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歩くような速さで、愛らしく

作者: ずるずる


私の名前はアマービレ・アンダンテ。この国の侯爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者である。

私は昔から歌うのが好きだった。不意に何かを口ずさんだりなど、高位貴族の令嬢としてはあまり褒められたものではなく、両親からたしなめられることも多かったが、それでも私は歌を愛していた。

小さなころから市井にこっそり出かけては、同年代の子供たちから手遊びの歌なんかを教わることも多かった。

もちろん、家を抜け出したことがばれて父や母、教育係の先生に怒られることもあったけど、それでも私はこの広い世界で、歌のあふれる世界で、塀に囲まれた屋敷で引きこもっていることは苦痛だった。


そんな私の口が、喉が、音を紡がなくなってから10年の歳月が過ぎた。


湖に目を向けむけながら、昔協会で聞いた賛美の歌を口ずさむ。

頭の中ではメロディーが流れ、歌を歌っているのに、私の口からはヒューヒューと息が漏れるばかり。

私は声を失っていた。

空を見上げてまぶしさに手をかざし回想する。



この世界には魔法が存在する。ごく限られた血筋の者のみが使うことができる高貴な力。

この国では王族と一部の貴族、そして森に住むという国を追われた魔女のみが使える力だ。

幼い私は知らなかった事だが、魔力を途絶えさせないために、魔力を持って生まれた貴族の娘の中から一番力の強く高位の者を王妃とそて迎える習わしがある。

私が殿下の婚約者として選ばれた理由だった。


私の魔力はとてもつよかった。

だが、一つ問題があった。なぜか魔法が使えなかったのだ。魔力が強く、期待されて育てられてきただけに、魔法の習得が始まってから、私の唱えた呪文や描いた魔法陣が何の作用も起こさなかった時の大人たちのあの顔が、失望の色を隠そうとしてぎこちなく笑う顔が忘れられない。

それでも、魔力は強く血筋もよかったので婚約者としての立場はそのままになった。残念。そう思う心に蓋をした。


私には、好きな人がいた。街の協会で出会った少年。彼の名は知らない。私も名乗らなかったし、お互いに聞かなかった。きっと私と同じで、どこかから抜け出してきてたんだと思う。だって他の友達よりずっと綺麗な格好をしてたし、とても紳士的だった。

私は彼と協会に忍び込んではかくれんぼをしたり歌ったりして遊んでいた。幼い恋だった。


そんな彼と最後に会ったのは忘れられないあの運命の日。

彼が泣きながらいつもの協会に現れた。理由を尋ねると彼は魔力が極端に弱いらしい。このままだとうちで要らない子になる。そう泣きじゃくりながら私に伝えた。私にはどうしてあげることもできなくて、くやしくて、ただ隣で歌う事しかできなかった。


「君の歌を聴いていると、いつも心が落ち着く。」


彼がそう言ってくれるのがとてもうれしかった。

彼と別れた後、私は森の外れに走った。


森の魔女。


その魔女は願いをかなえてくれるとの噂だった。それと同じくらい、人を惑わし不幸にするという怖いう噂もあったのだけど、幼い私は「惑わし、不幸にする」という言葉の意味をよく理解していなかったし、「願いを叶える」という事の印象が強かった。


暗い森へ入り、深い深い森のさらにその奥へ。そこにいたのは美しい黒髪の女性だった。

「魔女さん!お願い、彼に魔力を与えてください!」

無邪気に願った私に彼女は問うた。何を賭けられるのかと。


「願いには対価と代償、そして少しのスパイスが必要だよ。」


そう言って魔女は私を見据えるとこう告げた。


「お前は幼い。何も持たない。

 お前に払える対価はその命、魂。

 お前が己で持ち、膨大な魔力の対価となるのはそれくらいだ。

 お前に命を懸ける覚悟があるのかい?」


私は悩んだ末にうなずいた。

私の命と引き換えに彼が泣かなくなるならそれでもいいと思えた。


「お前は彼を心から愛しているんだね。

 運命に定められた相手にその歳で出会えるなんて幸せな子だ。

 幼くも麗しい美しき恋心。

 反吐が出るほどに清らか。

 お前にチャンスをあげる。

 お前の声をもらおう。

 もう歌えないし、話せない。

 そしてお前が齢19になるまでに彼と結ばれること。

 もしそれができればお前の望みは永遠となり、

 お前の声も戻る。

 もしできなくば、お前の命を対価としてもらおう。」


そう告げると魔女は私の喉に触れた。


「いいかい。このことは決して話してはいけないよ。」


薄れゆく意識の中で最後に魔女の声を聴いた。


私は気づくと侯爵家の玄関の前で倒れていたらしい。

最初はカンカンに怒っていた両親だったが、声を失ったと知ると、私を抱いて涙した。

お医者様によると、私はきっと何か恐ろしい目にあって恐怖のあまりに声を失ってしまったということになったらしい。別の理由をつけてくれたおかげで詳しくは聞かれなかったので良かった。

けど、それ以来両親は私の部屋に監視をつけ、二度とひとりで外へ出歩くことはかなわなかった。


彼は無事魔力を手に入れたのだろうかと心配だったけど、この音を紡がなくなった喉が願いの証明だと思っていた。両親にはとても迷惑をかけてしまった。声を失った私が悲観しないよう、今まで以上に愛情を注ぎ、抱きしめてくれた。これ以上のストレスがかからないよう、私の悲しむようなことは全て取り除いてくれていた。私は何度も胸の中で謝った。私は19歳で消えるだろう。王太子との結婚が定められた私には魔女との約束を守るることは叶わない。

せめて残りの月日を両親に恩返しができるようにと願い過ごしていた。


王太子殿下と初めてちゃんとご挨拶したのは4年程前になる。

15歳になるまでちゃんと挨拶もしたことが無かったなんておかしいけど、私は声を失っていたし、幼いころは王太子殿下も体が弱く、継承権もどうなるかという事だったので婚約自体見送りかも。という話は聞いていた。

なくなってくれたらよかったのに。そう思う自分もいるけど、17歳で正式に結婚し王族の一員となれば侯爵家にも恩返しができるだろうと私は王妃教育にも勤しんだ。


そして迎えた、彼との結婚を宣言するパーティの場。あの日。


私をエスコートするはずの彼は訪れず、1人父のエスコートで会場へ入った。

そこへ見知らぬ女性を連れて現れた殿下。婚約破棄。壇上で彼が告げたのは残酷なまでの現実だった。


思えば殿下の気持ちを考えたことなどなかった。いつも自分本位な私は、自分に酔っていただけで。

初恋の彼を救い、消える自分。せめてもの家族への恩返しとして嫁ぐ自分。

私みたいな不良債権ともいえる令嬢に嫁いで来られる殿下のきもちは?死に行く私に残された殿下の気持ちは?そもそも、殿下のお心はどこに?

考えない用にしていたのかもしれない。どこか私の心に潜む罪悪感がそうさせていたんだと思う。


彼はその連れだった女性が初恋の女性だという。

彼女の歌が好きだと。そう告げられて、声の出せない私は何も言えるわけもなく。

私だって歌が大好きだったんですよ。

私だって好きな人がいたんですよ。

私だって幸せになりたかったんですよ。

私だって。私だって。

そんな思いでぐちゃぐちゃになって、気づけばお父様にもたれて泣きわめいていた。

こんな時も声を紡がないこの喉がにくかった。


それからはあっという間だった。

婚約破棄の手続きを陛下が進めてくれて、深く頭を下げられた。一方的な婚約破棄の賠償として我が家は莫大な資産を授けられた。せめて両親に残せるものがあって嬉しい。


王族との婚約を破棄され、魔法が使えず、声も出せない私に縁談など来るわけもなく。

1年とすこし、療養と称して領地の別荘に住まわせてもらっている。

ここは緑と水にあふれた綺麗な土地だ。


彼の消息を探そうとしたけど、名前も知らないし、今となっては顔も朧気で。

私は残りの時間を穏やかに過ごす事を優先した。


こんな娘でごめんなさい。

こんな事ならあの時命を奪ってくれたらよかったのに。


「ひさしぶりだね」


不意にかけられた声に振り向くと、そこにはあの魔女がいた。

そう、約束の日を迎えたのだ。私は、齢19となった。


「彼とは結ばれなかったみたいだね。」


私は困ったように微笑んだ。

彼と結ばれることはできないとわかり切っていたけど、改めて言われると悲しいな。


「最後の情けに、お前の声を返してあげるよ。

 歌っておくれ。」


驚いて私が喉に手をやると魔女が私の頭を撫でた。


「お前は今も清らかで美しい。

 幸せになってほしかったんだけどね。ごめんね。」


何故魔女が謝ってるのかなんて知らなかったけど、私は10年ぶりにもなる声を出した。


「----」


紡ぐのは、あの日最後に彼に歌った歌。

魔女は優しく微笑むと私を抱きしめた。

私の視界が白く溶ける。こうして、私はこの世界から泡となって消えた。

願わくばどこかで、彼が幸せに暮らしていますように。


歩くような速さで、愛らしく。

魔女と出会ったその日から。

否、彼と出会った日から、彼女はその名前の通り緩やかに、消滅へ歩きだしていた。

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