表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
比翼の電依戦プレイヤー  作者: 至儀まどか
vol.1 比翼の電依戦プレイヤー【完結済み】
24/55

第24話 比翼の電依戦プレイヤー

「これはあかんかな……」


 試合の経過を見守っていた雛乃が苦々しい顔でそうつぶやく。

 一方で、一時は彰人が追い込まれたことですっかり色を失っていた堺高校の一同だったが、ヴェノムブレードの効果が切れたことに安堵の息を漏らす。

 枕木は鼻を鳴らした。


「一瞬肝を冷やしたが、こうなっては彰人の勝ちは揺るがないか」


 そうつぶやく枕木をしばらく睨んでいた涼だったが、やがてすがるような視線を綴に向ける。


「なあ綴、どうにかなんねえのか?」

「……一つ可能性はあります」

「可能性?」

「でもそれは渡瀬さんが自力で気づかなくてはならない」




 * * *




 結衣は考える。


(ヴェノムブレードの効果は、透子が残してくれたものはなくなった)


 これでたとえ上手くパイルスティンガーをやり過ごすことができたとしても、結衣に勝ち目はない。彼女の技量では、彰人に攻撃を掠らせることすらできないのだ。加えて左腕はもはや満足に動かない。

 そんな絶望的状況にありながら、結衣は意外にも前向きだった。

 少なくとも透子と出会う前の自分ならここで諦めていただろう。いや、もしかしたらもっと前にとっくに諦めていたかもしれない。


 ――残念でした。仕方ありませんでした。よくがんばりました。


 きっと昔の自分ならば、そんな耳障りのいい安っぽい言葉で自分を慰めていたに違いない。

 だけど、今はもうそんな言葉で済ませることはできない。この戦いの敗北は自分だけのものではないのだから。


(誰かと一緒に戦うのって、本当に厄介だけど心強いね)


 透子だけじゃない。涼、雛乃、綴……ここまで自分を支えてくれた部員たちの顔が脳裏によぎる。

 そこでふと結衣は、部室で綴から聞いた電依戦のプログラムに関する話を思い出した。


『電依戦プログラムの開発者は、プログラムの中にわざとこのデメリットファンクションを組み込むのです』

『クォートシステムはプログラムにデメリットファンクションが存在する場合、そのデメリットの度合いに応じて実行に必要なリソース量を減らすのです』

『電依戦とは敵のプログラムの弱点を見破るゲーム、ともいえるのかもしれませんね』


(そうだ……)


 彰人を倒す唯一の手段、それがあるとすればパイルスティンガーのデメリットファンクションだ。電依戦のプログラムは、消費リソースを削減するためにあえて意図的にデメリットとなる機能を仕込むのだった。

 あれだけの威力のプログラムを二回も撃つことができるということは、彰人はパイルスティンガーに()()()()()デメリットファンクションを組み込んでいるはず。そこを突けば、ヴェノムブレードの効果が切れた彰人であっても倒すことができるかもしれない。

 と言うより、もはや勝ち目があるとすればそこにしかないだろう。


(思い出せ!)


 結衣は最初にパイルスティンガーを食らった時のことを思い出す。

 スキルプログラム発動後、彰人に妙な動きはなかっただろうか。

 結衣は必死に記憶を辿る。辿るが――、


(駄目だ……変なところなんて何もなかった。何もなかったどころか彰人は余裕で私を見下ろして……!)


 そう心の中で叫んでから、


「あ……」


 あることに気がついた。


(……そうだ。おかしな動きは何もなかった。だけどそれがおかしいんだ)


 思考を巡らせた結衣はある一つの可能性に至る。


(上手くあのプログラムを回避できれば、一発逆転……ヴェノムブレードが切れた彰人を倒せる!)


 予想が外れれば敗北。だが、もしも当たれば自分の勝利となるだろう。

 いくら予想が当たっていたとしても、賭けて《ベットして》いなければ意味はない。


『あの時、ああしていれば俺は勝っていた!』


 そんなものは、聞くに値しない敗者の弁にすぎない。


(私はやる……! たとえそれで負けたとしても、ビビって何もしないよりずっといい)


 覚悟を決めた結衣は、ターミナルを立ち上げてパイルスティンガーに対抗できる可能性のあるスキルプログラムを選択する。

 その時ふと、結衣の目にある物が映った。


(……そうか。透子が残してくれたもの……もうないかと思ってたけど、まだあったんだ)


 ――なんて心強いんだろう。


 結衣はそっと微笑む。彼女の剣が翡翠色の煌めきをまとう。


 そんな結衣を見て諦めが悪いとでも思ったのか、彰人は鼻を鳴らす。


「悪いが十全の状態である俺のパイルスティンガーは無敵だ。攻撃力だけで言えばその性能はエクサバイト級。並大抵のプログラムでは打ち破ることは不可能だ!」

「無敵のプログラムなんてない。パイルスティンガーは私が打ち破る!」

「……面白い。ならば打ち破ってみせろ、渡瀬結衣!」


 彰人はニヤリと笑う。

 そんな彼を見て、結衣も自然と口元が綻んでしまう。

 だって、あの雲の上のような存在だったはずの彰人が自分に本気を向けているのだ。これが笑わずにいられようか。


 二人の間の緊張が高まっていく。

 チャンスは一度きり。

 タイミングは彰人が目の前に来た瞬間。

 今度は間違えない。ギリギリまで引きつけ、()()()()()()()

 試合時間は残り一分。時間はもうない。おそらく、泣いても笑ってもこれで決着が決まるだろう。


 緊張は臨界点に達した。

 先に仕掛けたのは彰人だった。彼は地面を蹴ると、目にも留まらぬ速さで結衣の方へと踏み込む。

 さっきとはまるで違う。その速さ、まさしく神速。

 踏み込みによってコンクリートが砕け、破片が宙に舞い上がる。

 二人の距離は一瞬にして詰まった。互いが手を伸ばせば相手に届く距離。

 彰人はその手の死槍を結衣目がけて突き立てんとする。彼が狙うのは心臓だ。


 ――終わりだ。


 彰人が槍を振るおうとしたその瞬間、突如彼の目の前で小さな爆発音と共に紫色の煙が弾けた。

 煙が彰人の視界を覆う。この煙は先ほど、透子が彰人から逃げるために使った煙玉のものだ。

 眼前に広がる濃い紫。紫。紫。紫。紫。

 この想定外の出来事と光景に虚を衝かれ、一瞬、彰人の身体は硬直する。だが――、


(関係ない。ここでパイルスティンガーを発動すれば奴はそれで終わる。苦し紛れの行動など、なんの意味もない!)


 ためらいの時間など、一秒にも満たないほどのほんのわずかなものだった。

 彰人は放つ――、

 今度こそ正真正銘、当たれば分厚い鋼鉄すら容易く貫通するであろう必殺の一突きを。


「パイルスティンガーッ!!!」


 絶叫と共に放たれる光速の突き――その風圧によって、周囲の煙が四散する。



 視界が晴れる。

 果たして、突き出した緋色の槍の先には白銀の鎧ごと心臓を穿たれた結衣の姿が――なかった。




 結衣の姿はこつ然と消えていた。彰人の目の前にあったのは、虚しく宙を空振った必殺の槍だけだった。


「は?」


 その光景に彰人の顔が驚愕に塗りつぶされる。

 そこで彼は、自分の身体が再び黒い影に覆われていることに気づいた。

 だがこの影はヴェノムブレードのそれではない。ヴェノムブレードの効果はとうに切れている。

 この影は――彼の頭上にいる何かの影だ。


「まさか!」


 慌てて彰人は天を仰ぎ見る。

 そこには、白銀の鎧を身にまとった少女騎士の姿があった。彼女の鎧は太陽の光を受けて眩く光り輝いている。


「上に跳んだだと!?」


 驚嘆の声を上げながらも、彰人は急いで結衣を迎撃せんと体勢を立て直そうとする。だが彼の身体は突きの姿勢のまま、まるで石になってしまったかのように動かない。

 そこで彼の目は大きく見開かれた。


「まさかこれを狙って……!」


 何故自分が身体を動かすことができないか、それはパイルスティンガーの作成者である彰人本人が一番よく理解していた。

 彼は今、パイルスティンガーのデメリットファンクション『発動後、十秒行動停止』によって身体を動かすことができないのだ。


「うおおおおおおおおお!!」


 彰人は無理矢理身体を動かそうと猛り吠える。だが彼の身体は一ミリたりとも動かない。

 それは当然だ。

 今、彰人の身体は彼自らが記述したプログラム通り、システムによって縛られているのだから。

 電依戦において、一介のプレイヤーがシステムを超越することなど決してできないのだ。


「いっけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 降下の勢いと共に結衣は彰人に向かって剣を振り下ろす。閃く翡翠色の刃が流線を描きながら彰人を斬り裂いた。

 スキルプログラム【バスターストライク】。宙へと舞い上がり、降下の勢いを利用して敵を斬りつける、回避と攻撃を同時に行う技だ。

 身体を斬られた彰人は、その手に握っていた槍を落とすと地面に両膝をつく。

 それと同時に彼の体力ゲージは底を尽きた。






 地面に倒れ行くその刹那、彰人は思考する(考える)

 ――自分の敗因は一体なんだったのか? 自分はどこでミスを犯した?

 二度も同じスキルプログラムを使ったことか。

 はたまた二度目のパイルスティンガー発動の瞬間、視界を覆った突然の煙に虚を衝かれ、スキルの発動を躊躇したことか。

 それとも、あの少女――渡瀬結衣を弱者と侮ったことか。

 いいや――違う。きっと自分のミスはもっと別の何かだ。


 思考の海へと沈みゆく中で、彼は一人の少女へ謝罪の言葉を口にする。

 しかしその言葉は、誰の耳にも届かなかった。

ブクマ・評価つけてくださった方ありがとうございます。

励みになります。

残り二話予定となっています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ