第19話 翻弄
フィールドに試合開始を告げるゼロの声が響き渡る。
百戦錬磨の電依戦プレイヤーたちが集うその場所で、誰よりも先に動いたのは結衣だった。
結衣は剣を振るい上げると、身を躍らせて迷いなく朔夜へと飛びかかる。そして、風切り音と共に彼女に斬りかかった。
突然の攻撃に虚を衝かれた朔夜は、慌てて斬撃を大剣で受け止める。しかしその勢いを殺し切ることはできず、そのまま結衣に押される形で弾き飛ばされた。ここで彰人と朔夜、兄妹の距離が大きく離れる。
「チッ!」
彰人は舌打ちすると、すかさず朔夜のフォローに回ろうとする。しかし、その進路に透子が立ちふさがった。
その光景を横目に、結衣は心の中でガッツポーズをする。
(ファーストアタックは成功だ!)
胸の高鳴りを抑えながら、結衣は昨日の透子との作戦会議を思い出す。
「まず不知火兄妹の使う電依の話からしましょう。彰人の電依名はバンサー。クラスはウイルダー。近接戦じゃソードマスターと同じくらい厄介な相手よ」
「ウイルダー……たしかソードマスターと違って槍の扱いに特化したクラスだよね」
「次に妹の方はキャロ。ソードマスタークラス……これはエクエスと同じクラスね」
「可愛い名前だねぇ。あ、二人揃って近距離に特化した電依戦プレイヤーってことか」
「そういうこと。電依戦でもひっついていたいのかしらね、あの兄妹は」
「でも二人で一緒にいられたら厄介だね」
「そうね。だから、ここは二手に分かれて戦いましょう」
「分かれる?」
「まず試合開始と同時に二人を分断する。結衣は朔夜と、私は彰人とそれぞれ戦うの」
「分断作戦……!」
「個と個の戦いならば私が彰人に負ける道理はない」
「つまり私は彰人さんから朔夜さんを引き離す役ってことか」
「そう。私が彰人を倒すまでお願いできるかしら」
ここまでは順調。作戦通りだ。
だがまだ油断はできない。ここからが作戦の本番なのだ。透子が彰人を倒すまで自分は朔夜を彼に合流させてはならない。
結衣は、よろよろと立ち上がる朔夜の前に立ちふさがる。朔夜は結衣をギロリと睨みつけた。
「そこをどきなさいよ、馬鹿!」
「どかないよ、ここは通さない。あと馬鹿じゃありません!」
どいてなるものか。ここで彼女を食い止めるのが自分の役目だ。
その時、遠くの方で彰人の声が聞こえる。
「分断作戦とは真島透子らしからぬ作戦だな。てっきり自分一人で俺たちを倒しにくるつもりだと思っていたよ」
「あなたたち二人をまとめて相手にするほど愚かじゃないのよ。それにいい加減、妹離れさせてあげようと思ってね」
「……」
しばらく無言の彰人だったが、やがて朔夜に向かって叫ぶ。
「朔夜! すぐにそっちに行くからそれまで待ってろ!」
「…………うん!」
最愛の兄の言葉に、朔夜は顔を赤らめると最高の笑顔で返事をする。
自分を挟んで行われるその甘いやり取りに、胸焼けを起こしてしまいそうになるのを結衣は必死に我慢する。
今は目の前の敵に集中だ。
不知火朔夜。去年の電依戦の県大会ではベスト8。彰人ほどの実力はないが、それでも結衣よりは格上の相手のはずだ。決して油断することはできない。
朔夜は緩んだ顔を引き締めると、こちらに剣尖を向ける。
「お兄ちゃんはああ言ってたけど、ただ待ってるだけなんて私にはできない。待っているだけの女なんて嫌だもの!」
そう叫んだ瞬間、朔夜の大剣が天色に煌めく。
「だからそこをどいて!」
朔夜は地面を蹴ると、一気に結衣に肉薄。天色の大剣を振り上げた。
スキルプログラム【スカイファング】。頭上から光り輝く天色の刃が結衣めがけて襲い来る。
しかし、結衣も抜け目なく迎撃用のスキルプログラムを発動していた。
スキルプログラム【ハックスラッシュ】で眼前に振り下ろされる朔夜の大剣を受け止める。
刃と刃。スキルプログラムとスキルプログラムのぶつかり合い。
果たして、その軍配は結衣に上がった。結衣は朔夜の大剣を勢いよく押し返す。ハックスラッシュのエネルギーの余波によって朔夜の身体は吹き飛ばされた。
(流石、秋名先輩が書いたプログラムだ! 威力が違う!)
その性能に結衣は思わず目を見開く。
ハックスラッシュは、かつて雛乃や透子との電依戦の際に使用したスキルプログラムだ。
だが綴に書き直してもらったおかげで、あの時より威力もリソース効率も段違いの性能になっていた。
弾き飛ばされて、コンクリートに仰向けになっていた朔夜が跳ね起きる。
彼女は眉を釣り上がらせて、その顔を真っ赤にしていた。
自分よりも下位のプレイヤーであるはずの結衣に、ここまでいいようにされたことが相当腹立たしかったのだろう。朔夜はこちらに敵意むき出しの視線を向けてくる。なんだか少し懐かしく感じてしまう目だ。
「アンタも真島透子も出会った時から嫌い。どいつもこいつもお兄ちゃんの視線を奪って、その挙げ句、私とお兄ちゃんを引き離そうとする!」
「いいよ、初対面の相手に嫌われるのは慣れてる」
そう軽口を叩いた瞬間、結衣の顔の横を朔夜の大剣が掠める。
風圧で銀色の髪がふわりと浮かぶ。
顔の真横に突き出された鋼の塊――そこに映る自分の顔を一瞥して、結衣は喉を鳴らす。咄嗟にかわしていなければ、顔は潰され、頭は後方に吹き飛んでいたかもしれない。
こちらに剣を突きつけたまま、朔夜は言う。
「さっさと死んでよ。アンタを殺してお兄ちゃんのところに行くんだから」
その可愛らしい口から物騒なセリフが飛び出したのと同時に、朔夜は突き出した大剣を結衣の頭めがけて薙ぐ。
間一髪、攻撃のタイミングを予見していた結衣は身を低くかがめて回避する。だが、すぐさま頭上から大剣が振り下ろされた。
「うわっ!」
悲鳴を上げながら結衣は横へと跳び込む。身体を真っ二つにされることはなかったが、完全に回避することはできなかったらしく、足には薄い鮮血色の傷ができた。
もう少し行動が遅ければ足が飛んでなくなっていたかもしれない。そう考えてゾッとする結衣だったが、今はそんな『もしも』を考えている場合ではない。
幸い足は繋がっているし、問題なく動く。ならばOKだ。
そう思考をスイッチすると、結衣は飛び起きざまに、再び迫り来る大剣を受け止める。火花が散り、結衣と朔夜は鍔迫り合う形となった。
朔夜の重い大剣に結衣の身体は徐々に押し込まれていく。
(もう一度、スキルプログラムを決める!)
押しつぶされつつある現状を打破すべく、結衣がスキルプログラムを発動しようとしたその瞬間、朔夜はわずかに距離を取ると、続けざまに結衣目がけて大剣を横薙ぐ。
やむを得ず結衣はスキルプログラムの発動を中断。攻撃のガードに回る。
(プライドが高いタイプって聞いてたんだけど、予想外の切り替えの速さだ)
横薙ぎの大剣を受け止めながら、結衣は驚きを露わにする。
スキルプログラムの性能では勝てないと踏んだ途端、朔夜はこちらのスキルプログラム発動を阻止する方向に、あっさりと舵を切ってきたのだ。
そんな結衣の顔を見て朔夜はニヤリと笑う。
「スキルプログラムさえ使われなければアンタなんて怖くない。純粋な打ち合いなら、私がアンタなんかに負けるわけがないんだから!」
そう自信満々に叫ぶや否や、朔夜は凄まじい勢いで大剣を打ち込んでくる。
結衣と朔夜の打ち合いによって生じた轟音は空気を震わせる。剣と剣がぶつかるたび宙に咲くオレンジ色の火花は、昼にも関わらず周囲の物体を明るく照らし出した。
朔夜の剣はただ荒々しいだけではない。その剽悍な剣捌きには、たしかな華麗さも同居していた。
どうやら結衣が朔夜の言葉の端から感じ取った自信は、虚勢でもなければ、ハッタリでもなかったらしい。幼い顔に恐ろしい笑みを浮かべながら、朔夜は更にその剣の速度を上げる。
「さあ! そろそろ追いつかなくなってきたんじゃない!?」
朔夜がそう声を張り上げた次の瞬間、鋼の嵐がピタリと静まる。彼女は攻撃の手を止めると、そのまま大きく飛び退って結衣から距離を取った。
呆けたような表情をする朔夜の左腕には、鮮血色の傷があった。
「は?」
傷を負った自分の腕を見つめながら、卒然として起きた予想外の出来事に、朔夜は口から小さく驚きの言葉が漏れる。
あの荒れ狂う斬撃の中、結衣は朔夜に傷を負わせていたのだ。
結衣はスキルプログラムを使っていない。朔夜の剣を相手に、そんな余裕はなかった。それにも関わらず、彼女は剣捌きのみで、朔夜の剣をねじ伏せたのだ。
「たしかに……一月前の私じゃ、きっと朔夜さんには勝てなかったよ」
静かにそう言って結衣は剣を振るう。刃は空を薙ぎ、ピタリと静止する。
剣の先には狼狽える朔夜の姿があった。
――きっと一番驚いているのは自分だ。まさかこの短期間でここまで成長するとは思ってもいなかったのだから。
「でも今は私、毎日あなたより強い人と戦ってるから」
* * *
結衣が朔夜と交戦している場所から少し離れたところで、透子は彰人と対峙していた。
彼の視線はしきりに透子の背後で戦っている朔夜へと向けている。その様子は、心ここにあらずといった感じで、因縁の敵との戦いの最中だというのにまるで集中できていない。
透子は、そんな隙だらけの彰人が構える槍を打ち落とすと、彼の首めがけて突きの一撃を放つ。寸でのところで攻撃を察知し、身体をのけぞらせて首への一撃をかわした彰人だったが、透子の刃は彼の肩を浅く抉っていた。
そのダメージに苦悶の表情を浮かべる彰人。だが、苦痛を味わっていられる暇など彼にはない。
返す刀で放たれた透子のスキルプログラム【アジュールザッパー】が、彰人の身体に対して高速の五連斬撃を刻みつける。
紺碧色の刃に体力を削られながらも、なんとか透子から距離を取る彰人だったが、息を弾ませながら苦しそうに肩で息をする。
強力なスキルプログラムをまともに食らったことによって、彰人はその身に、体力ゲージを削られる以上の大きな楔を打ち込まれたようだ。それでもなお、彼の視線は朔夜へと向けられていた。
そんな彰人の様子を見て、透子は口元を歪める。
「たしかさっき結衣のことをお荷物、だとか言ってたかしら。それで……あれれ? 果たしてお荷物は私のパートナー? それともあなたの妹?」
皮肉全開のその言葉に、彰人は鬼の形相で透子を睨みつけ、歯噛みする。だが、彼の視線はすぐさま彼女の背後で戦う妹へと向けられた。
思った通りだ、と透子は意地の悪い笑みを浮かべる。
この男ならば、自分の妹が戦っているところを見ながらまともに戦えないことは容易に想像できた。病的なまでに妹想いであること、それが彼の大きな弱点だ。
だからこそ透子は、自分の肩越しに朔夜が戦っている様を見せつけながら戦っているわけだが、この作戦は予想以上の効果を発揮している。
結衣が作戦通りしっかりと朔夜を引きつけてくれているおかげで、透子は彰人相手に有利に戦うことができていた。
そもそも透子と彰人、この二人の間に実力差というものはさほどない。
認めたいか認めたくないかはさておき、それは透子本人が一番よく理解していた。
ならば確実な勝利を手にするには、どうすればいいか。
掴めばいいのだ。優位性を。
それこそが自分と彼との間に実力差以上のものを生み出してくれる。
視界の端に映る四人のステータスをチェックして透子は確信する。
――この戦い、私たちの勝利だ。
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残り六話予定となっています。