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比翼の電依戦プレイヤー  作者: 至儀まどか
vol.1 比翼の電依戦プレイヤー【完結済み】
15/55

第15話 あの人のようになりたくて

 日曜日の朝十一時、結衣は駅前にいた。

 今日は休みということもあってか、周囲は家族連れやカップルなど多くの人々が行き交っている。


 ジーパンに白のシャツ、その上から黒のパーカーという格好の結衣は、通行人たちをやや緊張した面持ちで眺めていた。

 その時突然、視界にメール着信の通知が現れる。

 慌ててメールをチェックした結衣だったが、差出人の欄を見てがっかりした表情に変わる。

 差出人はヒカリだった。


『真島さんとのデートがんばってね。ちゃんと彼女の気持ちを受け止めてあげるんだよ!』


 他人事だと思って適当なことを、と結衣は嘆息する。


 ヒカリのメールにある通り、結衣がここで待っているのは透子であった。


 先日の昼休み、教室で彼女からされた『お願い』、それは「川輿の案内をして欲しい」とのことだった。それも実際に葵が行ったことのある場所という条件つきで。

 最初、そのお願いをされた時は正直酷く面食らったが、透子と仲良くなれる絶好の機会ということで、昨日は一晩かけてプランを練ってきた。


「結衣」


 背後から声をかけられ、振り向いた結衣は小さく息を呑む。


 そこには、白いブラウスにひざ丈ほどある黒のスカートという姿の透子が立っていた。

 一見、教科書通りのコーディネイトのようにも見えるそれらは、透子が身につけていることであたかも特別スペシャルなものであるかのような錯覚を覚えてしまう。清楚でフェミニンな姿の彼女は、そこに佇んでいるだけで絵になるようだ。

 普段見慣れている制服から私服に着替えるだけで、こうも変わるものだろうか。


 透子の姿に同性でありながら結衣は思わず魅せられてしまう。それは通行人たちもそうだったようで、行き交う人々の視線が透子へと集まっているのが分かる。そんな彼らに対して、何故か自分が優越感を抱いてしまっていることに気づいて、結衣は困惑した。


 一方で、結衣の心内などあずかり知らぬ透子は、無言で自分を見つめる結衣の熱視線に頬をほんのりと染めて、困惑の表情を浮かべる。


「何? 文句あるの?」

「ううん、最高」

「……何それ。まあいいわ」


 透子はそう言ってクールに髪をかきあげる。

 その仕草も中々様になっていて――大変いい。


「それじゃあ今日は一日よろしくね」

「うん、任せておいてよ」


 結衣は自分の小さな胸を叩いた。



 * * * 



 二人は川輿駅のすぐ近くにある商店街の入り口までやって来た。

 入り口には『ワンダフル商店街』と書かれた看板が掲げられている。


 一口に「川輿の案内」と言っても川輿には、神社や昔ながらの建物をはじめ様々な観光スポットがあり、『葵が行った事がある場所』というフィルターがあっても、それらを半日で周りきるのは難しい。そこで結衣は、このワンダフル商店街に目をつけた。


 ワンダフル商店街は、川輿駅からとなり駅まで直線に一キロメートル以上続いている商店街だ。道沿いには多くの店舗施設が軒を連ねており、休みの日にはここで多くの人々が買い物などを楽しんでいる。

 多種多様な店があるここでなら、透子を飽きさせることもないだろうと、結衣はそう踏んだのだ。


「お姉ちゃん、休みの日にはこの辺で友達と遊んでたかな」

「そう、じゃあ行きましょう」




 二人が最初に訪れたのはゲームセンターだった。

 あちこちから品のないやかましい電子音が聞こえくる。

 時代の流れによって、一時期は存亡が危ぶまれたゲームセンターであったが、流行というものは再帰するのか近年ではまたその需要が高まっていた。

 このゲームセンターも例外ではなく、休みを利用して多くの人々がゲームを楽しんでいる。

 ここはレトロゲームを多数取り揃えている店舗で、二十年以上昔のVRゲーム筐体が置かれていた。


「たしか昔お姉ちゃんとやったのはこれだったかな」


 結衣は一台のゲーム筐体を指さす。


『デモンズシュート2100』


 レトロなVRガンシューティングゲーム。タイトルに2100と銘打っている通り未来の設定であるにも関わらず、何故かゲームの舞台が悪魔に支配された古城というミスマッチ感がまたなんとも言えない。


「アレもしかして」


 何かに気がついた透子がゲームのランキング画面を指さす。

 店舗内ランキング一位の欄に書かれた名前は『A.Watarase』

 その名前は二位以下のスコアと大差をつけて、金色の文字で描かれていた。


「ああ、まだあったんだ、お姉ちゃんの名前」


 結衣は呆れ半分、感心半分の声でつぶやく。

 透子の予想通り、このスコアはその昔に葵が叩き出したものだ。

 一時期、葵は何故かこのゲームを狂ったようにプレイしていた時期があり、いつしか全国ランキング上位に名を連ねるほどのプレイヤーになっていた。

 それにしても結衣の記憶がたしかならば、あのスコアは五年以上前のもののはずだったが、今でもこうしてランキングに名前が残っているというのは驚きだった。


「これやろ」


 そう言って透子は白いVRゴーグルを二つ掴むと、片方を結衣に差し出す。


「え、私もやるの?」


 てっきり透子一人でやるのかと思っていたが、彼女は最初から結衣との協力プレイをやるつもりだったらしい。


「親善試合も二人で戦うんだから予行練習ってことでちょうどいいでしょ」


 もっともらしいことを言っているが、単に一人でやるのが恥ずかしいのではないかと結衣は勘ぐってしまう。

 とはいえ拒否する理由も特に見つからない。結衣は渋々透子からVRゴーグルを受け取ると頭に被る。

 ずしりとのしかかる重さと締めつけられるような窮屈さに、結衣は思わず眉根を寄せる。

 このタイプのVRゴーグルは後期のもののはずなので、初期のものと比べるとそれなりに改良されているはずなのだが、やはり普段から着け慣れていないせいか若干の違和感がある。


 やがて、さほど没入感のないチープなバーチャルリアリティが結衣たちを迎えた。

 眼前には古城を背景に『Insert Coin』という白い文字が表示されている。

 まあこんなもんか、と結衣は自分が生まれるよりも遥か前の時代のゲームに物足りなさを感じながら、ガンコントローラーの引き金を引く。

 それをスイッチに、ナノポートにチャージされたクレジットから自動的にプレイ料金が引き落とされた。




 しばらくしてゲームは終了した。


「全然だ」


 透子は悔しそうな顔をしてゲームのスコア画面を眺めている。

 初プレイにしてはかなりの高得点だったが、それでも葵の残したスコアには遠く及ばなかった。

 ちなみにプレイ内容はと言うと、終始透子無双といった感じで彼女がほとんどの敵を殲滅してしまい、結衣は完全にお荷物状態だった。


 ――親善試合では、くれぐれもこんなことになりませんように。結衣はそう心の中で手を合わせた。




 * * *




 再び商店街を歩いていると、美味しそうな匂いが結衣の鼻腔をくすぐる。

 透子も匂いに気づいたようで、二人は一軒の店の前で足を止めた。


「ここ、ラーメン屋?」

「うん、そう。そういえばお姉ちゃん、ここのラーメン好きだったっけ」


 昔、葵と一緒にこの店を訪れた時のことを思い出す。

 彼女いわく、ここに来て豚骨ラーメンを注文しない奴は海外旅行に行ってカップラーメンを食べる奴と同じとのことだった。

 当時はラーメンのことをラーメンでたとえるのかと思ったものだが。


「そう、じゃあ折角だしここでお昼ご飯にしようかしら」

「ラーメンでいいの?」


 透子の提案に結衣は目をパチクリさせる。てっきりもう少し女の子らしいものが食べたいかと思って、いくつかそういった店の候補を考えていたのだが。


「私ラーメン好きだし、葵さんが好きだったんでしょ、ここ?」

「まあそうだけどさ……。そういえば学食でもカレー食べてたけど、透子って男子が好きそうな食べ物好きだよね」

「どういう意味よそれ」


 睨む透子に「なんでもない、なんでもない」と結衣は手を振る。

 少し予定のプランとは違うが、結衣も久しくここのラーメン屋には来ていない。たまにはここで食べるのも悪くないかもしれない。




 二人は味のある昔懐かしい引き戸を開けて、店の中へと入る。


「いらっしゃっせー!」


 奥から若い店員の威勢のいい声が聞こえてきた。

 結衣と透子は空いたカウンター席に腰を下ろし、プラスチックフィルムで加工されたメニューを手に取る。店主のこだわりの現れだろうか。今やどこも電子メニューが一般的だというのに中々珍しい。


「葵さんはどれが好きだったの?」

「ええと……たしかよくこれを食べてたっけかな」


 結衣が指さしたのは、『テラ盛りとんこつラーメン』という奇怪な名前のメニューだった。

 その写真を見て、透子は「うっ」と小さい悲鳴を上げる。


 器の大きさは他の商品の写真と比較しても二倍近くのサイズがあり、麺の上にはこんもりと盛られたもやしと厚く切られたチャーシューが乗っている。

 メニューの写真を見ただけでなんだかお腹が一杯になってしまいそうだ。

 スープもただのスープではない。背脂たっぷりの濃厚豚骨こってりスープ、背脂たっぷりの濃厚豚骨こってりスープなのだ。

 しかし、当時の葵はこれを完食完飲。

 その直後に近くのクレープ屋でクレープを注文するという暴挙に出ていた。


 透子のメニューを持つ手が震える。


「じゃあ……これを私も……」

「透子、食べるの!?」


 まさかの発言に結衣は驚嘆の声を上げる。

 透子は喉を鳴らした。


「葵さんはこれを食べたんでしょ? なら私も食べるべきなの」

「いやいや、努力の方向性がおかしいよ!」


 結衣は思わずそう叫んでしまう。


 これを完食しても葵のようにはなれない。そんなことは小学生でも分かることだろう。

 プロ野球選手が毎朝カレーを食べているからって、自分も同じように毎朝カレーを食べてもプロ野球選手になれないのと同じだ。


 やめといたほうがいいよ。そう言おうとしたその時、ちょうど店員が水の入ったコップを二つ持ってこちらにやって来た。


「すみません」


 透子は手を挙げて、店員に声をかける。

 それを見た店員は手際よく注文を受ける準備を始めた。


「このテラ盛りとんこつラーメン、一つお願いします」


 店員は眉を寄せて、透子の細身の身体を一瞥する。おそらく彼女では食べ切れないと判断したのだろう、確認を取る。


「こちらのメニューですが、量の方が非常に多くなっていますがよろしいでしょうか?」

「はい」


 うわ、本当に頼んだよこの子。透子の淀みない返事に結衣は少し引いてしまう。


「姉ちゃん、そりゃ無理やで」


 透子のとなりに座っていた初老の男が口を開く。

 いきなり知らない男から声をかけられて結衣は固まるが、透子は眉一つ動かさない。

 男はそんな透子の態度などお構いなしに続ける。


「俺はよくこのラーメン屋に来るんだが、そのラーメンを完食できた奴は片手で数えるくらいしかいない。中でも女の子は俺の知る限り一人しかおらん」


 そう言ってから男は少し寂しそうな表情を見せる。


「まあ、最近はその子も来ないがな」


 見知らぬ男に「多分それ私の姉です」とは言えず、結衣はコップの中の水を飲み干した。




 十分後、二人の前に二つの器が並んだ。

 並んだ二つの器のデザインはまったく同じものだったが、その大きさがまったく違った。


 結衣の目の前に置かれた器と比べて、透子の器は二倍近い大きさがある。結衣や透子の顔がすっぽりと収まってしまいそうなサイズだ。

 加えて中に入っている麺、スープ、トッピングの量の差も明らかだ。

 親の仇かというくらいに盛られたもやしと、その上にとどめだと言わんばかりに乗せられた十二枚の極厚チャーシュー。もやしの隙間からわずかに見えるスープには、背脂が浮いている。

 これは成人の男であっても二の足を踏む量だろう。


 メニューの写真を見た時と印象が少し違ったのか、透子は器を見て固まっている。


「ええと……透子大丈夫そう?」


 結衣は透子に声をかける。

 モンスターラーメンを前にして彼女は、これまで見たこともないような険しい顔をしていた。

 そのとなりでは、先ほどの男がニヤニヤしながら透子を見ている。

 美少女VS巨大ラーメンという絵はかなり興味を引くものがあるのか、他の客や店員の視線も彼女に集中しているようだった。


 しばらく目の前の器を凝然と眺めていた透子だったが、やがて覚悟を決めたのか、紙エプロンを身につける。

 そして割り箸を綺麗に割ると、戦闘態勢に入った。




 * * *




 ワンダフル商店街には、その途中にワンダフルパークと呼ばれる広場が存在する。

 ここは買い物の合間の休憩をしたり、誰かと待ち合わせしたりする憩いの場であり、休日には、イベントが開かれることもあるのだ。

 そのワンダフルパークに設置されているベンチ、透子はそこに具合悪そうに座っていた。


「大丈夫?」


 結衣は自分のとなり座る透子の顔を覗き込む。

 ベンチでうなだれる透子は、まるでフルラウンド戦い抜いたボクサーのようだった。


 透子VSテラ盛りとんこつラーメンの結果は、完食完飲で透子の勝利となった。

 最後、器を持ち上げて残ったスープを飲み干すその姿に、結衣のみならず他の客や店員も感嘆の声を上げていた。一体彼女の細身の身体のどこに、あれだけの量の麺とスープを受け入れるサイズの胃袋があるのか非常に興味深い。

 透子のとなりに座っていた男は全てを見届けた後、『久しぶりに感動させられたよ』と満足気につぶやいて、何故か結衣たちの分の食事代まで払って去って行ってしまった。


「ふ、ふふ……余裕……」


 額に汗を浮かべながら透子は不敵に笑う。その様子は、心なしか風邪を引いていた時よりも悪そうだった。


 この数日で透子について分かったことが一つある。それは意外にも無茶をする性格だということだ。特に電依戦と葵が絡んだ時、それは顕著な気がする。


「本当にお姉ちゃんが好きなんだねえ」


 半ば感心、半ば呆れて言う結衣に透子は自嘲気味に言う。


「こんなことして馬鹿だと思っているでしょ」

「そうだね」


 正直な結衣の反応に透子は愉快そうに笑う。


「でもね、それは心の底から誰かに憧れたことがないからよ」


 その声はどこか誇らしげだった。


 ワンダフルパーク内に設置された噴水――その周りではしゃぐ子供たちの声が聞こえてくる。


「――私ね、電依戦を始めた最初の頃はまったく勝てなかったの」


 突然なんの前触れもなく、透子はそう漏らす。

 そんな彼女に、結衣は驚きと疑いの眼差しを向ける。

 透子がまったく勝てなかった? 全国大会を三度も制したあの透子が?


「本当の話よ。正直辞めたくなったこともあったくらい」

「……それでも辞めなかったんだ?」

「憧れてる人がいたからね」


 誰にとは言わなかったが、そんなことはもういちいち聞くまでもなかった。


「諦めきれなかったから、葵さんの電依戦の試合を何度も何度も繰り返し見た。彼女の真似はなんでもした。おかげで、それまでただ憧れだけで見ていた彼女の強さの本質を理解できるようになったの。あの人を真似れば、よりあの人に近づくことができる気がする。だから私は、あの人と同じことをするの」

「……そうなんだ」


 透子の言葉を聞きながら、結衣は地面のコンクリートタイルを眺める。

 白いタイルの上に、自分の黒い影が落ちているのが見える。


 自分と透子。きっとスタート地点は同じだった。憧れも同じだった。それにも関わらず、今の自分たちの間には大きな実力差が横たわっている。

 当然だ。透子にはこうなりたいと思える自分自身が見えていたのだ。

 これまで漫然とやっていた自分とは違う。彼女は理想を諦めなかった。


(すごいなぁ……)


 思わず結衣は心の中で独りごちる。


 ――きっと自分と透子は正反対の人間だ。

 ひょっとしたら、もしも自分がエクエスを引き継いでいなかったとしても、透子は自分のことが嫌いだったかもしれない。


 そこまで考えた時、結衣は条件反射的に口を開いてしまった。


「今も……」

「ん?」

「今も私が嫌い?」


 二人の間に沈黙が流れる。遠くの方ではしゃぐ子供たちの声が、いやに鮮明に聞こえてきた。


 そのあまりにも長い沈黙に、結衣は質問を後悔する。

 今この瞬間、透子は一体何を考えているのだろう。

 もしも自分の質問に対して、イエスの返事が返ってきてしまったらどうしよう。


 そんな考えが、どうしようもなく結衣の頭の中をぐるぐると巡り回った、その時――、


 不意に何かが結衣の肩に当たる。

 見ると自分の肩に、透子の頭がもたれかかっていた。


「ちょ、ちょっと透子……?」


 突然のことに結衣は動揺する。

 広場には自分たちの他にもそれなりに人がいる。加えてここは商店街を行き交う人々からもよく見える場所だ。そんな中でこの状況は、同性でも流石に恥ずかしいものがあった。


「ママーあのおねえちゃんたちなかよしー!」

「こら、見なくていいの」


 遠くからそんな声が聞こえてくる。

 結衣は羞恥に顔が耳まで熱くなるのを感じた。


(ど、どうしたんだろ透子……急に肩にトンって来て――)


 そこまで考えて結衣は心の中で「あ」とつぶやく。


 担任の呼び出しから教室に戻った時、ヒカリが透子に言っていた言葉が脳内で再生される。


『それから最後は肩にトンだよ。覚えた? 肩にトン』


(あの肩にトンってこの肩にトンだったのかー!)


 よもやこの肩にトンのことだとは、思ってもいなかった結衣は心の中で絶叫する。

 何を考えたのか知らないが、ヒカリが透子に妙なことを吹き込んだのは間違いない。

 ここにいない友達の悪い笑顔が脳裏によぎる。


 心なしか、商店街を行き交う人々がこちらに好奇の視線を向けているような気がする。


「あの透子さん、そろそろ……」


 あまりの恥ずかしさに我慢できなくなり、少し距離を置いてもらおうとしたその時――、


「今まで悪かったわね」


 ささやくようにつぶやかれたその言葉に、結衣は思わず透子の方へと顔を向ける。


「透子……?」

「結局あの日、これだけはあなたに言えなかった」


 彼女の長いまつ毛がゆっくりと上下する。

 ここから見えるその顔には、あの入学式の日のような敵意の色は一切なかった。


「本当はね、今日は結衣と行くなら別にどこでも良かったの。ただ一言これが言いたかった」

「………………変なの」


 今日一日ずっとこの一言を言うタイミングを伺っていたのかと思うと可笑しくて、結衣は小さく吹き出してしまう。


 ふと、今朝ヒカリから送られてきたメールの文面を思い出す。


『ちゃんと彼女の気持ちを受け止めてあげるんだよ!』


 ああ、()()はそういうことだったのかと、結衣は目を細める。


「別にいいよ、気にしてない」


 そう言って結衣は、透子の艷やかな髪をそっと撫でた。

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