第18話 透子のミス
ローラの放った弾丸が斬り裂かれる。破片が少女騎士の頬に鮮血色の線を引いた。
だがそれでも結衣は怯むことなく、燃えるような赤い瞳で正面の敵を見据えている。
いつの間にか彼女の手には、波打つような赤い刀身の剣が一本握られていた。これは先刻、大学生チームとの戦いで得た戦利品だ。
結衣は何もただ適当な場所に逃げたわけではない。密かに隠していた戦利品。それを手にする為に、この場所へと飛び込んだのだったのだ。
『それにそこそこいい武器だからそれ』
弾丸をも斬り裂く思いもよらぬ鋭い切れ味に、そんな透子の言葉を思い出す。
うん、これはマジでいい武器だ。後でこのプログラム譲ってくれないだろうか。
そんなことを考える結衣。一方で、ローラは目を輝かせる。
「あなた、もしかしてマジシャンっすか?」
「そうですね、マジシャンかもしれないですよ? もう少し見ていきますか、マジック?」
透子に倣い、結衣は不敵な笑みを浮かべて見せる。
敵の心を揺さぶって、それで相手の行動に何らかの影響を及ぼせるなら、挑発だってハッタリだって何だってする。それが真島透子のやり方であり、結衣の学びつつある戦い方だった。
「残念っすけど、これ以上のマジックはご遠慮願いたいところっすね!」
そう言ってローラが再び側転のような姿勢を取った瞬間、
(させるかっ!)
すかさず結衣はローラへ駆けると、思い切り地面を蹴り上げる。それによってローラの顔へと土がぶちまけられた。
そうなるとローラはたまったものじゃない。
「ちょっ……! うぇっぺぇっ!」
土に目と鼻と口をやられ、視界がゼロになった彼女は、バランスを崩して地面に倒れてしまう。
ローラの戦い方は、ほぼ初見殺し。
派手な見た目に惑わされがちだが、何ということはない。冷静になりさえすれば、容易に弱点に気づくことができる。
結衣はローラが起き上がるのを待つこと無く、そのまま倒れる彼女目掛けて長剣を振り下ろした。
「……み、見た目に似合わず、荒い戦い方するっすね……!」
胸を貫かれたローラは結衣の方を向いて悔しそうなうめき声を上げると、その身体は光の粒子となって消える。
残された結衣は一人、その光景を眺めながらため息をついた。
咄嗟に思い出した涼の戦い方が上手くいったことに、ホッと安堵したのだ。
(ありがとうございます、篠原先輩)と、心の中で一言涼への感謝を述べる。だが――、
「いややっぱりこの戦い方、不良っぽくないかな?」
ローラの言う通り、高潔な騎士であるエクエスには似合わないような気がする結衣だった。
* * *
樹の陰から願人の様子を窺おうとする透子。だが身を乗り出した瞬間、即座に飛んできた弾丸に慌てて再び身を隠す。
「チッ」
結衣とローラの決着が着く数分前、透子は願人相手に銃での戦いを強いられていた。
願人は戦いが始まって早々、自ら透子から距離を置いて、銃による攻撃を仕掛けてきたのだ。
ガンスリンガークラスの電依を使う願人としては当然の戦法であったが、透子にしてみれば鬱陶しいことこの上ない。
こんな銃による対決など、透子の好むところではない。彼女にとって銃とは、挑発やハッタリと同じ戦いのサポート的存在であって、決してメインウェポンではないのだ。
これが並のプレイヤー相手なら透子も隙を見て攻めることが出来ただろう。だが相手は榛原願人。
こちらが身を乗り出そうとした瞬間を正確に狙い撃ってくる。
だが透子に対して積極的に攻撃を仕掛けてくる気配はない。撃ってくるのは、あくまで彼女が樹の陰から身を乗り出した瞬間だけ。
透子からしてみればまるで、もぐら叩きのもぐらにでもなった気分だ。
(それにしても何考えてるのよ、あいつ。このまま持久戦でもやろうってわけ?)
しかしそれをするメリットも、理由も判然としない。
――まさか仲間の勝利を確信して、彼らが自分の応援に駆けつけるのを待っているのか? いや、奴はそんな《《キャラ》》じゃない。大体、最初に奴と対峙した時の目。
(あれは自分の力だけで私を倒そうっていう、そういう目だった……)
そこで透子は、ある考えに至る。
(まさか……さっきからずっとこっちを狙ってきているのは――!)
瞬間、頭上に感じた気配に透子は慌てて上を向く。そこには二丁拳銃を構えた願人の姿があった。
突然天に躍り現れた黒コートに、長剣と銃、一瞬どちらで迎撃するか判断を迷う透子。願人はそこに隙を見て取った。
脳から筋肉への電気信号の伝達よりも早く願人の銃が吼え、数瞬遅れて構えた透子の銃が弾き飛ばされる。
即座に剣を抜こうとする透子だったが、願人の銃口が彼女の額を睨み据える方が先だった。
生殺与奪の権利を得た願人は、口端を持ち上げる。
「一瞬、気づくのが遅かったみたいだな」
「ずっと私を狙っていたのはあなたじゃなくて、あなたのプログラムだったのね」
「リモートマズル。離れた場所からでも操作できる俺のアーツプログラムだ」
透子が目だけを動かして見れば、弾丸の飛んできた方角には宙に浮かぶ円筒形の物体が見える。樹の陰からでは決して見えない位置にあるあれこそが、願人の言うリモートマズルというやつだろう。
「プログラムを使って私をここに釘付けにして、その隙に気づかれないよう私に迫る。そういう作戦だった」
悔しさを押し隠すようにして透子は再び願人を睨みつける。
自然と長剣を握る手にも力がこもるが、目の前の男は、透子の額に銃口を押し当てたまま肩をすくめる。
「お前が剣を振るうのが早いか、俺が引き金を引くのが早いか……どちらだと思う?」
不敵に笑う願人に透子は唇を噛む。
認めたくはないが彼の言う通り、自分が長剣を振るうより彼が引き金にかけた指を引く方が早いだろう。
身体を落として虚を突くことも考えたが、願人は間違いなくこちらに当ててくる。
麗秀学園の榛原願人、電依戦におけるその銃の腕前は確かだ。
「いいザマだな。お前のことは何度も夢に見た。酷い悪夢としてな。もっとも、今日でその悪夢ともお別れだが」
「女々しい男ね。私はあなたのことなんて眼中になかったけど?」
「詰んでおいてその強気の態度。筋金入りだな」
強がりならもっと言え。倒した瞬間その分、溜飲が下がるというものだ。
そう笑う願人。対して冷や汗を浮かべながら彼を睨む透子。
だがやがて、彼女の唇が弧に曲がる。
「何がおかしい」
「思い出したのよ。私には最高の一発があったってことに」
「何を――」
言い終えるより前に、透子の目の前で願人が勢いよく横へと吹き飛ばされる。
突然、己の身に降り掛かった出来事に驚き両目を剥く願人。彼を吹き飛ばしたのは、樹の陰から飛んできた涼のドロップキックだった。
それぞれ、地面に身体を擦らせて倒れる願人と涼。その刹那、一発の銃声が辺りに響き渡った。
咄嗟に涼の方へと視線を向けようとする透子だったが、
「止まるな! 行けっ!」
先輩の言葉に踏みとどまると、地面を蹴って勢いよく願人へと飛びかかる。
願人は慌てて跳ね起きると、飛びかかる透子に向けて弾丸を放つ。だが彼女は宙で翻ってそれをかわすと、回転の勢いのまま白刃を振り払った。
願人の身体に鮮血色の傷が刻まれる。
「おの――れ――……!」
悔しげに呪詛を吐いて、願人の身体はぐらりと地面へ崩れる。
着地した透子は、すぐさま願人を振り返る。だが彼の身体は既に、動かなくなっていた。
「悪いけど、どうやら今夜も夢に私が出てきそうね」
* * *
結衣は透子の元へとやって来た。周囲に敵の姿は見当たらない。座り込む涼と、それを静かに見下ろす透子の姿があるだけだ。
どうやら戦いは、今しがた終わったところらしい。
二人へと駆け寄る結衣。それに気づいた涼が顔を上げる。
「よう、渡瀬」
「先輩の相手は……?」
「オレがあんなトロそうなのに負けるかっての。ちゃんと倒してやったから安心しろ」
そう後輩を安心させるように笑ってから涼は顔をしかめる。
「ただその代わりに腕を折られちまったみたいでな。お陰で思ったように動けやしねえ。ったく、情けねえ話だぜ」
「いや、先輩……それより……」
「ん? ああ……」
涼は結衣の視線を追って、自分の左胸を見る。そこには銃弾の貫通した跡があった。
「あの咄嗟の状況でよく当てやがったな、あの野郎」
忌々しさ半分、感心半分でぼやく涼。願人に蹴りを喰らわしたあの瞬間、彼女は銃で胸を撃ち抜かれていたのだ。やがて彼女の身体が光に包まれ始める。
「どうやらオレはここまでみたいだ。悪りぃけど、後はお前たちに任せるしかねえか!」
未練皆無の爽やかな笑みを浮かべて、涼は仰向けに寝転がる。
そんな先輩の姿を透子は黙ったまま静かに見下ろしていた。彼女は先程から一言も発していない。
きっと自分のせいで涼が敗れたことに責任を感じているのだろう。
それは後から来た結衣にも、空気から何となく察することが出来た。だが生憎、そんな透子を見るのはこれが初めてのことで、どう声をかけていいのか推し量りかねていたのだ。
『私の死イコール敗北じゃなかったんだから、あの場はあれで良かったのよ。私たちの目的は二人仲良く生き残ることじゃなくて不知火兄妹を倒す、だったんだから』
不知火兄妹との戦いの後、透子が言っていた言葉を思い出す。割り切った言葉。あの時はあの言葉は多分、彼女の心の底から出た言葉だったのだろう。
でもいざ自分のせいで誰かが敗北するという状況に陥ってしまい、透子自身、自分の感情を割り切って処理することが出来なかったのかもしれない。
(分かるよ、透子。私だってそういう思いしたことあるからさ……)
心の中でそう言いつつも口には出せない結衣と、相変わらず沈鬱な様子の透子。
そんな最終決戦目前だというのに、浮かない空気を漂わせている後輩たちの顔を見て、涼は小さくため息をつく。
「何を景気の悪い顔してやがる、お前ら。特に真島。ボサッとしてる暇はねえぞ。青山の奴をぶちのめしに行くんだろ?」
「でも、私のせいで先輩が……」
「お前、意外にもそういうの気にするタイプか。結構可愛いところあるじゃねえか」
「なっ……!」
不意打ちのような一言に、透子は顔を真っ赤にして寝転がる先輩を睨む。そんな彼女を見上げて涼は「ヒヒッ」と笑う。
「申し訳ねえと思うなら、オレの代わりに青山をぶちのめして来いよ。そうしたら全部チャラにしてやる」
きっと涼は透子のせいで自分が負けたことを気にしていない。いやそもそも、自分が負けた理由が後輩にあるだなんて微塵も考えていないだろう。
だけど、こうでも言わなければ透子はずっと気負ったままに違いない。そのマイナスのメンタルは、きっと彼女の足かせとなってしまうだろう。
だから涼はわざとあんなことを言って、透子に発破をかけたのだ。そしてそれを汲み取ったのか、
「……分かりました。必ず」
透子は決然とうなずくと、踵を返して薫のいる方へと向かう。
慌ててそれを追いかけようとする結衣の背後から、
「渡瀬も頑張れよ」
その声に振り返ると、涼が寝転がりながらこちらに向けて手をひらひらと振っていた。
自分にかけられた言葉に結衣は何も言わず、代わりに小さくお辞儀すると、再び透子の後を追いかけた。