3-7 廻る廻る昼と夜
そして世界は一変した。
最初は星が光ったのだと思った。よくありがちな、流星が一瞬だけ輝く程度の光だと。
「あ……」
荷物を持って、必死に暗夜を駆け抜ける。バックパックを背負いながら走ると、背中や肩で荷物が上下に暴れる感覚が伝わってくる為なかなか走りづらい。
しかし、そんな感覚など直ぐに忘れ去ってしまうくらいの異変がいま起きたのだ。
星の輝きは止まらなかった。どころか次第に肥大化し、世界を飲み込んだのだ。
「……っ!」
これに似たような状況は先ほども起こった。世界が光に包まれ、後に目を開けると其処にはガラリと変わった世界が現れる。
光の現象はこれで二度目だが、この感覚に慣れることは無さそうだ。
やがて目を開けられないくらいに明るくなり、魔力による刺激が肌を刺す。
その刺激が無くなった時こそ、この現象が終わったという合図だ。
魔力光の余韻を僅かに残し、周りの雰囲気が変化する感覚を受ける。
触覚からは暖かな優しい風。聴覚からは忙しくも楽しげな人々の声。嗅覚からは芳ばしい朝餉の匂い。
目を開ければ、そこには住宅と商店が密集したストリートが延びていた。
「これは……?」
初めて見る街だ。
私は此処に来たことがないと断言できるくらい新鮮な光景だった。
それもその筈。私たちの目の前に広がっていたのは時代劇と何ら変わらぬ、ざっくりと考えても百何十年前のような風景だったのだから。
小さく金属音を立てながら歩くお兄ちゃんの後に続く。
頭が追い付かないくらいの異変が起こったとしても、標的が目前にいるかの如く直進し続ける。お兄ちゃんの辞書には迷いという文字が無いのだろうか。
私とヒリアさんは後ろで金魚のフンのように纏わりつく。
今度は離れないぞと思いながらも、私の思考は別で働いていた。
この地域に訪れてから起こる数々の怪奇現象。
町の人間は至って普通に生活しているが、それはこの異変に慣れたためなのか。それとも異変が起こっているのは私たちだけということなのか。
そんな自問自答にふけっていると、横から人差し指を振りながらヒリアさんが話しかけてきた。
「チッチッチー、よく悩んでるねぇいーちゃん。若者は良く考え、よく感じろ」
これは茶化しているのだろうか。または何か喋っていたいだけなのだろうか。
答えの出ない自問自答を繰り返したところで疲れるだけなので、ここは喋繰って気を紛らわせることにしよう。
「それにしても王城近辺なのに古風というか、コンビニ一つないんですね」
「コンビニ? ああ、いーちゃんの国にはいっぱいあったんだったね。ウィッチ街は魔法専門みたいな空気があってコンビニ一個もないから気にならなかったわ。ナハハ!」
互いにカルチャーショックを受けながらも地元のことを話し合う。
それから十分くらいは話してただろうか。
話すネタも底を尽きてきて、少しばかりの沈黙が生まれる。
そのときヒリアさんは現状についての話を切り出してきた。
「しかし面倒なことに足を突っ込んじゃったかもねー…………ここ、過去よ」
「……え?」
彼女が言った最後の一言は、常識的に考えれば全く受け入れられるものではなかった。
しかし今のいままで私たちは何を見て、何を体験してきた? それを考えれば、自然とこの非常識的な状況にも焦点を当てることができるだろう。
「でも、そんなこと可能なんですか? 過去に戻るなんて、魔法でも聞いたことないです」
「こういうのは本人を軸として記憶を頼りに過去を再現してるわけよ。それにしても強大な魔力だけど」
「ということは、その人を探し出すことができたらここから抜け出せるんですね!?」
「そうとも限らないんじゃなーい?」
そう言ってヒリアさんはお兄ちゃんの肩へと手を掛けてみせる。
そうだ。これは聖剣の導き故の行動であり、断じて寄り道ではない。
お兄ちゃんは何かやるべきことがあってここに来ている。
もしもこの風景を作り出すほどの強大な魔法使いや大魔物が敵に回ったとしても、お兄ちゃんの足は前へと進み続ける。
私たちなどお構いなしに、容赦なく、冷酷に。
やがて商店が疎らになり、先ほどまでの住宅と比べて一回り大きい屋敷が見えてきた。
かなり年季の入った植栽たちが庭を覆いつくし、それでいて素人でも分かるほど綺麗に整備されていることが分かる。
よほど拘り抜いて管理しているのだろう。専門の庭師でも雇っているのだろうか。
どっちにしろ、この屋敷に住んでいるのは金持ちに違いない。部屋には鹿の首が飾ってあったりして……
近づくと、中からは箒を掃く音が一人分だけ聞こえてくる。
巨大な庭を箒一つで? そんなはずはないだろう。きっと落ち葉か何かを集めているだけだ。
ちなみに私はいまお兄ちゃんと離れている。ここまでくれば目的地はこの屋敷だって丸わかりだし、先回りして調査をするという作戦だ。
箒の音が近い。私はその人物のすぐそばであろう塀のところから、ちょこっとだけ頭を出す。
女の子だ…………あれ?
見たことのない女の子だった。しかし、見たことがあるような感覚も同時に湧き上がった。
一瞬の動揺。彼女はこちらを見た。目が合った。
きっと自分でも気づかずに物音を立ててしまったのだろう。そんな感想を持ったのは、もっと後の話だ。
今の私は、彼女と目が合った瞬間に全ての感覚を失った。それほど驚いた。
顔に醜い傷跡。乾燥しきった髪質。露出した肌から時折見える生々しい火傷の数々。
どの特徴にも見覚えは無い。こんなひどい惨状にあっている人になどであったことすらない。
――――しかし、その瞳だけは。
……その目は、先ほど分かれた少女のものと、瓜二つだった。




