すべてのはじまり
書いてみたかった王道悪役令嬢ものをついに書いてしまいました。詰めの甘いところ等あると思いますが、広い心でお読み頂ければ。さらっと楽しんでいただければ幸いです。
私には2つの人生の記憶がある。
気がついたときからそうだったので、それが当たり前だった。私の中の2つの記憶は自然とそこにあって意識したことすらなく、現世での記憶のほうが鮮明だったけど、それでももう1つ記憶はあった。
とはいえ、現世の世界と前世の世界は全く別のもので、何の関係もない。そう思っていたけれど。
「らうれんすでんか?」
父に告げられた名前を聞いたとたん、前世の記憶が一気に解き放たれ、その記憶の奔流に眩暈がした。
まだ小さな体は耐えられず、私は意識を手放した。
「・・・ありえにゃい」
「シルフィア様?」
意識が戻ったとたんつぶやいた声に、反応する声があった。
「お気づきになられましたか」
のぞきこんできたのは、生まれたときから傍にいるアンナだった。父も母もほとんど顔を見せない中で、唯一私を気遣ってくれる存在かもしれない。体を起こそうとするとアンナはそっと手を添えてくれた。
「ご気分はいかがですか?」
「だいじょぶ」
頷いた私をまだ心配そうにアンナは見て、
「念のためもう1度お医者様に診ていただきましょう」
と言った。
「のどかわいた」
その前にと訴えると、アンナはベッドサイドにあった水差しから水をコップに注ぎそっと差し出してくれた。私がそれを飲み干すと、もう1度私に横になるよう促して、アンナは医者を呼びに出ていった。
・・・少し整理しよう。
これまで、前世で生きた世界は、現世とは関係のない世界の記憶だと思っていたのにそうじゃなかった。ここは前世でプレーした乙女ゲーム『花咲ける乙女の祈り』の世界だ。
・・・そんな馬鹿な。
現実逃避に自分に突っ込みをいれてみるが、そんな場合じゃない。なぜなら、その世界で、私は破滅を約束された悪役令嬢だから!
・・・ほんとそんな馬鹿な。
現実のままならない恋とは違う乙女ゲームも楽しんでたし、ネット小説だって好きで読み漁ってた。
だけど、これはない。
あれはフィクションだから楽しめたのだ。誰が現実にその世界に生まれたいと言った。
しかも、悪役令嬢として。
そう、悪役令嬢として。
大事なことだから2度言ってる場合でもない。
情報を整理しなければ。今こそ前世でこなした業務で培った力を発揮するときだ。それまでぼんやりとしていた前世の記憶が奔流のように脳内を駆け巡ったきっかけになった名前はラウレンス・ブルクハウセン。そして、私の名前は、シルフィア・バルケネンデ。駄目押しに生まれたばかりの弟の名前は、ルート・バルケネンデ。
うむ、上から攻略対象、悪役令嬢、攻略対象と名前が一致、と。
何より鏡の中で見つめ返してくる、この顔だ。はい、このまま無事に育てば立派な悪役令嬢、シルフィア・バルケネンデとなるでしょう・・・!やけになって脳内で拍手などしていると、
「お嬢様、どうなさったのです鏡など」
アンナが医者を連れて戻ってきた。
「・・・なんでもにゃい」
その後私は医者の診断により、あと1日念のため安静にするように言われて、ベッドの中で過ごすことになった。