第1話 創造主
「まず初めにみなさんにお伝えしておきたいのは、『電依戦は平等なゲームではない』ということです」
かつて行われたゲーム開発者向けのカンファレンス、そこにある男が登壇した。
若々しい青年の姿をした中性的な顔立ちの白衣姿の男。だがその実、男の年齢はとうに六十を越えている。
ナノポートによるアンチエイジングケアによって、限界までその若々しさを保っているのだ。
未だに高価なアンチエイジング技術。男がそんな技術を惜しみなく大いに活用できるのは、彼が電依戦の開発者である夜塚林檎であり、世界の資産家ランキングに名を連ねる億万長者であるからに他ならない。
元々は日本で使われるプログラミング教育ソフトに過ぎなかった電依戦、それを今や世界の誰もが知るエレクトロニック・スポーツに成長させた男。
金言。
聴衆は、そんな世界的ゲームクリエイターの口から飛び出すであろう金言を一語一句足りとも聞き逃すまいと、薄暗い会場の席で真剣に耳を傾けている。
「みなさんも知っての通り、電依戦プレイヤーは戦う前に武器や防具、スキルといった戦闘で使うプログラムを自分で作成しなければならない」
林檎が指を鳴らすと、壇上に三体のホログラムが現れた。
一体は棍棒を片手にボロ布をまとった男。
もう一体は細い刀身の西洋剣を手にし、陳腐な鎧を身に着けた男。
そして最後の一体は、神々しい大剣を構え、重厚な鎧を着込んだ男だった。
林檎はそんな『彼ら』の周りをゆったりと歩く。
「プログラミングスキルが乏しいプレイヤーは貧弱な武器を、それなりのプレイヤーはそれなりの武器を、そしてウィザード級のプレイヤーは最強クラスの武器を持って戦うことになる」
その林檎の言葉と同時に、大剣を持った男が腕を振るう。その他のホログラムたちは為す術なく薙ぎ払われ、ガラス片のようになって消滅した。振るわれた大剣は勢いそのままに、林檎の頭の数センチ横を通り抜ける。
電依戦は決して平等な条件で行われることはない。
手にした手札によっては、戦う前から負けていることもあるのだ。
「しかし、これではゲームとして成立していない。これではゲーム開始と同時に、強力なプログラムを持っているプレイヤーによる一方的な虐殺が始まりかねない。手札により多くのジョーカーを持っているから強い……それではただのクソゲーだ。そこで私は、プログラムの発動にリソースという制限を組み込んだ」
電依戦には、リソースという仕組みがある。
他のゲームではマジックポイントとでも呼ぶのだろうか。プレイヤーはそのリソースの許す範囲でのみ、アーツプログラムの召喚やスキルプログラムの発動を行うことができるのだ。
強力なプログラムであればあるほど、組み込まなければならないコードの量とそれに伴い要求されるリソースの量は増える。そのため一回の電依戦の中でプログラムの使える回数は制限されるという仕組みだ。
プログラムが要求するリソースの量によっては、一度も使用することができずにゲームが終わってしまうということもあり得るかもしれない。
「もっともこれではプレイヤーにできるのは白兵戦程度。折角仮想の世界で戦うというのに、それではあまりに面白みに欠ける。だから私は、その制限を緩和するためのシステムを盛り込んだ」
電依戦には、リソースの制限を緩和するための手段が二つ存在する。
一つはデメリットファンクションと呼ばれるシステムで、これはわざと自分のプログラムにデメリットを組み込むことでそのデメリットに応じてプログラムの発動に必要なリソース量が削減されるというものだ。
デメリットには、発動後行動停止や装備中スリップダメージなどが上げられ、デメリットが強力であればあるほど要求されるリソース量は削減される。デメリットが大きければ大きいほど消費リソース量は少なくなるため、プレイヤーは強力なプログラムを発動することが可能になるのだ。一番分かりやすいリソースの削減方法と言える。
ただし、あまりにも大きなデメリットは使用者の首を締めることにもなりかねない。圧倒的な実力差があるにも関わらず、敵に弱点を突かれてしまったが故に敗北を喫してしまうプレイヤーもいる。
そしてもう一つのリソース削減手段が――、
「プログラムのサイズが小さければ小さいほど発動に必要なリソースを少なくなるというものだ。何故私がこんな仕様を採用したかと言えば、私には自分が生まれるよりも遥か昔のハッカー文化に強い憧れがあったからなんだ」
林檎は羽織っている白衣を翻す。白衣が照明の光を照り返し、壇上で眩しく光り輝く。
「コードゴルフという競技を知っているかな? 参加者たちはプログラミング言語の仕様を最大限に利用して、誰よりも短いコードで目的の成果物を作成することに執念を燃やす――そんな競技だ」
ハッカー文化誕生の地である|MIT《マサチューセッツ工科大学》、かつてそこで学ぶ学生たちはコードサイズを削ることに心血を注いでいたという。
だがショートコーディング技術が有意義であったのは、コードサイズがプログラムの実行速度に直結した時代の話だ。
「私が生まれた当時、既に世の中には潤沢なリソースを持つマシンが溢れかえっていた。悲しいかなハードウェア技術の進化によって、かつてハッカーたちが生み出したショートコーディング技術は可読性や移植性、保守性の観点から不要な存在に成り下がってしまった」
時代の流れによって存在価値がなくなり、打ち捨てられてしまった古き技術。
もっとも当時のハッカーたちが、果たしてこの行為に対し、技術の有意性のみを追求していたのかは不明だが。
「私がプログラムサイズを要求リソースの計算に採用したのは、自分の作ったゲームの中にかつてのハッカー文化を見たかったからだ。私の狙いは見事的中。今や電依戦プレイヤーたちは、ゲーム内での要求リソース削減のためにプログラムサイズを縮めることに執心している」
私の見たかった光景だ、と林檎は興奮気味に言う。
「それらのシステムを利用しリソースの制限の壁を乗り越え、強力なプログラムを電依戦フィールドに召喚することこそがプレイヤーをゲームの勝利者たらしめる」
いかに事前の準備を怠らなかったのか、徹底的に己が武器を研ぎ澄ませることができたか。それらが勝利の鍵となる。それが電依戦というゲームだ。
「もちろん、戦略によっては貧弱な武器を持ったプレイヤーが最強の武器を持ったプレイヤーに勝利することもあるでしょう。相手に強力な武器やスキルを発動する隙を与えず叩き潰す、そんな戦略もあるに違いない。なんにしても、攻略法が一つしかないゲームなどゲームではない」
それに、と林檎は続ける。
「ゲームのプレイヤーというものは、時に開発者の想定しない手法でゲームを攻略するものです。我々開発者は、プレイヤーというある意味自分とは対極にいる存在の行動や発想に度々驚かされることがある」
林檎が手を挙げると、彼の背後に控えていた大剣の男は消え、代わりに英語のテキストがホログラムとして浮かび上がる。
「これは先日、アメリカで研究者をしている友人から送られてきたメールの一部です。このメールによれば現在彼らの研究対象になっている少女には先天的に特殊な力があり、それは私の作った電依戦でも有効なんだとか」
数秒、彼はわざとらしく黙っていたが、やがて笑顔で語りだす。
「彼女には見えるそうですよ。プログラムを構成する0と1が」
再開となります。
一週間に一話ペースとなります。
今日だけは16時位にもう一話更新されます。