第三十三話 ミラの力
ミラは魔導二輪に跨り、バクル丘陵を爆走しながら標的を探していた。
魔導二輪とはミラが発明した、魔力で動く最新の乗り物だ。見た目は自転車に似ているが、そのボディーの重厚さ、そしてスピードは比べ物にならない。
「もう、ライオスの森にいるんじゃなかったの? まったくの無駄足だったじゃない」
クラーケンの出現情報のあったライオスの森へ赴いたミラだったが、そこには敵の影も形も無かった。
拍子抜けしていたところに、ギルドから遣いの者が息を切らしながらやってきて、バクル丘陵に多数のクラーケンが集まっていることを通達してきた。
文句を垂れつつ、彼女は新たに示された現場へと向かい、今に至る。
耳はそば立て、目は皿のようにして周囲の状況を探る。すると、クラーケンのものと思しき鳴き声が左手の方向から聞こえてきた。
「そっちね」
魔導二輪のハンドルを音のした方へきり、急行する。ブレイブ・クローバーがここで魔導士の採用試験を行っていたという情報も既に入っていた。
クラーケン討伐はジェネシス・ダイヤが受けた依頼だ。その不手際によって他のギルドに迷惑が掛かれば責任問題にも発展しかねない。
やがて敵の姿が目視できる距離まで近づくと、魔導二輪を降りる。敵が小さければこのまま轢き殺すのもアリかもしれないが、今回の相手はクラーケンだ。その戦法は通じない。
座席後部に積んであった銀色のケースを取る。この中には様々な魔法具が入っており、これらを駆使することによってミラはあらゆる戦局に対応できるのだ。
まだ相手は一頭としてこちらには気付いていない。
「先手は、貰うわよ」
ミラは不敵に微笑み、縁に刃の付いた円盤を投擲する。
円盤は空を切りながら電撃を纏い、一頭のクラーケンの胴体を一瞬の内に両断した。
仲間が真っ二つになり血を流したところでようやく敵はミラの存在に気が付いたようだった。
けれど、既にミラは次の行動へと移っていた。
「フットブラスター、加速!」
そう指令を出すと、ミラが履いていた靴の踵からジェットが吹き出した。
目にも止まらぬ速さで敵陣の真ん中に潜り込むと、手に持ったハンマー『ミョルニル・イミテーション』を振り回し、蹂躙する。
この武器はギルハイドとの一悶着が頭にちらつくのでお蔵入りにしようか迷ったが、実戦で使ってみたいという欲求には抗えず持ってきてしまった。
雷撃と同等のエネルギーを秘める一撃は容易くクラーケンの頭蓋を粉砕する。こんな物で人を殴ろうとしたのは流石にまずかったな……と、改めて反省した。
三つ目の頭蓋骨を潰した辺りで、一頭のクラーケンがイカの触手のような形をした尻尾を脚に絡めてきた。
強力な吸盤が、捕らえた獲物を逃がすまいと固定する。
「この程度で、私は止まらない」
再び靴からジェットを放つ。
その出力は半端なものではなく、きつく巻き付いていた尻尾ごと本体から引きちぎり、上空へと脱出する。
脚にくっついた触手を外し投げ捨て、そのまま一度宙返りしつつ、距離を取って着地。そこでミラは、負傷したと思われる魔導士を発見した。
空色の巻き毛が特徴的な女性だ。恐らくブレイブ・クローバーの者だろう。
敵からは目を離さず、脈を測る。その結果、気を失ってはいるが命に別状は無いと判断した。
それともう一人、青年が倒れているのが目に入る。そして、そいつが誰なのかはミラには一目で分かった。
「ハイド? どうしてあんたが……?」
無残な姿となったかつての助手に、ミラは駆け寄った。
再会を全く望んでいなかった訳ではない。だが、まさかこんな形になってしまうとは。
色々と思うところはあったが、さっきの女性と同じように脈を測る。
彼の細腕を握ると、冷えきった皮膚の奥に体温と振動を感じた。それは彼の生命活動がまだ終わっていないことの証明だった。
「良かった……」
そんな台詞が出てきたことに、他でもない自分自身が一番驚いていた。
それでも尚湧き上がり続ける安堵に戸惑いながらも、ミラはもう一度クラーケンへと視線を向けた。
仲間の数を半分も減らされたせいか、荒ぶっているようにも見える。それは憤怒か、焦燥か。
何にせよ、一頭たりともここから逃がすつもりは無い。
ミラは靴のジェットを使い、敵を翻弄するように動きつつ接近する。その途中で先程の超切断円盤『ソリッドサンダー』を投擲する。
その凶悪な性質は既に理解したのか、狙われたクラーケンは回避を試みたようだった。しかし理解しただけでは、対応はできないのだ。
円盤は獲物が己の刃から免れることを許しはせず、その片翼を切り落とした。
宙に浮いていた身体を支えきれず、悲痛な鳴き声を上げながらクラーケンは落下する。
人で例えるならば、移動の要である脚を断たれたようなものだろう。激痛に襲われながらのた打ち回ることしかできない辛さは容易に想像できる。無駄に動かなければ一瞬の痛みで死ねたのだろうが、後の祭りだ。
フットブラスターによって大幅に威力を強化された蹴りを脳天に見舞い、その苦悶から解放する。
死体を踏み台に飛び上がり、近くにいたもう一頭を上からハンマーで叩き潰した。
力がフルに乗った打撃により、その平たい巨体に落雷跡のような穴を空け、敵は行動を永久に停止した。
残るは一体。そいつは完全に怖気づいたか、浮遊する高度を上げようとしていた。
「逃げられると思ってるの?」
ミラは戦意を失った相手にも冷酷だった。
攻撃が届かない高さに至る前に距離を詰めきり、頭を砕く。自分の足ならそれが可能だ。
しかし、ミラがジェットを吹かそうとしたその時だった。強い地震が発生し、バランスを崩して彼女が転んだのは。
それは幸運だった。ということが、次の光景によって判明した。




