第8話 圧勝
深鈴の消滅を見送ってから結衣は深くため息をつく。この大会に参加しているプレイヤーが強敵揃いなのは透子からしつこく聞かされていたが、よもや緒戦の相手にここまで手こずらされるとは予想だにしていなかったのだ。
とはいえ、相手も相当な腕の持ち主だった。二ヶ月前の自分なら恐らく負けていたことだろう。少しは自分も成長しているということか。
そのことに僅かながら喜びを感じていた結衣だったが――、
「あ」
そうだ、こうしてのんびり休憩している場合じゃない。透子と涼。彼女たちの加勢に行かなくてはならない。
そう考えて結衣が振り向いた瞬間――、ちょうど透子の剣が累を斬り捨てた光景が目に映った。
「あ、そっちも終わったんだ。結構派手にやったみたいだけど勝ったのね、結衣」
そう言って透子はこちらを振り返る。その表情には、苦戦のくの字も見えなかった。
「相変わらずだね」
「何がよ」
「いや、なんでもない」
そう言って結衣は苦笑いをする。そうだそうだ、自分が透子の心配をするなどおこがましいにもほどがあった。
「? まあいいわ。結衣、その武器拾って」
首をかしげてから透子は地面に転がっている長剣を指さす。波打つ赤い炎のような刀身の剣。それは先程まで累が使っていたものだった。剣は持ち主亡き後も消えていなかったのだ。
透子に言われるがまま結衣は長剣を拾い上げる。
「これどうするの?」
「このまま持って行く。リソースを温存するためにはなるべく自分たちで武器を作らないことが大事だから、こうして敵が遺していった武器を利用するの」
それにそこそこいい武器だからそれ、とつけ加える透子に結衣は「ははあ」と声を漏らして手を叩く。
敵は今の大学生チーム以外にもまだまだ大勢いる。そんな中でリソースを温存するのは当然といえば当然だ。
「まあ敵の中にはそれを見越してわざと自分の武器に罠を仕込む奴もいるからそこだけは気をつけて。今回は見た感じ大丈夫だけど」
「あっちの鎌とか鞭はいいの?」
結衣は深鈴の遺した武器を指さす。折角だから持って行ける物は全部持って行った方がいいような気もするが。
「こっちのメンバーに、あの二つを使えるプレイヤーはいないでしょ。使い慣れてない武器ほど扱うのに危険なものはないからいらない。その剣だけで十分」
そう言って透子は大鎌と鞭に近寄ると、剣を振り下ろす。金属音と共に二つの武器は易易と切断された。
「かと言って他の敵チームの誰かに拾われて使われても厄介だからこうして処分はする。処分できないやつはどっかに上手いこと隠して敵がすぐ使えないようにする。あとは武器に罠を仕掛けて、わざと見つかりやすい場所に置いておくのもありね。OK?」
「お、オーケーです!」
なんだか教師みたいな透子の口調に結衣は思わず敬語になってしまう。まあ実際、彼女は結衣にとって電依戦の教師みたいなものなのだが。
結衣の返事を聞いて満足気に微笑んだ透子は、涼のいる方角に顔を向ける。その視線の先からは、未だに戦闘の音が聞こえてきていた。
「さて……篠原先輩は大丈夫かしら?」
* * *
雄太は焦っていた。
気づけば自分の仲間が全員やられていたこともそうだが、目の前のこの男……いや女――。
「強すぎる……!」
先程から雄太の攻撃は涼を捉えることができていない。彼の振るうハルバードの斬撃を涼は僅かな身体の動きだけで回避して見せる。
「フン、今頃気づいたのか」
涼は鼻を鳴らして、いつの間にかその手に握っていた黒い何かを雄太の顔めがけてぶちまける。それは土だった。
咄嗟の出来事と目に入った土に動揺する雄太。そんな彼の顔に涼は笑ったまま赤橙色に光る手甲を突き立てると、そのまま体重を乗せて思いっきり拳を振り切った。
地面に勢いよく後頭部を打ちつけた雄太は頭を支点にエビ反りになると、激しく身体を痙攣させてから地面に崩れる。即死級のダメージを受けた彼の体力はあっという間にゼロになった。
「よっし、終わり。砂じゃなくて、土でも意外と上手くいくもんだな」
「うわ……えっぐい勝ち方……」
涼の戦いを邪魔にならない場所で見ていた結衣と透子が揃ってつぶやく。顔に土を投げつけて相手の視界を奪うだなんて、果たしてどこから出た発想なんだろうか。
「うっせ、勝ちは勝ちだ」
後輩の言葉に鼻で笑うと、涼は拳を一度ブンと振った。
* * *
戦闘を終えた結衣たちは、透子の提案で各々の状態を確認していた。
「私と篠原先輩の残り体力が八割ちょっと、結衣が七割ってとこか」
やはり自分が一番体力を削られていたらしく、結衣はグッと喉を鳴らす。それに体力だけではなく、スキルプログラムを三発も撃ったことでリソースもかなり使ってしまったようだ。
「今回は体力回復の手段もないわけだし、正直これ以上敵との無駄な戦闘は極力避けたいところね」
「そうだね……」
少なくとも現時点でもっとも体力の低い自分に異論を挟む資格はないと結衣は思う。
MVPの特典とやらが酷く気になるところだが、自分たちの目的はあくまで優勝。ここで本来の目的を見失ってしまっては本末転倒というものだろう。
結衣が漠然とそんなことを考えていたその時、不意に涼が顔を上げて辺りを見渡す。
「どうかしたんですか、篠原先輩?」
「……何かこっちに近づいてくるぞ」
「えっ?」
言われて結衣と透子は耳を澄ます。
涼の言う通り、確かに足音のようなものが聞こえてくる。
戦いの疲労もあってできれば休んでいたかったが、そんな悠長なことを言っている場合ではない。
三人は音の方へ向かって即座に警戒態勢に入る。足音からして近づいてくるのは一人のようだが、果たして――
やがて、樹の影から人影が一つ姿を見せる。現れたのは、黒い服を着た細身の男だった。
出てきて間もなく、結衣たちから武器を突きつけられ、男は両手を挙げる。
「……確か社会人チームのプレイヤーですね。名前は兵藤亜紀」
「おいおい、こういう場で実名を呼ぶってのはマナー違反だろう」
データベースと顔を見比べる透子に亜紀は不機嫌そうに口を尖らせる。彼の他に敵の気配は感じられないが、まさか一人で来たのだろうか。
「なんだか知らねえけどカモが鍋背負ってってのは、まさにこのことだな」
そう言って涼が亜紀に向かって拳を振り上げたその時、
「待て。俺に争う意思はない。ほら、その証拠に俺の手に武器はないだろ?」
彼は上げた両手を懸命に振ってアピールする。
亜紀の言う通り、その手には何の武器も握られていなかった。
「争う意思はないって……んじゃテメエは何しに来たんだよ?」
「俺は伝えに来ただけなんだ」
「伝えるって何をですか?」
結衣の問いかけにしばらく黙っていた亜紀だったが、やがておもむろに口を開く。
「この大会には青山薫が参加している」