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比翼の電依戦プレイヤー  作者: 至儀まどか
vol.1 比翼の電依戦プレイヤー【完結済み】
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第26話 二人の関係

 堺高校での親善試合を終え、結衣たちは青南高校へとやって来ていた。

 彼女たちの手には、お菓子やジュースの入ったスーパーの袋が握られている。


 先輩たちが部室で祝勝会を開いてくれると言うのだ。


「まあ、ささやかなものですけどね」


 綴はそう言っていたが、お祝いをしてくれると言うのならそれだけでもう嬉しい。

 透子はどうするのかと気になったが、どうやら彼女も参加するようだ。

 少しは彼女にも変化があったのだろうか、そんなことを考えて結衣は更に嬉しくなった。


「いやーすっきりしたね。見たかよ、堺高校の部長の顔。ありゃ相当悔しかったんだろうぜ!」

「篠原先輩、いつ向こうの部長さんに飛びかかるか分からなくて、ハラハラしっぱなしだったわ」

「勘弁してくださいよ、篠原先輩」


 そんな会話をしながら、五人は部室の前までやってきた。

 部室の扉に手をかけた結衣は、そこで異変に気がつく。


「あれ?」

「どうしたの、結衣?」

「いや……それが中に誰かいるみたいなんだよね」


 部室の鍵は何故か開いており、扉の向こうからは人の気配がする。


「おかしいですね。今日は特に誰か来るという話は聞いていないんですが」


 綴が怪訝な顔をして首をかしげる。

 たしかに、休日だというのに自分たち以外に部室に用事がある人間など心当たりがない。


「なんだ、泥棒か~?」


 涼が面白いとでも言いたげに拳を鳴らすが、結衣はすっかり腰が引けてしまう。


「へ、変な冗談はやめてくださいよ……」

「渡瀬さん、さっきはすごい戦いぶりだったのに泥棒は怖いの?」

「いやいや電依戦とリアルじゃ全然違いますって、橘先輩」


 こちとらリアルでは、一介のか弱い女子高校生だというのに、この人は相変わらず適当なことを言ってくれる。


「いいからさっさと開けろって。泥棒だったらオレがぶちのめしてやるからさ」

「わ、分かりました。開けますよ……?」


 涼に急かされ、及び腰になりながらも結衣は勢いよく扉を開く。


 開け放たれた扉から一斉に部室へとなだれ込む結衣たち。そこで彼女たちの目に意外な人物の姿が映った。


「やあ、結衣。久しぶりだね」

「お姉ちゃん!?」


 部室にいたのは葵だった。

 海外にいるはずの姉がこんなところにいるとは夢にも思わず、結衣は唖然とする。


「ええと、どうやってここに……」


 綴は狼狽えたように言う。誰もいない部室に入るためには電子鍵が必要なはずだ。


「私のナノポートに入ってる部室の鍵がまだ生きてたみたい。後で卒業した生徒の鍵は全部無効にしておいた方がいいよ。危ないからね」


 そう言って葵は視線を元に戻す。彼女の目の前には、トロフィーが飾られたガラス棚が置かれていた。渡瀬葵の青春の残滓たち。


「実はこの後、またすぐ飛行機に乗らなきゃいけないんだけど、久しぶりにこれが見たくてね」

「もしかして、それだけのためにわざわざ日本に帰って来たの?」

「ううん、本当に一番見たかったのは今日の親善試合。部活のみんなにはもうとっくに言われてるんだろうけど、あなたに会って言いたかったの。おめでとう、結衣。よくがんばったね」


 葵は結衣のもとに近づくと、いつものように優しく頭を撫でる。

 その相変わらずの心地よさと姉から褒められた嬉しさに、結衣は目を閉じる。


 ――こうやって頭を撫でられるのも、次は一体いつになるんだろうか。


 そんなことを考えていた結衣は、ふとそこで周囲の視線に気づいて我に返る。


「いいよいいよ! もう十分だから!」


 慌てて手を振ると、結衣は顔を真っ赤にしながら葵の手を払いのけた。


「何よ、照れちゃって。いつも家でやってるのに」

「家でやられるのと人前でやられるのじゃ、全然違うよ!」


 今思い返せば、不知火兄妹を見ていた時は彼らのスキンシップが少し羨ましかったりもしたが、こうしてみんなの前でとなるとやっぱりものすごい恥ずかしい。あの兄妹すごいな、と結衣は改めて感心してしまった。


「いやあ、それにしてもバスターストライクか。なんだか懐かしいものを見たよ」


 ふと何かを思い出すような遠い目をする葵に、結衣は「あ」と声を上げる。

 そうか。バスターストライクは、かつて葵が三度目の高校電依戦優勝を果たす決め手になったスキルプログラムだ。


「あれ書いたの結衣じゃないよね?」

「あ、うん。ええとあれはね――」

「私です」


 恐る恐るといった様子で綴が手を挙げる。

 まったく同じプログラムを勝手に書いていたのが、気まずいのだろうか。


「あー君かぁ」


 そう言って葵は綴の前に立つと、軽く肩を叩く。


「いい腕してるね。当時の私が自分で書いたのなんかよりずっと綺麗で強いプログラムだった。結衣のためにありがとうね」

「きょ、恐縮です……」


 葵に褒められたことが照れくさかったのか、綴は珍しく頬を赤くしていた。


 そこでふと、結衣は自分の背中に違和感を覚える。

 振り返ると、透子が背中に張りついて何やらもじもじとしていた。


「ちょっと、透子?」


 結衣は背後に向かって声をかけるが、透子は自分の背中にしがみついたままだ。

 普段のクールさはどこへやら、今の彼女はまるで公園に初めて来た人見知りの小さな子供のようだった。


「んー? そこにいるのは、結衣と一緒に戦ってくれた真島さんだよね? そんなところで何してるの?」


 葵は結衣の背中を覗き込もうとするが、透子は身をよじると結衣を盾にしてそれを回避する。

 これまでの堂々たる振る舞いをしていた彼女からは、考えられない行動だった。


「あれ、もしかして私嫌われてる……?」


 そんな透子の反応に、葵は珍しくショックを受けているようだ。


「いや、そんなはずはないんだけど……」


 結衣はおかしいなと首をかしげる。


 透子は葵を尊敬しているはずだ。

 葵のことを語っていた時の彼女の瞳は本当に純粋で、そして狂気的だった。


 結衣は、自分の背中に引っついている透子の方を見やる。


「透子、何してるの? ほら、お姉ちゃんが目の前にいるんだよ? 話さなくてもいいの?」

「……無理……尊くて……あと私、やられるとこ見られちゃったし顔見せできない……」


 そんな蚊の鳴くような声が返ってくる。


「尊いってそんな」


 姉は神様か仏様なのだろうか。


 困惑する結衣と一向に彼女の背中から離れようとしない透子。そんな二人を見かねて、涼が助け舟を出す。


「葵さん葵さん。ソイツは葵さんのファンなんですよ。それもかなーりヘビーな。だから照れくさくなってそうやって隠れてるんですわ」

「ああ、なるほど」


 葵は納得したようにつぶやくと、結衣の後ろに隠れている透子の背中へと素早く回り込む。

 そして目にもとまらぬ早業で透子の両肩を掴むと、彼女の身体を自分の方へと振り向かせた。


「ほら真島さん、こっち見て」

「あわっ!?」


 透子の口から出た変な声に、普段の彼女をよく知る青南高校電依部の一同は思わず吹き出してしまった。


 葵と透子、二人の顔の距離は非常に近い。

 透子の顔が茹でダコのようになるのを横で眺めながら、結衣は彼女が失神してしまわないかどうか心配になった。


「驚かせちゃってごめんなさいね。でも真島さんには、どうしてもお礼が言いたくって」

「お、お礼ですか?」

「結衣を支えてくれてありがとう。さっきの親善試合、よかったよ」


 葵の言葉に透子は大きく目を見開いてそれからうつむくと、


「そ、そんな……光栄です……」


 かろうじて聞き取れるような声でボソボソと喋る。


「真島さんは、私の最後の高校電依戦も応援に来てくれたものね」

「覚えてくれてたんですか? 私なんかを?」


 興奮に透子の声がうわずる。


「当然! こんな可愛らしい子のことは忘れられないよ。もちろん初めて会った時のことだった覚えてる。大きくなったね」


 そう言ってから葵は、透子の頬に両手を添える。


 感動のあまり、透子はまるで酸欠状態の魚のように口をパクパクとさせている。葵の言葉に感極まったのか、彼女の目に涙が浮かんでいた。


 そんな透子の涙を指で拭うと、葵はニコリと微笑む。


「ねえ、もし真島さんさえよければこれからも電依戦のことで結衣をよろしく頼めるかな?」

「あ、え!?」


 突然の葵の言葉に、今度は結衣の口から変な声が出る。


「私は忙しくてあまりこの子の側にいてあげられないから、真島さんが助けてくれると心強いんだけど」

「分かりました、葵さんのお願いなら!」


 憧れの葵からのお願いを断るという選択肢はなかったようで、透子は目を輝かせながら二つ返事で引き受ける。

 葵からのお願いだったらなんでもやりそうな勢いだ。


「ありがとう」


 葵は安心したように微笑むと、名残惜しそうに透子の頬から手を離した。

 それから彼女は結衣の方を振り返る。


「結衣、そういうわけだから真島さんに迷惑かけないように電依戦の練習ちゃんとやるんだよ」

「うん」

「勉強もちゃんとやること。予習復習は大事」

「……うん」

「あとお母さんの言うことはちゃんと聞くこと」

「……」

「それからお金の無駄遣いはしない」

「もう行きなよ。飛行機、間に合わないかもよ」


 段々鬱陶しくなってきたのでもうさっさと行くよう促す。

 大体、今葵が言ったことは全て彼女が学生時代に、両親から口うるさく言われていたことだ。


「ちぇー」


 葵は唇を尖らせて少しすねたような表情をして見せたが、やがて小さく笑う。


「まあいいや、じゃあね結衣。もしかしたら近い内にまた会えるかもね」


 そう言って手をヒラヒラと振ると、葵は踵を返した。

 そんな姉の背中を見て、結衣は言うべきことを思い出す。


「お姉ちゃん!」


 呼び止められて、葵は結衣の方を振り向く。


「私ね、今まで心のどこかで自分とお姉ちゃんを比べて諦めてた。渡瀬葵は渡瀬葵だから強いんだって、そう思ってた。でも違った。お姉ちゃんは誰よりも強くあり続けようとしたから強かったんだよね」


 これまで結衣は、葵に対して一度も劣等感など抱いたことはなかった。圧倒的な力量差の前に抱きようもなかったのだ。

 だけど今は違う。

 今はどうしようもなく、彼女との間にある差が悔しい。


「私、強くなるよ。それでいつかお姉ちゃんのことも倒してみせる!」


 その言葉に葵は一瞬小さく目を見開いたが、


「がんばりなよ、結衣。お姉ちゃん応援してるからね」


 そう言って微笑むと彼女は部室を後にした。




 * * *




 ささやかな祝勝会もお開きとなり、結衣と透子は二人、肩を並べて帰宅の途についていた。

 外はすっかり暗くなっており、電灯の明かりが夜道を照らしている。


「ねぇ、透子」

「ん?」

「今日はごめんね」


 突然の謝罪の言葉に、透子は何事かと結衣の方を見やる。


「私が朔夜さんを追い込まなければ、透子はあそこで死なないで済んだかもしれないのに」


 それを聞いた透子は「なんだそんなことか」というような顔をする。


「私の死イコール敗北じゃなかったんだから、あの場はあれで良かったのよ。私たちの目的は二人仲良く生き残ることじゃなくて不知火兄妹を倒す、だったんだから」


 その割り切った考えに、相変わらず透子らしいなと結衣は笑う。


「でも嬉しかったよ。透子の私に対する本当の気持ちが聞けて」

「私の結衣への本当の気持ち?」

「言ってくれたよね。私のこと特別な存在だって」

「言ってない」


 即答する透子。


「でもログにはちゃんと残ってるんだよ? ほら」


 そう言って結衣はターミナルを開いて、親善試合のログを見せる。


『お願い、戦って。そして示して。あなたが私を倒した電依戦プレイヤーであるということを。あなたが私にとって特別な存在だということを』


 言っていた。

 言い訳のしようがないほど。

 完璧に。


「……これからあなたのナノポートにマルウェアを送ってやるわ。すべてのデータが消し飛ぶとびきり強力なヤツを」

「いや犯罪だよ、それは!」




 それからしばらく二人は無言のまま歩く。

 やがてすぐそこに学生寮が見えてきた。


 ――このままじゃ、そろそろ着いちゃうな。そう考えて手を握りしめると、結衣は意を決して口を開いた。


「あのさ……お願いがあるんだけど」

「何?」

「親善試合は終わっちゃったけど、もし透子さえよければこれからも一緒に電依戦してくれないかな?」

「……」

「私もっと強くなりたいんだ。今日みたいに透子に支えられるだけじゃなくて、ちゃんと一緒に戦えるようになりたい」


「そしていつかは透子を越えたい」危うく口から出てしまいそうになったその言葉を、結衣は慌てて飲み込む。

 今の自分の実力ではまだ、そんなこと恥ずかしくて言えなかった。


 何やらしばらく考え込んでいた透子だったが、やがてこちらに顔を向ける。


「私たちの関係は変わらない……約束だものね。それに、葵さんにも頼まれてたし、そんなお願いされなくたって嫌ってほど鍛えてやるつもりだったわよ。これから毎週金曜日の夜に私の家で電依戦合宿をやりましょうか。そこでみっちりと電依戦を教えてあげるわ」


「電依戦合宿!」


 なんだかわくわくする響きの言葉だ。しかしそこで結衣は、はたと気づく。


「あれ……それってつまり、透子の家にお泊りしてもいいってこと?」


 その言葉に透子は夜道の薄明かりでも分かるくらいに顔を赤くして、ふいとそっぽを向く。


「嫌なら別にいい! 私は葵さんに頼まれたから誘ってるだけなんだから!」

「ううん、嬉しいよ! 早速やろう!」


 そう言って結衣は透子の手を取ると駆け出す。


「ちょっと! 今日は日曜日だし、明日は学校でしょ!」

「少しだけだからさ!」


 あはは、と結衣は笑う。

 二人分の靴音が夜の住宅街に響き渡った。

お読みいただきありがとうございました。

話自体は終了ですが、明日、幕間的な話を公開予定ですので、完結設定にはしておりません。

もう少しだけお付き合いいただければと思います。

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