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Quad ~ロボットみたいなお兄ちゃんの生き方は絶対に間違ってる!~  作者: ツネノリ
第一章 勇者ああああと妹
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1-6 勇者、死す。

「エルブレイズ――!!」


 怪物の詠唱と共に、喧騒が巻き起こった。

 三つ首の竜が魔方陣を纏い、その口から地獄の炎が放射される。

 魔法によって作られた火は勇者ではなく、辺りの家々に放たれる。それによって起こる火災はたちまち広がり、通常の炎の進行速度とは思えない程の速さで燃え移っていく。


「さて、いい舞台が完成しましたね」

 三つ首のその言葉は、彼の人格を表していた。いくら無辜の民を傷つけたとしても、何も思わない人でなしの人格を。

「ははぁ~なんてこった~。勇者様は民も守れないのか~。そんなことじゃ皇帝様を倒すことなんてできないぜ?」

 怪物たちは挑発を続ける。武器を構えるわけでもなく、その無防備な姿勢には絶対なる自信がうかがえた。


 事実、私の足は震えて動かない。予備詠唱もなしにこんな強力な魔法を使うなんて見たことないどころか、魔法教室の先生よりも何倍も格上だ。

 これは、いくらお兄ちゃんでも絶体絶命。だがその顔を見てみると、いつもと変わらない無表情だ。いったい何を思っているのだろう。もしかして私と同じ、怖くて動けないのか。それとも彼らを倒す術があるとでもいうのか。


「怪物め! そこを動くな! 貴様は我ら王国騎士団が相手だ!」

 突然、聞いたことのある声が、怒りの感情を宿して後ろから響いた。

「団長さん!」

 私は震える口で、歓喜の声を上げる。

「嬢ちゃん! 君は下がっていろ、ここは俺らが何とかする!」

 団長たちが私より前に出る。

 先ほど会った時とは状況が違うためか、彼の雰囲気は別人のように感じられた。それは誰もが頼りたくなる大きな背中を持った偉大な戦士。まさにパプライラの王国騎士団長の姿そのものであった。


「チッ……」


「え?」

 その舌打ちはお兄ちゃんのものだった。

 私はその行動に驚いた。それはお兄ちゃんが苛立ちなんてものを覚えるなんて思わなかったからだ。

 反面、安堵する気持ちも私にはあった。お兄ちゃんはまだ、人間の心を忘れていなかったんだって確信できたから。からくり仕掛けの人形じゃないって分かったから。


「対魔術師部隊と四、五、六番隊はそれぞれペアとなって竜を攻撃! 残ったやつらはあの豚野郎をぶっ飛ばすぞ! 奴らを横から挟み撃ちに――」

「――ッ!」

 団長が指示を配る途中、誰かが勢いよく飛び出していった。……お兄ちゃんだ――!


「お兄ちゃん!?」

「なッ――!」

 その突然の行動に思わず団長も驚愕を隠せずにいる。

 お兄ちゃんは作戦などお構いなしに、正面から突っ込んでいく。

「ケッ……」

 怪物は笑う。素早い動きで大豚の前へと高く跳ぶ。だがその動きは誰が見ても明らかに無謀であり、それは予想通りの結末となった。


 薙ぎ払われた棍棒。その中心部分に吸い付くようにお兄ちゃんの体は打ちのめされた。

 まるで石ころ。放物線を描くその体は民家へと衝突し落下。誰もが唖然と立ち尽くしていた。

「馬鹿な奴だぜ。あれじゃあやられに来てるもんだぜ」

 あまりのあっけなさに怪物も困惑しているようだ。それは私も同じ気持ちであった。


「お兄ちゃんが?」


 やられた? 本当に? 本当に?

 突然すぎる出来事に放心する。ここが戦場だということを忘れて、兄が落ちた方向を呆然と見つめている。


「勇者は敗れた! ここは俺たちが戦うしかない。作戦は先ほどと変わらない! かかれ!」

 団長の雄たけびと共に、まるで狼のように戦士たちが咆哮を轟かせながら走り出す。

 その声さえも聞こえないくらいに、私は立ち尽くす。

 もしや気絶しているのではないだろうか。そんな風にさえ思える私に向かって、ある人が声をかけてきた。


「妹さん! ここは危険ですから避難してください! もしよかったらお兄さんのところへ!」

 うつろな目でその人物を見る。その人は朝に団長と共にいた人だった。

「気持ちは察しますが、ここにいれば巻き込まれるだけです。さあ早く!」

「……うん」

 その人に促され、歩くことすら億劫な足を動かす。


「うわああああ」

 後ろからは戦士の悲鳴。それも一つではなく、数えきれない程だ。

 のらりくらりと歩を進める私は、いったいどのくらい歩いたのであろうか。

 お兄ちゃんの落ちた場所の距離感も掴めずに歩いていると、背中に強い衝撃が襲った。


「あっ!」

 衝撃はそのまま重量へと変わり、倒れた私を押しつぶしてきた。

 その物体を確認すると、それは戦士の一人であった。訳も分からずその下敷きから解放されることだけを願って抜け出そうとすると、私の周りに大きな影がかかった。

 「あーあー、あっけねえぜ。この国の騎士団はよ~」

 後ろから生暖かく悪臭を放つ怪物の気配を感じる。どうやらこのまま私を押しつぶすらしい。

 そんな最後を迎えるなど以ての外だ。最後の力を振り絞って下敷きから抜け出し、息が切れた状態で駆けだしてお兄ちゃんの元へとたどり着く。


「……お兄ちゃん! しっかり!」

 意識がない。まさか死んでなんかないよね……?


「……医神よ、我に力を与えたまえ。ヒール!」


 自分でも気休めにしかならないと思っているが、少しでもと回復の呪文を唱える。

「死なないでお兄ちゃん!」

 叫びは届いているだろうか。私の中には、お兄ちゃんがもう二度と目覚めないんじゃないかという焦燥しかなかった。

 だが考えてみれば、お兄ちゃんは今までもずっと眠っていたのではないだろうか。自分が勇者であると知った時から、それより前のお兄ちゃんの人格はもしかしたら深い心の中で縛り付けられたままなのではないだろうか。

 そんなのはいけない。お兄ちゃんには見てもらわなければならない、勇者の使命なんか忘れて、楽しくてちょっとばかり辛い、この普通の世の中を。


 それまでは――――諦めない!


 そう思った瞬間、体が身長の数倍の高さまで持ち上がる。

 既に、悪逆の気配が背後まで近づていた。

「どけ、俺はこの男を倒すために来たんだぜ?」

 無力にも、どうすることもできない。魔導衣をつまんで持ち上げているその指を振り払うこともできず、ただただぶら下がるだけ。

 怪物は棍棒を振り上げる。ついにお兄ちゃんにとどめを刺しに来たのだ。

 勢いよく振り下ろされようとしたその醜悪な形をした武器は、振り上げた頂点のところで静止した。


「……その娘に触れるなッ…………」

 それはさっき私を守ってくれた声。団長の助手さん。

「邪魔だぜ?」

 容赦なく振り下ろされたその打撃は、お兄ちゃんではなく、後ろにいた彼に直撃した。

「ああああああ!!」

 耳を塞ぎたくなるほどの悲鳴。

 私はその打撃の衝撃で地面に振り落とされていた。


「……っ!!」

 受け身も取れずに落下した体には大きな衝撃と激痛が走る。だが私はすぐさまお兄ちゃんの前に立ち、怪物に向かって杖を構える。

「おお、戦う気か?」

 そんな訳がない。私の実力は分かっている。この怪物にはかなわない。なら私は少しでもできることをするだけ。

 先ほどお兄ちゃんからもらった兜を被る。少しでも時間を稼ごうとする考えの表れだ。しかしこんな程度でどれだけ増しになるか。


「……盾神よ、我に力を与えたまえ。シールド!」


 上出来だ。今までで一番、精度のいい盾を作れたはず!

 私は半透明な球状の盾を作り出す。全魔力を注ぎ込んだこれは何秒持つだろうか。いまはお兄ちゃんを守ることだけに専念する。

「ほほう、受けてたつぜ!」

 怪物はまた棍棒を構える。今度は何かの技を繰り出すのか、きれいに真上へと振り上げている。


「――奥義・圧潰斬!」


「!?」

 勝負は一瞬だった。盾は一撃の下で破壊され、粉砕する。

 衝撃で飛ばされる私とお兄ちゃんはスローモーションで見えた。ああ、お兄ちゃんを守るなんて言っていた私は、冒険を始めることすら許されなかったというわけか。


 飛ばされた先で、お兄ちゃんに寄り添う形で地面に落ちる。

 どうか、最期の時だけは、お兄ちゃんと一緒がいい。

 力など残っていない両手で精いっぱい握りしめる、絶対に離さないと。

 当然の如く、怪物の気配は近づいてくる。一歩一歩、今度こそとどめを刺すという意思を剥き出しにしながら。


 だが同時に、逆方向から別の何かが歩いてくる気配を感じた。人……のようでそうでない、何か神聖な雰囲気を感じさせる何か。

 そうか、それは私たちを迎えに来た天使か。

「なんだお前?」

 誰かが話している。

 私は何かに抱き寄せられた。お兄ちゃんと一緒に。


「……エルヒール」


 視界は光が溢れるように真白と化していく。

 そろそろ、耳も使い物にならなくなってきた。痛みも感じなくなり、強い眠気や浮遊感が襲ってくる。

 私は最後の力を振り絞って顔を上げる。


 そこにいたのは、白いローブを着た美しい顔立ちの男であった。


 これが、天使か。

 口が利かないので、心の中で感謝を告げる。だが、天使は私に向かってこう告げた。


「あなたの旅は、まだ終わっていません」


 耳は既に機能を失ったはずなのに、どういう原理か声が聞こえたのだ。まるで心に直接語り掛けてくるような感覚。


「必ずしも、彼の皇帝を倒すのです。どうか、ご無事で」


 その言葉を最後に、私は強い光に飲み込まれた。

 今のはどういうことなのか。私たちは死んだのではなかったのか。

 やがて疑問も薄れた朦朧な意識の中、天使の元を飛び立った私たちは高い空を飛んでいるようだった。

 それに気づいたところで、私の意識は既に途絶えていた。


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