1-2 運命の切符
「お兄ちゃーーーん!」
ここは、いつもお兄ちゃんが入っていく危険な森だ。
光をも飲み込む天体のように、呼び声を木々が作る闇が飲み込んでいく。
「い、いないのかな? やられちゃったわけじゃ……ないよね?」
この森は戦士や騎士団の中でもAランクの実力を持った人でないと入れないといわれている。そのAランクの人と言えど、多くの準備をすることで漸く探検が許されるほどだ。
「こんなところに毎日入り浸っているお兄ちゃんって一体……」
弱い私にはどうすることもできず、森の入り口で立ちつくしていると、何やら闇の中でうごめく影が見えた。
「お兄ちゃん!?」
もしくは、魔物か。
待ち望んだ者に対する高揚と、望まぬ者に対する恐怖が同時に押し寄せてくる。
ガサガサという草木をかき分ける音は次第に大きくなり、遂に姿を見せた。
「だりー、今日はあのガキがいなくてよかったぜえ~~~~うぎゃあ!?」
「わあ!?」
巨漢の鎧が現れ、つい尻餅をついてしまった。
「団長大丈夫っすか~~~~ってでゅぅえぇ!?」
「もうひとり!?」
一人二人と、まだ十二歳の私からしたら恐怖を覚えるほどの大男たちが大声を上げて騒いでいる。少し冷静になった今では、大人ながら実に情けない反応をするものだと呆れてしまっていた。
「おいおいどうしてくれんだ! この娘にばらされたら俺ら解雇処分じゃねえのか!? お前のせいだからな!?」
「なななーにを言ってるんですかあなたは! 責任逃れは許しませんよ!? 先ほど死なば諸共だとか言っていたのは団長の方で」
「団長って言うな! ばれるだろ!」
あ、あー! よく見たらこの人、王国騎士団長だー!
「団長さんがこんなところで何してるんですか!? 仕事は?」
私があまりにも核心に迫る質問をしてしまったせいだろうか、団長の助手のような人がジャラジャラと金属がすれる音を立てながら私の方へ近づいてきた。
「お嬢ちゃ~ん、この袋にはパンを百個買える金貨が入っているんだ~」
助手のような人はそのまま私の耳に顔を近づけて、続けて囁いてくる。
「だから私たちのことは、一っ切喋らない! 一っ切思い出さない! 一っっっ切知らない! いいね!?」
私より随分と大人で、そして名誉ある騎士団員様を下らない不祥事から守るために、私は記憶喪失にならなければいけないらしい。
「……いやです。今グルテンフリーやってるんで」
「別にパンじゃなくてもいいんだよ!?」
私の素っ頓狂な答えに助手のような人のツッコミが飛んでくる。断る口実としていい加減なことを言っただけなのだが、あまりにも的外れな回答をしてしまった自分が恥ずかしくなり頬が赤く染まる。
すると団長は、やれやれと諦めた表情で理由を語りだした。
「よし、正直に言おう。サボってましたすみません」
「もうだめだ……」
絶望に浸る二人に、私は問いを続ける。
「団長ともあろう人がどうして」
「いや~、今の世界情勢を考えれば誰だってこうするだろうさ。何せみんな死んじまうんだからな」
「え?」
それは、一国を命に変えてでも守り抜く者の発言とは到底思えず、少し固まってしまった。
「俺には分かる。何故かって俺は昔戦ったことがあるからな、彼の皇帝と」
いや、戦いにすらならなかったが、と団長は小声で呟き話を続ける。
「戦力が足りないとか、準備する時間がないとかそういう次元じゃねえ。まさに象とアリ、いや、きっとそれ以上に差が開いている」
あまりにも絶望的。そんなに強大な敵に、お兄ちゃんは一人で立ち向かおうとしている。
「ああ、正直言って俺はあの勇者一人で何とかなるとも思わん」
一瞬、びくっとした。お兄ちゃんでは無理だと、一流の戦士である騎士団長の口からそんなことをはっきりと口にされてしまってはどうしようもなくなってしまう。
「まあ、そういうことだ嬢ちゃん。勝てないなら勝てないで、審判の日まで遊んで暮らした方がいいってことよ」
「…………」
今まで皇国のことは当たり前のこととなってしまっていてそんなこと気にすることもなく過ごしてきたが、それはもう抵抗の手段が存在せず、誰も彼もが諦めてしまった現状の表れなのだろうか。
「……あ」
いろいろと衝撃的なことの連続ですっかり忘れていたが、私はお兄ちゃんを探していたのだ。
この人達は先ほどまで森の中にいたんだからお兄ちゃんの行方を知っているかもしれない。
「あの! お兄ちゃん、勇者さんがここに来ませんでしたか?」
「え? おにい……」
「いえ、今日は見ていないですね……ああ、そうそう。いま王城で旅立ちの儀式をしているんでしたね」
「!」
旅立ち!? お兄ちゃん、今日にでも旅立ってしまうのだろうか。そうと決まれば私も行かないと!
一気に方向転換して走り去ろうとしたが、それを後ろから呼び止められる。
「お嬢ちゃん! さっきはその……悪かった。お兄さんの悪口を言ってしまって」
「いえ、大丈夫です。団長にもいろいろあったことは私にも分かりましたから」
別に思ったままの発言だったのだろうが、私はこれ以上団長が傷つかないように答えた。
「あ、ああ。嬢ちゃんは優しいな」
また頬が赤くなる。優秀なお兄ちゃんを持ってしまって褒められることが少なかったせいだろうか、こういう感覚には慣れていない。
恥ずかしい気持ちを振り払い、私はもう一つ言葉を付け足す。
「それに」
「?」
「お兄ちゃんは絶対に負けませんから!」
強がりでも何でもない、ありのままの真実を告げる。絶対、と。
だって、わたしのお兄ちゃんは最強なんだから。
そして王城の方へ振り替える前に、あることを思いついた。
「団長さん、助手っぽい人さん。私が見たことを黙っている代わりに金貨をくれるって言いましたよね」
「ああ、たやすい御用だ」
らしくもなく、私は二人の戦士に向かって交渉を持ち掛ける。
「だったらそれ、金貨じゃなくて……」
私のやるべきこと。考えて決めたこと。そのために今日、街を駆けずり回ったのだ。
だからこれは運命だったのかもしれない。この人たちに出会い、そしてこの状況が作り出されたことこそ、神様からの切符なのだ。
だから私は……
「お兄ちゃんと一緒に行かせてください!」
全てが揃った。片道切符でもいい。私はお兄ちゃんを守るために進むのだから。
自分の全てを吐き出すような声色。私の強い意志を乗せた揺るがない提案を、必ず押し通して見せる。そう、自分に誓ったのであった。




