やってしまった・・・。
この世界で初めてみた海は美しかった。
お兄様は学院があるから来られなかったけど、王家はルートも招待してくれて、お母様と3人で離宮に行くことができた。ラウレンス様は、嬉しそうに私を離宮の隅から隅まで案内してくれ、離宮のそばの砂浜(前世で言うプライベートビーチ的なもの?)にも連れて行ってくれた。
到着後数日でお兄様からお手紙がきた。そこには、私が言ったとおり、バルケネンデ家の別荘へと向かう途中の崖が崩れたとあった。私の話を聞いたお兄様がおじい様と相談して、嵐があった翌日は崖の下の道の通行を禁止するよう調整していたため、人的被害はなかったそうだ。
ゲームのイメージが強すぎて、他の誰かが同じように事故に遭うことを考えつかなかった自分が悔やまれたけど、さすがお兄様。誰も事故に遭わずにすんで本当に良かった。
無事に王妃の死亡フラグが回避できたと知って、私は心おきなく離宮と海を堪能していた。ラウレンス様に兄弟はいないけれど、ルートにもよくつきあってくれて、ルートもご機嫌だった。王妃とお母様に見守られて過ごす日々はとても楽しかった。・・・だから、私は油断していたのだ。
最後の日、私は、ラウレンス様と海に行った。ルートはお昼寝タイムだったから2人だった。侍女や護衛の騎士はいたけど王妃とお母様も来なかった。侍女達と少し離れて、ラウレンス様が、
「話があるのだ」
と言い出した。
「どうされました?」
言い出したものの、少し黙ってしまったラウレンス様に助け舟を出すと、ラウレンス様は大きく息を吸った。
「私のこんにゃくしゃになってほしい」
「はい?」
「父上と母上のようにともに国を支えてほしい」
何だかずいぶん固いプロポーズだな。王か王妃と相談したのかしら。私の思考が現実逃避に走る。
「私としょうがいともにいてほしい」
・・・これは王妃と相談したのかしら。さらに現実逃避が深まる。
「だめだろうか」
この年でこんなプロポーズができるとはおそろしい。この世界ではやはり早く大人になるのだろうか。
しかし、私の中の大人がこの年の子と婚約ということへの激しい拒絶感を訴える。が、この世界でもう1度育ち、自我が確立されていくにつれて、自分の中に現世での自分というものができているのも感じている。現世の私はラウレンス様と同い年だ。確かに嬉しいと思う自分もいた。
そして、
「シルフィアは私のことがいやか?」
不安そうにこちらを覗き込んでくるラウレンス様に、相変わらず私は弱いのだ。
「いいえ。・・・ラウレンス殿下。つつしんでお受けいたします」
教え込まれたカーテシーと共に答えた私に、ラウレンス様はほっとしたように笑う。
「良かった。これでずっと一緒だ」
嬉しそうに笑うラウレンス様を見ているとなんだか私も嬉しくなってくる。ほんわかした気持ちのまま、私はラウレンス様の伸ばした手を取って2人で手をつないで離宮への道をたどった。侍女や騎士たちの温かな目がくすぐったい。
・・・そう、私は忘れていたのだ。あの幼い日、初めてラウレンス様の名前を聞いて、前世の記憶を思い出した日から忘れたことなどなかったのに。この大事な瞬間に、自分が避けるべき事態をすっかり忘れていた。
離宮に戻って、2人のつないだ手を見た王妃とお母様に微笑まれまたくすぐったい思いをし、目が覚めたルートと遊んだり、皆で食事をして、その日の終わりに自分に与えられた部屋に帰ったとき。
「しまった・・・」
ようやく私は、自分が何を避けようとしてきたのかを思い出して頭を抱えることになった・・・。何をやっているのだ、私は・・・。