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比翼の電依戦プレイヤー  作者: 至儀まどか
vol.2 無敗の逆行分析者【完結済み】
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第6話 緒戦

 結衣たちが降り立ったフィールドは森だった。

 シンプルに森と言っても、森を構成する木々の一本一本が自分たちの知っているその辺の森のものとは違う。

 周囲には根回りが二十メートル近くある巨樹が何十本と生えており、首が痛くなるほど上を見上げないと枝の先端が見えないほどだ。

 そんな樹々がどこまでも続いている。

 どの樹もここが現実の世界だったならば、千年や二千年を生きているような価値のある樹なのだろう。

 そんな巨樹たちが無価値に立ち並ぶ奇妙な世界に、結衣はまるで自分たちが小人にでもなったかのような錯覚を受けてしまった。


「すっごいね……これ……」


 結衣は視線を巡らせて嘆息する。こんな光景が見られるのも仮想の世界ならではだ。

 流石の透子もこの光景には圧倒されているのか、黙って周囲の樹々を見回している。

 ちなみにここでの結衣の姿は白銀の軽装鎧を身にまとった銀髪赤眼(せきがん)の少女騎士『エクエス』であり、透子の姿は濡れ羽色の長い髪の少女『スクワイア』だった。

 これが電依。電依戦におけるプレイヤーたちの依代なのだ。


「コイツは中々立派なとこだな」


 不意に二人の背後から声が聞こえる。振り返ると、そこには一人の男が立っていた。

 銀と赤の鎧を身に着けた彼の身長は二人より高く、見上げないとその顔が見えないくらいだ。

 切り揃えられた短い金髪の下の強気な顔は目鼻立ちが整っており、まるで乙女ゲームの攻略対象キャラクターのようだった。


「相変わらずいつ見ても格好いいですね、篠原先輩」

「おう、サンキュ!」


 結衣の褒め言葉に男は白い歯を見せて快活に笑う。

 この男こそが、電依戦フィールドにおける涼の電依『マキナ』だ。

 普段から男口調である彼女は、電依戦フィールドで男の姿をしていてもあまり違和感はなかった。

 電依戦において、男性が女性型の電依を、女性が男性型の電依を使うことは珍しいことではない。しっかり電依を扱えるならば楽しみ方は自由。そこは通常のゲームと変わらないのだ。

 ちなみに何故涼が男性型の電依を使っているのかと言えば、『オンラインで見知らぬ相手に舐められることが嫌いだから』というなんとも彼女らしい理由だった。


「今回の電依戦はサバイバル形式だ。敵と遭遇してもいつもみたいにカウントなんてねえから、武器だけは今のうちに準備しとけ」


 涼はその手に武器を召喚する。

 トータルファイター。格闘による戦闘に特化したクラスの電依を扱う彼女の武器は、鎧と同じ銀と赤の手甲だった。

 彼女の指示通り、結衣も自分の手に長剣を召喚する。


 通常の電依戦では、戦闘が始まる前に『5カウント』と呼ばれるカウントダウンが行われる。

 電依戦プレイヤーはそのカウントの間に戦いで使う武器を召喚することになっているのだ。

 しかし、今回の電依戦に限っては涼の言う通りそんな余裕は与えられない。敵のプレイヤーと遭遇すれば有無を言わさず即座に戦闘となってしまう。


(いつどこから襲って来るのか分からないのが少し怖いけど……)


 剣を握り締めながら結衣は同じチームの二人へと視線をやる。

 彼女たちのような強者と同じチームなら意外とどうとでもなるかもしれない。二人が仲間にいると思うと、それだけで不思議と勇気が湧いてくる。

 それに自分はまぐれと言えど、あの不知火(しらぬい)彰人(あきと)を倒した実績がある。もう少し自信を持ってもいいはずだ。

 そこで結衣はふと、先程から物静かな透子が何をしているのか気になり彼女の方に顔を向ける。

 透子はターミナルに向かって何やら真面目な顔をしていた。


「透子、何してるの?」

「この大会に参加してるプレイヤーの情報をチェックしているの」

「参加プレイヤーのチェック?」

「結衣、さっきの会場にいた連中の顔見てた?」

「顔」


 透子に言われて結衣は記憶を掘り起こしてみるが、なんだかぼんやりとしている。

 遅れて会場入りしたことの気恥ずかしさや部屋が薄暗かったこともあり、人の顔などあまりちゃんと見ていなかった故、それも仕方のないことだったかもしれない。


「うーん……なんとも。なんかやたらといかついおじさんとかいたような……」

「違う違う、そういうんじゃなくて」


 そう言って手を振ると、透子は結衣の方を見て何かを考えるようにして顎に手を当て、それから口を開く。


「……そうね。例えばDって旗が立ったテーブルに座ってた連中。あいつらは色んなゲームの大会に参加して必ず上位に入ってるプロゲーマー連中よ。大会荒らしとして悪名高いわね」

「ええと……」


 いきなり透子から言われた言葉に結衣は面食らってしまう。

 突然そんなことを言われてもDのテーブルにいた人の顔なんてロクに見てないし、たとえ見ていたとしてもどこの誰かだなんて分かるわけがない。


「Aのテーブルは大学生で、去年の電依戦の都大会で上位に入った連中」

「……透子はもしかして全部の電依戦プレイヤーの顔を覚えてるの?」


 冗談のつもりで言った言葉だったが、彼女ならそれもあり得ると心のどこかで思ってしまう。


「別に覚えてるわけじゃないけど、優秀なプレイヤーとかのデータは一通り自分のナノポートのデータベースに突っ込んであるの。後は顔認識プログラムを叩いて、自分の視界に入った人間の顔とデータベース内の顔データを照らし合わせているだけ。こうしておけば、電依戦フィールドで初めて相手に出くわす前に、参加者がどんなクラスの電依を使ってきてどんな戦術を取ってくるか、ある程度把握できるでしょ」


 一部言っていることの意味はよく分からなかったが、そうだった。透子は自分のナノポートに電依戦プレイヤーに関するあらゆる情報を詰め込んでいるのだ。そしてその情報は戦いにおいて、非常に重要な役割を果たす。

 そこで結衣はふとあることに気づく。


「じゃあ会場に入った時にやたらと周りを見渡してたけど、あれって別に緊張してたわけじゃなくて……」

「なんで私が緊張するのよ? 参加者を確認するために、会場にいる連中の顔を片っ端から見てただけ」


 ですよねー、と結衣は首を傾ける。

 強心臓の持ち主である透子が、緊張なんてしているはずがなかった。可愛げなんて全然なかった。

 彼女の頭にあるのはいつだって、いかにして電依戦で勝利するかだけなのだ。


 それから透子は参加者に関する一通りの情報を結衣と涼のナノポートに送ってくれた。

 結衣は透子から貰ったデータに目を通す。全部で六チーム分の情報が手元にあった。


「あれ? 参加チームは私たちを含めて八チームだから、あと一チームのデータが足りないんじゃ……」

「それがHチームなんだけど、彼らの顔だけはデータベースにないのよね」

「データにない? 無名プレイヤー連中ってことか?」


 涼の質問に透子は小さく唸る。


「そうですね、少なくとも私のデータベースにはあの二人の顔はありませんでした……。もしかすると名前が知られていないだけで、それなりに強いプレイヤーなのかもしれませんが……」

「あのフードを被っていた女? アイツに関して顔すら分かんねえしな」


 そんな二人の会話を聞いて結衣は青山のことを思い出す。

 会場にやってきた青山。あの時の彼女は、まるで人に顔を見られたくないようにフードを目深に被っていた。

 受付を通ったということは彼女も正式な参加者なのだろうけど、何か他の参加者に自分の正体を教えたくない理由でもあったのだろうか。

 一応青山からは何も言うなというジェスチャーを受けていたけれど、ここは流石に言うべきだろう。

 これは戦いであって彼女は敵なのだから、向こうの都合なんて関係ない。むしろ向こうに不都合なことならガンガンばらしてやろう。


「あのさ。実はそのフードの人ことなんだけど――」


 結衣がそこまで言いかけたその時――、


「静かに」


 その続きを涼が遮る。


「篠原先輩……?」


 結衣は涼の顔を見上げる。彼女(ここでは男だが)の緑色の瞳は数十メートル先の一本の巨樹に向けられていた。

 一見なんの変哲もない巨樹だが、果たしてあれがどうかしたのだろうか。

 そんなことを考えていると、涼はおもむろに足元に落ちていた小石を拾い上げる。そして――、


「ったく……ガールズトークを盗み聞きたぁ、いい度胸だなッ!」


 そう叫ぶと小石を巨樹めがけて力強く投げ飛ばした。小石は風を切りながら、巨樹の枝の方へと勢いよく飛んでいく。

 その瞬間、巨樹の上から()()が飛んだのが見えた。飛んだ()()は結衣たちの前方に着地する。それと同時に小石が巨樹に当たって弾ける音が聞こえた。


「おいおい、マジか。何でバレたんだ?」


 結衣たちの目の前に降り立った()()は、ため息混じりにそう漏らしてゆらりと立ち上がる。

 そこにいたのは黒い線の入った白いストライプスーツに身を包んだ男だった。彼の頭の上でぐるりと巻かれた赤色の髪が揺れている。

 初対面のはずが、結衣はその顔には見覚えがあった。

 先程、透子から貰ったデータにあった大学生チームのメンバーの一人『小室(コムロ)雄太(ユウタ)』が使っている電依だ。確か電依名はユウ。

 雄太の疑問に涼は鼻を鳴らす。


「殺気を垂れ流しすぎだ。殺す気なら殺す気で潜むな」

「……分かった? 殺気」


 結衣はこっそり透子に耳打ちするが、彼女はふるふると首を横に振る。

 透子に分からないなら自分に分からなくて当然か、と結衣は安堵のため息をついた。


「マジかよ……。折角ロケーション・ディスクロージャーの時間にならない内に一チーム落とそうかと思ってたんだが……こいつは参ったねどうも」


 雄太は苦々しく笑う。


「嫌だぜ? 一番与しやすいと思っていた連中が、実は一番手強かったなんて展開は」

「んなことはどうでもいい。残りの二人はどこだ?」


 涼が拳を突きつけ、勇ましく詰問する。

 そうだ、一チームは全部で三人。目の前の男の他に後もう二人どこかにいるはずだ。


「残りの二人……ね」


 そう言って雄太はほんの一瞬、視線を上に向ける。


「結衣、上!」


 透子の声に結衣は顔を上げるよりも先にその場から飛び退く。とっさの行動だったが、果たしてその判断は正しかった。

 結衣と透子が飛び退いたわずかコンマ数秒後、今まで自分がいた場所に三日月型の大鎌が振り下ろされるのが見えた。鈍く光る一閃をなんとか回避した二人だったが、続けざまに第二撃、第三撃と大鎌による攻撃が行われる。

 地面の土と葉を巻き上げながら、結衣と透子は飛び退り攻撃をかわしていく。

 やがてすべての攻撃をかわし切った結衣は顔を上げる。


 視線の先には舞い上がる土と葉、そして一組の男女の姿があった。

 一人は男で、緑色の短い髪に同じ色の無精髭を蓄えており、額当ての奥からは爛々と輝く赤い目を覗かせていた。

 女の方は布地の少ない扇情的な服を着ており、身体のラインがしっかりと分かる。ほっそりとした身体をしていたが、腹筋が薄っすらと透けているのが見えた。

 彼女はその手に死神のような大きな鎌が握っている。どうやら先程の一連の攻撃は、あの女のものらしい。


 透子のデータベースによれば二人とも大学生チームのメンバーで、男の方が雷坂(らいさか)(るい)、女の方が大庭(おおば)深鈴(みすず)だったか。


 結衣はちらりと涼が()()()()()()方へと目線をやる。彼女と雄太の姿は既に見えなくなっていた。どうやら自分たちは涼から大きく引き離されてしまったらしい。


「引き離し作戦成功~」

「イェイ!」


 視線を戻すと、深鈴と累の二人は楽しげにハイタッチをしている。よく分からないけど大学生って、みんなこういうノリなんだろうか。


「……なるほど、連中の作戦通りまんまと引き離されたってわけ」


 敵の思惑に乗せられたことが相当悔しかったのか、透子は下唇を噛み締めている。


「その通り! 君たち、ちょっとはできるみたいだけど所詮は高校生。まだまだ子供だね」


 深鈴はその切れ長の瞳を細めて冷笑を浮かべる。どうやら向こうもある程度、自分たちのことを知っているようだ。

 それにしても、そんなに年齢も違わないはずの相手に子供扱いされるのはなんだか腹立たしい。

 だが、今はそんなことを言っている場合ではない。早くも敵に遭遇してしまったのだ。

 身構える結衣だったが、どうも深鈴たちの様子がおかしい。彼らは何やら相談しているようだ。


「でもさ、どうする? このまま始末しちゃう?」

「うーんそうだねぇ、そっちの女の子は使えそうなもの持ってるみたいだから生かしておいてもいいけど?」


 そう言って累は透子の方を見やる。


「使えそう……? もしかして電依戦プレイヤーのデータベースのこと?」

「そうそう! ねえねえ、こっちに来ない!? 君なら大歓迎だよ!」


 累はフレンドリーな笑顔と共に両腕を広げる。

 突然の向こうの提案に驚きながらも、結衣は透子の顔を横目で見る。その横顔からは、彼女が一体何を考えているのか読み取ることはできない。

 やがて、


「……そうね」


 透子はその手に銃を召喚すると、それを結衣へと向ける。黒の拳銃。その銃口が真っ直ぐと結衣を睨みつけていた。思わぬ彼女の行動に、結衣は目を見開く。


「と、透……子……?」

「なんて顔してるの?」


 口元を歪める透子。だがその目には明確に殺意を(たぎ)らせていた。


 一発の銃声が森に響き渡る。


「あ……ぐっ……!!」


 銃弾を受けて、苦悶の声を上げたのは結衣――ではなく深鈴だった。彼女は左肩を抑えながら苦悶の表情を浮かべている。

 一方で結衣は何が起きたのか分からずにただ呆けている。

 先程まで銃口は確かに自分へと向けられていたはずだが、今は深鈴たちの方を向いて煙を吐いていた。


「お前!!」


 仲間をやられたことで、累が怒りと怨嗟の眼を透子へと向ける。

 しかし、透子はそれを涼しげに返した。


「馬鹿なの? 私があなたたちの仲間になるメリットが欠片もないじゃない。ハメられたからハメ返してやった、それだけのことよ。それにしても、まさかこんな見え見えの嘘に引っかかるなんて思わなかったけど、大学生って言ってもまだまだ子供だね」


 彼女の態度と言葉に深鈴たちの顔は、みるみるうちに真っ赤になる。

 そんな彼らを尻目に、透子は固まっている結衣の肩を軽く叩く。


「結衣も中々悪くない演技だったよ?」

「え? ……あ、うん。あ、あはは……」


 まさか本当に殺されると思ったとは言えず、結衣の口からはただただ乾いた笑いが漏れる。

 いや本当に殺されると思った。

 その時、腹に響くような重い音が響き渡る。見ると深鈴の周囲にあった巨樹が彼女の大鎌によって薙ぎ切られていた。


「あーもういいや……折角優しい先輩からのお誘いだったのにね。累、コイツら殺っちゃおう」

「りょーかい。こっから先はバチバチの真っ向勝負になるってことだねぇ!」


 大鎌を振るう深鈴に応じるように累はその手に長剣を召喚する。


「何が優しい先輩からのお誘いよ。最初からそんなつもりなかったくせに」


 透子は馬鹿にするような笑みを浮かべた。




 * * *




 時は一分ほど前に遡る。

 結衣たちと引き剥がされた涼は一人、雄太と対峙していた。


「キミたち高校生のチームだろ? さっきの会話を聞く限り、キミは上級生で彼女らの先輩ってとこかな?」

「……」

「で、俺の仲間たちがお宅のとこの後輩(ヒヨコ)共を始末しに行ったけど……追わなくてもいいのか?」


 その雄太の疑問に涼は余裕の笑みを浮かべる。


「問題ない。何故ならアイツらはオレより強いからな。しっかりとお前の仲間を血祭りに上げてくれるだろうぜ」


 そう言って彼女は拳を構える。


「そしてここも問題ない。何故ならオレがお前をここで仕留めるからだ」

「不憫だねぇ、状況判断ができない先輩を持ってさ」


 不遜とも思える涼の態度を雄太は笑い飛ばす。

 

 その瞬間、遠くの方で一発の銃声が聞こえる。

 それが図らずも、二人の戦闘開始の合図となった。

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