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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

とあるピアニストの結末

作者: 夏秋ふゆ

「んんんん゛!!?」


 ――肉の焼ける匂いと皮膚が泡立つ感覚がした。左手が液体によって溶かされている。

 痛いな、熱いな。

 自分の痛みをどこか他人事のように理解した。


 親友だと、いいライバルだと思っていた彼は、狂ったように笑った。


「あは、はは、アハハ! これでもうピアノは弾けないだろ!?」


 左手の激痛は途切れることが無かったが、僕は彼がなぜこんなことをしているのかの方が気になった。あと、どうやってバケツ一杯分の薬品を集めたの、とか。どうして掃除当番の人がいないの、とか。


 ――ただ、正気を失っていただけなのかもしれないけれど。


「どうしてこんなことを?」

 と聞いたつもりだった。実際にはガムテープで塞がれているから、呻くことしかできなかった。

 それでも長い付き合いの彼は言いたいことを察したのか、柔らかな声音で教えてくれる。


「ああ、本当はこんなことしたくなかったんだぜ? 手を溶かせるだけの薬品調べてさ、理科室に忍び込んで盗んで調合して。お前の心を折るためにすげー頑張った」


 彼の告白が響く理科室は放課後と思えないほど静かで、じゅわじゅわと焼ける音がよく聞こえた。


 僕の身体を抑え込んで、手を掴んで。すごく体力がいるだろうなあ。逃げないから力を抜いてもいいのになあ。


 ――僕は君を大切に思っていたのになあ。


 君のためならピアノを捨てたってよかったのに。君のためならコンクールの席くらい、譲ったのに。


「掃除を俺とお前だけで頼まれるように上手く根回しして、人が来ないようにしてさ――でも、これで、おわるな」


 耳元で呟かれた、安堵を感じさせる落ち着いた声。


 彼にとって僕は負担だったんだ、とじわりと事実が染み込んだ。僕の手が入れられているバケツに涙が落ちる。


 同じ年にピアノを始めて同じ教室に通って、小学校も中学校も高校も同じで。数えきれないほど相談したし、相談された。恋愛だったり勉強だったり親だったり、たくさんの話をした。


 ――でも、親友だと思ってたのは僕の方だけだったんだ。


 痛い。焼ける左手じゃなくて、心が痛い。


 ぼろぼろと泣いていると、そっと頭を撫でられた。


「泣いてんのか? 痛いよな? 手首まで焼け切って、手紙置いて、しばらく経ったら救急車呼ぶから。我慢してくれ、な?」


 こんな状況で僕を気遣う君も、こんな状況で君を失うことを悲しむ僕も、きっとイカれている。


 心配すると頭を撫でるという彼の癖は今までと変わらず、それが無性に可笑しくて、悲しかった。


 いつもと同じ、髪をすく暖かい手。流れる冷たい涙。ぐちゃぐちゃになって笑ってしまう口元。

 「ごめんな」と何度も言う優しい声。熱く焼ける手。世界に二人だけと錯覚させるような、静かな空間。


 ああ、どこで間違ったんだろう?


 ぼんやりと考える。だって、僕には思考することしか残されていない。彼に僕の声は届かないし、抵抗もできない。


 ――なんにしろ、もう、彼とは二度と関わらない。


 冷えた涙が、ぽちゃんと落ちる。


 だって、親友と左手を奪ったピアノを、これから二度と弾かないつもりなのだから。


 大切なものを奪った存在に、僕はもう触れはしない。

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