第15話 VS.連合チーム
フィールドの一画。広く開けたその場所に十二人の男女が集まっていた。
「そのアーツプログラム、リソースを削るのに中々苦労したんじゃないか?」
「お、分かるかい? 中々お目が高いじゃないか」
「でもそれ、デメリットファンクションだらけじゃないか?」
「そういう外したらアウトってプログラムは好きじゃねえな」
思い思いの会話に華を咲かせる連合チームのメンバーたち。
そんな即席の仲間たちの様子を鳥羽見那智は少し離れた場所から眺めていた。
ゲーマーチームのリーダーである彼に対して他のチームのメンバーが共闘を申し入れてきたのは、今からおよそ三十分ほど前。ロケーション・ディスクロージャーのタイミングだった。
正直最初にこの提案を聞いた時は罠なのではないかと勘ぐったし、彼らが本気だと知った時には一人を相手にこれだけの強者たちが共闘というのは実に情けない話だと思った。
だが同時に、『この申し出、受けておいたほうがいい』とこれまで多種多様なジャンルのゲーム大会で優秀な成績を収めてきた彼の直感が告げていた。
この直感があったからこそ、彼は大会荒らしなどと揶揄されながらもいくつものゲームの大会で優秀な成績を収めてくることができたのだ。
そしてチームメンバーたちも、そんなリーダーの能力と功績を知っているからこそ、これと言って文句を言うことなく彼の決定に従った。
「そういやJKちゃんたち、結局来なかったね」
「まあ全部が来るとは期待していなかったさ。もう一チームも誘ったけど来なかったからねぇ」
「それより約束は覚えているか? 誰が青山薫を倒しても恨みっこなし。倒したらその場で連合チームは解散、十分後に仕切り直しだ」
「ああ、もちろんだとも。正々堂々と行こうじゃないか」
正々堂々とは、これから一人を十二人で寄ってたかってボコボコにしてやろうと考えているプレイヤーの発言とは到底思えなかったが、他の十一人も共犯者である為何も言わない。
(それにしてもこれだけの面子が同じ場所に雁首揃えて集まるというのも中々壮観だな)
のんきに那智がそんなことを考えていたその時、突如天から唸るような大音響が聞こえてきた。
全員が何事かと会話を中断し、一斉に上空に警戒を向ける。
「な、何だアレ!?」
誰かが指さしたその先を全員の視線が追う。
彼らの視線の先には、天を舞う巨大な影があった。影は上空を旋回すると、ゆっくりと連合チームの前に降り立つ。
黒い鱗に覆われた巨躯のトカゲ……否、翼の生えたそれは――
「ドラゴン!?」
全員の叫び声に呼応するように、巨竜は樹の枝をへし折りながら地面へと降り立つと、彼らに向かって咆哮を上げる。三日月のような鋭い牙を生やした口からは、獣臭のする熱い息が吐き出された。
「馬鹿な! この大会のリソースでこれだけのプログラムを召喚するのは不可能なはずだ!」
電依戦で使われるプログラムにはアーツプログラム、スキルプログラムといった区分の他に防衛プログラムというものが存在する。
防衛プログラムはプレイヤーによって使役されるプログラムであり、その形は様々だが、主に空想上の動物の姿をしていることが多い。
アーツプログラムとスキルプログラムがプレイヤーによって完全に制御されるのに対して、防衛プログラムはある程度プレイヤーのコントロールを離れて動く。
簡単にとは言え、ある程度自分で考えて動くように作られているプログラムなのだ。
しかしそれ故、召喚のために必要な消費リソースは、他のプログラムと比較して段違いに高い。
小物ならいざ知らず、これだけ巨大な防衛プログラムをこの大会でプレイヤーに割り振られているリソースで召喚するのは到底不可能なはずだった。
不測の事態に連合チームが困惑していたその時、彼らの頭上から声が降ってくる。
「あら、舐められたものね。頭数さえ揃えれば、それだけで私に勝てると思っているのだから」
「青山!」
誰かがある方向に向かって叫び、全員がそちらに注目する。那智も倣うようにして、指の先を向いた。
(あれが青山薫か……)
大樹の枝の上。そこには絹糸のような金色の髪を揺らした少女がのんびりと座っていた。
少女の両目は幾何学模様の描かれた布に覆われている。
一見、皆が恐れるような存在には思えなかったが、どこか異形の雰囲気を感じさせるのもまた事実だった。
「この防衛プログラムはお前のものか。一体どうやって召喚したんだ?」
「今はもういませんけど、私にも一応仲間がいましたからね」
その薫の言葉に一人が答えに至る。
「そうか……奴は仲間二人に召喚させたんだ! 二人分のリソースがあれば、アレを召喚することも十分可能なはずだ!」
「そういうことです」
「さっさとそこから降りてくるといい。正々堂々と戦おうではないか」
連合チームの一人が言うのを聞いて、薫は鼻を鳴らす。
「十二対一で挑もうとしてきた人たちの言葉とは思えませんね。申し訳ありませんが、私はここで人を待っているのです。だからあなたたちの相手は私じゃない」
薫の言葉に応じるようにして巨竜が嘶きを上げる。たったそれだけで大地が震え、樹々が嵐にさらされたかのように揺れた。
「でもまあ、その子を倒せたら相手してあげましょう。もっとも、生きていればの話ですが」
「何だと……?」
「おい、よせ! 防衛プログラムが仕掛けて来るぞ!」
誰かが叫んだその言葉に、全員が巨竜へと視線を向ける。眼前で、防衛プログラムの口にオレンジ色の光が収束していく光景を、その場の全員が見た。
慌てて横っ飛びに逃げるプレイヤーたちだったが、逃げ遅れた二人が巨竜の吐き出した熱線によって一瞬にして消し炭となった。
「おいおい、なんつう威力だよ……!」
「狼狽えるな! 冷静に対処すればどうにかなる! 奴の正面には立つな!」
「近距離武器がメインの連中はバフで防御を固めろ。それ以外の連中は、遠くから前線で戦うプレイヤーをサポートするんだ!」
急造チームとは言え、彼らもRSIの招致した優秀なプレイヤーたち。混乱の中、すぐさま戦況を立て直そうとする。
そんな連合チームの面々が連携を見せる中で、一人那智だけは青山薫へと熱い視線を注いでいた。
(これはチャンスだ。今なら他の連中があの防衛プログラムに釘付けになっている隙に、奴を倒すことが出来る)
そのせいで恨みを買って連合チームからリンチされる可能性もある。そうなれば当然、優勝など望むべくもないだろう。
(だが連中が連合チームなんぞを組んでまで欲しがっている青山薫の首を取れるならば、優勝などいらない。どうやら優勝よりも、奴の首の方が価値があるみたいだからな)
他人がハマっているゲームで価値あるものを手にして、他のプレイヤーたちを悔しがらせる。
それが彼の、いや彼らの流儀だった。
那智は専用線を使ってチームメンバーに命令を飛ばす。
『お前たちは青山の正面から攻めて、注意を引きつけろ。その隙に俺が後ろから叩く』
その言葉は、自分のために捨て石になれと言っているのと同義だった。普通なら仲間の怒りを買っても仕方のない発言。だが――
『了解だ、リーダー!』
『その代わりちゃんと仕留めてくれよ!』
自分への信頼の念がこもった仲間たちの言葉に、那智の口に思わず小さな笑みが浮かぶ。
二人の仲間たちは早速、動き始める。
「む」
正面に飛び出してきた二人のプレイヤーに薫は眉をひそめる。
だが一度彼女が銀の杖を振るえば、白銀色の極太レーザーが天から降り注ぎ、ゲーマーチームの二人を飲み込んでしまった。
「ずるは良くないなぁ。その防衛プログラムを倒したら相手してあげるって言ったのに」
(誰が馬鹿正直にお前の言うことを聞くか!)
ほくそ笑みながら、那智はクナイを片手に凄まじい速度で薫の背後へと迫る。彼の電依のクラスは凶器百般。その敏捷性――全クラスの中でもトップクラスのものであった。
薫のすぐ後ろへと跳び上がった那智は、手にしたクナイを大きく振り上げる。
「あぐっ!」
次の瞬間、那智の口から間抜けな声が漏れ出る。彼の腕は力なくだらりと垂れ下がり、手からクナイが地面へと滑り落ちた。
脱力した状態の彼を宙に繋ぎ止めているのは、薫が背後へと突き出した銀色の杖だった。
杖の先端は那智の心臓を穿っている。杖の先端にぶら下がる彼の姿は、モズのはやにえのようであった。
貫かれた己の姿を見下ろして、那智は驚きに目を見開く。
「そん……な……! 何で……!?」
「私の目が空に無ければ悪くない作戦だったけど、残念」
そうつぶやくと、薫は杖の先端で突き刺した那智を巨竜へと放る。宙に舞い上げられた彼の身体は、為す術なく巨竜の爪によって引き裂かれた。
「やっぱ真島さん良かったなあ。あの子だったら、この防衛プログラムだって一人で倒してみせたかも」
まるで恋い焦がれる乙女のようにして少女は密かに胸を弾ませる。
そんな主の胸の高鳴りに応えるようにして、上空で彼女の目である二羽の鳥が鳴いた。
遅くなってすいません。
やっとvol2全部書き終えたので今日から更新していきます…
3話追加してます。
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