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比翼の電依戦プレイヤー  作者: 至儀まどか
vol.1 比翼の電依戦プレイヤー【完結済み】
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第4話 電依部にようこそ

 入学式から二週間、結衣は新しく始まった高校生活にもだいぶ慣れてきた。

 授業も今のところはついていけているし、高校に入ってから新しく友人も何人かできた。担任の先生も優しい人だった。

 新生活の滑り出しとしては、ほとんど満点と言える。

 ただそんな中で一つだけ、どうしてもままならないことがあった。


 それが、真島透子だ。彼女の存在が自分の高校生活を八十五点にしてしまっている。


 あの謎の敵意を向けられた入学式の日から、彼女とは一切会話をしていない。と言うよりも話すことができていないという方が正しいか。

 何度か話しかけようと試みたのだが、そのたびに避けられるのだ。


 透子がこのような冷淡な態度を取るのは、何も結衣相手だけではない。

 他のクラスメイトから何か話題を振られても彼女は、「今忙しいから」の一言で済ませてしまう。

 そんな素っ気ない態度を取り続けた結果、最初の内は彼女の外見の良さに惹かれて声をかけていたクラスメイトたちも諦めたようで、今ではみんな遠巻きに彼女を見るばかりだ。

 そのせいで透子はいじめというほどでもないが、クラス内でどこか腫れ物に触るような扱いを受けてしまっていた。


 だが肝心の透子本人がそのことを気にしている様子はまったくない。


 今日も相変わらず、放課後になると同時に自分の荷物を掴んで、さっさと教室を出て行ってしまった。




「本当何考えてるのかよく分からない……」


 机にもたれかかりながら、誰も座っていない透子の席を見つめて結衣は嘆息する。

 そこへ赤色のジャージ姿のヒカリがやってきた。


「何一人でたそがれてるの? 今日から部活だよ、行かないの?」

「もちろん行くよ。行くけどさ……」

「私もう行くからね?」


 煮え切らない態度の結衣に首をかしげて、ヒカリは教室を出ていく。

 気づけば周りの生徒たちも部活の準備を始めていた。


 ――自分一人、いつまでここに残っていても仕方ない。


 そう考えて結衣は、一つため息をついて椅子から立ち上がった。




 * * * 




 教室を出た結衣は、ナノポートが示す通りに渡り廊下を抜ける。


『来たれ! 柔道部!』などの部活勧誘のポップアップウィンドウたちを横目に廊下を進んで行き、やがてとある教室の前に立った。

 扉には『電依部』と書かれたウィンドウが表示されている。


 ここが青南高校の電依部。今や世界最高峰の電依戦プレイヤーである葵も、かつてはこの青南高校の電依部に所属していた。


 今日から自分もここに所属することになる。

 そのことに入学前までは大きな期待と小さな不安抱いていたのだが、今ではその割合は逆転してしまっていた。


「やっぱり真島さんもいるのかな……?」


 扉の前で結衣は、本日何度目かのため息をつく。


 高校生活目下最大の懸念である真島透子。電依戦経験者の彼女が電依部に入部する可能性は非常に高い。

 もしそうだとしたら、自分は彼女と上手くやれるのだろうか。今朝からずっとそのことが気がかりで仕方なかった。


 結衣は部室の扉を静かに開けて、そっと中の様子を伺う。


 部室の広さは他の教室と変わらず、前半分は普通の教室と同じように机が等間隔に並べられており、教壇には教卓まで置かれている。

 だが、後ろ半分にはソファーや食器棚、冷蔵庫などが置かれており、まるでちょっとした居住スペースのようになっていた。


 どうやらここに透子はいないようだ。結衣がホッと息をついたその時、


「おー、もう一人来たか!」


 不意に教室の前方から元気そうな声が聞こえる。

 声の方に視線を向けると、薄茶髪の少女が椅子に逆座りしていた。


 少女は勝ち気な瞳をしており、健康的な白い歯を見せてこちらに快活な笑顔を向けている。

 おそらく彼女には、かわいいとか美しいという形容よりもかっこいいという方が合うだろう。

 ただ大雑把な性格なのか足を大きく開いており、スカートの中が見えてしまいそうだった。


 漠然とそんなことを考えながら部室の入り口で立ち尽くしていると、痺れを切らしたのか、少女は椅子から立ち上がって結衣の目の前までやってくる。


「お前、入部希望だろ? 電依部の?」


 少女は不安そうな表情をしながら、結衣の顔を覗き込む。彼女の薄茶色のポニーテールが小さく揺れた。


「あ、はい! そうです!」


 我に返った結衣は慌てて返事をする。

 その返事にホッとしたのか、少女は笑顔を見せた。


「オレは三年で副部長の篠原しのはらりょう、よろしくな」


 涼はこちらに手をさし出す。

 口調が男っぽい上に髪を染めているものだから一瞬不良なのかと思ってしまったが、どうやら怖い先輩ではないようだ。

 安堵しながら結衣も自分の名前を名乗って差し出された手を握った。


 涼に招かれて結衣は部室の中に入る。

 その時ちょうど、ソファーに寝そべりながらお菓子を食べている少女と目があった。今の今までそこにいることに気づかず、結衣は驚きに小さく息を呑む。


 綺麗な顔の少女は、その瑞々しい黒髪を床まで垂らしている。頭には桜の花びらの髪飾りをつけていた。

 まるで日本人形に制服を着せたような雰囲気の女の子だというのが、彼女への第一印象だった。


「あそこにいるのはたちばな雛乃ひなの。ウチの部で唯一、中学からの電依戦経験者。二年生だから学年は渡瀬の一個上だな」

「よろしくお願いします」

「よろしく~」


 雛乃は頭を下げる結衣に目をくれると、ソファーに寝そべったまま、こちらに向かって手をひらひらと振った。

 マイペースな先輩だな、と思って見ていると、


「橘はまあ、いつもあんな感じだからさ」


 涼はそう言って苦笑いを浮かべる。


 気を取り直して結衣は改めて周囲を見回す。ふと部室の隅に目をやると、自分の身長よりやや大きなガラス棚が置かれているのが見えた。

 棚の中にはトロフィーや表彰盾が所狭しと飾られている。

 結衣は吸い寄せられるようにしてその棚へと近づく。

 そこに置かれているトロフィーは、すべて結衣の姉である葵を称えるものであった。


「これ……」

「凄いだろ? それは全部、昔この学校に通ってた先輩のもんだよ」

「これ私のお姉ちゃんのものなんです」


 ぽつりと零した結衣の言葉に涼は目を丸くする。そして何かに気づいたかのような表情に変わった。


「渡瀬って……あ、もしかして渡瀬葵の妹!? すげえ! マジか!」


 そう叫ぶと、涼は結衣の両手を取って勢いよく振る。


「おいおい! まさかあの渡瀬葵の妹が入部してくれるなんてな!」

「ええと……お姉ちゃんほどの実力はありませんけどね……」


 結衣は苦笑する。

 あまり期待されると、かえってこれからやりづらくなるんじゃないだろうかと不安になってしまう。


「いやー良かったよ! 渡瀬葵の妹に中学生チャンピオンまで入部してくれるなんて、今年は大収穫だな!」


 興奮気味に言う涼の言葉に結衣は首をかしげる。

 ん? 中学生チャンピオン?


 その時、部室の扉が開く音が聞こえる。振り返った結衣は顔を引きつらせた。

 そこには透子が立っていた。彼女は結衣の存在に気づくと、あからさまに不機嫌そうな顔になる。


「お、噂をすれば! ほら、ちょうど今言ってた中学生チャンピオンの真島透子。実はお前がここに来る少し前にアイツも来てたんだよ!」


 嬉しそうにそう言う涼に、結衣は苦笑いを浮かべる。


(やっぱり真島さんも入部するんだ……)


 透子の姿が見えないものだからすっかり油断していたが、まさかの不意打ちだった。

 先輩の手前、向こうも愛想笑いの一つでもしてくれるかと期待混じりの視線を向けてみる。

 しかし透子はこちらを一瞥すると、鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。


 そんな彼女の様子など気にしていないのか、涼は楽しげに話を続ける。


「いやあ、早く部長来ねぇかな。これじゃ部活始められねぇじゃねえか!」


 折しもその時、息を切らせながら一人の男子生徒が前方の扉から入ってきた。


「すいません、遅くなりました」

「おっせーぞ、部長」

「そう言われても部長会がありましてね……」


 困ったように笑いながら男子生徒はボサボサの頭をかくと、黒縁メガネの奥から結衣と透子を一瞥する。


「篠原さん、これで全員ですか?」

「多分そうじゃねえかな。でもこれがまた二人共すごい奴らでさ! まあ時間がもったいないし、始めちまおうぜ」


 そう言って涼は、結衣と透子に席に着くよう促す。


 一年生二人は、自然と離れた席に腰を下ろした。

 涼と雛乃、そして男子生徒は教壇に並ぶ。

 先に口を開いたのは、真ん中に立った男子生徒だった。


「はじめまして、一年生の皆さん。まずは、入部ありがとうございます。私がこの電依部の部長、秋名あきなつづりです。まあ部長と言っても、私の仕事は書類作成などの雑用や皆さんが電依戦で使うプログラムの作成がメインです。私自身、電依戦プレイヤーではないのでそちらはあまり期待しないでください」


 綴と名乗った男子生徒は、穏やかな笑顔で自己紹介をした。


 電依戦をやらない部員が部長職に就いているというのは中々珍しいな、と結衣は思う。

 結衣の中学の電依部では部内で一番電依戦が強い最上級生が部長だったし、他校の電依部も基本そうだったはずだ。


 それから涼と雛乃、続いて結衣と透子も改めて簡単に自己紹介を済ませる。

 五人の自己紹介は、十分足らずで終了した。


「さて、以上で自己紹介はおしまいですが、何か質問等はありますか?」


 綴からそう聞かれて結衣は一瞬逡巡したが、やがて恐る恐ると手を挙げる。


「はい、渡瀬さんどうぞ」


 まるで教師のような口ぶりで綴は結衣を指さす。


「あの~……電依部の部員ってこれで全部なんでしょうか?」


 かつて青南高校には、高校電依戦三連覇を成し遂げた葵の影響もあって同県のみならず県外からも多くの生徒が進学し、電依部に入部したと聞いていた。

 それが新入生の自分たち二人を足しても部員がたったの五人しかいないというのは、どう考えても少なすぎる気がする。


 結衣の質問に、綴は少し言いにくそうに頭をかく。


「あー、まあたしかに、昔は優秀な先輩がいたお陰でこの学校の電依部には多くの部員がいたという話は聞いています。……ですがその先輩が卒業してから、青南高校電依部は大会で思うような成績を出せず、部員の数は年々減少。去年の三月に残っていた最後の先輩が卒業したことで、一度は廃部となってしまいました」

「廃部!?」


 驚きの事実に、結衣は素っ頓狂な声を上げる。

 たしかにここ最近、青南高校電依部の名前を聞かないとは思っていたが、まさか廃部になっていたとは夢にも思わなかった。


「去年の先輩が卒業して一度廃部になった直後にオレたちが復活させたからな。廃部だったのは、ほんの一月ひとつきとかそんなもんだよ。知らねえのも無理はないかもな」


 監督が変わって強豪校が衰退してしまう話はどの部活でもよく聞くが、たった一人の部員によって隆盛を極め、それ以降誰も続く人間がおらず、凋落ちょうらくしてしまった部活というのはあまり聞いたことがない。

 それよりも、もしも綴たちがいなければ自分で新しく電依部を立ち上げなければならなかったかもしれないわけだ。

 そう考えると、会って間もない彼らに結衣は、心の底から感謝したい気持ちになる。


「まあ、そんなワケですからお二人には期待していますよ」


 綴は柔和な笑みを浮かべると、涼の方へと視線を向ける。


「それでは早速ですし、電依戦の方始めますか」

「おーいいね。やろうか」


 涼は手のひらを拳で叩く。


 ――いよいよ高校生活初めての電依戦が始まるのか。


 先輩たちの会話を聞きながら結衣が期待に胸を弾ませていると、


「あの」


 透き通るような声が教室に響く。

 声の方を見ると透子が手を真っ直ぐと挙げていた。部室にいる全員の視線が透子に集まる。


「どうしました、真島さん?」

「まずは私と……渡瀬さんとで電依戦をやるのはどうでしょう?」

「え?」


 予想外のご指名に結衣の口から、思わず驚きの声が漏れる。


 クラスではこちらに謎の敵意を向けて会話もロクにしてくれない透子。そんな彼女が、自分と電依戦をやりたい? 一体どういう風の吹き回しなのだろう。そんなことより、もしかして今、初めて名前を呼ばれた?

 そんな考えが雨後のたけのこのように出てくる。


「ああ言ってるけど、どうする綴?」


 涼から尋ねられ、綴は親指で顎をなぞる。


「そうですね……本当は、上級生が新入生に電依戦のルールをレクチャーしながら――という形でやってもらおうかと思っていたのですが……渡瀬さんはいかがですか?」

「え?」

「お二人とも経験者のようですし、渡瀬さんさえ良ければ、まずは真島さんとお二人でやってもらおうかと」

「ええと……」


 結衣は透子の顔をちらりと盗み見る。しかし、その表情から彼女が一体何を考えているのかをうかがい知ることはできなかった。

 気づけば、『どうするんだ?』という視線が結衣に集まっている。

 あまり迷っている暇はなさそうだ。


「はい……私も大丈夫です。やります」

「分かりました。篠原さんと橘さんもそれでいいですか?」

「ああ、オレは別にいいぜ」

「あたしも構いませんよ」


 二人の合意を得た綴は、結衣と透子に電依戦の準備をするよう指示をする。


 結衣たちは机と机を向かい合わせると椅子に座った。


 電依戦の形式によって異なることもあるが、こうやって戦うプレイヤー同士が向かい合って座るのが電依戦の基本だ。


 そんな大義名分を得て、結衣は堂々と正面から透子の顔を見る。

 相変わらずの美少女がそこにいた。思えばこうして彼女の顔を正面から見るのは、あの入学式の日以来かもしれない。

 ただ透子の瞳はこちらを見ることなく、机を見下ろしていた。


「今回の電依戦のルールですが、所持リソースは2000、使用可能プログラム数上限なし、フィールドはランダムに決定されます。試合時間は二十分。試合時間が過ぎるか、どちらか一方の体力がなくなった瞬間試合終了となります。試合時間を過ぎた場合は、残り体力の多い方の勝利です」


 電依戦の立会人として綴は向かい合わさった机の前に立ち、淡々とルール説明を行う。スタンダードなルールだ。


「お二人共、何かルールに関して質問はありますか?」

「ありません」


 綴の質問に、結衣と透子の二人はほぼ同時にそう答える。


 この時、結衣にはある期待があった。


 ――もしかしたらこの電依戦を機に真島さんと仲良くなれるかもしれない。


 同じ部活に所属するのであれば、今までのような関係ではどうしても今後の活動に支障があるだろう。

 実のところ彼女も自分と仲良くなりたくて、そのきっかけとして自分との電依戦を希望したのかもしれない。

 もしそうだとしたら、この戦いが終わった瞬間、自分たちの関係は今とは大きく変わっているに違いない。


「では、始めてください」


 綴の合図と同時に、結衣はターミナルを立ち上げると、電依戦のプログラムを起動する。

 その瞬間、彼女の視界をまばゆい光が包み込んだ。

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