第十一話 新たな発明
爽やかな朝日が差し込むある朝。僕は眠気の残滓を吐き出すように大きなあくびを一つした。よし、これで完全に目が覚めたぞ。
目の前に座るソフィリアが、パンにバターを塗って僕の皿に寄こしてくれた。
僕はそれにかぶりつく。ふわっとした生地の食感と、バターの控えめな塩味が口に広がった。素朴なおいしさとは正にこのこと。
僕は机の上に置かれた新聞を取り上げ、目を通す。
先日、住宅街に凶悪な魔族が現れたけど退治されたという記事があった。もしかして、この間やっつけたあの名前の思い出せない魔族だろうか。
まあそんなの僕の案じるところではないか、と僕は上品にコーヒーを啜っているソフィリアへ問いかける。
「ソフィリア、今度の週末って空いてる?」
「如何なさいました? ご命令でしたら何なりと」
「違うよ、そんなのじゃないって。ただ、暇なら二人でお出かけなんてどうかなーって」
「行きましょう」
即答。そんなに身を乗り出さなくても。
ソフィリアはおやつを貰った子犬みたいに瞳を輝かせている。喜んでもらえたならこっちも嬉しいんだけどさ。
この間喧嘩したお詫び、というのが名目ではあるけれどソフィリアには黙っておこう。余計なことを気にさせたら悪いからね。
「今の季節ならシルド丘の桜が満開ですわ。それとも、中心街に買い物に行きましょうか」
うきうきと予定を立てている彼女を見ていると、魔族もそんなに怖いものじゃないなと思えてくる。
温かい気持ちで眺めていると、視線に気付いたソフィリアが首を傾げる。
「私の顔に何か付いておりますか?」
「いやいや、なんでもない。いつも通り、綺麗さ」
「! ありがたい、お言葉です……」
尻すぼみ気味に呟くと、ソフィリアは赤らめた頬を隠すようにして、使用済みの皿を洗い場へ持っていってしまった。
別に僕はお世辞や冗談を言ったつもりはない。本当に、彼女は美しい。穢れ一つ知らないような、清純な乙女のように。
おまけに家事もできて、気品があって、世の男が想い描くような理想の女性。僕だって全く異性として見ていない訳じゃない。
でも、ソフィリアは魔族。僕は人間。それは覆しようのない事実。線引きはしなければならない。
センチメンタルになってきたので、何か喋ろうと話題を探す。
「そうだ、ねえソフィリア。僕、また新しくバイトを始めたんだ」
「左様でございますか。女性の従業員はおりますか?」
「まずはそこを気にするんだ……。いるよ、一人だけ」
その女性と二人っきりということは、この際言わなくてもいいだろう。わざわざ争いの種を撒く必要はない。
それでもソフィリアはまだ納得していないみたいだった。
「甚だ疑問なのですが、何故そうまでして貴方が働く必要があるのでしょう。生活費なら私の収入で事足りている筈でございますが?」
「そ、そうだけどさ……。僕にだってその、男としての面目がね?」
「ですが、またお勤め先で怪我でもなさったら困ります」
「うっ……き、気を付けるよ」
そう、僕はとにかく災難が多い。運が悪いのか、僕がドジなのか。あるいはその両方だろう。
つい最近まで働いていた飲食店では料理をこぼしてそれが怖いお客さんにかかったり、その前にいた工事現場では乗っていたやぐらが倒壊して下敷きになったりと、枚挙に暇がない。ソフィリアが心配するのもまあ納得できる。
そんな僕にとって、今の職場は最悪な環境と言えるだろう。実際ここ数日だけで何度も命の危機に晒されているし。
「ちなみに、その新しいバイトというのは?」
「ん? あー、えーっと、研究所? みたいな所で助手をね」
「むう……どことなく不安な匂いがします。とにかく、用心を怠りませんように。よろしいですね? もし御身が危険に晒された際は、必ず私にご報告を。速やかに対象を殲滅致します」
「君のその腕任せなところ、もう少し抑えられないかな?」
流石のソフィリアもミラさんが相手じゃ無事では済まないだろうからね。いやミラさんでなくても暴力はよくないけども。
「何か問題でも? 私の使命は貴方に身も心も捧げ奉仕することです。貴方へ仇成す不届き者があれば、それを始末するのも当然の役目です。この身体だって、お好きなようにしてくれて構いませんのよ?」
「うん、朝からそういう話題はやめようね」
ススス……とスカートの裾を持ち上げようとするソフィリアを止めながら、僕は頭を抱える。なんだか早くも疲れてきたよ……。
あー仕事行きたくないなあ。休んじゃおうかなあ。
って言いながらも、結局今日も来てしまった。ズル休みができない程、僕は小心者だったのだ……。
「タービンの出力をアルファレベルに引き上げて、それでこっちのグラファイト管をセンサープラグに……」
ミラさんは不可解な言語を呟きながら何か機械らしき物を弄っていた。つい先日制作に取りかかっていたばかりなのに、もう完成間近らしい。凄い進捗だ。
それよりも僕を驚かせたのは、この部屋の散らかり様だ。昨日綺麗にしたばかりなのに、室内の至る所には曲がった釘や千切れた配線などが落ちている。
踏んだら危ないので、とりあえず掃除しよう。僕はちりとりと箒を持ってきて、片付けを始めた。
しかしこんなに汚れるということは、僕が帰ってからもずっと仕事を続けていたということか。ストイックな人だ。
やっぱり一流の研究者として評価されているだけある。
「あれでもう少し優しかったらなあ」
「何?」
「うぇっ!? な、なんでもないますよ!」
「文法おかしくなってるんだけど。馬鹿なこと言ってないで、ほら仕事よ仕事」
そしてミラさんは完成したと思しき機械を、僕の所まで重そうに抱えてきた。
身の丈は僕の半分くらいの、鋼の身体を持つ鳥。
新品らしく金属光沢を持つ黒い装甲はどこかカラスを彷彿とさせた。体型は壺みたいにずんぐりとした可愛らしいシルエットだが、顔に埋め込まれた黄色い瞳は無機質でどこか不気味な印象を漂わせている。他にも長くて尖っているクチバシや、よく見ると鋭利な刃が仕込まれている翼など、物騒な気配が拭えない部分があった。
「これは?」
「警備用のオートマタよ。可愛いでしょ?」
オートマタ――魔力で動く操り人形だ。僕も王都に来てからはちょくちょく見かけることがある。
操り人形といえば昔はゴーレムが主流だったんだけど、コストがかかる上に複雑な命令は受け付けないため、その役目を追われてしまった。きょうび使っている所なんて僕の故郷みたいな田舎ぐらいだ。
「この子、ターゲットの情報を入力すれば自動で捕まえてくれる優れモノなのよ? 名前は……そうね、衛兵ホーク三号にしましょう」
「ええ、もっと他に……。まあそれはいいとして、一号と二号もあるんですか?」
「そいつらは失敗作よ。成功例はこの子が初めて。お兄ちゃんお姉ちゃんの分も頑張るのよ~」
き、機械に語り掛けてる……。性別とかも設定していたのか。この子とか呼んでたし、実は友達いないんじゃ……。
でも今の彼女はすごく活き活きとしている。いつものローテンションな様子とは大違いだ。なんだか微笑ましい。
「と、いうわけで早速試運転よ」
「は、はあ。でも犯罪者なんてどこに?」
「何言ってるの? あんたに決まってるじゃない」
「え?」
状況が呑み込めない僕に構わず、あっけらかんとした様子でミラさんは衛兵ホーク三号のスイッチを入れる。
「この子にはあんたの顔を連続殺人鬼として憶えさせてあるわ。存分にその性能を体感してきて頂戴」
「なにやってんだこの人おおおおおお!?」
ブウン……という鈍い音と共に、鳥型の兵器は起動する。それと同時に僕は脱兎のごとく駆けだしたのだった。
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