もう逃げないと心に決めた
あれから結局ミア嬢は、ノルデン先生にみっちりお説教され、実家であるカルス男爵家にこれまでの行いが学院から告げられたと聞いた。一部始終を知ったカルス男爵は、慌ててミア嬢を学院から呼び戻した。これ以上うかつな行動を取られたら、男爵家ごと没落するかもしれないと危惧したらしい。
学院内での行いは、外の社交界での行いほど厳しく問われないけれど、それでも不問に付されるわけではない。学院内での処分は当然あるし、程度によっては将来に差し支える。もちろん実家にだって影響し得る。
とりあえず休学ということになったけど、ミア嬢はカルス男爵家の領地に送られたらしい。学院を卒業していない場合貴族としての生き方は難しいが、カルス家は、嫡男がいて跡取りは問題ないし、男爵家だと令嬢は裕福な商家に嫁ぐこともあるらしく、将来的にはミア嬢をそうさせようとカルス男爵家の当主は思っているようだ。
そんなミア嬢の行く先をなぜか詳細に知っていて、先日の騒ぎに巻き込まれた私達に説明していたコルネリスが、
「シルフィアが望むならもっと厳しくできるけど」
話の最後にさらりと言い出した。
・・・どうやって?どんな風に?コルネリスの提案に内心慄き、
「いえ、十分でしょう」
慌てて私は言った。
「そうか?」
そのアルカイックスマイルが怖い。だけど、フロリーナはその隣でおっとりと微笑んでいる。・・・いいパートナーになったな、ほんとに。少々現実逃避的にそんなことを思っていると、
「私はどうも見る目がないことがわかりましたので、私の婚約者はシルフィア様に紹介していただこうと思います」
エルベルトがとんでもないことを言い出した。
「え・・・?」
何を言い出すのだ、君は。確かに今回のことからすると君の選球眼には不安があるが、だとしてもご両親に選んでもらえ。内心でそんな突っ込みを入れていると、
「両親にもそれがいいと言われました」
エルベルトは付け加えたので、
「ああ、そう・・・考えとくね」
思わず安請負口調になったのは許してほしい。
コルネリスの唇のはしが笑いをこらえてひくひくしているし、ラウレンス様もおかしそうな表情が隠しきれていない。
「私も気にしておこう」
もったいぶって言ってみせたラウレンス様の声は少し震えている。
「それにしてもシルフィアったら何を不安そうにしていたのかしら?」
いつものようにおっとりとフロリーナが言い出した。
「え?・・・そんなことはないけど」
仮病がばれたか!?と私は内心焦って否定した。
なのに、今度はラウレンス様が、
「不安だったのか?」
と私の顔をのぞき込んてきた。
「そんなことはありません」
何とか取り繕って笑顔で否定してみたけど、ラウレンス様はじっと私を見つめているし、フロリーナは、
「不安そうでしたわよ」
あくまでおっとりと、なのにどこか否定を許さない口調で言った。思わぬフロリーナの攻勢に言葉を失っていると、フロリーナは、コルネリスと目配せを交わした。
「お2人でゆっくり話したほうがいいでしょう」
コルネリスは言うと、状況が飲みこめない顔をしているエルベルトを引っ張って、フロリーナと連れだって行ってしまった。
「コルネリスとフロリーナは気が利くな」
そんな3人をラウレンス様は、苦笑して見送っている。
そして、ラウレンス様は、
「さて、シルフィア」
私のほうに改めて向き直った。
「私の何がシルフィアを不安にさせたのかな」
そんな風にまっすぐに言われると、私も曖昧に否定して逃げることはできない気分になる。だけど、今ここで前世の記憶の話などできる気はしない。
「・・・ラウレンス様もミア嬢と親しくなられたような気がいたしまして」
「そんなことはなかっただろう」
心外そうにラウレンス様は否定した。
「でも、私見たんです。ミア嬢が猫を木の上から助けているところへラウレンス様が通りがかったのを」
そして、ラウレンス様がミア嬢に微笑みかけるのを。
「・・・ああ、あれは」
少し考えた後で思い当ったようにラウレンス様が頷いた。
「シルフィアを思い出したんだ」
「私?」
「ああ。幼い頃、シルフィアと共に木に登ったことがあっただろう」
・・・お恥ずかしながら。
「ありましたね」
「あのときのことを思い出していた。・・・あの頃はもっと近くにいた気がするな」
「ラウレンス様・・・」
「これからはもう少し2人に時間を取りたいと思っているが、どうだろう?」
私はラウレンス様とコミュニケーションを取ることから逃げていたかもしれない。
「はい」
これからはもう逃げない、と決めた。




