第十三話 奇妙かつ不幸な巡り合わせ
案の定というか、衛兵ホークの攻撃は苛烈さを増していた。今度は逃がさない、という意思の表れだろうか。
羽の形をした刃をスコールのように飛ばして来たり、口から熱線を吐いたりと、これじゃあモンスターとそんなに変わらないじゃないか。こんなのが本当に実装されたら犯罪者は捕まって牢屋に入れられる前に皆灰になってしまうだろう。
僕は元来そんなに体力がある方ではなく、既に息は上がってきていて攻撃を避けるのもやっとなぐらいだ。正直もう限界が近い。でも下手に反撃して壊しちゃったら嫌だし……。
向こうだってあれだけ激しく動いていればそろそろ魔力も切れそうなものだけど、奴にその気配はない。流石はミラさんの発明品だ。うんざりする程性能が良い。
錐揉み突進を横に跳んで避けた拍子に、そのまま着地に失敗して僕は石畳の上を転がった。
「いてて……って、ああああ!?」
痛みに耐えながら顔を上げた僕の顔が絶望に染まる。
衛兵ホークはクチバシを大きく開け、喉の奥にオレンジ色に燃え盛るエネルギーをチャージしている。動物の本能的な領域で僕は察する。あれは駄目だ。人に向けていいモノじゃない。
立ち上がり、駆け出す時間はない。
「『プロテクション』!!」
光の障壁は僕と灼熱のブレスを、寸前の所で隔てる。
ブレスは壁にぶつかると、まるで水でもかけられたみたいにあっけなく四散、消滅する。
「ヤッテクレタナア……コノゴミ虫野郎ガア」
一安心と息をつく暇もなく、衛兵ホークはいきり立って急降下してくる。その目は眩しいほどに光っており、怒っているように見える。
急いで横に飛び退くと、すぐ脇を超スピードで通過していく。心臓に悪いったらありゃしない。
「に、逃げなきゃ……」
ミラさんの所に戻って、奴を止めてもらおう。もう充分実戦データは摂れただろうし、彼女も満足してくれる筈だ。
僕はヨタヨタと走る。
「もう衛兵だなんて呼んでやるもんか……。殺人ホークだ、君なんか」
「ナンダトコラアアア!!」
「聞こえてたああああ!? ごめんなさあい!!」
小声で呟く悪口も漏らさずキャッチ。衛兵様は聴覚もご達者なようだ。
激昂しきった衛兵ホークはトドメを刺さんと脚部の爪を展開し、体力も底を尽きすっかり動きの鈍くなった僕へ突っ込んでくる。
そして僕がもう一度プロテクションを使おうと口を開きかけた瞬間だった。
一陣の風が吹いた。
その風は刃となり、僕に向けて鉤爪を突き立てる衛兵ホークの首をいとも容易く撥ねた。
忘れていると思うが、衛兵ホークは機械だ。かなり感情的で饒舌な奴だけど機械だ。なので、首と胴が離れても血の噴水を作ったりはしない。
その代わり奴は地面に落ちると、様々な大きさや形をした部品類をばら撒いて倒れた。
何が起こったのか分からず唖然としていると、やけに元気のいい声が聞こえてきた。
「やっほー! 無事? 無事だね。良かったー」
黒いミニスカートの少女が、スキップのような軽快な足取りで近づいてくる。
歳は十五、六くらい。深緑色の短い髪をしていて、笑う口元から覗く八重歯がチャーミングな女の子だ。
「ヘンなのに襲われてるからびっくりしちゃったよー。私が来るの、もう少し遅かったら危なかったね」
「え、あっ、いや……」
呆気に取られてまともに返事もできないが、少女は気にしていないようだ。
「わたし、カノン! ギルド〈ブラッディ・ハート〉のランク2(セカンド)! 応援よろしくね!」
そう早口で名乗った少女は、風のように去っていってしまった。
ぽつんと一人残された僕は、足元に転がっているついさっきまで衛兵ホークだった金属片達を無表情で眺める。
「これ、どうしよ……」
虚しい呟きを聞いてくれる者は、誰もいなかった。
「それでこの体たらくってわけ?」
事の一部始終を報告すると、ミラさんは第一声こう言った。
ビクッと僕が身を震わせた拍子に、気休めに胴体の上へ乗せておいた衛兵ホークの首がまた床に落ちた。
「とりあえず弁償ね。修理費用五万ナック、耳を揃えて払って頂戴」
「そんな殺生な! だいたい壊したの僕じゃないんですよ!?」
「不服だったらそのカノンとかいう魔導士を捕まえてきなさいよ。まあ、ギルドがギルドだし難しいかもしれないけど」
「それは……確かにそうなんですが……」
そこは僕も頷かざるを得なかった。
あの少女が所属していると言っていたギルド――ブラッディ・ハートは王都の四ギルドの中でも一際異質というか、クセが強い。
まず、メンバーの魔導士の大半が謎に包まれている。どうもギルド側が意図的に情報を隠蔽しているらしい。これだけでもう怪しい臭いがする。
そんな所に舞い込む仕事がまともな筈はなく、暗殺や盗み、密輸の手伝いなどダーティな依頼を専門的に扱ってるんだとか。
こうして就職浪人をやっている身でもブラッディ・ハートだけには入りたくない。いくらなんでも僕にだってこの程度の我儘は許されるだろう。暗殺者になんかなっちゃったら家族にどう顔向けすればいいんだ。
なんていう僕の個人的な意見は置いといて、今は目の前の問題について悩もう。ズバリ、どうお金を工面するか。衛兵ホークはミラさんが苦心して作った物だ。やっぱり修理は必要だと思う。
けれど五万という数字は決して小さい値ではない。当然ながら僕が財布からポンと出せる筈もなかった。
あの少女を捕まえようにも、さっき言った通りブラッディ・ハートの魔導士の情報は悉く非公開となっている。ギルドに行こうにもその場所も一般には知られていないそうだ。
ソフィリアに払ってもらおうか。多分なんとかしてくれる……いやいや、流石にこの金額は駄目だ。今でさえ頼りきりなのに、これ以上迷惑をかける訳には。
とにかく、この件は彼女には内緒にしておこう。
「ていうか、ミラさんは何かないんですか。ランク12の人脈を活かせば、流石に魔導士の一人見つけられるんじゃ……」
「そんなのないわ。同じギルドの連中とも碌に関わってないぐらいなんだから。……別に友達がいないとか、そういう意味じゃないわよ?」
聞いてもいないのに余計な訂正を入れてきた。黙っていればよかったのに。
ミラさんは頬を赤らめながらも平静を装った風にして告げる。
「と、とにかく。期限は一週間。それまでにお金を持ってきて。さもないと……ええと、酷いことするわ!」
(あ、考えてなかったんだ……)
クビにするとか軽率に言えないんだろうなあ、こんな経営体制じゃ。それに酷いことならいつもされている気がするんだけど。更に上があるのだろうか。
その会話を最後に、ミラさんはプイとそっぽを向いてしまった。
しかし素性不明の暗殺者などどうやって探せばいいんだ。当然僕には裏社会に通じてそうな物騒な知り合いはいない。
こうなったらもう、背に腹は代えられないようだった。