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比翼の電依戦プレイヤー  作者: 至儀まどか
vol.1 比翼の電依戦プレイヤー【完結済み】
17/55

第17話 あの子のとなりに並ぶなら

 朝六時。ナノポートが文字通り脳内に響かせるけたたましいアラーム音に、結衣の意識は叩き起こされた。

 彼女の覚醒を認識し、ナノポートは自然とアラーム音を止める。

 結衣はベッドから起き上がると、白いレースのカーテンを開けて窓の外を見やった。

 空は快晴。窓の外からは小鳥の鳴き声が聞こえてくる。


 休みの日といえば普段は昼近くまで寝ているはずの結衣が、こんな朝早くに起きた理由は他でもない。

 いよいよ明日に迫った親善試合、その最終調整のために透子と一緒に学校で最後の打ち合わせをする約束をしていたからだ。


 結衣は桃色のパジャマを脱ぐと、制服に袖を通す。

 入学当初は制服を着ると言うよりは着られているという感じだったが、一ヶ月もしてだいぶ様になってきたようだ。


 リズムよく階段を降りた結衣は、階段下でばったりと母親と出くわす。

 結衣の姿を見て母親は驚いたような顔をしていた。


「あら、休みの日なのに今日は随分早いのね。制服なんか着てどこか行くの?」

「学校だよ、部活あるから」

「こんな早い時間に起きてくるなら、言っといてくれれば朝ごはん作ったのに」

「いいよ、自分で適当に食べて行くから」


 そう言って結衣はリビングに向かうと、オーブントースターにトーストを一枚入れる。

 旧式のトースターは時折、妙な音を立てながらもがんばって動いている。物持ちが良すぎるのも考えものだと思う。


「ねーお母さん、お姉ちゃんって今どこにいるか知ってる?」


 結衣は徐々に焦げ目のついていくトーストを眺めながら、母親に尋ねる。


 葵とは一月前、一緒にレストランへご飯に行ってそれきりだった。

 今はまた海外の大会に参加しているらしいが、一体どこの国にいるのかまでは聞いていない。


 基本的に葵は、自分がどこの国に行くのかを教えてくれない。

「短い間に色んな国に行くんだから、いちいち教えていたらキリがないでしょ」というのが彼女の言い分だったが、一番の理由はあまり治安のよくない国に行くこともあるからじゃないかと結衣は思う。家族にあまり余計な心配をかけたくないのだろう。

 そういう性格の姉だ。それが分かっているからこそ、結衣は直接葵には聞けないのだ。


「お姉ちゃんねぇ、さあ今は一体どこにいるのやら」


 もう慣れたことなのか、母親は特に気にした様子もなくそう言う。まあそもそも、自分が知らないのだから母親も知っているわけがなかった。


(もし日本にいるなら透子に会わせてあげたかったけど、無理っぽいか)


 そんなことを考えながら、結衣は焼き上がったトーストを取り出すとそこにやや少なめにバターを塗った。




 * * *




 結衣は一人、校舎を歩く。

 休みの日の朝ということで周囲に人影は一切なく、無人の廊下がただただ一直線に続いている。

 誰もいない廊下に少しの恐怖と謎の優越感を感じながら、結衣は廊下を進んで部室の前までやって来た。




「おや、渡瀬さん」


 部室の扉を開けると、中から人当たりのよさそうな声が聞こえる。

 声の方を見やると、窓際の席から綴がこちらに柔和な笑みを向けていた。彼の前には黒いラップトップが置かれている。ナノポート全盛期であるこのご時世にも関わらず、彼はパーソナルコンピュータを愛用していた。


 おはようございますと、結衣は頭を下げる。


「おはようございます。珍しいですね。休みの日の、しかもこんな朝早くに部室に来るだなんて」

「明日はいよいよ親善試合の日ですから、透子と一緒に最終調整をしようってことになりまして」

「なるほど、それは素晴らしい」


 そう言って綴はニコリと微笑む。

 窓から射し込む朝陽の光に包まれている彼の姿は、なんだか少しかっこいい。


「秋名先輩はここで何をしてるんですか」

「皆さんが使う電依戦のプログラムを書いていました。ここの方が自宅よりも集中できるものですから」


 綴はラップトップをちらりと見やる。

 彼は部長職の他に、部員たちが電依戦で使用するプログラムの開発も担当している。

 部員たちからどういう武器やスキルが欲しいかという要望を聞いて、それをもとにプログラムを書くのだ。


 電依戦プレイヤーには、電依戦で使うプログラムを自分で書く人間と他人に書かせる人間の二種類がいる。

 それぞれにメリット・デメリットがあり、まず自分でプログラムを書く場合は、作ったプログラムの詳細な仕様を把握しているため、武器の性能を最大限に引き出すことができる。

 だが一方で、当然開発の時間分は電依戦の練習をすることができない。


 逆に他人にプログラムを書いて貰う場合、自分は電依戦の練習に集中することができる。作成者の技術力によっては、本来自分では作れないようなプログラムを手に入れることが可能だろう。

 しかし、作成者に伝えた希望が百パーセント成果物に反映されているとも限らない。

 また自分と成果物のレベルに激しい乖離がある場合は、十分に使いこなせない可能性もある。扱えない武器というものは、結果として自分を追い込むことにもなりかねない。

 更に、頼む相手によってはお金がかってしまうことだってある。電依戦のプログラムというものは他人に作ってもらうとなると総じて高い。一つ作ってもらうだけでも、中高生のお小遣いでは、二、三桁足りないというのはザラだ。


 ちなみに他人から依頼を受けて電依戦用のプログラムを組む人間は、武器商人などと揶揄されていたりもする。電依戦のプログラム作成は中々の報酬になるため、職業プログラマーが副業でやっていることもあるくらいだ。


 そんな事情のある電依戦のプログラム界隈ではあるが、ありがたいことに綴は部員たちのプログラム開発をすべてタダで引き受けてくれている。

 涼や雛乃が使っているプログラムはすべて彼が作ったものなのだが、これがまた高品質低コストと非常にクオリティが高い。

 電依戦において高品質低コストのプログラムというのは、少ないリソースで高い威力を発揮するプログラムのことを指す。言わずもがな、電依戦を有利に進めることができる。

 当初は『他人にプログラムを作らせるなんて考えられない』と言っていた透子も、先輩たちが使っているプログラムを見た後で、こっそりと綴に依頼して作ってもらっていたことを結衣は知っている。

 結衣も少しでも多く練習時間を取りたいため、彼にお願いしてプログラムを組んで貰っていた。


 ただ本来、こういった高クオリティのプログラムは、それなりの報酬が発生してもおかしくないはずだった。

 いくら綴が率先して作ってくれるとはいえ、本来お金がかかるものを無料で作らせてしまうというのは流石に申し訳ない。

 そこで、綴にプログラムを作ってもらった部員たちは彼に昼食をごちそうしたり、お菓子の差し入れなどをしているのだった。


(そうだ、部長ってすごいプログラマーなんだよね……)


 あの透子が認めるレベルということだから、その腕前は疑う余地がないだろう。

 それに彼なら真剣に頼めば、()()()()()()を聞いてくれるかもしれない。

 そう考えた結衣は、綴に向かって頭を下げる。


「秋名先輩、私に電依戦のプログラミングを教えてくれませんか?」


 突然の結衣からのお願いに、綴は面食らったような顔をする。


「渡瀬さんにプログラミングをですか? 電依戦のプログラムでしたら、おっしゃって頂ければご希望のものを私の方でお作りしますが……」

「私、中学の時も同じ部活の人に電依戦のプログラムを作ってもらったり、部室のサーバにあったプログラムを使っていました。私自身、プログラミングはそこまで得意じゃないし、正直そんなに好きでもなかったから……」


 結衣がまだ小学生の頃、授業中に作ったプログラムが皆の前で教師に酷く貶されたことがあった。以来そのことがトラウマとなって、結衣はなるべくプログラムには触れないようにと生きてきたのだ。おかげでプログラミングの試験の結果は、毎回惨憺たるものだったが。


「でも、透子を見ていて思ったんです。彼女は目標に近づくため努力を惜しまない。そんな彼女と一緒に戦うなら、自分は逃げてちゃ駄目なんだって。……それにいつかエクエスには、私が作ったプログラムで戦わせてあげたいから」


 そんな結衣の熱心な言葉を黙って聞いていた綴は静かに、そして優しくうなずく。


「素晴らしい心構えだと思います。私も渡瀬さんの目標が達成できるよう微力ながら

協力させていただきます」

「ありがとうございます!」

「では早速始めましょうか」

「え、今からですか?」


 驚く結衣に綴は微笑む。


「ほら、鉄は熱いうちに打てと言うじゃないですか」


 そう言う彼の顔はどこか嬉しそうだ。なんだろう、誰かに頼られるのが好きなのだろうか。


「今回はウォーミングアップということで、基本的なリソースの話から行きましょうか」

「リソース……ですか」

「渡瀬さんもご存知の通り、電依戦の武器や防具を召喚したり、スキルを発動するにはリソースが必要となります。このリソースですがそもそもどうやって計算されているかご存知ですか?」


 いきなりの綴の質問に、結衣は記憶を辿りながら言葉を紡ぐ。


「ええと……たしか電依戦の運営が提供しているシステムにソースコードを入力することで、計算してくれるんですよね? ……たしか名前は『クォートシステム』?」


 このシステムは、ソースコードに記述されたプログラムの効果や威力、攻撃範囲などの要素をもとに必要リソースを計算してくれる。プログラムのリソースが平等に決定されるのは、クォートシステムのおかげだ。


「渡瀬さんは、デメリットファンクションという言葉はご存知ですか?」

「あ、何か聞いたことはあるような……」

「ああ、結構です」


 考え込もうとする結衣を綴は片手を上げて止める。


「デメリットファンクションというのは電依戦において、自分を不利な状態に陥らせる機能を指します。たとえば『スキルプログラムを発動した後二秒は行動停止状態になる』とか『このアーツプログラムを装備中は毎分ダメージを受ける』などですね。電依戦プログラムの開発者は、プログラムの中にわざとこのデメリットファンクションを組み込むのです」

「不利になる機能をわざと組み込む?」


 結衣は首をかしげる。そんなことをして一体なんの意味があるというのだろうか。


「先ほどのクォートシステムはプログラムにデメリットファンクションが存在する場合、そのデメリットの度合いに応じて実行に必要なリソース量を減らすのです」

「実行に必要なリソース量を減らす……」


 電依戦においてリソースは、プログラムを発動するために必須の資源だ。プログラムの要求リソースが少なければ少ないほど、プレイヤーはより多くのプログラムを発動することができる。必要なリソース量を減らすことは、プレイヤーの有利に繋がるのだ。


「渡瀬さんが書いたプログラムには、どれもそのデメリットファンクションがなかったわけですね」


 たしかにデメリットファンクションなんて存在も知らなかった結衣は、プログラムにわざと不利な機能を組み込むなんてことはしなかった。

 ――単純にプログラムの書き方だけじゃない。消費リソース量が異様に多かった理由はそれか、と彼女は納得する。


「ということはデメリットファンクションを組み込めば組み込むほど、少ないリソースでプログラムを発動できるってことですね?」

「デメリットファンクションは、最大で二つまで一つのプログラム内に宣言して書くことができます。ただし二つ組み込めば、その分プログラムに弱点が増えてしまうことになります。折角強力なプログラムを発動しても、敵に弱点を突かれてしまえば戦いは不利になってしまうことでしょう」

「うーん、なるほど。難しいところですね……」


 悩ましい顔をする結衣を見て綴は微笑む。


「まあそれは敵も同じことです。強力なプログラムが相手である時は、どこかに弱点がある可能性があります。そうでなければそのプログラムはリソースが足りずに、発動できないわけですからね。私自身、電依戦はやらないのであまり偉そうなことは言えませんが、電依戦とは敵のプログラムの弱点を見破るゲーム、ともいえるのかもしれませんね」


 なるほどそういう考え方もできるのか。結衣は腕を組んで小さく唸る。

 やはり戦いだけではなく、根幹から電依戦の知識を深めなければいけないのだ。


「後はソースコード量を短くすることで必要リソース量を減らすこともできるのですが、この辺はコードを書く際に特別なテクニックが必要になりますし、もう少しゆっくり勉強していきましょう」

「分かりました」


 ちょうどその時、背後で部室の扉が開く音が聞こえる。

 振り返ると部室の入り口に透子が立っていた。


「おはよう」


 結衣が声をかけると透子は「おはよう」と返し、綴に「おはようございます」と挨拶する。


「二人でなんの話をしてたの?」

「ああ、ええと……」


 綴は結衣の方を見る。その顔には、「話しても問題ありませんか?」と書かれていた。

 そんな彼に結衣は小さく首を振る。


「んー、なーいしょ。ですよね、秋名先輩」


 そう笑う結衣を見て綴は一瞬目を見開いたが、


「ええ、そうですね。内緒にしましょう」


 そう言って微笑んだ。


「何それ」


 笑い合う二人を見て透子は呆れたような顔をすると、適当な机の上にバッグを置いて結衣たちのもとへと近寄る。


「まあいいわ。それで、今日やることは覚えてる?」

「不知火兄妹の攻略だよね」


 結衣の返答に、透子は満足気にうなずく。


「それじゃ、本題に入ろうかしら」

ブクマ・評価つけてくださった方ありがとうございます。

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