3-26 それでいいわ
「エラ!! いえ、エラはそんな顔じゃなかった、傷だらけで小汚いただのクズよ! そこの女は誰!? 魔女だわ、悪魔に違いないわ!! そうでしょう!? ねえ!!」
エラちゃんのお母さんが裏門から怒号とともに現れた。あまりにも怒り狂いすぎていて、広場にいた全員が唖然としていた。言葉は滅茶苦茶だったが迫力だけは強く、割って入る者は誰もいなかった。
エラちゃんはどうだろうか。昔から酷い虐待を受けていたんだ、もしかしたら怯えているかもしれない。私はバルコニーの方を見る。しかし彼女は怯えるどころか冷静な眼差しで現場を見下ろしていた。
「エラ! 大丈夫か!」
その男性の美しい声はエラちゃんの後ろの方から響いた。高貴な靴の足早に駆ける音が迫る。姿を見せたのはフランクの王子、エラちゃんの旦那様だった。
彼は裏門の惨状に唖然とした後、エラちゃんの母親よりも先にお兄ちゃんの方に目をやった。
「っ……貴様は!」
まずい、遂に見つかってしまった!
私は何とか弁明の言葉を思い浮かべるが、うまく形にならない。しかも先ほどの疲れが今になって押し寄せてきたようで、立っているのもやっとなくらい足が小刻みに震えている。
お兄ちゃんを睨みつけ今にも剣を手に跳びかかりそうな王子を制止したのはエラちゃんだった。
「やめて! 彼は逆賊らの乱を収めるくれたのです。多少の無礼はお許しください!」
「くっ……」
自分の勘違いだと正され、王子様は何とか怒りを抑えてくれた。彼にはお兄ちゃんのことよりも優先すべきことがある。それは王族への攻撃を仕掛けた者の処罰。この事件の犯人を特定することだ。
しかし彼が難しい推理を構築する必要もなく、この件の犯人は名乗りを上げると同然の態度を取っていた。
「私は許さないわよエラ!! 小汚い養子風情が我が家よりも上の立場に成りあがるだなんて叶わない夢なのよ!! おとなしく殺されなさいよ!!」
「許さないのはこちらの方だ!」
半狂乱になった母親が怯むほどの圧力が、その一言に込められていた。
「いくら我が妃の母親とて許されることではない。貴女は貴族であることは愚か、この国の民としても認めることができない!!」
「出ろ!」
王子が言葉を止めたタイミングで裏門の外から二人の縛り上げられた女性が兵士に連れられて出てくる。エラちゃんの姉たちだ。
犯人ら三人は広間の中央で跪かせられる。不安を隠しきれない姉二人とは違い、母親だけは苦悶や怒り、嫉妬などの混沌とした表情が浮かんでいた。
「審問官を呼んで取り調べを始めるぞ。回答次第では豚小屋へぶち込む。ああそうだ、見せしめにそこの逆賊たちは首を跳ねて晒しておけ。エラ、それでいいな」
「そんな……」
あまりに残酷な仕打ちに声を漏らしてしまった。この人たちはこんな簡単に殺されてしまうのだろうか。
王子に返答を求められたエラちゃんは何も言わずに自らの家族だった者達を見下ろしている。その瞳には一切の嘆きも同情も無いように見えた。おかしい、彼女はこんなにも非情な人間だっただろうか。確かに私と知り合うもっと前から彼女は酷い環境を押し付けられてきた。しかし彼女は傷の痛さを知っているからこそ優しく、誰に対しても気が利いてとてもいい子な筈だ。お願い、こんなことは止めて……エラちゃん……!
これから起こる残酷な光景を想像してしまい、思わず吐き気を催す。
私が心の中でどれだけ訴えてもエラちゃんには届かない。彼女は誰とも目を合わせずに翻り、ヒールを響かせながら城の奥へと消えて行ってしまった。




