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比翼の電依戦プレイヤー  作者: 至儀まどか
vol.2 無敗の逆行分析者【完結済み】
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第21話 大切な人

 薫に向かって駆ける透子に追従する結衣。先導する透子の背中に頼もしさを覚えていたところで、通信が飛んでくる。


『作戦覚えてるわね?』

『もちろん!』


 薫の電依『アイダ』はメイヴンクラス。主に魔法属性の遠距離プログラムを得手とするクラスだ。

 距離が離れていれば、完全に彼女の独壇場となってしまう。まずは何より、近づくことが肝要だ。


 うなずいてから結衣は、正面で自分たちを迎え撃とうとする薫の姿を見据える。

 見えたのは薫がこちらに向けて杖を振るう姿。同時に彼女の周囲にいくつもの白い光の玉が現れ、それらがこちらへと一斉に放たれる光景だった。

 玉は樹々の鱗を抉りながら凄まじい速度で結衣たちへと襲いかかる。

 だがそれでも二人は踏み止まることなく、迫りくる玉の間隙を縫って、薫へと突き進む。


 薫がこのスキルプログラムを使ってくるであろうということは、透子のデータによって事前に分かっていた。

 そこで、先導する透子が玉の動きを読んでかい潜り、結衣が彼女の動きに倣って後から続くという作戦を立てていたのだった。


「へぇ」


 感心したような短い声を上げて、再び杖を振るおうとする薫。だがそれを、いつの間にか彼女の目の前にまで迫っていた透子の剣が食い止めた。


「させるかっ!」

「近接戦なら勝てるって? 意外と懲りないわね」


 嘲笑を浮かべる薫は、透子の後ろから追いすがってきた結衣の存在を見咎めると、すかさず左手にもう一本杖を召喚する。

 そして右手と左手それぞれに持った杖で、打ちかかる結衣と透子の攻撃を弾いて見せると、今度は杖を振り回して二人と激しい打ち合いを始めた。

 通常メイヴンクラスの電依は他のクラスと比べて筋力のステータスが低いというのに、ソードマスタークラスとシンギュラークラスを相手に対等以上に近接戦を演じられるこの膂力。

 最初に会った時からおかしいとは思っていたが、どうやらドーピング(バフを付与)しているらしい。

 もっとも、二人を軽々といなす近接戦の腕前は、数多の強いプレイヤーたちを相手に戦ってきた薫ならではといったところだろうか。

 正直、近接戦の優位をまったく感じられないが、それでも攻撃の手段が乏しい遠距離戦を強制させられるよりはマシだ。


「楽しいわ、渡瀬さん、真島さん!」


 薫は哄笑を上げながら、結衣と透子の剣を易易と打ち払って見せる。

 腕一本ずつで二人を同時に相手しているというのに、動きが衰えるような様子は一切無い。

 二対一の打ち合いにも関わらず、追い詰められているのは結衣たちであった。


『透子、スキルプログラムは!?』

『駄目よ。今撃ってかわされでもしたら、お互いに当たるわよ! それに私たちの狙いは()()でしょ!』

『それはそうだけど……!』


 言いさした瞬間、結衣の耳にべきん! と嫌な音が聞こえる。

 杖との打ち合いに耐えきれなくなったのだろうか、見ると剣が半分にへし折られてしまっていた。


(うっそ……!)


 意外と脆かった大学生チームの()()に青ざめる結衣。だがこの状況で新しい物を召喚している余裕はない。

 やむを得ず、結衣は折れたままの剣で薫の攻撃を凌ぐ。だが折れた剣では最早攻撃など望むべくもなく、ただひたすらに防戦を強いられてしまう。


(透子、早く()()を――!)


 攻撃の勢いに耐えきれず、結衣が祈るようにして心の中で叫んだその時、


「ッ!」


 二発の銃声が響き渡り、それと同時に薫は慌てて後ろへと跳ぶ。

 薫の頬と左肩にはそれぞれ掠めたような鮮血色の傷が出来ていた。

 肩を抑えながら薫は胡乱な目で透子の方を見る。だが透子の手に銃は握られていない。


「今度は真島さん……じゃないみたいね。大体弾が飛んできたのは、あなたがいる方向からじゃない」


 それから今度は背後へと視線をやった。


「まさか本当にまだ、プレイヤーが隠れ潜んでいたと言うの?」

「だから言ったでしょ。私たち以外にもいるって」

「いや、確かにプレイヤーの姿は見当たらなかったはず――……」


 そこで薫は「あ」と、何かに気づいたような声を上げる。彼女の経験がそうさせたのか、どうやら思ったよりも早く真実に至ったらしい。


「なるほど。どこかに遠隔操作できる銃を設置しておいたのね。そして私が射線上に来たタイミングで撃った」

「リモートマズル。離れた場所からでも操作できるアーツプログラム。どっかの誰かさんの置き土産だけど、どう? 見えない場所からの攻撃は流石に防ぎようがないでしょ?」


 万事作戦通りだとでもいうような笑顔を見せる透子。だが、一方でその胸中が穏やかではないことを結衣は知っている。

 作戦通りならば、ここで薫を仕留められるか、大ダメージを負わせられるはずだった。

 それができなかったのは、薫の実力が想定以上だったからに他ならない。何かを感じ取ったのか、彼女はあの打ち合いの中で、瞬時に身体を捻って頭への攻撃をかわして見せたのだ。

 それでも、まったくダメージが無かったわけではないらしい。薫の左手から杖が地面に落ちる。きっと肩の傷のせいで力が入らないのだろう。

 だが片腕を封じられた状況でありながら、彼女は相変わらずその顔に余裕の笑みを張り付かせている。


「参ったよ、真島さん。でも私がフギンとムニンからリモートマズルの存在を聞いていた可能性はあった。今回はたまたまそうじゃなかったけれど、私が知らなかったかどうかは賭けだったんじゃない?」


 確かにそうだ。もしも薫の操る鳥がプレイヤーのみではなく不審物を探すよう命令されていたら、事前に設置していたリモートマズルは見つかってしまっていたかもしれない。

 だが薫の質問に、透子はよくぞ聞いてくれたというような嬉しそうな顔を見せる。


「確かに賭けではあったけど、高い確率であなたはリモートマズルの存在に気づいていないと踏んでいたわ」

「何故?」

「だってあなたが鳥に命じたのは、この周辺にプレイヤーがいないかどうか、だもの。そう言ったのは、あなた本人よ」


 その言葉に結衣は「あ」と小さく声を漏らす。

 確かに薫は言っていた。


『フギンとムニン。先程彼らに、半径二キロメートル以内に()()()()()()()()()()()()()を走査させた。その結果、この範囲にいるのは私たち三人だけということが分かった』


 そしてその言葉引き出したのは、透子だった。


「プログラムって融通が利くようで、意外と利かないものでしょ?」

「……まさかあなたが私に生き残っているプレイヤーの存在を匂わせたのは、私から言質を取るため……?」


 そこでようやく、薫の顔から余裕が剥がれた。笑みは完全に消え失せ、その金色の瞳は鋭く透子を睨む。


「……面白い。けど怖いわね、真島さん。あなた相手なら()()()()ということも有り得てしまいそう。だから悪いんだけど、この戦い……さっさと終わらせることにしたわ!」


 そう叫ぶと、薫は右足を半歩後ろへと引く。

 そしてまるで槍投げの選手のような格好をすると、そのまま勢いよく杖を投げ飛ばした。

 杖はシュパンッ! という空気を引き裂くような音を立てながら、高速で透子へと迫りかかる。


「チッ!」


 透子は舌打ちすると、すかさず剣を振り上げる。そして正面から襲い来る杖目掛けて、紺碧色の光を纏う刃を振り下ろした。

 凄まじいエネルギーを持つ剣と杖のぶつかり合いによって、紺碧色と金色の稲光が迸る。

 所詮は力任せに投げられたただの杖。

 透子のスキルプログラム【アジュールブレイク】のエネルギーには及ばず、大きな音を立ててへし折れる。

 打ち勝った透子だったが、安堵と喜びに浸っていられる余裕はない。顔を上げると正面には、地面に落ちたもう一本の杖を拾い上げて、凄まじい速度でこちらへと迫る薫の姿があった。

 再びリモートマズルが吼える。だが薫は弾の飛んでくる方向に一瞥もくれることなく、軽々と杖で弾き返してしまう。


「やっぱりネタがバレてちゃ当たってくれないわよね!」


 透子は続けざまにもう一度剣を振るう。

 今度は三日月の形をした紺碧色の刃が放たれ、こちらに迫る薫を迎撃しようと襲いかかる。

 だが逆行分析者の薫にはプログラムの動きが見抜かれていたようで、彼女はアジュールエッジを易易とかわして見せると、勢い衰えることなくそのまま透子へと飛びかかった。

 慌てて長剣を盾に攻撃を防ごうとする透子だったが、薫は素早く杖を振るう。杖は透子の腕を捉え、長剣を彼女の手から弾き飛ばす。

 痺れる腕に意識を持っていかれていた透子に対して、薫は続けざまに杖を突き放った。


「かはっ……!」


 杖による突きを鳩尾にまともに喰らってしまった透子は、地面に倒れ悶絶する。


「透子!」


 倒れる彼女の元へ駆けつけようとする結衣だったが、


「邪魔しないで」


 薫は冷たくつぶやくと、結衣目掛けて杖を振るう。瞬間、再び宙に白い光の玉が現れ、結衣へと襲いかかる。

 慌てて玉をかわそうとする結衣だったが、彼女の目の前まで飛来した玉は、突如膨れ上がって小さな爆発を起こす。

 爆風によって、少女騎士の身体は森の奥へと吹き飛ばされてしまった。


「結衣!」

「おっと」


 薫は起き上がろうとする透子に向けて指を鳴らす。それと同時に白く光り輝く杭のようなものが四本現れ、それぞれが透子の両手両足に突き立った。


「ぐっ……!」

「ごめんなさい。でもあなたにはこれ以上、少しも動いて欲しくないの」


 地面に縫い付けられた透子の姿に、薫は満足げな笑みを浮かべる。そして透子の腹の上へと遠慮なく跨った。

 薫の白い滑らかな足が露わになる。


「これで終わり。楽しかったよ、真島さん」

「終わりじゃない。まだ結衣がいる」


 間髪入れず透子の口から言い放たれたその言葉に、薫は不審げに眉根を寄せる。

 薫を見上げる透子の黒い宝石のような瞳。真っ直ぐで力強いその瞳は、虚勢を張っているようには見えない。本気で自分のパートナーを信じている目だった。


「……あの子が私に勝てると思っているの? あなたほどのプレイヤーが分かってないわけないだろうけど、私が危険視しているのはあなただけ。悪いけど、たとえあなたが彼女に何かを託していたとしても、私は不知火彰人のようにはならない」

「残念だけど今回私は何も託していない。それでも……渡瀬結衣を甘く見ると痛い目に遭うわよ」

「……あなたほどのプレイヤーが入れ込むほどのものかしらね、アレが」

「単純な強さとかそういうのじゃないの。分かるでしょ。あなたにだって、かつては入れ込んだ大切な人がいたのだから」


 その言葉に一瞬だけ金色の瞳を揺らした薫だったが、


「踏み込みすぎよ、馬鹿」


 そうつぶやいて杖を振り上げた。

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