第12話 相応しいのはどちら?
「ここか……」
結衣は目の前の建物を見上げる。
夕焼け空を背景に、十階建ての白いマンションがそびえ立っていた。青南高校が提供する学生寮だ。
寮の玄関は屈強な警備員の男とオートロック式の扉に守られており、扉の向こうには広々としたエントランスが見える。
エントランスにはシャンデリアや高そうなソファーが置かれており、そこはまるで一流ホテルのロビーのようだった。
高校の寮というものには初めて来たが、中々豪奢な作りをしている。
昨今は少子化もますます深刻になっており、どこの学校も生き残りをかけて少ない子供の奪い合いに必死になっている。そこで、できるだけ寮にお金をかけて、安全面や設備面でのアピールをすることで、学校がある同県のみならず他県からも子供を呼び込もうという魂胆なわけだ。
結衣は目の前のオートロック式の扉を睨みつける。
まずは第一関門として、どうにかしてここを開けなくては透子の部屋どころか寮に入ることすらできない。
一瞬、誰かに紛れて一緒に中に入ることも考えたが、あいにくと人がやって来る様子はない。
そもそも寮の中に入れたところで、部屋に入れてもらうために、結局は透子に連絡を取らなければならないのだ。
(ここで逃げてても仕方ないか……)
覚悟を決めて、結衣は玄関に設置されたインターホンのキーパネルの前に立つ。
――果たして彼女は自分を迎え入れてくれるだろうか。
緊張で高鳴る胸を抑えながら、透子の部屋の番号を入力して呼び出しボタンを押す。
軽やかな呼び出し音の後流れるしばしの沈黙。そして――、
『……何?』
インターホン越しに、少しくぐもった透子の声が聞こえてくる。相変わらず不機嫌そうな声だ。
咄嗟のことに結衣はなんと言おうかと一瞬逡巡するが、ここは正直に答えることにした。
「ええと、突然来てごめん。真島さんが風邪引いたって聞いて心配になったからお見舞いに来たんだけど……」
………………………………返事がない。
やっぱり駄目だった? 無駄足になってしまった?
しばらくの間、未練がましくインターホンを見つめていた結衣だったが、やがて小さくため息をつくと、諦めて踵を返そうする。
その時、目の前でオートロック式の扉が静かに開いた。
「あ、ありが――」
慌てて礼を言おうとした結衣だったが、インターホンの通話はブツっと切れてしまった。
――これは入っていいということなんだろうか。
一瞬そんな疑問も浮かんだが、のんきに考えていては折角開いた扉が閉じてしまうかもしれない。
結衣は持ってきた透子のバッグをぎゅっと握りしめると、エントランスへと足を踏み入れた。
結衣を乗せたエレベーターは彼女を目的のフロアへと送り届けた。
前もって雛乃から教えてもらっていた透子の部屋は三〇一号室。念のためエントランスにある郵便受けも確認してきたので間違いない。
目的の部屋の前に立つと結衣は大きく深呼吸をする。
何故だろう。先ほどのウォータースライダーからの大ジャンプよりも緊張するのは。
深呼吸をした後もしばらく黒茶色のドアを見つめていた結衣だったが、やがて意を決してチャイムを鳴らした。
本当に出てきてくれるかどうか不安だったが、ほどなくしてドアが開き、中から透子が顔を出す。
熱のせいだろうか、彼女の白い頬はほんのりと赤く染まっている。
当然と言うべきか今の彼女は学校の制服姿ではなく、上下無地の黒いスウェットという格好だ。
とりあえず結衣は、いつもと同じように声をかけてみることにする。
「真島さん、風邪大丈夫?」
「それより、そこに立ってられると迷惑だから早く上がって」
こちらの質問には答えず、透子は部屋に上がるよう急かす。仕方なく、結衣は促されるままに彼女の部屋へと上がった。
玄関から二メートルほどの長さの廊下が続いており、右手にはキッチンと冷蔵庫が並んでいる。
あまり使われていないのか、キッチンはとても綺麗だった。
「あ、そうだ。これ真島さんのバッグと傘」
結衣の差し出したその二つを透子は無言で受け取ると、そのまま廊下に置いた。
(まあお礼なんて期待してなかったけどね)
ある意味いつも通りの彼女に不思議と安堵してしまう。
透子に連れられ、結衣はそのまま奥の部屋へと進む。
通された部屋は十畳ほどで中々の広さだったが、黒のローテーブルと座椅子、それから壁際にベッドが一つ置かれている以外、他に余計なものは一切ない。
良く言えば奇麗だが、悪く言えば殺風景な部屋だった。
(部屋一杯に真島さんの匂いがするな……)
周囲に視線を巡らせながらそんな当たり前のことを考えていたが、流石に変態ぽいような気がしてやめた。
そんな結衣を横目に透子は静かにベッドへと腰を下ろす。
ワンルーム十畳の部屋を沈黙が包み込む。
時折、キッチンの方から水滴がシンクを叩く音が聞こえてくるくらいで、他には何も聞こえない。
しばらくして、いつまでも突っ立ったままの結衣に対し、透子は自分のとなりをポンポンと手で叩く。
無地の真っ白なベッドシーツが見えた。今のは、ここに座れということなんだろうか。
一瞬どうしようかと悩んだ結衣だったが、こうしてこのまま見下ろしているというのもなんだか居心地悪い。かと言って透子の部屋には座椅子くらいしかなく、他に座れそうな場所はない。
結衣は仕方なく彼女のとなりに腰掛けた。わずかにベッドの軋む音が聞こえる。
それから二人はまたしばらく無言のままだった。
だが、やがてしびれを切らしたのか透子が口を開く。
「私に何か用があってわざわざここまで来たんじゃないの? それとも、ただ親切にお見舞いに来てくれただけ?」
「……ここに来た理由は二つあって、一つは謝りたかったから。ごめん、なんか怒らせちゃったみたいで」
結衣の言葉に透子はフンと鼻を鳴らす。
いやお前も謝れよ、と思ったが本当に聞きたいことはこれからなので、ここは堪える。
「それからね、知りたかったの。なんで真島さんが私に冷たく当たるのか……って。真島さん、初めて電依戦した時、私に言ってたよね。『電依戦を辞めろ』って。もしかしてそれと何か関係があるんじゃないかって」
「それが目的?」
「うん」
「……分かった、教えてあげる。ただし条件がある」
「条件?」
その言葉の重々しさに結衣は思わず身構える。しかし、彼女の提示したそれは意外なものだった。
* * *
結衣と透子がやって来た電依戦のフィールドは、一面緑色の草原だった。
天候は快晴。周囲にはこれといった建造物はなく、時折気持ちのいい風が結衣の頬を撫でていく。
透子が突きつけてきた条件。それは『自分が指定した電依戦フィールドにジャックインしろ』というものだった。
正直なところ抵抗はあった。
これまで彼女と一緒に電依戦フィールドに行って、いい思い出で終わった試しはなかったから。
だがここでなければ話さないと言われてしまっては、了承するしかないだろう。
「わざわざ来てもらって悪かったわね。話をするならここの方が落ち着くから」
「それはいいんだけど――」
言いかけたその瞬間、電依戦開始前に流れる5カウントが聞こえてきた。条件反射というものか、結衣の身体は自然と身構えてしまう。
それを見て、透子は小さく笑った。
「話をしに来たんでしょ?」
「それはそうだけど……」
5カウントが終わればシステムによる制限は解除され、敵プレイヤーに対しての攻撃が可能になる。カウントがゼロになった瞬間、透子が攻撃してこない保証はなかった。
「私も今は体調が良くないから無茶はできないよ」
そう言って透子は攻撃の意思がないことを示すかのように真っ白な両腕を広げる。その手に武器の類はなかったが、それでも結衣は警戒を怠らない。
カウントは続く。
3……2……1……0……。
「………………………………」
カウントがゼロになり電依戦は始まったが、透子はついぞ何も仕掛けてこなかった。
どうやら杞憂だったようだ。
「ご納得いただけたかしら?」
透子は肩をすくめて見せる。
「疑ってごめん……」
頭を下げながら、「なんで謝ってるんだろう私」と結衣は思う。
「……それであなたが知りたいのは、私があなたに『電依戦を辞めろ』って言った理由だっけ?」
透子の質問に結衣は静かに首を縦に振る。彼女の口から一体どんな言葉が出るのか考えると、緊張で口の中がどうしようもなく渇いてしまう。
透子は小さく息を吐くと、口を開いた。
「私ね、小学生の頃からずっと憧れてる人がいるの。電依戦もその人がきっかけで始めた」
「憧れてる人……?」
質問の答えとは関係がなさそうな突然の彼女の言葉に困惑しながらも、結衣はそう尋ねる。
「あなたのお姉さん、渡瀬葵さんよ」
「お姉ちゃん……?」
結衣は目を大きく見開く。
――透子が葵のファン? 今までそんな素振り、彼女は一度も見せたことがなかった。
昔を思い出すようにして透子は空を見上げる。
「小学生の頃、たまたま葵さんの電依戦を見る機会があった。そこでたった一目、彼女の姿を見たその瞬間に、私は魅かれてしまった。どんな苦戦を強いられても最後は必ず勝利する常勝の電依戦プレイヤー渡瀬葵に」
風が二人の間を通り抜ける。彼女たちの髪が流れるようにたなびいた。
「いつか彼女のような電依戦プレイヤーになりたい。その思いで私は電依戦を始めたの。今はまだ遠く及ばないけどね」
「そうだったんだ……」
透子が初めて彼女自身のこと話してくれた。それはとても嬉しいことのはずだったのに、何故か結衣は妙な胸騒ぎを感じてしまう。
彼女の深い闇のような瞳を見ていたら、これから何か良くないことが起きる。そんな謎の焦燥に駆られたのだ。
不意に透子の足が結衣を向く。彼女はこちらへゆっくりと歩み寄ってくる。
「ところが、この学校に入学する少し前に変な噂を聞いた。葵さんがエクエスを妹であるあなたに渡してしまったという噂を」
こちらに近づく透子に圧され、結衣は思わず一歩後退る。しかし、間合いはどんどん詰まっていく。
最終的に二人の距離は、どちらかが手を伸ばせば届くまでに縮んだ。
「何故葵さんがあなたにエクエスを渡したのか、私には分からない。でも、」
そう言って透子は結衣の腕を掴む。彼女の指がエクエスの柔肌に食い込んだ。
「エクエスはあなたに相応しくない。あなたみたいな弱い電依戦プレイヤーが使うべきではない」
この瞬間、結衣はようやく透子が自分に向ける敵意の正体を見た気がした。
――尊敬する葵の電依を結衣が使う。透子はそのことがどうしても我慢ならなかったのだ。
だから彼女は結衣に、電依戦を辞めるよう言ってきたのだ。
今にして思えば部活初日に透子が結衣に電依戦を挑んだのは、彼女自ら結衣の実力を測るためだったのかもしれない。
「あなたも知っているでしょ。この電依は葵さんが高校時代三年間ずっと使っていた……つまり高校電依戦三連覇を成し遂げた電依なの。あなたごときが使ったら、葵さんの戦績に傷をつけることになりかねない」
そう言って透子は結衣の腕を引いて乱暴に身体を引き寄せる。そして、あわやバランスを崩しそうになる結衣の腰をもう片方の手で支えた。
「エクエス……あなたは弱者のもとにいるべき存在じゃない」
不意に透子の顔が結衣の顔に近づく。
その時、結衣は見た。
玲瓏な美貌に浮かぶ、不気味な笑みを。
その恍惚の瞳に映っているのは結衣ではなく、エクエスだった。
結衣は思わず喉を鳴らす。今や透子の一挙手一投足、そのすべてが恐ろしかった。
「離して!」
慌てて結衣は透子を振り払うと、すかさず彼女から距離をとった。
そんな結衣を見て透子は悲しそうな表情を浮かべる。
「止めて。その姿で、その顔で私を拒絶しないで。そうやってあなたがエクエスを我が物顔で使っている様を見ると、激しく後悔してしまう。こんなことならあの日、葵さんの最後の高校電依戦の会場で、あなたより先にエクエスをもらう約束をしておけばよかったって……!」
「真島さん、あの会場にいたの?」
そう尋ねた瞬間、ふと結衣の脳裏に一人の少女の姿がよぎる。
六年前、あの会場で見かけた一人の少女。葵に頭を撫でられて、嬉しそうにしていた彼女の姿を。
「もしかして真島さんあの時の――」
結衣がそこまで言いかけた時、彼女に向かって鈍色に光る剣尖が突きつけられた。
突然、自分の身に何が起きたのか理解できず、結衣は静止する。
透子の手には、いつの間にか長剣が握られていた。
「この一週間ずっと考えていた。もしかしたら今からでも遅くないんじゃないかって」
「……遅くない?」
そこで結衣は自分の声が震えていることに気づく。驚き、恐怖。震えの理由がそのどちらかなのかまでは分からなかったが。
「このままあなたのもとにエクエスがいたら、葵さんの戦績に傷をつけることになるかもしれない。だから私は、ここであなたを殺す。そして葵さんに理解してもらうの。エクエスを引き継ぐのに相応しい電依戦プレイヤーは誰なのかって!」
透子は一切の躊躇なく、剣を振り払う。剣先が結衣の眼前を掠める。
間一髪、攻撃を回避した結衣は即座に飛び退く。間違いない。今のは本気の一撃だった。
「こんな誰も見てない戦いじゃ、私を倒したって証明なんてできないじゃない!」
そう叫んでみるも透子は涼しげな表情を浮かべたままだ。
「心配はいらない、この試合の映像は記録されている。安心して私に殺されなさい、渡瀬結衣」
冗談じゃない。今の彼女はとても冷静じゃない。一度ログアウトして現実の世界で落ち着いて話し合うべきだ。
そう考えて結衣はターミナルを立ち上げる。だがそんな結衣を見咎めて透子は目を細めた。
「逃げたければご自由にどうぞ。でもこの状況で逃げたら自分から負けを認めていることにならない?」
その言葉にログアウトボタンに触れようとする結衣の手が止まる。
透子の言う通り、電依戦中の一方的なログアウトは敗北宣言となる。
不意にレストランで葵から言われた言葉が脳内でリフレインする。
『私が認めた電依戦プレイヤーなんてそういないんだから、自信を持ってしゃんと胸を張りなさい』
あれは自分への嘘偽りない信頼の言葉。
ここで尻尾巻いて逃げ出して、あの言葉を裏切るくらいなら死んだほうがマシだった。
結衣は黙って手のひらに長剣を召喚すると、それを構える。
そんな彼女を見て透子は口角を上げた。
――やる気になってくれたね。その笑みはまるでそう言っているようだった。
二人の間に緊張が高まる。
いつもならばカウントがゼロになった瞬間が戦いの幕開けだったが、5カウントはとうに終了している。
故に今回は、誰がいつどうやって戦いの引き金を引くのかにかかっていた。
結衣はちらりと視界の端に目線を向けて、透子の電依のステータスを確認する。
透子が使う電依スクワイア。そのクラスはシンギュラー。
『並外れた、非凡な』を意味するこのクラスは、剣と銃の双方に対して高い適性を持ち、遠距離と近距離双方の通常攻撃を併せ持つ。公式大会の優勝賞品として、一部の電依戦プレイヤーのみが使うことを許されるクラスであった。
前回の戦いで透子が銃を使ってくることはなかったが、今回は果たして――、
そんな期待混じりの視線を彼女に向ける結衣だったが、その期待はすぐさま打ち砕かれることになる。
透子はその手に黒い拳銃を喚び出すと、なんの迷いもなくこちらへと銃口を向けた。その光景に舌打ちしながら、結衣は慌てて横へと飛び込む。
次の瞬間、一発の銃弾が今まで自分がいた場所を撃ち抜く。それが文字通り戦闘開始の引き金となった。
結衣はなるべく狙いが定まらないようにと、ひたすらジグザグに走り続けつつ距離を取る。
この草原というフィールドが非常に厄介だ。盾になるような遮蔽物が一切存在しない。遠くに細い木が一本見えたが、あれではどうにもならないだろう。
おそらく透子もそれを考慮してこのフィールドを選んだに違いない。ここは彼女にとって有利なフィールドというわけだ。
結衣は走りながら、振り返りざまにリソースエッジを放つ。放たれた翡翠色の刃は、鉛弾を切り裂きながら透子めがけて飛んでいく。
しかし、透子の眼前まで迫った刃は、彼女のスキルプログラム【アジュールブレイク】によって脆くも砕かれてしまった。
「これじゃ前回と同じね。もう少し張り合いがないと私が葵さんに認めてもらえないじゃない」
透子はそう呆れたようにため息をつく。
あまりにも勝手な言い分だ。大体エクエスに相応しいのは――、
(……本当に私なんだろうか)
結衣はギュッと胸の前で拳を握る。
電依戦プレイヤーとしてのレベル差を考えれば、エクエスを上手く扱えるのは、自分ではなく透子のはずだ。
葵だって、もしも自分と透子から同時にエクエスが欲しいと言われていたら、どちらを選んでいたかなんて分からない。もしかしたら自分ではなく、透子を選んでいたかもしれない。
でも――、
そこまで考えて、結衣は静かに剣を下ろす。その様子を見て諦めたとでも思ったのか、透子は愉快そうに笑った。
「もしかして理解してくれた? どちらがエクエスに相応しいかって」
「この質問の答えによってはね」
「質問?」
「真島さんはさ、もしもエクエスを手に入れたらどうするつもりなの?」
その質問に一瞬、虚を衝かれたような顔をした透子だったが、やがて口を開く。
「愚問ね。もちろん、葵さんの戦績に傷がつかないように大切に保管しておくのよ。誰の手にも届かないようにね」
当然でしょ? と言うような顔の透子。
そんな彼女を見ながら結衣は、レストランでの葵の言葉を思い出していた。
『エクエスってね、ラテン語で騎士って意味なの。戦わせてもらえない騎士なんて可哀想でしょ』
『鳥かごの中の鳥としてではなく、戦う騎士としてエクエスを欲してくれた結衣にならいつか託してもいいと思えたのよ』
――そうだよね。結衣は下ろした剣を力強く握る。
自分と透子、もしも同時にエクエスが欲しいと言っていたとしても、葵は自分に託してくれたはずだ。
(ごめんね、エクエス)
一瞬でも迷った己の愚かさをパートナーに謝罪すると、結衣は一つ大きく深呼吸して言う。
「悪いんだけど、真島さん。やっぱりあなたにエクエスはあげられない。だってあなたにエクエスは相応しくないもの。お姉ちゃんだってきっとそう言うと思う」
次の瞬間、一発の弾丸が結衣の顔の横を掠めた。しかし、彼女は視線をそらさない。
銃口からは白い煙が立ち昇っている。見ると透子の肩は小さく震えていた。
「……今までムカつく奴には腐るほど会ってきたけれど初めてよ。ここまで私の神経を逆撫でした奴は!!」
スクワイアの美しい顔を怒りで歪ませ、透子はこちらを睨みつける。
それでもなお結衣は怯まない。口端を上げ、皮肉満々の笑みを向ける。
「そもそもソードマスタークラスであるエクエスに相応しいってことを証明するなら、銃を使うなんてナンセンスじゃないの? まあ、銃を使わなきゃ私に勝つ自信がないって言うなら仕方ないけどさ」
こんな心にもないセリフがよくもまあスラスラと出てくるものだと、結衣は自分自身に感心してしまう。
透子の激昂した様を見た瞬間、結衣の腹積もりは決まった。
『こうなったらもう挑発して真島さんのミスを誘おう』
弱者が強者に勝つためにはいくつかやり方がある。
相手のミスを誘う。
相手の虚を衝く。
何かを犠牲にする。
決して正面からの正攻法では勝てない。それが弱者と強者の揺るがぬ関係だ。そのことを結衣は十分理解していた。だからこその挑発だったのだが――、
「よく分かった。この電依戦が終わった後、リアルでも殺してやるわ」
とても冗談に聞こえない恐ろしいセリフに結衣は身震いし、一瞬、作戦を後悔しかける。
しかし、透子は手にしていた銃を放るとそれを目にも留まらぬ早業で斬り刻む。銃は空中でバラバラに刻まれ、跡形もなくなった。
それはまるで『次はお前をこうしてやるぞ』という彼女の意思表示のようにも見えた。
「まあいい……ここはあなたの挑発に乗ってあげましょう。あなたを殺すのに銃はいらない」
透子は興奮して荒くなった呼吸を整えると、こちらにギラリと光る刃を向ける。
「お望みならば斬り殺してあげるわ!」
彼女の絶叫と共に、第二ラウンドが始まった。