユネは強がるが、ヴィアは楽観視できなかった。霊体ではあるが、痛みとは違った負荷が掛かる。それに、霊体でも実体化したまま破壊されれば無事では済まない。
リユネは、特に――。
「……無茶はするな!」
「大丈夫です。私は……」
それでも立ち向かおうとするリユネ。戦う意志は曲げない。
――私は、機械……。だから何も痛くない……。
「私は機械です……。こんなの痛くありません……。でも主は違います……!」
「リユネ……?」
そんな事を言い出すリユネに、ヴィアは戸惑う。
「生きている主を……命ある存在を、傷付けさせる訳にはいきません……」
思い詰めるリユネ。式神として見過ごすことは出来なかった。
私は傷付いても血は流れない――。
だけど、主は違う……。
必死にリユネは怨念達の動きを見定めて対応する。あちこちから飛んでくる攻撃にも怯まない。
「………。」
そんなリユネの様子を目にするヴィア。
いつの間にかリユネは複雑に考え、色々な重荷を背負ってしまっている。
矛盾する……。その思いが……。人を学び、成長すると同時に……。
「私は………!」
それでもリユネは歯を食いしばり、怨念に立ち向かっている。
リユネは怨念と戦っているだけじゃない。自分とも戦っている――。
「っ――!」
ヴィアは怨念の素早い攻撃を寸前で避ける。距離を置いて様子を見るが、一向に攻撃の手は止まなかった。
しかし――。
「うう……!」
苛烈な攻撃が怨念達から襲い来る。リユネは、その猛攻に耐え切れず飲まれそうになる。
「くっ……!」
「主っ!!」
同時に、ヴィアが怨念の猛攻に耐え切れず一撃を受けてしまう。
「主! 駄目です……ッ!」
「――!?」
我に返るヴィア。リユネの警告と同時に、自身に怨念の爪が寸前の所まで迫っている事に気付く。
そのまま切り裂かれる事を覚悟するが――。
「……!」
目の前に素早く防護壁が展開され、怨念の攻撃を防いでいた。
「すみません……。主……っ!」
「……。」
リユネが謝りながら体勢を立て直すが、ヴィアは先程の事実が頭から離れなかった。
今の攻撃は確実に当たっていたはずだ。少なくとも今までの経験では確かにあれほど接近されては防ぐ術は無かった。
しかし、リユネの防護壁は怨念の攻撃を防いだ。
その事実に驚くヴィア。リユネのポテンシャルが、一時的に変わった――?
「………。」
怨念に対応する。未だに辺りの瘴気は色濃く、こちらの不利は続いている。
「………。」
ゆっくりと剣を握る。この状況で、対応できる策があるとするならば……。
「リユネ……止まるんだ。ここからは降りて戦う」
「そんな……危険です、主……!?」
その指示に戸惑うリユネ。瘴気の中で止まれば相手の良い標的とされてしまう。
「今から作戦を伝える。俺の指示に従うんだ」
そして、リユネは無謀とも思える危険な作戦をヴィアから告げられる。
それは、あの色濃い瘴気の中で、怨念を誘き出しながら戦うという物だった。
「主、そんな危険な作戦は承諾できません! 何か他の方法を……!」
その指示に異議を申し立てようとするリユネだが、ヴィアの意思は変わらない。
こんな瘴気の中で立ち止まっては、良い的にされてしまう。
だが、ヴィアは既にリユネから降り、弓を構えていた。
「怖がりだな、お前は……」
ヴィアは安心させるように優しく語りかける。
かつて、ミューリアがしていたように――。
「わ、私は怖がりでは……!」
反論するリユネだが、ヴィアは内心では理解していていた。長年連れ添った存在なのだ。
こいつは、いつも怖がっている。
何かに怯えている……。
「………。」
見えない存在に……。あるいは自分自身に……。抱えようのない不安と現実に……。
だが、それが生きている証なら……。
「……リユネ、お前は無意識に俺が傷付くことを考慮してしまっている。必要以上に俺ことは気にするな。戦いに集中するんだ」
「そんな……私は、そんな事は……!」
その言葉に戸惑いながら否定するリユネだが、ヴィアはさらに言う。
「不思議なんだ。心という物は……」
ヴィアはミューリアの言葉を思い出していた。あいつは言っていた。心とは不思議な物なのだと……。
それは目には見えない。だけど確かに存在する。
「………。」
触れることすら出来ないけれど、確かに感じる事は出来る――とても不思議なものなのだと……。
機械にも計算は難しい。推し量ることもままならない。とても複雑で、だからとても不思議なもの……。
虚ろう、幻のように目には映らない。
移ろい変わる……あの空模様のように……。
――見て、綺麗な虹……。
「……。」
ヴィアが弓を構えたまま立ち止まる。瘴気の渦の中、静かに立ち尽くした。
相手の出所を探る。
――心があるから……弱いけど、強くもなれるの。
「………。」
辺りを観察するヴィア。物音を立てず、相手の居場所を探る。
辺りが不気味なほどに静かだった。
瘴気の渦巻く音だけが、繰り返し響いている。
その中で、確かに怨念はこちらを狙っている――。
「主っ!!」
リユネの声が飛ぶ。ヴィアの背後に、黒い影が迫っていた。素早く、獲物を捕らえるように――。
ヴィアの背後を、完全に捕らえていた。
――失敗を恐れるな……。機械だろうと失敗を怖がるな……。
ヴィアがリユネに言葉を掛ける。
――失敗してもいい。人は皆失敗する。だから人なんだ。生きているんだ……。
――主を信じろ……。
その言葉に、しっかりとリユネは答えた。
――もちろんです……。主は、私の主なのですから……。
「っ!!」
ヴィアは、その声に反応すると、すぐさまリユネの指示した後方へと剣を構えた。
「ッ……!」
怨念の攻撃が、自身の体を掠める。その攻撃をやり過ごすと――すぐさまヴィアは斬撃の飛んできた瘴気の渦の中へと突進した。
闇の中から、さらなる斬撃が襲い来る。
だが、ヴィアは剣を構えたまま、その斬撃に向けて突っ込んだ。
リユネの防壁が、斬撃を阻む。
「っ――!!」
影を捕らえるヴィア。突き立てた剣に手応えを感じる。
『ゴガアアアアッッ!!』
雄叫びが響き渡る。苦しみ悶える怨念の叫びが響いた。
ヴィアは、そのまま手を緩めることなく――矢を放った。
『ガアアアアッッ!!』
その雄叫びと同時に、瘴気が辺りに渦巻いた。止めを刺した事は感じ取れたが――同時に嫌な感じも沸いてくる。
「っ!?」
異変を感じ取るヴィア。断末魔を上げる怨念に、瘴気が集まっている。
辺りに色濃く出た瘴気が、自分に対して向けられた。
『ガアアアぁっ!! ガアアアああっッッ!!』
ヴィアの腕を掴む怨念。血走ったように赤く、憎しみに満ちた目が向けられた。
『グがアアああっッ!!』
「主っ!!」
リユネが叫ぶ。ヴィアの周りに、瘴気の渦が取り囲む。
そして、そのままヴィアを飲み込んでいた。
呪詛のように怨念の断末魔が響き渡る。
ヴィアは、その瘴気の渦に飲まれて――意識を失った。
――助けて、ヴィア。助け……っ!
「っ!」
ミューリアの叫び声が聞こえる。
ミューリアの姿は変わってしまった。穏やかな面影は微塵も無い。
化け物そのものに……ミューリアが成り果てた。
――どうして……ヴィア……。
僕は、この手で、ミューリアを……。
「主っ! 主ッ!」
ヴィアは荒い呼吸をして目を覚ます。そこには霞が掛かったような光景が目に映っている。
「ミューリアッ!!」
その姿に、思わずヴィアは叫んでいた。飛び起きるかのように目を開ける。
「しっかりしてください! 主!」
しかし、間近で見るその姿は、記憶にある面影とは違っている。発せられたその言葉で、ヴィアは意識が鮮明になる。
「リユネ……。ここは……」
「あう……う……」
泣きそうになっているリユネを、ヴィアはぼやける目で見ていた。
まだ意識が定まらない。あれだけの傷を負えば当然だが……。
「主……いきなり気を失ったと思ったら、何故か突然呻きだして……!」
恐怖に戦慄するようにリユネがその時の様子を語る。
「まるで悪夢にうなされているようでした……。私、どうしていいのか全く分からなくて……」
恐怖するリユネ。そんな状況に置かれたことのないリユネにとっては、何をしていいのか分からない状態だった。
どうすることもできない無力感と恐怖に苛まれるしかなかった――。
「何の夢を見ていたのですか……?」
リユネがゆっくりと尋ねると、ヴィアはその時の悪夢を思い出す。
「あの怨念が見せたのだろう……。あの断末魔……。」
思い出すヴィア。こんな事を仕掛けてくるとは厄介だ。
こちらの心理に働きかけてくる怨念……。怨念は、人の弱みに付け込むのが得意なのだ。
そうして……人を闇へと引きずり込む……。
「あいつの夢を見た。ミューリアを殺した時の記憶だ……。」
「そ、そんな……! でも、あの方は……!」
その言葉にショックを受けるリユネ。その人は確かに主が殺したとされる人だ。だが、それは他にどうしようもなかった故なのに……。
リユネに動揺が走る。それは確かにヴィアが体験した過去の記憶だった。夢や幻でもない、現実――。
だが――ヴィアはどうしてか動揺が無い。
その事がヴィアはたまらなく嫌だった。
自分が人ではなくなっているのではないかと、嫌でも自覚させられる。あいつを殺した事さえ、もはや何も感じなくなったのだ。
悲しみも、痛みさえも……。
俺は……ただの人殺しだ……。
――大切なことを見失わないで……。
「………。」
少し頭を押さえ込むヴィア。あいつの声は優しかった。いつも人を励ましていた。
「リユネ、お前も気を付けるんだ。怨念は記憶の弱みに付け込んでくる」
「あ、うう……」
しかし、リユネは返事をしないまま泣いていた。
「何故お前が泣いているんだ……」
感情を露わにしているリユネに対して、ヴィアがそう口にする。
「あう……! ち、違います。私は泣いてはいません! 機械は涙を流しません!」
そんな強がりを言ってみせるリユネだが……。
確かに涙は流れていない。機械であるリユネに涙は流れない。しかし、表情は誤魔化すことは出来ない。感情は――誤魔化せない。
「相変わらず泣き虫だな。お前は……」
「あうう……別に私は泣き虫でも良いんです……! 悲しいのに泣かないなら、それはもっと悲しいことですから……」
リユネが声を震わせながらも必死に言い返す。
その言葉に、ヴィアは動きが止まった。
ミューリアが、いつかそんな事を言っていた気がする――。
「泣きたいのに泣けないなんて……余計に悲しいです……!」
リユネが強がるように言い返していた。
相変わらず、不思議な機械だ。悲しめないことは悲しいこと。悲しめる事は大切な事。
複雑で大切な、人の心……。
「……。」
それは、どんな機械よりも複雑で……不明確。
それは見えない物だから……。それは手に取れない物だから……。
「……。」
悲しみも……喜びも……。驚きも……。
ミューリアの言葉を思い出す。見えない物……。不思議な形。一つとして同じ物は無い。
――心があるから、何度でも立ち上がれるの。
「………。」
目には見えない、でも見失ってはいけない……。
人として……人間として……。見失ってはいけない、大切な物。
それを無くしたら、きっと機械と変わらないのだろう。そして、見失い過ぎれば、それは鬼や化け物と変わらない――。
「………。」
――大切なことを見失わないで、ヴィア。
この世は闇に満ちている。あいつを殺したときに、そう実感した。
痛いと言うほど……嫌と言うほど……。
ここは地獄だ。
だけど、生きるしか道はない。俺は死んではいない……生きているのだから。あいつと違って……。