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煉獄魔導士は働きたい!  作者: 春井ダビデ
魔導士ギルド採用試験!
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第三十一話 試験開始

 翌日、異常なレベルの倦怠感と体を包む熱と共に目が覚めた。

 起き上がれない。まるで体がベッドに縫い付けられたようだ。なんだか呼吸もいつもよりしづらい。


「げほっ! げほっ!」


 なんだこれ、と言おうとして、それを遮るように出たのは大きな咳だった。嫌な予感がした。


「ギルハイド様、如何なさいましたか!?」


 僕の咳込みを耳にしたソフィリアが、部屋まで飛んできた。

 彼女は僕の額に手を当てると、静かに首を横に振る。その意味は、火を見るよりも明らかだった。


 病の原因は恐らく、先日森でびしょ濡れになったことだろう。

 僕の胸中で、焦燥感が一気に爆発した。よりによって、なんで今日なんだ。

 今日は、ギルドの採用試験があるのに!


「い、行かなきゃ……! ぐっ!」


 強引にベッドから抜け出した途端、壮絶な頭痛が襲い掛かり、僕はあえなく床に蹲る。


「無理をなさらないで! さあ、私にお掴まりください」


 ソフィリアに肩を貸してもらい、再びベッドの上に倒れた。

 気道が狭まっている所為か、息をしても少ししか空気が入ってこない。少し動いただけでこの体力消費だ。相当質の悪い風邪に違いない。


「はあ……はあ……こんな、ことって……」

「本日はどうかご安静に。悪化させてはなりません」

「そんな訳には、げほっ! いかない!」


 今日だけはどうしても駄目だ。僕はギルドに行って、試験を受けなければならないんだ!

 安定感の無い足で体をどうにか支え、外に向かう。しかし、ソフィリアはそれを黙って見過ごしてはくれず、玄関前で追いついてきて僕の腕を掴んだ。


「試験ならばまた次の機会がありますでしょう! 何も今回が全てではない筈です!」

「それじゃいけない! 次があるから大丈夫とかじゃなくて、一回一回のチャンスに真剣にならなくちゃいけないんだ!」


 もし少しでもいい加減な気持ちになってしまえば、僕はもう一生夢を追いかけられなくなる。

 ソフィリアの手をどけると、僕は一歩ずつ進み始める。


「でも、ありがとう。心配してくれて」


 去り際、心の底から僕の為に不安になってくれているソフィリアに礼を口にすると、上手く力の入らない手でドアを開けるのだった。






「有望なる志願者の諸君。此度は僕らのギルドの門を叩いてくれた事、誠に感謝する。どうか諸君が試練に合格し、僕らと肩を並べて戦える日が来ることを祈っているよ」


 たくさんの人が集まるギルドのホール。その中心にある壇上に立ち、穏やかな表情で挨拶をしているのはブレイブ・クローバーのランク13、ヘクトルさんだ。

 アスフォルが「貴公子」であるならば、この人は「勇者」だろう。強い、性格良い、賢い。三拍子揃った理想の戦士。


 庶民の味方、という立ち位置の為に他のギルドより賃金が低いのにも関わらず、こうして大勢の志願者が集まるのは彼のカリスマによるところが大きいのだろう。

 話を終え、ヘクトルさんは僕達に手を振りながらギルドの奥の部屋へと消えていった。


 本当は忙しい筈なのに、こうして入団試験がある日は毎回顔を出してくれるそうだ。改めて見ても、やっぱり良い人だなあ。


「頑張らないと……ごほっ!」


 こうしている間にも、僕の体調は悪化の一途を辿っていた。視界は回るし、自分の熱で汗もダラダラ出てくる。

 おかげで先程行われた筆記試験では思うように問題を解けなかった。あれだけ勉強したのに、と涙を呑む思いだったが、それよりも今はこれから始まる実技試験に意識を向けよう。


 魔導士ギルドの試験は知能を測る筆記と、戦闘力を測る実技に分かれている。後者の実技は、ギルドから提示されたモンスター討伐のクエストを受注し、クリアすることが課題だ。

 ちなみに試験に使われるクエストも他と同じように、実際に誰かがギルドに依頼したもの。だから、背負う責任は紛れもない本物なのだ。


 そして、僕にとってこの実技試験こそが鬼門だ。戦闘自体は難なくこなせるのだけれど、どうしてもモンスターを「殺す」ことができない。命を奪いたくないという潜在意識が働くのか、体が勝手に手加減してしまう。結果、折角敵を追い詰めても手柄は他人に横取りされてばかり……という具合だ。

 それに、今日はこの通りコンディションが壊滅的だ。油断すれば大怪我もしかねない。


「それでは、今回の試験クエストを発表します!」


 小柄な受付嬢が、依頼書を掲示板に張り出した。

 受験者らがその内容を確認しようと、我先にと掲示板へ詰め寄っていく。

 僕も見ようとしたけれど、人込みを押しのけるだけの体力も度胸も無く、最後尾まで流されてしまった。


「い、依頼を確認できた方から、ギルド正面の集合場所まで移動してください! そこからは引率の魔導士が指示を出しますので!」


 受付嬢さんが騒めきに負けじと一生懸命声を張り上げて呼びかけている。きっと普段からこんな感じなんだろうな、と傍目から思った。

 やがて人もまばらになり、ようやく依頼書が見えるようになった。


「〈バクル丘陵に大量発生しているコボルトを討伐せよ〉か。なるほど……」


 今までの試験で受けてきたクエストも全てこれと似たような形式だった。敵の数が多く、それでいてそこまで強くない。新人のテストとしてはお誂え向きだ。

 僕は重い足を引きずるようにして、他の参加者達と共にギルドの出口へと歩き出した。






 ブレイブ・クローバーのランク5(ファイヴ)の魔導士、フローレ・エルスノは若き受験者達を引き連れ、試験の舞台であるバクル丘陵にやってきた。

 天も未来ある若者を応援しているのか、雲一つなく晴れ渡っている。草花を揺らし、丘の間を抜けていく風も清々しい。


(わあ~、皆初々しいなあ。私も昔はあんな風だったわよね。引率なんて任された時はびっくりしたけど、うん! とてもやりがいがあるわ!)


 ギルドに入団しはや数年。最近は中堅として頼られることも増え、順風満帆だった彼女に舞い込んできたのがこの仕事だった。

 これも自分の腕が信頼されてのことだと思い、フローレはいつも以上に張りきっていた。


 ギルドからバクル丘陵までは、特にトラブルもなく来られた。

まずは試験の詳細を説明する為、設営したベースキャンプに受験者達を集めた。緊張した面持ちを並べる彼らを見回し、その固い雰囲気をほぐせるようにできるだけ親しげな調子で話し始める。


「今から試験のルールを教えるわね。期限は今日の夕暮れまで。討伐数は、最低でも一人10体。協力し合うのもいいけど、ノルマは共有できないから気を付けてね! それと、モンスターの素材は倒した証拠品にするから、必ず回収するように。忘れちゃ駄目よ?」


 人差し指を立て、念を押す。


「以上。他に質問はあるかしら? ……無さそう、ね。それじゃあ、私はここで待機しているから。何かあったら呼んでね。皆、立派な魔導士になれるよう頑張って!」


 フローレの激励に大変威勢の良い返事で答え、受験者達は各自出発していく。

 彼らを微笑ましい気持ちで見送っていると、その中に一人明らかに具合の悪そうな青年を発見した。

 覚束ない足取りで歩いていたかと思うと、そのまま足を縺れさせて転んでしまった。

 これはいけないと判断し、フローレは青年に駆け寄った。


「だ、大丈夫!? うわっ、凄い熱じゃない! こんな体で試験受けに来たの!?」

「ぼ、僕は平気です。平気ですから……平気……平気……」


 青年は壊れたように同じ言葉を繰り返している。どれだけ目が悪くても平気なようには絶対に見えないだろう。

 しかも彼は尚も立ち上がり、戦いに行こうとしている。勿論そうはさせず、フローレは青年を担ぎ上げ、キャンプに設置されているテントへと運ぶ。体格こそ平均的だが、魔導士として活動していればこれぐらいの筋力は付くものだ。


「お願いです……試験を、受けさせて……」

「無茶言わないの! 相手がコボルト程度だからって甘く見てたんでしょ!」


 コボルト。犬魔とも呼ばれる下級モンスターだ。群れで活動するが体は小さく、個々の能力はさほど高くない。その為こうしてギルドの入団試験の相手としてしばしば標的にされるが、それでも奴らは人に殺意を持つモンスター。油断すれば最悪の場合命だって取られもする。

 だからこんな病人を向かわせる訳にはいかなかった。


「ほら、薬。とにかく試験が終わるまでここで寝ていて」


 青年の口に薬瓶を突っ込み、備品の毛布を被せておく。

 それでもまだ動こうとするので、どうにか諦めさせようと攻防を続けていた時だった。数名の男女がキャンプを訪ねてきたのは。


 なんと、彼らはさっき意気揚々とクエストに挑んでいった筈の受験生だった。

 言う事を聞かない青年はとりあえず手刀でダウンさせておき、フローレは彼らに対応する。


「どうしたの? 何かあった?」

「すみません。コボルトが一匹も見当たらないんですけど」

「ええ?」


 他の者も同意するように頷いている。

 大量発生したという話ではなかったのか。と、フローレは首を傾げる。しっかり実害も出ていたので情報がガセだったとも考えにくい。


 初めは彼らが注意深く探さない所為だとも考えたが、こうして喋っている間にもどんどん受験生が戻ってくる。その全員が、討伐対象のモンスターが見つからないと口にした。

 どこかへ移動してしまったのだろうか? この短期間で? 一体なぜ? 疑問は残るが、ともかく続行が困難な以上試験は中止せねばなるまい。


 フローレの自慢の巻き毛が何か悪い予感を告げていた。

 そして、その予感は早くも当たることとなる。

 一際強い風が吹いた。何事かと思い、空を見上げた彼女はその光景に目を見張った。


 大柄なエイのモンスターが、悠々と天を泳いでいる。しかも、それは一頭だけではない。目で追えるだけでも六はいる。

 風は奴らの羽ばたきによるものだった。


「ク、クラーケンだ!」


 受験者の一人が叫んだ。


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