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比翼の電依戦プレイヤー  作者: 至儀まどか
vol.1 比翼の電依戦プレイヤー【完結済み】
5/55

第5話 初めての電依戦

 結衣が降り立ったその場所は、ビルの建ち並ぶ繁華街だった。ただし、周囲に人影はまったくなく、辺りは不気味に静まり返っている。


 電依戦の舞台となる電依戦フィールドは、ランダムで決定される場合、一体どんなフィールドが選ばれるのか、ジャックインするまで分からない。

 一言にランダムと言っても、場所や天候、時間、その他細かい組み合わせも含めれば無限に近いパターンが存在するのだ。


 ふと結衣の目に、ビルの窓ガラスに反射した自分の姿が映る。しかしその容姿は、現実の自分のそれとは大きく違った。


 身体は細く引き締まっており、肉体を守る白銀の軽装鎧が太陽の光を受けて燦爛さんらんと輝いている。

 窓ガラスの中の自分は幼さと美しさが同居する、紅玉の瞳を持つ少女騎士であった。

 現実の自分とは似ても似つかなかったが、無理に一つ共通点を上げるとすれば、それは肩にかかる程度に伸びた髪だろうか。

 それでも少女騎士の髪は銀色に煌めいており、こちらの方が美しいと結衣は思う。


 これが、電依戦プレイヤーが電依戦をする際に使う依代、電依でんいだ。

 結衣の電依『エクエス』は、かつて葵が使っていたものだったが、今では結衣が譲り受けている。

 二月ふたつきほど前、何を考えたのか突然、高校入学のお祝いとして葵が送ってきたのだ。


 結衣は何度か手を握る動作をする。こうすることで、現実世界と仮想世界での身体の動きのギャップを埋めているのだ。

 電依は仮想の身体であり、本来の自分の身体ではない。

 そのため極端な例になるが、たとえば現実世界では身長が1メートル50センチの人間が電依戦で身長3メートルの電依を扱う場合、どうしても現実とのギャップを感じてしまいまともに身体を操ることができない。

 そういった場合でも練習次第ではそれなりに扱えるようになるが、電依を選ぶ際はなるべく現実の体格に近いものを選ぶことが推奨されている。

 結衣とエクエスの身長はそう大差ないため、ギャップを埋めるのにさほど苦労はなかった。


「うん、大丈夫そう」


 そう小さくうなずいたその時、結衣は窓ガラス越しにエクエス(自分)以外の人影を見る。

 振り返るとそこには、一人の少女が立っていた。


 少女はその身を漆黒のレザーアーマーに包んでおり、艷やかな濡羽色の長髪をたなびかせている。その玲瓏な美貌は見る者を魅了する力があったが、同時にどこか冷たい印象も与えた。


 結衣は相手の電依のステータスを確認する。ステータス欄には『スクワイア』と書かれていた。これが透子の電依だ。


 ――綺麗な電依だな。


 初めて間近で透子の電依を見た結衣は、ほうと息を漏らす。


 こちらの存在に気づいた透子はその切れ長の黒い目を細めると、


「やっぱりそこにあるのね」


 ただ一言、そうぽつりと言葉を発した。


 意味深な発言と何故だか悲しげな表情をしている彼女が気になって、結衣が声をかけようとしたその時、


(ファイブ)


 唐突に無機質な機械音声がフィールド全体に響き渡る。


 それがまるで合図であるかのように、結衣と透子は正面に手を突き出した。


(フォー)


 差し出した結衣の手に、翡翠色の光と共にギラリと光る物体が現れる。それを掴むと結衣は一振りした。彼女の手に握られていたのは、両刃の長剣だった。


 いつの間にか、透子の手にも結衣と同じ長剣が握られている。


(スリー)


 先ほどから流れている機械音声――これは、(ファイブ)カウントと呼ばれているものだ。

 5カウントは電依戦開始前に流れ、電依戦プレイヤーはこのカウントの間に武器の召喚などを行う。言わば戦闘準備のための時間だ。


(ツー)


 カウントがゼロになるまでプレイヤー同士で争うことは認められない。と言うよりもシステム上、不可能であると言う方が正しいか。

 しかし、このカウントが終了した瞬間、確実に戦いは始まる。


 それが分かっているからこそ結衣は、この5カウントが始まってから一度たりとも気を抜いていない。ただ正面を見据えたままその瞬間が来るまでじっと相手の様子を伺う。


 透子もまた戦いの前だというのに静謐せいひつであった。


(ワン)


 いよいよだ。


(行くよ、エクエス)


 結衣はそう心の中でパートナーに向かって声をかけると、身体に力を込める。


(ゼロ)


 そのアナウンスが戦闘開始の合図となった。


 システムの枷から解き放たれ、二人は地面を蹴って迷いなく前方へと飛び出す。

 同じ得物を持った同じ体躯の二人による激突。たったそれだけのことで周囲のビルが揺れ、衝撃で窓ガラスが割れる。


 ぶつかり合った二体の電依による熾烈な戦いが始まった。


 鋼と鋼の打ち合いによって火花が散り、一撃一撃によって生み出される衝撃が周囲の物体を容赦なく揺らす。振り上げられた二本の剣によって、風が唸りを上げた。


 剣を使っての白兵戦という、とうに廃れたはずの前時代的な戦闘でありながら、彼女たちの生み出す破壊力は、銃にも爆弾にも劣らない。


 幾度かの打ち合いを経て、二人は鍔迫り合う。互いが踏みしめるコンクリートに小さな二つのクレーターが生まれる。

 戦闘が始まってわずか二十秒ほどで、二人の間にあった距離はわずか剣二本を隔てるのみとなっていた。


 至近距離で互いに押し合いながら、結衣は透子を見据える。眼前の少女の瞳には、自分の姿が映り込んでいた。

 まるで吸い込まれてしまいそうな暗色のその瞳を不覚にも綺麗だと思ってしまった結衣だったが、慌ててかぶりを振ると両腕に力を込める。覆いかぶさるかのようにして、徐々に結衣が透子の身体を圧していく。


 エクエスの筋力ステータスがスクワイアのそれを上回っているのだ。


 単純な力比べでは勝てないと判断したのか、透子は背中まで伸びた濡羽色の髪を背負いながら飛び退って間合いを取る。


 二人の間に再び大きな距離が生まれた。


 激しい打ち合いを経て荒ぶった心と息を落ち着けるべく、結衣は一つ深呼吸する。

 今この瞬間、彼女の胸はある期待に高鳴っていた。


(この電依戦、もしかして勝てる……?)


 打ち合った時間こそ短かったが、自分の剣が透子より劣っていたという感覚はない。むしろわずかに自分が圧していたようにも思う。

 あの全国大会優勝者の真島透子に勝てるかもしれない。そうなれば大金星どころの話ではない。そう考えた瞬間、結衣は自分の身体が熱くなるのを感じた。


 結衣は正面に剣を突き出す。刀身が翡翠色に光り輝き始めた。スキルプログラム発動の予兆だ。


 その様子を見た透子の顔に微かながら警戒の色が浮かぶ。これから自分に襲い来るもの。それを警戒しているのだ。


 結衣は透子に向かって光をまとった剣を振りかぶる。


 スキルプログラム【リソースエッジ】。剣先から翡翠色に光る刃が発生し、風を切り裂きながら勢いよく透子へと襲いかかる。当たれば彼女の柔らかな肉体など、いとも簡単に斬り裂くであろう、死の刃。


 しかし、透子は焦ることなく手にした己が剣を悠然と構える。彼女の剣もまたスキルプログラム発動に備え、紺碧色に煌めき輝く。


 スキルプログラム【アジュールブレイク】。眼前に迫りくる翡翠色の刃に対して、透子はためらいもなく紺碧色の剣を振り下ろした。


 その瞬間、まるでガラスが割れるかのような音が周囲に響き渡る。結衣の放ったリソースエッジは、透子によって一刀両断された。

 二つに分断された翡翠色の刃は透子の横をかすり抜けると、そのままあらぬ方向へと飛んでいき、遠くにそびえる雑居ビルに小さな傷をつけた。ビルの外壁がパラパラと崩れる。


「リソースを刃の形にして飛ばす……ただそれだけの単純なスキルプログラムの癖にゴミみたいな強度ね。作ったプログラマーの腕がお察しだわ」


 そう嘲るような笑みを浮かべる透子に結衣は歯噛みする。


 電依戦には、いくつか種類のプログラムが存在する。

 その中でも主に使われるのが、5カウントの際、二人が武器を召喚するために発動したアームプログラム。

 そしてたった今、結衣と透子が発動したスキルプログラムだ。

 スキルプログラムとは、その名の通り電依が行使する(スキル)をプログラムに書き起こしたものであり、発動することで一度だけスキルの行使が可能になる。

 いわば電依戦における必殺技だったのだが――、


(潰された……)


 自分が二週間くらいかけて書いた渾身のプログラムを余裕で砕かれたことにショックを受けながらも、結衣は視界左端に表示されている透子(スクワイア)の体力ゲージを確認する。

 透子の体力ゲージは、ゲーム開始時から微動だにしていない。

 一方で、自分の視界右上に表示されている『Resource Point』と書かれたゲージが減少したのを見て、結衣は苦い顔をする。

 折角リソースを消費したというのに、ダメージを与えられていないというのは割に合ってない。


 電依戦において、プログラムを発動するためにはコストを支払う必要がある。

 それがリソースと呼ばれるステータスだ。

 各プレイヤーには、ゲーム開始時にこのリソースが同じ量だけ割り与えられており、プレイヤーはリソースを消費してアームプログラムの召喚やスキルプログラムの発動を行う。

 武器・防具(アーム)(スキル)は、強力であればあるほど消費するリソース量が大きくなる。

 与えられたリソースをいかに効率よく運用し、ここぞという場面で強力なプログラムを発動できるかどうかが、電依戦の勝敗を大きく左右することになるのだ。

 リソースを消費したにも関わらず、なんの成果も得られなかったのは相当痛かった。


「まあ、」


 そんなことを考えていた結衣は、透子の声に意識を引き戻される。


「プログラミングスキルはさておいて、近接戦の腕前はそれなりか。どうやら電依戦慣れはしているようね」


 透子はそうこちらの実力を分析するようにつぶやくと、小さく肩をすくめる。


「で、それで終わりなの?」


 その声は挑発していると言うより、どこか落胆しているようだった。


「これ以上何もないならば、そろそろ終わらせましょうか」


 そう言うや否や、透子は弾かれるようにして結衣へと飛びかかる。


 慌てて迎撃するために、再度スキルプログラムを発動しようとする結衣だったが、透子はその隙を与えない。

 彼女は素早い動きで結衣の懐に入ると、回し蹴りを放った。蹴りは結衣の腕にヒット、その手から剣が弾き飛ばされる。剣は宙を舞うとビルの壁に突き刺さった。


 腕のしびれを感じながらも、その鮮やかさに一瞬意識を奪われてしまった結衣だったが、急いで透子から距離をとって体勢を立て直そうとする。


 だが、透子は攻撃の手を止めない。即座に結衣との間合いを詰めて、今度は無手となった彼女の足を払う。


 最初の回し蹴りでバランスが崩れていた結衣は、いとも簡単に転倒させられ、無様にも地面に尻もちをつくことになった。慌てて立ち上がろうとするが、眼前に鈍色に光るものを突きつけられ、動きが止まる。


 恐る恐る見上げると、透子がこちらを見下ろしながら、静かに剣尖を向けていた。

 その光景に結衣は喉を鳴らす。


(嘘でしょ……! これが真島さんの本気ってこと?)


 先ほどまでとは明らかに動きが違った。

 序盤の打ち合いは、手加減をしていたでも言うのだろうか。わずか数秒でスキルプログラムも使わずに武器を奪われ、無力化されてしまった。


 透子は結衣を見下ろす目を細める。


「この程度のプレイヤーが……」


 彼女は何やらつぶやいている。心なしか、その声には怒りと悲嘆が入り混じっているような気がした。

 剣先が結衣の正面でギラリと光る。


 ――今この状況で、少しでも動けば即斬られる。


 本能と経験でそのことを察していた結衣は、尻もちをついたままの体勢から微動だにすることができなかった。

 かといって、動かなければ殺されないという状態でもない。

 後はこのまま透子が結衣に向かって剣を突き立ててれば、彼女の勝ちとなるだろう。


(やられる……!)


 そう覚悟した結衣だったが、何を考えたのか透子は突然手にしていた剣をコンクリートに突き立てた。そして結衣の目の前にしゃがみこむと、こちらへとその綺麗な顔を近づけてくる。


(え、え!?)


 思いがけない透子の行動に、結衣の思考は混乱し、身体が固まってしまう。


 そうしている間にも透子の柔らかそうな唇が結衣の顔に接近する。


 その光景に結衣は思わずぎゅっと目をつむった。

 暗転する視界。

 やがて自分の顔のすぐ横で、吐息混じりにささやく声が聞こえた。


「悪いんだけど、あなた電依戦辞めてくれる?」

「え?」


 結衣は慌てて目を開く。


 用は済んだのか、透子は顔を離して立ち上がり、踵を返す。そして、ターミナルを起動すると、白い光に包まれ、フィールドから消え去っていった。


 一人残され、呆然としている結衣の視界に、『YOU WIN!』というオレンジ色の文字が、ファンファーレと共に虚しく浮かび上がった。

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