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比翼の電依戦プレイヤー  作者: 至儀まどか
vol.1 比翼の電依戦プレイヤー【完結済み】
10/55

第10話 プールサイドの攻防A

 セミの鳴き声がやかましい。

 呼吸をするたび、蒸し暑い空気が肺の中に入ってくる。


 電依戦フィールドにジャックインした結衣は周囲を見回す。

 最初に目についたのはとぐろを巻いた長い滑り台だ。

 滑り台の中には止まることなく水が流れており、その終着点には巨大なプールがある。


「あれはウォータースライダーか」


 小学生の頃、葵と一緒にあれで遊んだ記憶が唐突に蘇ってくる。

 ウォータースライダーにプール、つまりここは――、


「ウォーターパークだね」


 いつの間にか結衣のとなりにいた雛乃がつぶやく。


 ここでの彼女の姿は現実のそれとは大きく異なっており、紺色のシャツに短めのプリーツスカート、その上から茶色のレザーアーマーという出で立ちをしている。

 緋髪ひはつが陽の光に煌めいており、後頭部では一まとめにされた髪の束が馬の尾のように揺れていた。

 イオアンナ、それが雛乃の電依だ。


「ただまあ……ちょーっと季節外れかな」


 雛乃はその赤色の瞳でもって、呆れたように辺りを見回す。


 周囲には売店が設置されており、『かき氷 350円 フランクフルト 250円』と書かれた看板が掲げられている。

 フィールドの気温は三十九度。

 周囲には風一つ吹いておらず、プールサイドを陽の光が焼き照らしていて非常に蒸し暑い。

 現実世界の季節は五月だが、この電依戦フィールドの季節設定は七月か八月というところだろうか。


(うへー……)


 結衣は鎧の中のインナーが汗でベタつくのを感じる。

 いくらエクエスが着ているのがガチガチの重たい鎧ではないとは言え、真夏の気候に金属の鎧というのは最悪の組み合わせだ。

 雛乃の方もそのレザーアーマーの下が蒸すのか、やや不快そうな顔をしている。


 やがて決まり通り、無機質な機械音声による5カウントが始まった。


「こんな蒸し蒸ししてるわけだし、さっさと終わらせようか」


 雛乃の白い手に木製の長弓が現れる。

 結衣も長剣を召喚して柄をグッと握ると、雛乃へと剣尖を向ける。


 両者共にアーツプログラムの召喚を終え、準備は整った。後はこの5カウントが終わり次第ゲームが始まる……というところだったのだが。


「ああそうそう、面白いもの見せてあげる」


 思い出したかのように雛乃がそう言った瞬間、突如菫色の光がほとばしり、彼女の両足を包み込んで何かを形作る。やがて光が弾けると、彼女の両足には赤い宝石が埋め込まれた黄金の靴が装着されていた。


「靴……?」


 首をかしげる結衣に雛乃は「まあ見てて」と言うとプールの方へと足を向ける。


 やがてプールの前に辿り着いた彼女はなんのためらいもなく、そのまま一歩踏み出した。

 まるで普通に地面を歩いているかのように、雛乃はプールの上を平然と進む。彼女が歩を進めるたび、水面に波紋が生まれた。

 その神秘的な光景に、結衣は思わず息を呑む。


「水の上を……歩いてる……!」

「これ秋名先輩が書いてくれたプログラムでね、オリオンの靴って言うんだけど、これを装備している間は、こうやって水の上を歩けるの」


 雛乃は得意げに水面の上で軽やかなステップを踏む。背景のウォータースライダーにさえ目をつむれば、その様はイオアンナの容姿も相まって、まるで湖の上で踊る妖精のようだった。


「すごい! 水上歩行用のプログラムなんて実際に使ってるの見たのは初めてかも!」


 珍しいプログラムに目を輝かせながら興奮気味に言う結衣を尻目に、雛乃はプールの中央までやって来る。そして、くるりとこちらを振り向くとニッコリと微笑んでみせた。


「じゃあ、始めようか」

「え?」

「だってほら、もう戦いは始まってるよ?」


 気づけば5カウントは終了しており、とうに戦闘開始を告げる『(ゼロ)』がアナウンスされていた。


 雛乃の手に矢が現れ、彼女はこちらに向かって弓を引き絞ると弦を放つ。


「ちょっ……!」


 突然の攻撃に虚を衝かれながらも、結衣は襲い来る矢を剣で弾き飛ばす。ゲームの中でなければこんな芸当できなかっただろう。

 その様子を見た雛乃はヒュウと口笛を吹くと、意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「やるね、渡瀬さん。でもまだまだいくらでもあるからね」


 雛乃は再び攻撃を仕掛けるため、その手に新たな矢を喚び出す。

 そうはさせるかと、結衣は雛乃に向かって足を踏み出そうとする。しかし、「あ」という小さな叫びと共に、慌ててその場に踏みとどまった。

 そうだ、雛乃がいるのはプールの上。彼女はプログラムのおかげで水の上に立っているが、自分はこのまま進めば確実にプールの底に沈んでしまう。


(だったらここから攻撃する!)


 結衣の剣が翡翠色の光に包み込まれる。スキルプログラムで水上にいる雛乃に遠くから攻撃を仕掛ける。それしかあるまい。

 その様子を雛乃は眇め見る。


「案の定来たね。そっちがその気ならこっちも使わせてもらうよ」


 そう言うが早いか、雛乃のつがえた矢の先端が菫色の光をまとう。彼女もまたスキルプログラムを発動するつもりなのだ。


 攻撃を仕掛けたのは双方ほぼ同時だった。

 結衣が振るった剣から放たれるリソースエッジ。

 対して雛乃が発動したのはスキルプログラム【タリスマニック・アロー】。菫色のオーラを帯びた矢が放たれ、翡翠色の刃と宙で衝突する。

 二つのエネルギーの塊がぶつかりあったことによって衝撃が発生し、プールの水が大きく揺れ、しぶきをあげて波打つ。


 果たして軍配は、雛乃のスキルプログラムに上がった。

 タリスマニック・アローはリソースエッジを打ち砕くと、わずかに勢いを落としながらも、そのまま結衣めがけて襲いかかる。


「ッ!」


 結衣は素早く横に飛び込む。

 次の瞬間、それまで彼女がいたプールサイドに矢が突き立てられ、小さな爆発と共にクレーターを作り出した。


 その光景を見て結衣は唇を噛む。


(やっぱり私のプログラムじゃ駄目か……)


 そこへ雛乃の声が飛んでくる。


「そう落ち込むことはないよ。今のスキルプログラムも秋名先輩が作ったものだから。あの人はプログラミングの天才。渡瀬さんが作ったプログラムじゃ相手にならないのは当然」


 声のした方を見ると雛乃は既に次の攻撃をと、こちらに向かって矢を構えている。


 ――このままここにいるのは危険だ。そう判断した結衣はその場から駆け出すと、こちらに向かって際限なく放たれる矢をかわしながら、近くの売店のカウンターへと飛び込む。


 その直後、凄まじい音と共に大量の矢がカウンターに突き刺さった。


 カウンターを背もたれに結衣は小さく息を吐く。いつの間にか腕には鮮血色の傷がついていた。どうやら攻撃は全てかわしたと思っていたが、いくつか当たっていたらしい。


(アーチャークラス……やっぱり厄介だな)


 電依にはクラスと呼ばれるステータスが存在する。

 クラスは筋力や敏捷性といった電依のステータスを決定する重要なものであるが、それと同時に武器への適性を決定する役割も担う。


 武器への適性は、高ければ高いほど武器の性能を引き出すことが可能となる。

 たとえば結衣の使うエクエスはソードマスターというクラスの電依だが、このクラスは剣属性の武器やスキルに対して最高の適性を持っており、剣を使った攻撃では本来の1・5倍もの威力補正を得ることができる。

 まさにソードマスターと名乗るに相応しいと言えるだろう。

 ただひるがえって弓や銃といった遠距離系の武器に対しての適性は恐ろしく低く、それらの武器を使った際は本来の半分程度の威力しか出すことができない。


 一長一短。

 クラスにはそれぞれ得手不得手が存在するのだ。


 一方で雛乃の使うイオアンナはアーチャークラスの電依であり、その名の通り弓属性の武器に対して最高の適性を誇っている。


 それでは遠距離戦において、ソードマスタークラスではアーチャークラスに対して不利かというと決してそんなことはなく、剣属性の遠距離攻撃プログラムさえ持っていれば、対等かあるいはそれ以上に戦うことができる。

 しかしながら、結衣が持っている遠距離用プログラムはリソースエッジのみ。それも酷い出来であり、とてもじゃないが雛乃のスキルプログラムを打ち破ることはできない。

 これが結衣と雛乃の()()()()()()()()()()()()だ。


 唯一希望があるとすれば、それは近距離戦だ。

 雛乃に近づくことさえできれば、結衣の手持ちプログラムであっても、弓をメイン武器に戦う彼女相手に対等以上に戦うことができるだろう。おまけにアーチャークラスの防御力は低いため、攻撃を当てさえすれば一撃で大ダメージを与えられる可能性がある。

 だからここはなんとかして彼女に近づく方法を考えなければならないのだが――、


 結衣はそっとカウンターから顔を覗かせて雛乃の方を見る。

 彼女はこちらに矢を番えながら、今もなお巨大プールの中央に陣取っていた。スキルプログラムで売店を吹き飛ばしてくるのではないかと警戒していたが、どうやら今のところその様子はなく、ひとまずホッと息をつく。

 しかし――、


(………………これ、どうやって近づいたらいいんだ?)


 普通に考えて、プール中央にいる雛乃に近づくにはプールを泳いで行く必要がある。

 だがそんなことをすれば、泳いで向かっている最中に狙い撃ちにされるのは自明だ。

 一瞬、リソースエッジを連発してプールサイドへ追い立てようなどと考えたが、このプログラムは書き方が良くないせいもあって、一発撃つごとに大量のリソースを消費してしまう。これでは万が一上手くプールサイドに追い立てることに成功しても、その時にはリソースはすっからかん。そこから何もすることができない可能性がある。

 それに上手くいかなければ、ただリソースを無駄遣いしただけで終わってしまうだろう。


 結衣はターミナルを立ち上げて、念のため手持ちのプログラムを確認する。だが、雛乃のように水上を歩くことができるような高度なプログラムは当然ない。


(よりによってとんでもない場所がフィールドに選ばれちゃったんだ)


 雛乃との電依戦は何回か経験があるが、これまでで一番相性の悪いフィールドを引き当ててしまったような気がする。

 プールの件もそうだが、フィールドには風一つ吹いていない。風さえあれば、矢の軌道に多少なりとも影響があったかもしれないが、それは到底期待できそうにもない。

 マシなフィールドを引ければ勝てる見込みもあるかと思って戦いを受けたが、どうやら完全に裏目に出てしまったようだ。


(こんなことなら、もう少し真面目にプログラミングを勉強しておくべきだったか……)


 そうすれば高威力かつ低リソースな遠距離攻撃プログラムが手元に沢山あって、こんな窮地もあっさりと乗り切ることができたかもしれないというのに。

 そう後悔するが、今はないものねだりをしている状況ではない。


 結衣は腕の傷を撫でながら、視界に表示された体力ゲージを見る。わずかにダメージを受けた結衣の体力ゲージと、依然として無傷の雛乃の体力ゲージ。体力の上では小さな差だが、二人にとっては間違いなく大きな差だった。


 試合時間は残り十三分。このまま時間が過ぎて試合が終わってしまえば、残り体力によるジャッジで結衣の負けとなってしまう。

 おそらくそれが分かっているからこそ、雛乃もプール中央から動かないのだろう。もし彼女がこのフィールドに来た時点で、この状況を作り出すことを考えていたのだとしたら、中々の試合巧者だと結衣は思う。


 兎にも角にも、せめて雛乃に一太刀でも浴びせねば、結衣の敗北となる。

 しかし、雛乃に近づく手段はなく、手持ちのプログラムには彼女に対抗できるようなものは存在しない。


 完全に詰んでいる。


 そう理解した瞬間、結衣は静かにうなだれた。

 負ければ雛乃から透子の住所を聞き出すことはできない。それとも、もし負けても彼女は慈悲で教えてくれるだろうか。

 そんな情けないことを考えていた時、ふと透子の言葉が脳裏によぎる。


『手持ちのプログラムで使えるものがなければフィールドにあるものを上手く使う。電依戦の基本でしょそんなことは』


 あの時は鼻につく言葉だと思ったが、この絶望的状況の今ならダメ元で、すがってみたくなるというものだ。


(考えろ……)


 結衣は目を閉じて記憶を辿ると、ここに来てから今まで見てきたものを想起する。透子の言葉通り使えるようなものはこのフィールドにあったか?


 ……そんなものはここには――、


(ああ! これ!)


 あるではないか。まるでこのために用意されたのではないかと思わず勘ぐりたくなるような物が。

 迷っている暇などない。

 結衣は急いで、身につけている鎧を脱ぎ始めた。

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