まずは身近な問題から
食事を終えてアンナが片付けに部屋を出て行った隙に私は部屋を抜け出した。目指すは、生まれてまだ数か月の弟の部屋である。
うちの両親は、貴族とはそういうものなのか子への関心が薄く、私のもとへほぼ顔を見せない。それは兄弟たちにも同じようで、生まれたばかりの弟のこともほとんど気にかけていない。
跡取りとしては兄がおり、私は政略結婚に使うことができる。両親は、弟のことは兄のスペア程度に考えているようで、上の2人よりもさらに関心がない。
それが、ある事態を招くのだ。弟の部屋にたどり着いた私は、そっとそーっとドアを開けて、中の様子を伺う。薄く開けたドアの隙間から、赤子の泣き声が聞こえてくる。
「ちっ。わずらわしい」
乳母として雇われたはずの女が、舌打ちをしながら弟に近づくのか見える。どうなんだ、その態度は。そう、これが問題なのだ。手荒に弟を扱う乳母を見ながら、ゲームのことを思い出す。
雇い主の監視の目のない中で、やがてこの女の行動はエスカレートしていく。そのうち後に雇われた家庭教師も一緒になって弟には虐待のような教育が施されていく。
そうやって育ったルート・バルケネンデは、家を出て通い始めた王立学園で、ヒロインと出会い、与えられた傷を癒していく・・・。
って酷過ぎるでしょう。自分の処刑回避のためというだけじゃなく、これは絶対に回避しなければいけない。また拳を握りしめていると、
「何をしているの?」
静かに声がかけられて、思わず声をあげそうになった。
「っ!」
後ろから声をかけた誰かに掌で口元をおおわれて、そのまま抱き上げられる。なにやつ!?と顔を見上げると、
「おにいしゃま・・・?」
少し年の離れた兄が私を見下ろしていた。私を抱き上げた兄ルカスは、黙って私を抱き上げたまま歩き出す。どこに行くのだろうと思っていると、弟の部屋から少し離れた部屋のドアを開けて、中に入った。
たぶん、兄の部屋だなと判断している間に、兄が私をソファへとそっと下ろしてくれる。
「あんなことになっていたんだな」
そうつぶやく兄は、まだ12歳になったくらいのはずなのに随分大人びていた。地位と環境が彼を大人にするのだろうか。まあ、幼児の私に思われたくないだろうけど。
この兄についても気になるところはあるが、今はまず弟だ。
「あのひと、だめ」
あのまま監視の目が行き届かない状態であの女に任せていては必ずエスカレートするから、乳母は変えるべきだ。
なぞとまだ言えない私の口では、これが精いっぱいだ。伝われ・・・!
「そうだな。フリッツに言って変えさせよう」
聡い兄にはしっかり伝わったらしく、すぐに頷いて我が家の執事の名前をあげた。しかし、兄のような子供が言って(これまた私に思われたくないだろうけど)、しかも使用人相手で変わるものだろうか。
こちらの不安を見透かしたように、
「あの人達は、家の中のことに興味はない。使用人のことも含めてフリッツに任せっぱなしだからな」
フリッツに言えば大丈夫だ、と兄は説明してくれる。フリッツは先代からの使用人だから信用できるとも。
「もう心配はいらない」
覗き込んできた兄に、こくりと頷いてみせると、兄は初めて笑ってくれた。・・・あの両親から生まれて、この環境で育ってこの人はなぜこう育ったのだろう。
「私の周りの人間は、おじい様が選んでくれたからな」
私の頭をなでながら言われてまた頷きながら、この人とそのおじい様は信頼できるのかもしれないと私は思った。
それにしてもお兄様、私の心を読んでいるの?