第20話 無敗であり続ける理由
願人たちを撃破した結衣と透子は、薫のいる場所へとやって来た。
一帯の巨木はすべて焼き払われ、今や体育館ほどのサイズの広場が出来上がっている。
辺りには焦げるような臭いが辺りに立ち込めており、周囲には連合チームの死体が転がっている。中には折り重なるようにして倒れているものもあった。
ただし強豪プレイヤーの面目躍如とでも言うべきか、彼らの死体のすぐ側には巨大な竜の姿をした防衛プログラムの亡骸が見える。
しかしそれらも皆、すぐに光となって消えてしまった。
「あら、思ったより早かったわね」
剣呑な雰囲気の漂うこの空間に、のんびりとした声が響き渡る。
声の方を見ると、薫が丁度連合チームの残る一人を杖で突き殺したところだった。
彼女は杖の先端に突き刺さった死体を蹴り飛ばすと、こちらへと顔を向ける。
黄金の眼差しが二人へと向けられた。
「残念。あと少し来るのが遅かったら歓迎の準備ができたのだけど」
言い放たれた言葉に結衣は安堵する。
もう少し来るのが遅ければ、一体どんな仕掛けをされていたか分かったものじゃない。急いで駆けつけたことで、どうにか薫が自分に有利なフィールドを作ることを防ぐことが出来た。
「ん? アレ?」
そこで薫は結衣と透子の姿を見て首をかしげて見せる。
「あら、あなたたちの先輩はいないの? ほらあの男勝りというか男の姿をした」
その質問にどう返すべきか窮する結衣だったが、
「そうね。もしかしたらどこかであなたを虎視眈々と狙っているかも」
透子は青山に向かって微笑を浮かべてみせる。
そんな透子を横目に、結衣は彼女の意図するところに気づく。
(そうか。透子は、篠原先輩がまだ生きているって青山さんに思い込ませようとしてるんだ!)
どこかに涼が潜んでいると思わせることが出来れば、それだけで薫の動きを大幅に制限することが出来るかもしれない。ロケーション・ディスクロージャーで明らかになるのは、チームリーダーの位置情報だけだから、どこかに隠れ潜んでいると思い込ませることも不可能ではないだろう。
涼を失った不利を有利に変えようとする透子の機転に舌を巻く結衣。
だが薫は口元に手を当てて可笑しそうに笑う。
「ごめんなさい、意地悪な質問をしちゃったわね。本当のところ、既にあなたたち以外他には誰もいないことは知っているわ」
そう言って空を指さす薫。
空には二羽の黒い鳥が飛んでいる。あれは確か薫の両目の役割をしていた鳥だ。
「フギンとムニン。先程彼らに、半径二キロメートル以内にプレイヤーがいないかどうかを走査させた。その結果、この範囲にいるのは私たち三人だけということが分かった」
「期待させやがって」
「思ったより口が悪いのね、真島さんは」
愉快げに笑ってから、薫は肩をすくめる。
「まああなたたちも一人失った不利はあるだろうけど、私だって連合チームとの戦いでかなり体力を消耗してしまったわ。結構強くてね、彼ら」
そりゃそうだろうと結衣は思う。
彼らだってRSIが招致した熟練のプレイヤー。その辺の有象無象とはワケが違う。それを十二人相手にして、一人ですべて倒してしまった薫がどうかしているのだ。
「じゃあ私たちが漁夫の利を頂けちゃうってことかしら」
嬉しそうな透子の言葉に、薫は静かにかぶりを振る。
「それは無理ね。今の私であってもあなたたちに負けることは無い。それに……私はこのゲームで一度も負けてはいけないの」
「一度も負けちゃいけない?」
訝しる結衣に薫は一度小さく息を吐いてから、言葉を紡ぐ。
「ハルは生まれて初めて真剣に取り組めるもので自分の存在を遺すために、高校電依戦という山の頂に立とうとしていた。それが彼女の望みだった」
薫は杖を強く握りしめる。銀色の杖が僅かに震えた。
「でも結局、山の頂に立ったのは私。だからね、その時に決めたの。私はこの電依戦というゲームで生涯無敗であり続けようって。永遠に勝ち続けようって。それが親友の、ハルの最期の望みを断った私の贖罪よ」
――無敗であり続けられる人間なんていない。
必ずどこかで何かに躓いて敗北する。
そこから次に生かせる何かを見つけられるか、そのまま躓いたままで終わるかは人それぞれだが、いずれにせよ一度も負けない人間などこの世にはいない。
だけど『永遠に勝ち続ける』と言った薫の目は本気だった。自分がこれから積み重ねていくであろう勝利に対し、僅かばかりの不安も疑問も抱いていない強く真っ直ぐな瞳。
そして不覚にもその金色の瞳が綺麗だと思ってしまったのは、彼女が無敗にこだわる理由を知ってしまったからだろうか。
「青山さん――……」
結衣が何か言葉をかけようとしたところで、透子が鼻を鳴らす。
「そこまで後悔するならわざと負けて彼女を優勝させてあげれば良かったじゃない」
「あら、あなたが私の立場だったとしてそんなことが出来るのかしら?」
「……」
「出来ないことを他人に言うものじゃないわ」
言葉を詰まらせる透子に対して勝ち誇るように言ってから、薫はふらふらと立ち眩んで額を抑える。その顔色は少し悪いようにも見えた。
それを目ざとく見て取った透子が尋ねる。
「流石にその防衛プログラム一匹だけで、連合チームを壊滅とはいかなかったようね。何人と戦って、どれだけのプログラムを解析したの?」
「……忘れたわ、そんなの」
薫はふいとそっぽを向いて、愛想のない返事をする。
自動でプログラムを解析してしまう逆行分析者の能力。透子の話によれば、その代償として薫の脳にはかなりの負担がかかっているという話だったが――
「ん? そういえば青山さんは、この電依戦フィールドも私たちの姿も0と1に見えてるのかな?」
ふいにそんな疑問が湧いて出る。
電依戦の舞台である電依戦フィールドだって、そこで戦う電依だって、言ってしまえばすべて等しくプログラムだ。
スキルプログラムやアーツプログラムとは比べ物にならないサイズのそれらを解析するとなれば、脳にかかる負担は相当なものになりそうだが……。
結衣の疑問に透子はふるふると首を横に振る。
「流石に全部は解析出来ていないと思う。多分解析できるプログラムのサイズや距離……それらに条件があるんじゃないかしら」
「そうか。全部のプログラムのメモリが見えていたら電脳空間で何も出来ないもんね。そうですよね、青山さん?」
結衣の問いかけに薫は眉根を寄せて、心底嫌そうな顔をして見せた。
「……世界一答えたくない質問ね」
彼女にとっては自分の能力の根幹に関わる重要な部分だ。答えたくないのも当然だろう。
だが、その反応自体が答えであるような気もする。
しばらく黙っていた薫だったが、やがて観念したように口を開いた。
「まあ確かに、私が電脳空間でメモリを見ることが出来るプログラムには条件がある。あまりに大きすぎるプログラムや、遠くにあるプログラムのメモリは見えないの。ちなみにこの辺はバイナリアンシンドロームの患者によってまちまちみたい」
「あっさり認めちゃうんだ」
「別に知っている人間は知っているしね。それに知られたって別に困らないの。電依戦はプログラムのサイズによってリソース量が変わる。私が解析できないようなサイズのプログラムをそもそもプレイヤーは発動することができない。何故ならリソースが足りないから」
そして電依や電依戦フィールドなどの大きすぎるプログラムは解析しないで済む。電依戦の仕様と薫の能力、その二つの相性が絶妙なまでに良いのだ。
「電依戦において私が唯一恐れているのは、物量で押されることだけ。その点、連合チームの狙いは悪くはなかった。十二人全員の使うプログラムを解析してしまったら、流石の私も脳にかなりの負担が来るだろうから」
言ってから薫は余裕を孕んだ笑みを見せる。
「まあたった二人じゃ物量も何もないでしょうね。それに今の私でも、あなたたち二人を血祭りに上げるなんて、赤子の手をひねるよりも簡単なこと」
「じゃあやってみればいいでしょ!」
薫の挑発に応えるようにして、透子は正面へと勢いよく踏み込む。
それが戦いの嚆矢となった。
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