3-21 疾風迅雷
その女は勇者に似ていた。
まっすぐ見据えられた金色の眼差し。斜に綺麗に切られた前髪。顔からは甘さを消し、目の前の敵だけに気を集中させている。
しかし一つだけ、彼女は勇者と違っていた。
それは、人間性だ。
瞳の奥には光を宿し、髪をかき上げる仕草は言うまでもなく、その下にあった顔からはしっかりと摯実な表情が見て取れた。
似ていながらも何処か決定的に違う。それは、彼女が勇者の兄妹――勇者の妹だからなのやもしれない。
「カソル」
詠唱。――と同時に走り出す! 胸を突き出し、剣を引張って走る。自分の足が気持ち悪いほどに速く動き、彼女は心の中で動揺する。心と体が切り離されて活動する様は、まるで幽体離脱のようで――。
「トゥルードゥ」
一瞬にして砂塵が回転し、舞う。彼女の周りに風が巻き起こったのだと一目で分かるほどのはっきりとした竜巻の具現。
いったいどこの国の、誰が作り出した魔法か。それはあろうことか魔法を使った本人の思考であった。少なくとも、自分の知っている主流の魔法形態ではないことは確かだということだけは理解できていたが――。
「サンドラ」
瞬時に魔法によって作り出された細かい稲妻が体中を駆け巡る。
――――知らない、知らない!! こんな魔法知らない、使えるはずもない!!
誰にも届かぬ心の悲鳴。反して現実は、肉体は無情にも、騒音を優に超えた、鼓膜を破るかの如く巨大な雷を巻き起こす。
閃光――――それは突如として広がり、一辺が白となった。
同時に起こる爆発音と衝撃波を前に、この場にいたすべての人間が動きを止めた。一流の戦士たちでさえもだ。
否、一流であるからこその判断なのかもしれない。危険は危険だと受け入れること。生き残ること。それが戦いで生き残るうえで最も大切な自己管理能力であろう。だが今回、その優秀さが仇となるのだ。
屈みこんでいた大男たちは、一体どういうわけか、ハルバードによって空中へと引き上げられたのである――!
皆、身の危険を察してすぐ手を離したが、ただ一人だけ判断が遅れた者がいた。重力と逆へと働くその力は異常なほど強いもので、その分、引き上げられる速度も急加速し、大男の一人は天へと引き上げられたのだ。
得物を強く握りしめていたが故に、いとも簡単に宙へと投げ出される。男は咄嗟に手を放すも、すでに力が働いてしまっている体には意味をなさない。
なんの支えも足場もない空中へと浮かんだ男は、全く抵抗できずに自然の力に流されるままに放物線を描いて一点へ向かう。彼女の、勇者の妹の元へ。
しかし男とて一流の戦士。体を猫のように器用に動かし、少女の方へ向き直る。この偶然にも起こった敵への飛行を上手く利用してやろうということを一瞬にして考え付いたのだ。
男は拳を握り構える。最高の入射角。最高の位置関係。一つたりとも悪い要素のない、こんな最高の状況で負けるはずがない、と彼は思った。口角が自然と吊り上がる。
――偶然でもこんなことはあり得ない。この勝負、貰った!!
――いや、待て。これは……偶然……なのか?
そして男が彼女の思惑に気付いたころには詰んでいた。
そうなのだ。あまりにも偶然にしてはできすぎていた。そもそもこんな状況になるきっかけを作ったのは何か。――突然浮き上がった、ハルバードだ。
男は空中に浮かされ、まんまと少女の操り人形にされてしまったのだ。どんなに自分に都合の良い状況を作り出されたとしても、宙に浮いた自由の利かない身のままでは彼女の魔法で思うが儘。やろうと思えば、まるでオセロのように男側の良い状況をすべて自分側にひっくり返すこともできるだろう。
少女が剣を構える。まさに映画のワンシーンのような状況。周りの人間にとって、二人の動きはスローモーションに見えた。しかし、そんな中でも稲妻は動きを緩めない。
――瞬間、少女は剣を振った。その斬撃は、男の体を二つに切断――とはならなかった。
その刃の軌道は空だけを切るに至った。
男は思った。失敗したなと、悪い笑みを浮かべて。
だがそれすらも彼女の思うが儘であると、男は直ぐに思い知ることになる。
まだ自分が勝っていると思い違えているこの男は、ほんの僅かながら体に違和感を覚えた。自分の肉体、ではない。鎧。金属で製造された装甲に力が働いていたのだ。
磁力による金属の操作。そのあまりにも高ランクの電撃魔法は、ただの剣を強力な電磁石へと変えたのだ。
力は急激に増し、瞬く間に男を回転させるまでに至る。あっという間に、彼の向く先は快晴の空へと変わっていた。
男は少女を見失う。その代わり、彼女の上空に存在したものに目を奪われた。それは目まぐるしく絡み合う稲妻と、無作為に集中してまるで芸術作品のようにも見えるハルバードの塊。
少女は予定通りとでもいうように剣を逆に持ち変える。向ける先は柄頭。此方に向かうものと此方から突き出すもの。お互いに速度を併しあい、一点に集まるエネルギーは最高となる……!!
――――鎧が砕けるほどの衝撃だった。打撃は男の脇腹付近にねじ込まれた。周りの鎧はガラス製かと疑うほどバラバラに舞い散る。
その一撃だけで男は気を失い、回転しながら地面へと叩きつけられ、そのまま動かなくなる。
興味を失ったのか考慮する必要がなくなったのか、少女は倒れ伏した男を視界から外していまだ残る敵の動きを見張った。
対する残りの戦士たちは、たった少女一人を前にして動けなくなっていた。なぜあんな小娘一人に……と誰もが心の中で思っていたが、一流の戦士である彼らの体は理解していたのだ。ここで無理に押して勝てる相手ではないと。たとえ残った七人で束になったとしても……
見れば少女は男たちに囲まれるような形で、戦場のちょうど真ん中に佇んでいた。彼女は戦闘が始まると同時にこの位置へと目掛けて駆け抜けた。一体何故、このような逃げ場のない場所など選んだろうか。
この硬直した空気の中、先手を切ったのは少女の方だった。
電撃を纏った片腕を滑らかに上空へと向ける。
「エル……」
その響きには、心の内側で見ていた少女にも聞き覚えがあった。
魔法のランクを一つ上げる追加詠唱。見習いレベルでは到底扱うことのできない荒業。
――彼女はこれから何が起こるのかが分かった。そして心の中で目を瞑った。ここから先はあまりにも激しい戦闘へと移行するだろう。きっと体と心の目を繋げてしまえば、酔って気持ち悪くなるくらいでは済まされないだろう。何処か何もない意識の果てに置いてけぼりにされてしまうかもしれない。
「サンドラ――!!」
少女の悪い予感は的中した。目の前に百の雷が落下。
何も聞こえない。何も見えない。
真っ白になった目の前は、瞼越しからも感じ取れるほど、熱く眩しい光を放っていた。




