第16話 榛原願人
「始まったみたいだね」
遠く自分たちの進む方角から轟音と共に火柱が上がるのを見て結衣はつぶやく。
青南高校チームは今、連合チームと青山薫の戦う場所の近くへとやって来ていた。
ただしそれは連合チームに加わるためではない。
『青山薫は自分たちの手で倒す。だけど連合チームには合流しない』というのが三人の出した結論だった。
結衣たちの予想通り、薫が高レベルの防衛プログラムの召喚に成功していた場合、連合チームに参加してはいい的になってしまう。
でも薫は自分たちの手で倒したい。
だから戦いの余波が及ばぬ距離で様子を窺って、連合チームが防衛プログラムを倒すと同時に飛び出そうという作戦だった。
最悪防衛プログラムを倒しきれなかったとしても、集まっているのは精鋭十二人だ。彼らならいいところまで追い込んでくれるに違いない。であれば後は自分たち三人でもなんとか相手に出来るはずだ。
透子の提案したこの『漁夫の利大作戦』というまんまな名称の作戦は、卑怯にも思えるような内容だったが、結衣も涼も反対意見を出すこと無くそれに乗ることに決めた。
薫相手にはこのくらいしなければ勝つことはできないというのが、全員の共通の認識だったのだ。
オレンジ色の光が見える方角から巨竜の嘶きが聞こえてくる。そちらに注意を向けながら、結衣は透子に尋ねる。
「作戦通り上手くいくかな? 防衛プログラムが倒されても、私たちが行くまでに青山さんまで倒されちゃったら……」
「上手く行ってくれなきゃ困るわ」
普段は強気な透子の瞳にも、今は不安の翳りが見える。どうやら今回ばかりは、彼女も神に祈るしかないらしい。
「……そうだよね」
「それより私たちには、先に片付けておかなきゃいけない問題があるでしょ。今はそっちに集中を――」
「危ねえ!」
瞬間、叫んだ涼が透子へと跳んで彼女を抱えて茂みの陰へと倒れ込む。それと同時に、今まで透子の頭があった場所を銃弾が通り抜け、乾いた音を立てて樹にめり込んだ。
咄嗟に攻撃を回避することが出来たのは、殺気を感じ取る事のできる涼ならではだろう。
慌てて身を屈めた結衣は、倒れる二人に声をかける。
「二人とも大丈夫!?」
「……平気よ。篠原先輩、ありがとうございました」
「おう。しかし、いきなり仕掛けてきやがったな、連中」
言って、涼が茂みの向こうを睨みつけたその時、
「かわしたか」
泰然とした若い男の声が聞こえてくる。三人は即座に跳ね起きると、素早く身構えた。
結衣たちの視線の先……繁茂する茂みの向こうには、銃を手にした男が立っていた。
長身痩躯の男はその身体を黒いコートで包み込んでおり、コートの襟によって、口元まで隠れてしまっている。
そして樹の影で顔はよく見えなかったが、男の背後には二つの人影があった。
この漁夫の利大作戦には、一つ大きな問題があった。
先のロケーション・ディスクロージャーのタイミングで、どこだかは分からなかったが、結衣たちの他に一チームだけ連合チームに加わっていないチームがいることが明らかになったのだ。
これでは連合チームが上手く防衛プログラムを倒してくれたとしても、薫と戦っている最中に彼らに背中を撃たれかねない。
作戦を成功させるためには、この厄介者どもを片付けておく必要がある。
そしてその厄介者どもこそ、今まさに眼前にいる灰色の髪の男たちだった。
灰色の髪の男はオレンジ色の火柱の上がる方へと顔を向け、鼻で笑う。
「愚かな連中だ。急造チームで足並みをそろえるなど無理がある。ましてやあの青山薫が、この展開を見越していないはずがない。まあお陰で連中を当て馬に使えたわけだがな」
男の言葉を聞いて結衣は思い出す。
世の中すべてが事もなしに上手く行くということが決してありえないのは、どうしても同じことを考える人間が出てきてしまうからだ。
「それにしても青山の奴、やはり高レベルの防衛プログラムを召喚していたか」
男は特に驚くような素振りを見せない。
その様子に透子は目を細め、親指で自分の唇をそっとなぞる。
「そうか……あなたたちもあの巨大な痕跡を見つけたのね」
「アレを見ていたおかげで、おいそれと連合チームに加わることなんてできなかったよ」
「連合チームを当て馬に使うっていうのもそうだけど、まったくもって同意見。気が合うのかしら? アレ? 初対面よね?」
口端に笑みを浮かべる透子。男はそんな彼女に胡散臭いものようなを見る目を向ける。
「忘れたのか? 真島透子。俺はその黒い電依を見る度に思い出す。お前の狡猾さを」
「強いプレイヤーは忘れないんだけど、あなたのことは覚えていないわね? 大して強くなかったってことかしら」
透子がわざとらしく小首をかしげると同時に、チーム内の通信が開く。
『榛原願人。麗秀学園電依部部長よ』
『恨みを買ってるみたいだが?』
『さあ何だったか覚えてませんね。奴の中学生活最後の試合を一回戦で終わらせてやったくらいか』
『いやもう絶対それだよ。バッチリ因縁あるじゃん。というかバッチリ覚えてるじゃん』
まあ透子の場合、わざと忘れたフリをしているのは間違いないだろうが。
一方、そんな結衣たちの会話を知ってか知らずか、願人はゆっくりと正面に手を突き出す。
「別に忘れていても覚えていてもどちらでも構わん」
その手には黒い拳銃が握られており、銃口は結衣たちの方を向いている。
「忘れていれば思い出させるだけ。覚えていればあの時の礼をさせてもらうまでだ」