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煉獄魔導士は働きたい!  作者: 春井ダビデ
魔導士ギルド採用試験!
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第二十六話 湖面より出でる影

 家に帰る気にはならなかった。それは多分、まだ昼間だからという理由だけではないだろう。

 行く当てもなくぶらついている内に、僕は王都東側の郊外にあるライオスの森にまで足を運んでいた。

 郊外と言っても街とほぼ隣接しているような位置関係なので、それなりにアクセスは良い。


 大きく息を吸うと、ひんやりと湿った空気が葉や土の香りと共に鼻を通り抜けていく。なんだか僕の故郷を思い出させる匂いだ。懐かしい気分。

 ここは豊かな自然とそこで暮らす様々な生物が魅力のレジャースポットとなっている。モンスターもいるにはいるけど、弱い種類ばかりなので最低限の装備さえあれば一般人でも十分安全だ。


 樹木の間を進んでいると、すぐ傍の木にキラリと光る物体を見つける。近寄ってみると、それは銀色のクワガタだった。

 ミラースタッグ。図鑑でしか見たことの無い、珍しい虫だ。鏡のような甲殻を持っていて、周囲の風景を反射し擬態する。


 コレクターの間では高値で取引されているらしいので、捕まえておくことにした。

 この森にはこういった貴重な生物がたくさん棲んでいるらしく、お小遣い稼ぎにはもってこいだ。ここで適当に採取をしていれば、バイトなんてしなくてもいいかも。なんて今の僕には皮肉が過ぎるか。


 僕の堕落に満足したのか、暗い声はもう聞こえてこない。結局、悪い自分の言いなりになってしまった。

 沈んだ気持ちのまま森をぶらついていると、湖に出た。

 水辺特有の清涼な香りが辺りを取り巻く。外周には釣り糸を垂らしている人達がちらほらと見受けられた。


 澄み切った水面に映る、元気の無い僕。


「清々すべきなんだよな。きっと」


 落ち込む資格はない。僕がしていいのは、やっと意地悪な雇い主から逃げ出せた、と手放しで喜ぶことだけだ。


「さーて、辞職記念に釣りでもしようか! 釣り竿ないけど!」


 無理に大声で独り言を言いながら、僕は畔を大股で歩く。動いていなければやっていられなかった。

 けれど、あえなく足を滑らせた。


「うわあっ!」


視界がグルっと一回転したかと思えば、僕は水中にいた。

口や鼻に水が入ってきて、器官を刺激する。幸い浅い所だったので溺れはしなかったが、服はびしょ濡れになるしもう散々だった。

ゲホゲホ咳込みながら岸へ上がり、その場に倒れこむ。


「はあ……何やってんだか……」


 自分で自分に呆れることは珍しくないけど、ここまで酷いのは久しぶりだ。

見上げた先では、白い雲達が蒼穹を飾り付けるように斑模様を作っている。

 この世界・バベルは三つの層に分かれている。一番上が神々や天人のいる天界。次に僕ら人間やその他の亜人族が暮らしている地上界。そして最も下にあるのがソフィリア達魔族のいる魔界だ。


 僕は魔界に行ったことはないけど、ソフィリアの話によるととても恐ろしい世界だったらしい。地上よりも格段に強い魔物がうようよいるし、過酷な環境の為住める場所も限られている。魔族はその日生きるだけでも必死だそうだ。


 この空の上には、神様や天人が暮らす国があるらしい。一体どんな場所なんだろう? やっぱり理想郷みたいな感じなのだろうか。しがらみに囚われることもなく、幸せに暮らせるのであれば是非とも移り住んでみたいものだ。


 なんて、嘘だけどね。そこがどんな楽園だろうと今の暮らしを棄てたくはない。そも、人の身で神様の国に引っ込そうだなんておこがましいにも程がある。

 けれど僕は疲れてしまった。すぐに次のバイトを見つける気にはならない。しばらくはソフィリアに頼っても許されるかな? 


「あれ?」


 尽きない悩みばかりに集中しすぎて、僕は辺りの様子が一変していることに今の今まで気付いていなかった。

 釣り人達が、一人残らずいなくなっている。帰ってしまったというならそれまでだが、一斉に退散なんて不自然じゃないか?


 怪訝に思いながら立ち上がると、その瞬間に直感のようなものが頭に走った。

 僕は考えるよりも早く後方へ飛び退いた。

 それは約一秒の差だった。動いた直後、僕が寝転がっていた場所に高密度の水弾が叩きつけられたのだ。


 はじけて飛んだ水しぶきが、乾き始めていた服を再び濡らす。 

 湖面には大きく平たい影か映っており、泳ぎ回っていることからそれが生物のもであることが分かった。

 ……来る!


 身構えた瞬間、湖の真ん中に轟音と共に水柱が上がる。

 巨大なモンスターが、水中からその姿を現した。

 背中側が黒、腹側が白いエイのような風貌をしているが、ヒレの部分は禍々しいコウモリの翼に置き換わっている。無数に生えている長い尾はまるでイカの腕のようだ。


 海魔クラーケン。以前読んだ図鑑にその特徴的な風貌が写真で載っていた。危険度は五段階評価中で四に指定されている、強力モンスターの一角だ。

 性格は獰猛を極め、魔導士の討伐対象になる事例も多い。


「普段は海で暮らしている筈なのに、どうしてここに……!?」


 疑問に気を取られている暇は無かった。

 クラーケンは喉元に並ぶ六つのエラから水のレーザーを発射する。その威力は凄まじいもので、着弾した部分の地面がみるみる内に削り取られていった。

 身体に穴を空けられる訳にはいかない。僕は不規則に動く六本のレーザーの間を縫うように抜ける。


 ここで心配になるのは釣り人達の安否だ。まさか皆こいつに襲われて既にお腹の中……? 恐ろしい想像が頭をよぎった。

 と、思ったら向こう岸の木々の奥に、我先にと逃げていく人達が見えた。ああ良かった。

 さて。一般人の無事は確認できたし、僕はどうしようか。


 ゆっくりと仰々しく翼を動かしながらホバリングしているクラーケン。まさに強者の余裕といった態度だ。モンスターの感情なんて分からないし、実際はどうか知らないけど。

 細いレーザーで撃ち抜くのは飽きたのか、クラーケンは初手で見せたような水弾を口から吐き出した。


 砲弾かと見紛うようなそれは放物線を描いて僕の頭上へと落ちてくる。

 僕は半分倒れこむような形でそれをギリギリ回避した。

 地面を転がった際に、口の中に土や草が入り込む。大自然の味と言えば聞こえは良いが、普通に気持ち悪い。


 もしも僕が正規の魔導士だったら、敵前逃亡など言語道断だろう。けれど、ただの志願者である僕に戦う義務は無い。だからこのまま隙を見て離脱するのもいいかもしれない。無駄な争いを避けるのも選択肢の一つとしては立派に成立する。

 でも、ここで逃げたらきっとクラーケンは街へ向かうだろう。そうしたら、後の展開は簡単に読める。


 僕は服に付いた汚れもそのままに立ち上がった。そして未だ水上にて佇むクラーケンと相対し、威圧を真正面から受け止める。

敵は平らな頭の両側に付いた無機質な黒眼で、自身と比べて遥かに矮小な僕を品定めしている。動こうとは、しない。


「いつもより火力を上げて……『メガ・ファイア』!」


 掌から大きめに火球を生成し、顔面めがけてぶつける。

 巨体故に回避はままならない。旋回し、身体の座標を変える頃には体を焼かれる。クラーケンは知能が高いので、きっとその事を理解しているだろう。


 けれど、それでも余裕は揺るがない筈だ。何故なら、奴らには圧倒的にフィジカルに恵まれているからだ。

 人の放つ魔法など、痛くも痒くもない。強い魔導士と戦ったりして痛い目見たことのある個体でない限り、ほぼ確実にそう思っている。


 現に奴には敵対心はあったけど、警戒心というものがまるでなかったのだ。

相手は自分より弱いと思い込んでいるが故の慢心。それが敗因だ。

人の金切り声にも似た悲痛な叫びと共に、クラーケンはその巨体を余すことなく炎に包みながら落下していく。


 聞こえたのは、火に水をかけた時の気の抜けるような音。そして、大きな物体が水に落ちた轟き。それからさっき水から出現した時と同規模の飛沫が上がり、雨の様に降り注いだ。

 深手は負わせたつもりだけど、油断はならない。一応身構えたまま湖の水面を凝視していると、予想通りクラーケンは再び水中から姿を現した。


 けれどダメージはしっかり負っているのか、向こうはもう僕を襲ってくることはなく、ふらつきながら上空へと飛び去っていく。

 これで海に帰ってくれるといいんだけど……。そもそも、どうしこんな小さな湖にいたのか、それが不可解でならない。

 青空の奥へクラーケンの大きな背中が消えるまで、僕は呆然と眺めていた。




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