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Quad ~ロボットみたいなお兄ちゃんの生き方は絶対に間違ってる!~  作者: ツネノリ
第三章 勇者ああああと壊れた城の灰かぶり
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3-25 三神獣

 最初に鳴った足音が合図となった。高音を含んだ金属製の靴の足音が幾重にも重なる。

 続いて動いたのは電撃を伴った軽快ながらも重い、獣の足音。

 最後に動くは羽ばたく巨大な翼と風を押す音。

 順番通りだ。勇者が最初に動き出し、次にこの場で最も速い雷狼が駆ける。そして燃竜が最後に動き出し、影魔は攻撃に備える。

 勇者は雷狼に追い付かれる前に影魔の寸前まで近づいていた。距離関係的にも勇者と影魔の方が近かったが、速さを取り柄とする雷狼を寄せ付けない程のスピードを出したとなると、彼の身体能力が如何に高いかが伺える。


 既に剣は振りかぶられており、影魔は逃げる間も与えられなかった。

 薙ぎ払いの斬撃が勇者から放たれる。しかし手応えはない。影魔はその特性から、自身の実体を影の状態とし、地面の中に潜りこんだのだ。勇者はその時、何かの紙くずを投げつける。

 攻撃を躱されたにも関わらず、勇者は影魔に追撃を与えることも、驚く様子さえもなかった。全ては計算の内というようにその場で翻す。

 すると影が爆発音とともに蠢いた。助けを求める高い悲鳴。不快感を覚える金切り声は地の底から湧き出すようだった。

 影魔は実体を取り戻すも、体は地面に埋もれその場から動けず、耐えず無駄な近接攻撃を繰り返している。


 これは先ほど勇者が投げた紙くず、爆破の魔法印が刻まれた紙片を影魔につけたのだ。しかし影魔は拘束の魔法などの影響を受けているわけではない。古くから魔法が根付く街で生まれたヒリアも、魔女から多くの魔法を教授されたエラでさえもこの現象を不可解と捉えていた。これも勇者の成せる業なのか、それとも――――


 駆ける勇者が向かうは城内部への入り口。見事に雷狼をおびき寄せながら扉の向こうへと滑り込む。

 追ってきた雷狼は勢いそのままに開口部へと突撃。体は入りきらず、入り口から肩より上をねじ込ませる程度で停止。その後ろに同じく勇者を目掛けて燃竜が襲い来る。

 興奮状態であったためか、燃竜は勢いそのままに雷狼ごと火炎を吐き出した。

「……」

 同時に勇者も小さく呟く。その言葉で剣の宝石は白の光を放ち、そして構える。

 剣を大きく振りかぶると、剣からは凍てつく吹雪が放たれた。雷狼の前後。火炎に炙られ、吹雪で凍らされ、この一点に地獄が形成されていた。

 尚も高まる温度差に耐えきれず、一分間をも超える地獄に立ち続けた雷狼は膝を落として屈した。

 一匹仕留めた。あまりにもあっけない勝利。残るは燃竜。動けない影魔は数に入れる必要すらない。


 影魔に近づかないように広場へと跳び出す勇者。着地と共に、蹲踞に近い姿勢で燃竜に剣を向ける。

 燃竜は体の数倍はある大きさの両翼を羽ばたかせ、強い風を巻き起こしながら空中停止する。体内の発熱器官から光が溢れ、口からは炎が漏れ出すほどだ。

 勇者は剣を横向きへと振りかぶり、攻撃へと備える。それは直後に攻撃が来ると分かっていた為の行動だろうか、燃竜は放出の際の反動で身を捩らせ、火球を連続放射した。

 数千度の火球は広場一面の温度を一気に上昇させ、兵士たちは露出した皮膚を思わず隠す。

 一面が火の海と化しながらも、一か所だけは無事を保っている。それは勇者のいる地点。彼のいる場所だけはすべての火球が弾き返され続けていた。


 見れば彼は、魔法印を刻みながらその太刀筋を刻んでいたのだ。宙に浮かぶ印は光を宿した線となりくっきりと何が描かれているかが読み取れた。それは雷を司る魔法印。超低空で発生した乱雲は燃竜を取り囲み、強力な雷撃を放った……!

 雷は翼へと命中し、咆哮を上げながら燃竜は高度を落とす。姿勢を崩し、肩から地面へ激突。地震のように周囲を揺らし、大きな音と砂煙が上がった。


 勇者はすかさず落下地点へと走り、剣を振りかぶりながら宙へと跳ぶ。彼は飛ぶ寸前で剣を振り、縦に回転しながら燃竜へと斬撃を放つ。

 剣は命中。しかし音は高い金属音のみ。その衝撃で砂煙は晴れ、見えたのは斬撃を翼爪で受け止めた光景だった。

 鍔迫り合いのような形をとり、勇者の動きは停止。そこへもう片方の翼が襲い、命中。勇者の体は直線を描き打ち飛ばされた。勇者の口からは赤色が漏れていた。ここにきて漸く彼はダメージを負う。


「お兄ちゃん!!」

 この光景には彼の妹も驚いていた。旅を始めてから今まで無敵のように思えていたお兄ちゃんが打ちのめされた。もしかしたら母国が襲撃されたときの二の舞になってしまうかもしれない。それだけが彼女の心配だった。

 彼女は以前、勇者がヒリアに向かっていった時もそう思ったのだ。これは彼女にとってトラウマとなっているのかもしれない。兄が負けてしまうと少しでも思ってしまえば、それは妹にとって絶望となる。しかし、そんな心配はなかった。


 姿勢が大きく崩れた勇者の持つ剣の宝石は金色に輝いて――既に反撃は始まっていた。

 彼の上空に向けられた体は一気に前方へ回転し、力強く地面に剣を突き立てる。後ろに飛ばされる速度は徐々に減速していき、ともに地面に異常が現れ始める。

 勇者と燃竜の直線状の地面が隆起し、燃竜に向かって石柱が噴出。まるでボディーブローのように重い打撃の嵐が地中から襲った。

 魔法の影響はまるで魚の骨のように、直線状から派生した石柱が広場全体を覆う。それは林のように無造作で、視界を悪くするものだ。――それこそが勇者の狙い。自分の身を隠しながら戦うという策である。


 怯んだ燃竜の背後から突如として現れた勇者は斬撃を放つ。そして気づいた時には既に林の中へ。

 一、二、三、四。……五。

 五回もの斬撃を受けたところで燃竜の沸点は限界を迎える。尻尾は発熱と共に発光。力を籠められ膨張した筋肉で、石柱ごと薙ぎ払う。

 その力強さたるや、石柱が子供が砂遊びで作った城のように脆く見えるほど。全てを薙ぎ払う尾の先には勇者の姿があった。彼は受け止める気でいるのか。

 遂に勇者にも尾が衝突。彼はその衝撃を抑えながら受け止め、その慣性を利用して宙へと浮いた。その時、彼の剣の宝石は薄緑色に輝く。

 地上ではまたも発熱器官を光らせ、ブレスの準備を終えている燃竜。勇者が宙で行動不能に陥っていると悟ったのか、全力で火炎を放射した。

 火炎は目にもとまらぬ速さで近づき、最早躱すことなど不可能。防御したとしても耐えきれるかどうかの威力。だが、そこでやられるほど勇者は甘くはない。


 先ほど薄緑色の輝きは彼の全身を覆う。そして火炎が命中する紙一重で、勇者はあり得ない動きをした。彼は空中で自由に移動し始めたのだ。

 風による空中浮遊。とても高度な魔法だが、勇者にとっては軽々とできるように力が与えられているのかもしれない。どうやら今までの戦闘を見るからに、聖剣には勇者の魔法を補助する力が存在するようだ。

 大技を外したことで燃竜には大きな隙が生まれた。自ら的を演じているかのようなとても大きな隙。そんな好機を勇者が見逃すはずがない。


 今度はこちらの番だと、燃竜に剣を突くように腕を引く。

 このままでは剣は届かない。ならば届くようにすればいい。

 剣に備わった九つの宝石がそれぞれ違う光を宿し、切っ先に集中する。様々な色を宿したその光に、周囲の人間は虹色とも、白色とも視認できていた。燃竜にはどう見えただろう。自身を倒さんとするその光は美しく見えたのか否か。

「……」

 強い魔力が込められた小さな光を、詠唱で解放する。

 太陽の光で照りつくされた世界を新たな光で塗りつぶす。何の色とも言えず、また何の色でもあるその光は、表すなら”無”であろうか。

 勇者の目は見開かれる。終わりの閃光を邪魔するものなどいない。彼の突きと共に、必殺の光線が放たれた――――!!


 その速度は文字通り光速か、一瞬にして燃竜の脳から全身を貫通した。しかしこれでは終わらない。勇者は剣を振るい、光線による斬撃を放つ。切られたのは城門と木々、そして地面に埋もれていた影魔。

 二体の魔物は悲鳴すら上げずに絶命。光も消え、後に残ったのは斬撃で焼き焦げた跡のみ。

 燃竜の死骸は膝を落とし、そこでバランスが保たれたのか、これ以上動くことは無かった。影魔はまるで夜の帳が明けるように光に飲まれて消えてしまった。


 騒々しい戦場は台風のように過ぎ去り、よく晴れた空の下に勇者が降り立つ。傷を抑えることもなく、平然と鎧の金属がぶつかり合う音を鳴らしながら次へ次へと歩いていく。

「お兄ちゃん! 大丈夫!?」

 妹が駆け寄る。いつもとは違い、勇者は何度か攻撃を喰らい、浅くは無い傷を負った。今回ばかりは彼の歩を進めるわけにはいかない。

「止まってよ、お兄ちゃん!」

 妹は本気の力で反対方向へと押し返そうとするも、尚も止まらない。勇者を押しているというより、その逆の状態になっている。

 そんなところへ、裏門の方から何者かの影が近づいていた。


「ありえない、なんで殺し損ねるのよ!!」

 戦いを終えた安堵の空気を破るかのように、突如として暴力的な内容の言葉が怒号を持って吐き散らされた。

 その場にいた多くの者が、女の声に聞き覚えがあった。特に、エラには。

 裏門から人影が見える。高貴な服をはためかせ、ヒールでずかずかと怒りの感情を露にしながら一人の女が歩いてくる。

「お母……様?」

 エラの声色は、意外にも冷めたものだった――――

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