9.帝都騎士団、現る
うわー!アンタら、ここで何やってんの!!ビックリするわーーー!!!
……と、俺はうっかり叫びそうになった。
すかさず自分の口を押さえ、そのまま山を駆け降りようとした俺を母ちゃんは、がっしり掴んで「アイツら丸腰だ。逃げてんじゃねえ!」とドスのきいた声で囁いた。さすが母ちゃん、腕に何個も根性焼きを入れてるだけある。
いざとなったら、母ちゃんを盾にしようと密かに決意した俺は変な汗を吹き出しながら、身をかがめ、彼らの様子を伺った。
たしかに今、彼らは武装していない。彼らが身につけているのは儀式用の正装なのかトラディショナルな格好だ。
俺たちは息を殺しながら、岩の隙間から彼らを観察した。
ここまで間近で、じっくり彼らを見るのは初めてだった。
みんな俺くらいの歳だろうか。思ったより若い。
肌の白い者、浅黒い者、明るい髪の者、長い髪を束ねた者、メガネをかけてる者、色々な方言が飛び交っている。
そして、噂は間違ってなかった。
こいつら相当、カッコいい。
厳しい訓練の賜物なのか、スラリと筋肉質な体つきをしてる。黒い儀式用の衣装が渓谷の自然の景色から浮き立ち、まるで映画のワンシーンみたいだ。
そしてなんといっても全員から、何だかすごいオーラというかパワーを感じる。
以前、近所の拝み屋の婆ちゃんが言ってたことが突然思い出された。
帝都騎士団は特殊部隊で、危険な任務に就きがちなせいで戦死者や殉職者が多い。そのせいで、彼等からは命の青白い焔が揺らめいてるように見えると言ってた。
それは命ギリギリで生きている者のみから発せられるもので、それに女は自然と引き寄せられるのだそうだ。
俺は男だけれども、婆ちゃんの言う通り、彼らからは特別な何かが体から出ているような気がして鳥肌が立っていた。
そして、この様子に正直、ちょっと感動していた。
昔、森の中で絶滅寸前の幻の鷹、ガルフホークに遭遇した時のように。
これが帝都騎士団か。
すげえ。
帰って自慢しよ、とちょっとテンパった気持ちを落ち着かせてると、彼らの様子が何か不穏な感じなのに気がついた。なんだか、一人の騎士を囲んで彼らが何かを訴えているようなのだ。
囲まれている騎士は、短く刈られた髪、太い首、厚い胸、まさに野獣ってゴツさで、周りよりだいぶ年上に見えた。
「カヴァリエ・リーダー……何とか取りなして貰えませんか」
騎士団の若者の一人が、手を合わせ拝み倒している。
リーダーと呼ばれるゴツい騎士は眉間に深いシワを寄せ、目を閉じたまま腕組みをしたまま無言で微動だにしない。
「お願いします!今、俺たちが頼れるの、カヴァリエ・リーダーだけなんです!!」
「死ぬ思いでこの2週間やってきたんです。ちょっとした、たった一度の過ちで、訓練やり直しって…次の訓練って、3年後ですよね。俺、21っす…無理っすよ、10代の若人どもと話合わないっす」
なんと、今彼らはゴリラ並みにゴツいリーダーに群がり、キャンキャンと仔犬のようにすがりつき、泣き言を並べまくっていた。
どうやら察するに、彼らは何かペナルティーを犯し、今日の帯刀儀に参加させてもらえず騎士団員の資格を受け取れない状況になってるらしかった。
そのうち泣き言が罵り合いに変わり、騎士団同士で殴り合いが始まった。
その時である。
「うるっさーーーーいいいいーーー!!!!」
野獣リーダーがキレた。
ついに。
身体中をブルブル震わせ、目をカッと見開き怒鳴った。
「なななな何が、ちょっとした、過ちよ?上官が大事に大切に可愛がってるペットの鳥を撃ち殺して、焼き鳥パーティを演習地でコソコソ楽しむことが、ちょっとした過ちなのアンタらは!?アタシにまとわりつくなクソバカちんがーーーーー!!!」
全員一斉に黙った。
鳥のさえずりさえ止まった。
最後の「クソバカちんがーー」が、谷にこだました。俺の脳内にも。
アタシ?
え??
………オネエやん…………。