7話 亜神楽の目論み
「甘ヶ崎を入部させる。これが今のとこの目標になる」
亜神楽はそう言った。
「じゃあ、何故検討なんて言った? 結局のところ、それを決めるのは甘ヶ崎本人だろ?」
「決めさせた方が確率が高いだろ? 強引に入れるより、入ってもらった方が後々面倒じゃねぇのさ」
「いや、それじゃ結局入らんだろ」
だが、亜神楽はノンノンと人差し指を振ってみせる。
「いいや、入るね。入らざるを得ない。何故なら、成績がもうビックリするくらい上がるからさ。それを一度経験しちまったら、もう元には戻れない。人に最初から備わっている恐怖ってのは、落ちる恐怖と大きな音に対する恐怖の二つしかねぇのさ。一度でも多くの人の上に立った奴は、そこから陥落することに怯える。だから今回のテスト、俺たちが甘ヶ崎の成績を上げさえすりゃあ彼女は絶対に応援団部に入る」
「上がらなかったら?」
「上げなきゃならねぇの。まず、これが前提」
「前提が高いな……ちなみに甘ヶ崎の成績を上げる策はあるのか?」
「さぁ? 取り敢えずどんなもんか明日見てみようぜ?」
「……ノープランかよ。いや、お前らしいといえばらしいが」
「まぁ、大丈夫っしょ? それに俺たちが彼女に協力するのは今回だけだし。あいつが次のテストで協力を仰いできても、それに協力はしねぇよ。応援団部に入る気もない奴に協力なんかしても意味ねぇからな?」
その言葉に、俺は納得してしまった。
「……なるほどな。今回断られたとしても、成績さえ上げられればチャンスは来るということか」
「そーいうこと。それに成績の悪い奴を応援団部に置いておく事の方が、後々面倒だ。甘ヶ崎が応援団部に入るかどうかはともかくとして、入れるならどっちにしろ成績は上げてもらわないと困るってわけよ」
「理解した」
「うむ。よき」
そんな会話をしていると、横からオズオズと相沢が手を挙げる。
「あの……二人が話してる意味がよく分からないんだけどさ」
それに俺と亜神楽は顔を見合せ……苦笑い。
「大丈夫よ相沢。そのうち嫌でも慣れるさ。学ラン着て生活してりゃ嫌でも思い知ることになるんよ。普通じゃいられねぇし、常に策を労さなきゃ不安なんだ」
笑ってそういう亜神楽に俺も頷いた。
「亜神楽の言う通りだ。お前はただ、自分の成績と継承のことだけ考えておけばいい。あとは俺たちがやるから」
相沢を安心させようとそう言ったら、途端に亜神楽が「あぁ!」と、絶望的奇声を発した。
「……どうした」
「忘れてたぁぁ。……そうか、相沢の成績も上げなきゃならねぇんだよな……」
「いや、そうだろ」
「しまったぁぁ。……甘ヶ崎については、咎士に任せようと思ってたんだ。ほら、俺って授業中寝てるから内容把握してないしさ」
「自慢気に言うなよ。それ恥ずべきことだから。あとお前、俺だけに押し付ける気だったのな」
「押し付けるわけじゃなく、任せるんだよ」
「言い方の問題だろそれぅぇ……」
それでも、さすがの亜神楽も渋い表情をした。俺たち応援団部は、教師からあまり突っ込まれ無いため好成績をキープしなければならない。勉強はしなくてはならないのだ。その上でさらに、入部してくれた相沢と入部させるための甘ヶ崎に勉強を教える……なかなかに難易度は高そうではある。
「僕……忘れられてたんだね。ははっ」
そんな俺たちを横目に分かりやすく落ち込む相沢。そんな彼の肩に亜神楽は優しく手を置く。励ましの言葉でも掛けてやるのかと思ったが、顔は俺の方を向いていた。
「まぁ、咎士なら何とかするっしょ?」
投げやがった。というか、亜神楽は元々全部俺に投げるつもりだったようだし、そのスタンス自体は変わってはいない。むしろ清々しくさえあった。だからこそ腹立つなぁ、おい。
「そんなに頼られても困るんだが」
「またまたぁ、咎士好きでしょ? そーいうピンチ」
「ピンチが好きな奴なんているのかよ」
「ドMだかんなぁ、お前。窮地に追い込まれれば追い込まれるほどに力を発揮する。咎士が継承してる『鼓舞』ってのはそういうもんだろ?」
「窮地に追い込んでるのは味方であるはずのお前からなんだが」
しかし、亜神楽は『咎士に一任しとけばなんとかなる』理論で解決と思ったのか、もはやその顔に不安はない。俺はむしろ不安しかない。
「献上くん、信頼されてるんだね」
「相沢……これ信頼じゃないぞ……。普通に理不尽な無理難題押し付けられてるだけだからな」
「でも、亜神楽くんがこんなに笑顔で任せるって言ってるんだよ? 僕じゃあ、とても頼まれないよ」
「相沢……こいつは、ダメだった時の責任を俺に押し付けてるだけだぞ……。騙されるなよ」
「騙してねぇって。相沢、咎士は『鼓舞』継承者だ。それを継承してる奴等ってのは、ピンチであればあるほど、絶望的であればあるほどに能力を発揮する火事場の馬鹿力みたいな奴等なんだ。だから安心しろって」
褒められているようで、ディスられているような気がするな。
「そうなんだね。……じゃあさ、亜神楽くんにもそういうのあるの?」
それに亜神楽は不本意な笑みで頬を掻いた。
「あー、まぁ……俺の継承してる『煽動』ってのは誰かと対立することで力を発揮する、らしい」
「へぇ……なんか全然違うんだね」
「よく言うだろ? 怒られて伸びるタイプと褒められて伸びるタイプがいるって。人によって力が出せる環境ってのは違うのよ。その二択で言えば、俺は褒められて伸びるタイプ。咎士は怒られて伸びるタイプ」
「じゃあ、僕は?」
「相沢が継承しようとしてるのは『激励』だったよな? 激励継承者も鼓舞継承者と同じように怒られて伸びるタイプだったと思うけど」
それに相沢は愕然とした。
「どうしよう……僕、全然違うんだけど。人から怒られると、いつも萎縮しちゃうんだ。プレッシャーがあると緊張して何も上手くいかなくなる。その激励って……本当に僕に合った技なのかな……」
「お前も診断受けたんだろ?」
「診断……?」
それには俺が捕捉説明をしてやることにする。
「言っただろ。社義先輩から受けた質問だよ。あれでだいたい継承する技が決められてる。あの質問に嘘をついてなければ、相沢が最も合ってるのは激励で間違いない」
それでも、相沢の不安は消えなかった。
「そう、なのかなぁ……僕、その激励を修得出来ずに……女子テニス部から変態扱いされるだけじゃないのかなぁ……」
どうやら、相沢の不安は技を修得出来るかどうかではないらしい。まぁ、無理もない。相沢がやらされていることは、一歩間違えば高校生活を台無しにしかねないことではあるのだから。
「そんときゃあ、諦めて変態になっちまえ。それでも俺たちの友情は永遠だかんなっ」
「亜神楽ぐぅぅん」
嘘だ。亜神楽は、自分に不利益が及びそうなら簡単に他人を切り捨てる。そうなったらきっと、相沢なんて無視されるに違いない。
まるで息をするように嘯く亜神楽に、俺は何も言えなかった。
代わりに俺は決意するのだった。どんなに相沢が見放されようと俺だけは絶対に見放さない……と。
「よぉし……明日はもっと大きな声で頑張るぞぉ。女子テニス部の奴等に、僕がいかに変態であるかを思い知らせてやるんだ……よぉし……よぉし……目指せ110番通報!」
よぉし、絶対に見放さないぞぉ……絶対だ。ぜぇーったいに見放さないぞぉ。ホントのホントに見放さないぞぉ……。
それでもし、テレビのインタビューとか来たら言ってやるのだ。相沢はそんな奴じゃないと。
そんなことする奴には見えなかった、って。これは絶対だ。