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煉獄魔導士は働きたい!  作者: 春井ダビデ
煉獄魔導士の日常
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第二話 記者とチンピラ

 空は夕暮れの色に染まりつつあった。

 それなのにさほど寒くないのは、街にもすっかり春が訪れた証なのだろう。

時折吹いてくるそよ風が気持ちいい。玄関の前に置いてある植木鉢も、満開に花を咲かせている。まるで生命の輝きを主張しているみたいだ。


 でもここを包む雰囲気はいつもと変わらず陰鬱としていた。

 僕が故郷から出てきたばかりでお金がなかった頃、安く住める場所を求めて辿りついたのがこの寂れた住宅街だ。住宅街といってもここにある建物はほぼ全部空き家で、現在の住人は僕とソフィリアだけだ。


 街の裏通りに位置しているこの場所は日射率が著しく悪いため、昼までも薄暗い。また、人通りも全くと言っていい程無い。こんな環境だからよく怪しい奴らが取り引きしていたり、チンピラ共が獲物を連れ込んでカツアゲを行っていたりする。


「おいねーちゃん、持ち物全部置いてけよ」


 ……ほらこんな風に。

 ちょっと前方で男が三人、若い女性を囲んでなにやら揉めている。なんと道のど真ん中で。普通なら路地裏とかでするようなやり取りを、さも平然と繰り広げていた。


 こんなことできるのも人目が少ないからこそなんだよね。今じゃもう警備員すら巡回してないし。まだかろうじて住人いるんだからさ、ちゃんと市民の安全守ってよ……。


「へっへっへ……ちゃんと言う通りにすれば悪いようにはしねぇ。抵抗したらどうなるか、分かるよな?」


 ヒゲヅラの大柄な男が威圧的に言う。そして両脇に並んでいる他の二人、チビデブと出っ歯もいやらしく笑いながら頷いた。おそらく三人ともそれなりに喧嘩慣れはしていそうだから、一般人が怯える程度の力は持っている筈だ。

 対する女性はというと……


「はあ? あんた達、こんな事をして許されるとでも思っているの? 仕事もろくにしてないくせに、私みたいな真っ当に働いている人間からお金を奪おうだなんて冗談としても笑えないわ! だいたいね、あなた達は働くことの大切さを……(以下略)」


 怯えるどころか、すごく果敢に言い返していた。僕の勘違いだったね。熱弁が凄くてもうチンピラ側ですら呆気に取られちゃっているよ。

 それから彼女は働くことの大切さや仕事をしない愚かさを延々と語り続け、他者の発言を許さなかった。


聞いている内にだんだん自分が叱られている気分になってきて、なんだか悲しくなってくる。僕だって好きで無職でいるんじゃないのに……。


「ねえ、きみも何か言ってやってよ!」


 ……へ?

 えーっと、彼女とチンピラ共以外にこの場にいるのは僕だけだけど? 

 僕が自分を指さして女性に確認を求めると、あなたしかいないでしょ、という風に彼女は首を縦に振った。

 チンピラ共も怪訝そうにこっちを向く。


「なんか用かよ?」

「え……あ~いや、その、ね? ははは……」


 自分でもどうすればいいかよく分からないまま、愛想笑いで場を持たせる。もはや逃げるという選択肢は潰れてしまっているようだ。

 こんな通りすがりの就職浪人に何を言えというのだろう。僕がどんな台詞を吐いたって説得力は皆無だし、チンピラ共だって黙って話を聞いてくれはしないだろう。


 次第に彼らの怒りも募ってきたようで、表情からも苛立ちが窺える。それと比例して僕の焦りも増大していった。

 そして堪忍袋の緒が最初に切れたのはチビデブだった。


「おいてめぇ、俺らの事ナメてんのか! いつまでもこっちが大人しくしてると思ったら大間違いだぞ!」

「そうだそうだ! もう我慢ならねぇ、身ぐるみ剥いでギタギタにしてやる!」

「おうよ! 俺らに刃向かったこと後悔させてやらぁ!」

「ちょっと、なに相手の機嫌損ねちゃってるのよ!?」


 他の二人も口を揃えた。そしてまだ名も知らぬレディ、どうして貴女まで怒る。

 ヤバイヤバイヤバイ、どんどん事態がまずい方向に傾いていく……! ていうか僕、君達に刃向かった覚えはないよ!?


 まあそれを口に出して言えば火に油を注ぐこと間違いなしだから、無実の主張は心の中にだけ留めておいた。

 とりあえず落ち着いてもらう為、なんとか相手をめなければ。


「まあまあ、そんなに怒っていると体に毒が溜まって死んじゃいますよ? 長生きしたいならもっと笑わないと」

「……てめぇどこまでコケにするつもりだ? お前こそ知らねえよなぁ、長生きしたけりゃ口のきき方には気をつけろってな!」

「謝っても遅せえぞ! もうお前は生きて帰さねえからな! そんでもって限界までいたぶってやるぜ!」

「えぇー! なにやってんのよもう!」


 駄目だった! 何か言わなきゃって考えてたら余計失礼な事言っちゃった! 殺害宣告までされちゃったよ。そして貴女はお願いだからこれ以上喋んないで……。

 両手を上げて降参の意志を示したけれど、まったく受け入れてくれなかった。


「死ね!」


 ヒゲヅラが大柄な体躯に似合う太い腕を振りかぶった。確かにあれで殴られれば脳震盪が起きて命を落とすことも十分ありえる。

 怒りに身を任せて人を傷つけんとする彼の姿は、まるで哀しき獣のようだった。……なんてかっこいい比喩表現使っている場合じゃない。

 ああ、もうこうなったら仕方ないか。できるだけ穏便に済ませたかったんだけど。


「『ファイア』!」


 何の脈絡もなく僕が叫んだのに面喰ったのか、ヒゲヅラの動きが止まった。だけど今更遅い。

 もう、魔法は発動してしまったのだから。

 僕の手から放たれたのは、赤々と燃える火炎弾。圧倒的熱量を秘めるそれは、間髪いれずにヒゲヅラへクリーンヒットして爆ぜる。


「おぼ……」


 彼の人並み以上に恵まれた体躯を持ってしても、やはり炎には勝てない。黒コゲになったヒゲヅラは口から煙を吐いて倒れ、動かなくなった。

 残った二人の顔には驚愕の色が生まれる。


「ひぃ、こいつ魔導士だったのか!?」

「ヒ、ヒゲヅーラがやられちまった……。おいどうするよ!?」


 さっきまでの威勢は跡形も無くなり、慌てふためき逃げ腰になるチビデブと出っ歯。ていうかヒゲヅラの人、本当にそんな名前だったんだ……。ちょっと気の毒。

 僕がちらりと視線をやると、二人は訳の分からない叫び声を上げながら退散していく。

 でも途中で引き返してきて、気を失ったヒゲヅーラさんを二人で担いで運んでいった。そこら辺は律儀なんだ……。


「ふふっ、きみ結構やるのね。私びっくりしちゃった」


 振り返ると、チンピラから解放された女性が満面の笑みを浮かべていた。

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