2-1 私の嫌いな食べ物
周りは緑ばかり。人や人工物の気配など一切ない獣道をただひたすらに進み続ける。
その途中で魔物が現れるたびに剣が屠られ、私の呪文が森の中を木霊する。そんなことが数時間続いていたためか既にレインスライムの気配は失せ、手持ちの生命の木の実も尽きようとしていた。
「でもまあ、これだけ食べたのならどんな敵が現れたってお兄ちゃんに敵いっこないよね」
それもそのはず。お兄ちゃんはご飯を食べなくても大丈夫なくらいの木の実を食べていたのだ。というかそんな不思議な実をいっぱい食べてお腹を壊さないか心配になる。
ちなみに言うと私は一個しか食べていない。そんなに簡単に強くなれるのに何故食べないのかと疑問に思うかもしれないが、これには立派な理由がある。それは何といっても、私の大嫌いなピーマンの味にそっっっっくりなのだ!
先程そんなこととはいざ知らず、きっと甘くておいしい苺みたいな味がするんだろうなんて思いながら口に含んだら「べぇーー」なんて涙目になってしまったのだ。その一部始終をお兄ちゃんに見られてしまったのは最近の中でも一番恥ずかしい出来事かもしれない。
そんな数時間前の出来事を思い出しながらチラチラとお兄ちゃんの方を見る。
その様子はいつもと変わらず、相変わらずの無表情。まるで頭だけ石像と交換されたかのようである。
この様子だと先ほどの件を気にしているのは私だけのようだ。私としても、お兄ちゃんが気にしていないのなら問題はない。別に誰かに見られていたわけじゃないんだし。
それから数分たった後、木々しか見えなかった視線の先には草原が垣間見え、健康的な光が感じ取れた。
人間とは不思議なもので、開放的な気分になるとつい燥ぎだしてしまうようだ。私はその光が広がる方向へと無邪気な笑顔で走り出した。
遂に森を抜けた。暗さに慣れた眼は、陽光の輝きに耐えきれず瞼を閉じる。
徐々に強い光にも慣れていき瞼を開くとそこは、まさに子供のころに聞かされたおとぎ話の中に出てくる旅の始まりを象徴するような広大な草原であった。
気持ちの良い風が作る白と緑の波は大海原の中に立っているのではないかと錯覚させる。
「まあ、海は行ったことないんだけどね」
そう、実のところパプライラ王国の近くには海が無く、人の話や絵で見た程度でしか海というものを感じたことがない。でもいつかこの旅を通じて海を見ることができるんじゃないかと少し期待している。この旅は楽しむためのものじゃないって分かってはいるけど、常に気を張ってちゃ体がもたないだろうし、少しくらいの楽しみがあってもいいよね?
私は思いを馳せつつ、草原の先に見えたものにも気を向ける。
あれは街だ。正直に言うと、地理には詳しくのない私はあれが何の街なのかは分からない。
でも一つ確かなことがある。
振り向けば後ろからお兄ちゃんが歩いてくる。お兄ちゃんは街に向かっている。
――――あの街は聖剣が指し示した場所なんだ。
私は何かに祈るように自身の杖を強く握る。思い出すのは昨日の悲劇。凄惨な戦場の光景。
またあんな戦いが起こるのかもしれない。そう思うと恐怖で足がすくみ、手の震えが止まらない。
あのような状況に直面したとき、私は冷静に戦えるだろうか。お兄ちゃんを守れるだろうか。
そのように思いを寄せる人は、いま私を通り過ぎて行った。大きな背中。昨日までと同じなのに何かが変わったようなその姿は、一人で彼の皇国を倒してしまいそうでもあった。
そうだ、最初から恐れる必要なんてなかったんだ。私はお兄ちゃんを信じている。お兄ちゃんについていったのは弱くて負けてしまうのが心配だったからなんかじゃない。死をも厭わないような行動をとった時に私が止めるためのお供だ。
昨日のようにはいかない。もう、お兄ちゃんが負けることなんてあり得ないんだから!
緑の海を駆け出す。
「まってー! お兄ちゃーん!」
それは改めて自分自身に覚悟を問うた、お昼過ぎの出来事であった。




