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Quad ~ロボットみたいなお兄ちゃんの生き方は絶対に間違ってる!~  作者: ツネノリ
第二章 勇者ああああとバレンタインの魔女
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2-8 消灯時間・後編

「えーお客様、どうなさいましたか」

「あんたが消灯時間ていったんだろ! 文句あるなら聞くから行ってみろボケ!」


 小さな窓口のようなフロントにてヒリアさんの怒号が鳴り響く。

 事の発端は女将さんの大声なのだが、今の状態だとヒリアさんもかなりの近所迷惑。

 早く止めないと……! そうは思っているものの彼女らの会話は他が割り込む余地を与えようとしない。


「いえお客様、まだ点灯時間でございますので」

「点灯時間て言わねーだろ普通! じゃあなんでさっきあんなに注意してたんだよ、小声でしゃべるのもダメかこの宿は!」


 女将さんは苦情の内容を分かっていないのか違和感を覚えたように首を傾げると、ハッと何かが分かったという表情をして返答した。

「えーそれはどういう……あ、私、生等寺巻(ショウトウジ・カン )と申しますので」

「名前かよお前の!!」


 その耳が痛くなるほどの大きな声を聞き、反射的に耳を塞ぐ。

 女将さんのあまりにも意味不明な言動はヒリアさんの怒りをみるみる増していく。


「なんでこんな時間に大声で自己紹介する必要があんだよ!」

「ええ今日会社歓迎会でありまして、みんなに名前を覚えてもらおうと思った次第でございます」


 女将さんはもっともらしいとでも言うように理由を述べるも、その言動は明らかに常軌を逸脱している。

「へー、で? 新入社員はどれくらい入ったの?」

「いえ、私が新入社員でございます」

「お前かよ! え、待って、なんで新人が女将やってんの?」


 話は訳の分からない方向へと向かい、ついに混乱した私は話に割り込むことを止めた。なんというか今割り込んだら、凄くめんどくさそうなことに巻き込まれそうなので……

「年寄りが就職して悪いんですか! ああそうでした、貴女に構っている暇はありません。早く電話しないと……」

 女将さんはダイヤルを回している。その姿に何らかの違和感を持ったのか、ヒリアさんは後ろから話を続ける。


「おい、電話線つながってないけどいいの?」

「なーにをおっしゃるんですか聞こえますよ電話は」


 電話を覗いてみると、ハサミでぶった切られたような形で思いっきり電話線が切断されている。

 いやいや、絶対に聞こえないでしょ。この女将さん何してるの。


「えーもしもしもし」

「もしもしは二回でいいのよ! ちょっと、ふざけてないで貸してみなさい」

 ヒリアさんは受話器を横から盗み取る。


「……ほーら、冗談抜かしてんじゃねーよコノ――」

 受話器を耳に当てていた彼女はそう言いかけて目が点になる。

 すると突然、汚いものを振り払うようにして受話器を投げつけた。


「……え、なにこれ……変な音する」

「ヒリアさんまでどうしたんですか……」

 遂に彼女までおかしくなったのかと私も口をはさむが、その表情はまるで見てはいけないものを見てしまったかのような恐怖を表していた。


「変な音が! その受話器から! 聞こえる筈ないのに!」

 ヒリアさんは子供のように喚きたてる。


 そうだ、確かにその電話に電話線は繋がっていない。だったら何の音が聞こえたというのか。もしや怪奇現象……幽霊の類!?

 この異常な雰囲気は私にも伝染し、徐々に恐怖をもたらす。


 ――打撃音。

 突然、背後から扉を叩く音が聞こえた。そこにあったのは玄関口。

 心臓が止まるかと思う程驚き、そのまま私とヒリアさんで抱き合うようにして膝が折れる。

 その後も叩く音は止まらず私たちは震えて動けないままになっていた。すると女将さんが私たちに向けて呟く。


「時期が、悪かったですねえ、ええ」

 背を向けながら女将さんが低く言った。それは一体どういう意味か。もしかしてもう宿から出ることはできない、ここで私たちの人生は終わり……もしやこの宿は来てはいけなかったのでは!? 


 扉の音は次第に大きくなっていき、この宿に泊まらずもっと経営体制のしっかりした企業が運営するとこにしとけばよかったなんて二人とも思いながら最後の時を迎えようとしていた。

 そしてついに扉が破壊され――――


「イギャアアアアアアアアアア!!!!」

「わああああああああああああ!!!!」

 埃が立ち込める中、本日一の巨大な悲鳴が宿に響いた。


 ……………………え、お兄ちゃん?


 立っていたのはお兄ちゃんだった。

 床で固まる二人をよそに、お兄ちゃんは部屋へと戻ろうとする。


「ああお客様。いくら建付けが悪いからって壊されるのはちょっと……」

 文句をつける女将さんに対して、お兄ちゃんは弁償代をさっさと渡して二階へと去っていった。

「え、これはどういう……?」

「ちょっと電話の件はどういうことよ、なんで聞こえるのよ!」


 不安がなくなったからか、今までのことがまるで何もなかったかのような態度でヒリアさんは元気に立ち上がった。

 電話。それもそうだ。電話線が繋がっていないのだから聞こえるわけない。やっぱりこれは心霊現象なのでは??


「ええ、それでしたら魔法通信を使っておりますので電話線要りません」

「それを先に言いなさいよ!」


 ……はっ! そうだった、ここってウィッチ街だからそんなものもあるんだ。

 でもなんで電話線? 魔法通信があるなら必要なさそうだけど。


「ええ、まだ壊れてないので昔の電話機を使っている次第でございますはい。べっ別にケチってるわけじゃないんだからね!」

「いやケチってるでしょ。で、音の件は? ぁhsんfぐぁh:pgは:pひがpとか聞こえたけどあんなんじゃ会話にならないじゃん」


 途中から女将さんの言動におかしなところがあったような気がしたが、ヒリアさんが無視しているので私も気にしないことにしよう。

「ええ、それでしたら今日は太陽フレアの影響で通信に影響が」

「は!? 太陽フレアで影響出るの!?」


 そ、そうなんだ。魔法通信も太陽に影響されると……

 あれ? ヒリアさんて魔法使いの中でも相当ランクが高いんじゃないっけ? あの実力からしたらAランクを越えてると思うんだけどなぜ知らないんだろう……


「ケッ、もういいわ部屋に戻るわよ。こんな人と話してもらちが明かないし」

 もう諦めたのか、それとも疲れたのかヒリアさんは身をひるがえして階段の方へ向かう。


「もう私も眠いです……ふぁわぁ……」

 小さくあくびをしながら彼女の後ろを歩く。

 私たちが階段に差し掛かったところで、私はあることを思い出した。


「あれ、お兄ちゃんていつ部屋から出たんでしたっけ?」

「……え」


 ……振り返らずに返答を返される。きっと彼女も気づいたのであろう。

 ――――今、私は言ってはならぬことを口にした。


「消灯時間です……」


 階段を上る途中で固まった私たち。その首が同時に後ろの方へと回転する。

 見つめるのはこの宿を仕切る女将さん。その口元はゆっくりと不気味に微笑みを浮かべ――


「今宵はお気をつけて」


「ヒャアアアアアアア!!!!」

 叫びながらの全力疾走。もうどこに逃げているのかも分らぬまま足音だけが鳴り響く。


「あのー静かにしてもらえませんかねえ……」

 すっかり夜も更けていた刻。街のはずれの小さな宿屋にて、傍迷惑な二人の客と女将さんは他の宿泊客にこっぴどく怒られて反省したのでした。

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