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煉獄魔導士は働きたい!  作者: 春井ダビデ
忍び寄る暗殺者
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第十九話 ソフィリア対ノワル

 刃が喉へと迫った時だった。

 振り下ろした腕が、しなやかな脚に蹴り上げられたのは。

 予想外の衝撃を受けたノワルの手はそのままナイフを放し、その後遅れて痛みの信号が脳へと伝達される。

 ビリビリと痺れる腕を押さえながら、ノワルはソフィリアを睨む。


「今日はよく、邪魔が入る」

「次は股ぐらに撃ち込んであげようかしら?」


 挑発的に蹴りの構えをとるソフィリア。

 ノワルは眉をひそめる。


「お前はこいつの召使いか?」

「いいえ」

「だったら何故邪魔をする? わざわざ守ってやる義理は無いだろうが」

「そうね。別にこの男はどうでもいいわ。ただ、わたしの彼があなたに用があるらしいのよ」


 それに……と彼女は続ける。


「さっきシカトこいたの、ムカついたから」


 スッと、目を細めるソフィリア。

 言いようのない寒気を覚えたノワルだが、気を取り直してソフィリアにナイフを向ける。幸い、今の隙のおかげで痛みも回復してきた。


「とりあえず、お前は俺にとっての敵ということだな?」

「まあ面倒だし、それでいいわ」


 答えながら、眉間目掛けて飛んできたナイフをキャッチした。

 不意打ちも難なく防いだソフィリアに、ノワルの覆面の隙間から覗く眼が少しばかり驚いたような様子を見せる。

 ソフィリアはナイフを左手に持ったまま敵へ距離を詰める。そしてノワルの腹部目掛けて、空いている方の右手でパンチを放った。


 正直ノワルは彼女を見くびっていた。舐めていた、と言ってもいい。反応が遅れ、回避に移れなかったのもその為だろう。

 そんな身も心も無防備だったノワルの腹に見舞われた拳は、鉄球でもぶつけられたのかと錯覚するぐらいの威力を隠していた。


 瞬間に彼の体は吹っ飛び、庭の木に激突する。

 まるで内臓一つ一つを丁寧に潰されたかのような痛みが襲い、やがて喉の奥から何か生温かくて鉄の味のする液体が溢れてくる。

 その液は口から零れ、彼の衣服に赤い染みを作った。


 揺らぐ視界の中、その美しい女は息も切らさずに立っていた。

 いつの間にか頭の両側に二本の羊のような角が生えており、そして静の青から動の赤へと変色した目がこちらを見据える。

 赤眼は魔族の象徴だと、ノワルは知っていた。


「正体を、現しやがったか」

「ふふっ、か弱いメイドさんじゃなくてごめんなさい」


 ソフィリアは尖った歯を見せて笑う。禍々しくもどこか品性を感じるのが不思議だった。

 幸い、ノワルが来ているインナーはモンスターから取れた丈夫な素材でできているので戦闘不能には至らなかった。だが、あれを生身で受けていればほぼ間違いなく即死していただろう。


 この女の正体は不明だがノワルには一つだけ確実に言えることがあった。

 先程戦った魔導士達よりも、今目の前に立っているこいつは強い。一手でもミスを犯せば負ける。


「本当についてねえな、俺って奴は……」


 俯きがちにぼやくと、魔法を唱える。


「『影弾丸(シャドウバレット)』」


 闇の魔力弾が三つ、彼の周りに出現し、時間差でソフィリア目掛けて飛んでいく。

 ソフィリアは一射目を手に持ったナイフでガードする。すると、ナイフは弾に触れた部分から腐敗していくように黒く変色していき、やがて消滅してしまった。

 これはマズいと感じたか、ソフィリアは続く第二射、三射を躱す。


「邪属性……人間が使えるのは珍しいわね」


 魔力は火、水、土、風、雷、聖、邪の七属性に分かれている。人はこの中から一種をランダムで持って生まれるのだが、中でも聖と邪の二つは人間に宿ることは少ない。聖属性は天人が、邪属性は魔族が所有していることが多いタイプだ。

 ソフィリアも魔界にいた頃は邪属性使いもそれなりにいたが、人間が扱っているのを見たのは初めてだ。


「まだまだいくぜ!」


 再び影弾丸(シャドウバレット)を放つノワル。今度は数を増やし、高密度の弾幕を張り巡らせる。

 流石にこれを全て避けきることはできない。ソフィリアはそう判断し、自分も魔法を使うことにした。


「『グラースシルト』」


 顕現したのは、白い冷気を漂わせる氷の大盾。それは主の手で掲げることを必要とせず、宙に浮かんだまま敵の攻撃を受け止める。

 氷魔法――水の魔力を応用することで成せる。ソフィリアにのみできるという訳ではないが、高度な技術が求められる芸当だ。


 彼女が他の氷使いと一線を画す点は、その美しさにあった。生み出した氷盾は、造形の面において並の工芸家を凌駕するレベルに至っている。

 かといって硬度が疎かにされていることはなく、魔法の連弾を受けても尚歪み一つ見せずに輝き続けていた。


「チッ、頭に来るぜ……。キラキラしたモンは嫌いなんだよ」


 その目は暗く、淀んでいた。

 まるでどこか深い底から、あるいは決して開け放たれることのない牢の中から、この世全てを妬むような、そんな眼差しだ。


「全て喰らえ。『暴食月(ベルゼブブ・ムーン)』」


 彼は再び凶星を呼んだ。

 中天に現れた黒い月。それは決して満たされない食欲に突き動かされるがごとく、周囲にあるもの全てを吸い寄せ始める。


 まず、盾がその引力に耐えきれず飲み込まれていった。

 ソフィリアも宙に浮かび上がったが、間一髪で近く生えていた木の枝に掴まることができた。しかし、幹はぐらつき今にも根が露呈しそうだった。


 そして守りが手薄になったところを逃さず、ノワルは『影弾丸(シャドウバレット)』を撃つ。それはソフィリアの背中に命中した。


「しまっ……!」


 それと同時に手は枝から離れ、彼女は『月』へと吸い込まれていく。

 餌を全て食い尽くした『月』へ向けてノワルは腕を伸ばし、開いた手を閉じる。すると黒い球体は握り潰されたように爆散した。


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