誰かを頼るということ
私から取り上げた書類にさっと目を通すと、お兄様はじっと私を見た。・・・な、なにかな?
「なぜこれを探していた?」
「それは・・・」
いずれ父親の領地での不正が暴かれて華麗に没落するので、それを防ぐために二重帳簿を探していました。・・・とはまさか言えない。
二重帳簿を見つけたら、お兄様経由でフリッツあたりを動かして、おじい様のところへ遊びに行くと称して助けを求めに行こうと思っていた。ちょっと苦しいけど、「お父様のへやでこっそりあそんでたら、みつけたけど、これなあに?」的なふるまいで。・・・やっぱり苦しいな。
「シルフィア?お前はこれが何かわかっているね」
何と15歳のお兄様から嘘をつけない圧を感じるなんて。
「・・・はい」
「ルートの乳母のときも感じたけど、シルフィアは年齢不相応な分別があるね。・・・何を隠しているのかな」
お兄様の声は穏やかで私を咎めているわけではないことは伝わってくる。それでも前世の記憶があって、そこでこの世界を舞台にしたゲームをやっていたからだなんて言えるわけがない。
「言えない?」
「・・・はい」
「そうだね、今はこちらをどうにかするほうが先かな」
お兄様はそっとため息をついてとりあえず見逃してくれた。
「お兄様は、このことがわかっていたの?」
「まあね。怪しいと思って何とか調べようとしていたんだ」
話を変えてしまおうと聞くと、お兄様は苦笑したけど、私の意図に乗ってくれた。何と、齢15歳にして父親の不正を疑い調べようとしていたのか。まだ王立学院も卒業していないはず。何という聡さか。・・・私に思われたくないだろうけど。
でもこの聡さを知って察しがついたことがある。実はゲームの中では、ルートが我が公爵家の跡取りとなっている。ではお兄様はどうなっているのか。王立学院卒業直前に急な病を患い、人前に出ることができなくなって、領地で静養することになり、跡取りから外れているのだ。
お兄様は、お父様を告発しようとして病気ということにされたのではないだろうか。・・・あの父親ならやりかねない。しかし、そんなことはさせてはいけない。あの両親から生まれたとは思えない、この聡く優しい兄をそんな道にすすませたくない。父親の先を行かなければ。
「お兄様。これを持って明日にでもおじい様のもとへ行ってください」
「え?」
「フリッツに言えば何とかしてくれる、でしょう?」
強い意志を込めてお兄様を見つめると、お兄様は少し考えるような仕草をした後、頷いた。
「そうだな。早いほうがいいかもしれない」
そして、私の頭をぽんぽんっと軽く叩くと、
「とりあえず今夜はもう寝なさい」
優しくうながしてくれた。確かにこの体ではもうこの時間は眠くてたまらない。
「はい、お兄様」
素直に頷くと、いい子だというようにお兄様は微笑んだ後、ふっと真剣な表情になり、
「お前は何も知らないふりをしていなさい」
私の目をのぞきこむようにして言った。
「はい、お兄様」
これからのことはお兄様とお祖父様に任せれば何とかしてくれる。後で思い返すと、現世で初めて他の人を頼ろうと思った瞬間だった。