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比翼の電依戦プレイヤー  作者: 至儀まどか
vol.2 無敗の逆行分析者【完結済み】
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第11話 バイナリアンシンドローム

 人類がその身体にナノポートを宿し、数年が経った頃。アメリカのとある大きな病院に一人の男が妙な相談事とともに現れた。


『電脳空間上で見たプログラムの上に、0と1の羅列が見える』


 ――男のナノポートが何やら怪しげなマルウェアに感染しているのではないか。


 相談を受けた医者は最初そんな風に考えていた。

 しかし検査の結果、彼のナノポートがマルウェアに感染した痕跡はなかった。

 その後、少数ながらも世界各地で同様の症状を訴える人々が現れる。

 そこで専門のチームが立ち上がり詳しく調査を行なったところ、驚くべき事実が明らかになった。

 信じられないことに症状を訴えた患者たちが見ていた0と1は、電脳空間のメモリ上に展開されたプログラムのものとまったく同じだったのだ。

 ある電脳空間の専門家は言う。


『電脳空間のプログラムは実行されることでプログラムコードを始め、様々なデータがメモリ上に展開されます。通常、電脳空間のメモリはアクセスした一般のユーザからは読むことはできないはずなのですが、信じられないことに彼らはそのメモリを読み取っているようなのです』


 同じ症状を示す患者たちを集めて行われた実験。

 その中で分かったのは、患者たちが読み取れるメモリの条件には個人差があること。例えばある患者は電脳空間内において、100メートル以内にある80MB(メガバイト)以下のプログラムのメモリを読むことができたが、別の患者は50メートル以内にある60MB(メガバイト)以下のプログラムのメモリしか読むことができなかった。

 一方で最も症状の酷い者に至ってはサイズや距離に上限などなく、電脳空間を含めたすべてのプログラムのメモリを読むことができてしまったという。


 そしてもう一つ分かったこととして彼らに共通していたのは、電脳空間にジャックインしてプログラムを見ることがメモリを読むスイッチになっているということだった。


 この問題の原因を突き止めるべく、多くの研究者やエンジニアは電脳空間のソースコード解析を行なった。

 解析にあたって、過去の様々なシステムに存在していたメモリ漏洩の脆弱性と似たような問題だろうという推測が立てられていた。

 だが程なくして、彼らはさじを投げることになる。


 どれだけ探しても発見することができないのだ。脆弱性の原因となり得る箇所を。

 また患者たちのナノポートを取り出して解析してみるも、メモリを読み込もうとする攻撃を行った痕跡(ログ)や患者が見たというメモリに関する情報も見当たらない。

 患者たちのナノポートを別の物に取り替えてみても症状が治まる気配がない。

 原因の解明にあたった技術者たちは、後の取材に対して『まるで魔法でも見ているかのようだった』と語っている。


 調査を続ける間にも、同じ症状を抱える患者は微々たる人数ではあったが徐々に世界中で増え続けていく。

 やがてこの病気には、バイナリアンシンドロームという名前がつけられるようになった。


 このバイナリアンシンドロームには、吐き気や頭痛といった個人的な悩み以上にある大きな問題が存在する。

 それは通常ユーザが見ることができない、電脳空間のメモリを見ることができてしまうというものだ。

 アカウント情報、認証鍵、復号されたテキストメッセージ……電脳空間のメモリ上には、本来閲覧されるべきではないあまりにも多くの|機微()()()()()()な情報が存在する。

 そして電脳空間は日常生活のみならず、国防、インフラ、金融といったあらゆる場で使用されている。

 そういった重要な電脳空間に関してはアクセス制御がされているものの、もしも万が一、それらの電脳空間にバイナリアンシンドロームの人間を送り込まれれば、そこで動く機密性の高いプログラムの仕様や内部の情報がすべて丸裸にされてしまうおそれがあるのだ。


 このことは一つの大きな論争を巻き起こした。

 原因が分からない以上、電脳空間上で動くプログラムの機密保持のためにバイナリアンシンドローム患者が電脳空間にアクセスすることを禁じるべきか。しかしそれでは人権侵害になってしまうのではないか。電脳空間における情報の秘匿性と人権、尊重されるべきは果たしてどちらか。


 話し合いはかなりの期間平行線を辿ったが、結局バイナリアンシンドロームの患者が電脳空間へのアクセスを禁じられることはなかった。

 対策として、重要な情報がメモリ上に置かれる電脳空間には厳格なアクセス制御を設けるという運用が行われることになった。


 この結論は人権への配慮、そして何よりも人間がメモリ上に存在する0と1の数列を見ただけでプログラムの仕様を把握することができるわけがないという判断からだった。


 もしもそんなことができるとすれば、それは人間ではないのだ。

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