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6話 甘ヶ崎鳴海の夢

「さぁて……何か言いたいことは?」


 応援団の部室。目の前の机に座る甘ヶ崎。亜神楽が持ってきたノートパソコンの画面には彼女が部室を荒らしている姿がバッチリ映っていて、それを本人に見せながら問いかけた意地悪。


「チッ……反省してまーす」


 だが、甘ヶ崎は言い訳をするどころか開き直ってあからさまな舌打ちをした。


「うっわぁ……隠す気もねぇのかよ。つーか、隠せよ。主にその態度を」

「だって、ここまで確実な証拠見せつけられたらもう詰んでるし。なに? 弁解でもして欲しいのん?」


 強気な甘ヶ崎は、そう言ってこちらを睨みつけてくる。


 それには流石の亜神楽も苦笑いをするしかない。


「探してたのは、応援団部に伝わるノートか?」


 そう聞けば、甘ヶ崎はコクリと頷いた。


「補習とか受けたくないし! というか、勉強したくないし!」

「それだけの理由で犯行に及んだのか」


 亜神楽が詰め寄るが、バンッッ! と机が叩かれ、彼女の反抗的睨みがさらに鋭くなった。


「それだけって何だよぉ! せっかく早く帰れるチャンスを勉強なんかで無駄に出来ないし! 私にはやらなきゃならない事があるの! 済ませなきゃならない事があるの!」


 ムキになって腰を浮かせる甘ヶ崎だが、その発言にはなんの正当性もない。


「なんだよ、そのやらなきゃならないことって」

「それは……」


 甘ヶ崎は、それに言い淀んでから座り直し、少し視線を逸らして一言。


「……ゲーム」


 もはや、呆れる他ない。


「まっ、待って! 君たちはゲームというものを誤解してると思うんだけど、ゲームって凄いんだよ!? ただ遊ぶだけじゃなくて、人生の勉強にだってなるんだよん!」

「……聞いてないんだが」

「聞いてもらわないと困る! これが理解出来たなら、きっと君たちにだって分かるはずだもん!」

「部室を荒らしたことを、か? それは無理があるだろ」

「無理じゃない! だって、ゲームって素晴らしいから!」


 そう言うと彼女は椅子から立ち上がり、ファイティングポーズを取った。タンッ、タンッと軽いステップ。もはや、俺たちに理解して欲しいのか、俺たちと敵対したいのか訳が分からない。


「待て待てって! 俺たちは別に甘ヶ崎を責めたいわけじゃねぇんだ!」

「問答無用ぉ! 君たちの記憶を消して、パソコンも壊す!」


 そして、甘ヶ崎は華麗なジャンプによって、そのまま亜神楽の後頭部に蹴りを入れた。それがあまりにも綺麗だったからか、それともあまりに現実離れしていたからなのか、俺も亜神楽も動けぬまま。


「がっ……!?」


 タンと着地する甘ヶ崎。気絶する亜神楽。それはまるで当然の如く目の前で行われて、着地した勢いそのままに甘ヶ崎が二段目の蹴りを俺へと向けてきた。


「おい! 止めろって!」


 その華奢な足を何とか止める。記憶を消してパソコンも壊すとか、どんな思考回路してるんだ!


「まだまだぁ!」


 甘ヶ崎は尚も追撃してくるが、それらを何とか止めていく。揺れるスカート、乱れぬ攻撃のコンボ。必死で止めながらおもったことは、コイツ運動神経良いんだなという場違い。

 

「やっ! ほっ! そりゃ!」


 立て続けの責めに俺はジリジリと後退る。だが、いくら部室が広いと言えども、無限に後退し続けることは出来ず、部室の隅に追いやられてしまう。もはや聞く耳を持たぬ甘ヶ崎。そんな彼女は、勝ったとばかりに笑みを浮かべて渾身の上段蹴りを放ってきた。


 止めさせるには、強引に彼女を止めなければならない。やりたくはなかったが、その細く肉付きの良い足をしゃがんで回避し、残っていた足を払う。


「びにゃっ!」


 しりもちをついた彼女にすかさず覆い被さり、マウントを取って両腕を掴んだ。


「いや……止めて!」

「止めて欲しいのはこっちだ」


 尚も抵抗し続ける甘ヶ崎。そんな時だった。


「――ごめんごめん。遅くなっちゃって」


 扉が開いて、相沢が現れた。彼はそのまま俺と甘ヶ崎を見つけ……無言で何かを考えていたが、ピシャリと扉を閉めてしまう。


 ……最悪だ。


 だが、その一瞬の隙を彼女は見逃さなかった。呆けた俺に上体だけを起こし頭突きを一発かまし。


「なっ……!?」


 そして、俺から脱出しようとする。


 だが。


 掴まえた彼女を離すわけがない。痛みに顔を歪めながらも何とか、離さずにいると――。


「……亜神楽、お前何してる」


 気絶したはずの亜神楽が、俺の前でカメラを回していることに気付いた。


「いーねぇ。そのままヤッちゃえよ。さらなる弱みになるから」


 なんてことを平気で言ってくる亜神楽。それに甘ヶ崎も気付き、恐怖の表情を浮かべた。


「……甘ヶ崎、抵抗はもう止めてくれ。別に俺たちはさっきの映像をどうこうしたいわけじゃない」


 ため息を吐いてから言ってやる。


「嘘。そうやって私をゆするつもりなんでしょ! 悪魔! この、人でなしぃ!」

「そんなことしない。確かにアレを見せたのには理由があるが、お前に危害を加えたいわけじゃあないんだ」

「理由?」

「あぁ」


 それから俺は、今日ここに甘ヶ崎を呼び出した理由を教えてやった。


「お前、応援団部に入らないか?」

「……はぁ?」

「応援団部は今現在三人しかいない。廃部にされてもおかしくない。だから、何とかして部員の補充をしたいんだ」

「応援団なんて……わたしっ」

「入ってくれるだけでいい。名前を貸してくれるだけでもいい」

「なんで、そんなこと」

「もし入ってくれるなら、お前が心配してる成績だって何とかしてやる。まぁ、勉強はしなくちゃならないが」


 そこまで話すと、ようやく抵抗が収まり始めた。

 最初から説明すべきだったのだ。それをせずいきなり犯行映像を見せてしまったから、おかしなことになったのだ。


 無抵抗を確認してから、俺は甘ヶ崎から退いてやった。それで亜神楽もカメラを下ろす。


「悪かったな、ほれ」


 手を差しのべるが、その手を撥ね付けられ彼女は自分で立ち上がった。


「私は……部活をするつもりなんてない。だって……私は、プロのゲーマーに成るため腕を磨かなきゃならないもん」

「プロって……」


 思わず呟いた言葉の後に、彼女は諦めたような息を吐いた。


「私は本気。誰がなんと言おうとプロゲーマーになってみせる。時間は一秒だって無駄にしたくない。家から出たくないし、働きたくない」


 凄い決意に満ちた言葉。ただ、後半が残念に聞こえたのは気のせいだろうか……。


「働いたら負け!」


 気のせいじゃなかったな……。ただ、それを言いきる甘ヶ崎は、どこか格好よく見えてしまう不思議。


「だから、部活に時間を割いてる暇なんてない。そもそも応援団なんて今時ダサすぎ。なにがフレフレよ」

「んじゃあ、映像は学校側に渡しちまっても良いんだな?」

「それは……困る」


 亜神楽の言葉に甘ヶ崎は言い淀んだ。


「困る? むしろ、逆なんじゃねぇのか? 停学にしても退学にしても、お前にとっては飽きるほどゲームに掛ける時間が出来上がる」

「でもっ! それだと……ママが……」


 ぼしょぼしょと言い訳を募る甘ヶ崎。部室荒らしをバレされるのは嫌だが応援団部に入るのも嫌、プロゲーマーを目指しているが学校はちゃんと卒業したい、勉強もしたくないがテストで良い点は取りたい……彼女は何もかもがちぐはぐだ。全く一貫していない。


 迷いが、ズルズルと足を引っ張っているのだろう。夢と現実での葛藤が、彼女自身を曖昧にしてしまっている。


「もう一度聞くけどさぁ、お前、プロゲーマー目指してんだろ?」


 亜神楽の言葉にコクリ。


「それに親とか持ち出してんじゃねぇよ。成りたいなら、誰かを言い訳に使うなよ。そうやって親が、友達が、教師が、なんて言ってる奴ほど夢なんて叶えられねぇよ」

「だって……まだ高校生だし」

「はいはい、言い訳おつ。断言してやるよ。甘ヶ崎、お前はプロゲーマーなんかにゃあ成れやしない」

「はぁっ!? そんなの……やってみなくちゃ分かんないじゃん!」


 途端に口調が荒々しくなった。それだけは認めたくないのだろう。


 それでも亜神楽は肩を竦める。


「二兎を追う者は一兎も得られねぇ。お前が本当にプロゲーマーに成りたいのなら、今すぐにでも学校なんて辞めるべきじゃねぇの?」

「それはっ……」

「そんな覚悟もない奴が、プロなんて笑っちまうね」


 悔しげに甘ヶ崎は口をつぐむ。亜神楽の言ってることは……正直メチャクチャだ。学校の教育課程を受ける、というのは何も一兎を得るためのものじゃない。一兎を得られなくとも、卒業していさえすれば何かしら役に立つ……というのが真実だ。夢なんかなくても、望む未来がなくても、卒業してれば何かしら社会には加えてもらえる。だから、分かりやすくいえば卒業とは保険に過ぎない。夢が叶わなかった時の保険。それは、良い学校であればあるほど、良い成績であればあるほどに効果をもたらす。故に、誰もが取り敢えず卒業を目指すのだ。


 だが、亜神楽はその真実を勘違いしているわけじゃない。彼は敢えてそう言っているのだ。


 そうやって、甘ヶ崎に究極の二択を迫ることにより結論を急がせている。


 人は焦ると嘘をつけない。ついうっかり自分の本音を必ず出してしまう。


「でもっ……それでも……私は成りたいんだもん」


 何故そんなものに執着しているのかは分からない。だが、それでも我が儘をごねる甘ヶ崎には、それなりの理由というものがあるのだろう。その理由が強いからこそ、彼女は強く迷う。強く迷うからこそ、部室荒らしなんて愚行に及んだ。


 言っていることは一貫していないが、彼女の迷いは恐らく本物。


 亜神楽の真骨頂は、そうやって人の本音を炙り出す所にある。そうして晒け出された本音は、言い換えると弱味にもなった。


 プロゲーマーに成りたい。それは彼女にとって恐らく一番大切な部分。そこを掴まれてしまうのだ。


 その弱味は、部室荒らしの映像なんかよりも遥かに上を行く弱味。


 亜神楽は楽しげに笑っている。おおかた、この弱味をどう調理してやろうか考えているのだろう。こういう時、奴の頭の回転というのはフル稼働する。


「――なら、当初の目的に立ち返って考えてみようぜ? 甘ヶ崎は、テスト勉強したくねぇんだろ? だけどテスト前の勉強時間とテスト後の補習時間、どちらかを選べと言われたらどちらを取る?」


 そんなの決まりきっている。


「……補習はいや」

「じゃあ、テスト前の勉強時間を取るってことだよな?」


 問い詰められて、甘ヶ崎は渋々頷いた。


「よし、それじゃあこうしようぜ? 俺たち応援団部がお前の勉強に付き合ってやる。それで良い点を取れたら、応援団部に入ることを検討してくれ……ってのはどうだ?」

「だから、私は応援団部なんかに――」

「わかってるさ。だから、検討してくれるだけでいい」


 尚も否定しようとした甘ヶ崎だったが、亜神楽の言葉に小首を傾げた。


「検討……でいいの?」

「そう。考えてくれるだけでいいんだ。なんなら、考えた末に断ったっていい」


 ますます分からない、とでも言うよう。


「それで……いいの? 映像は?」

「もちろんバラさない。お前にとっちゃあ好条件だと思うが?」


 甘ヶ崎はポカンとし、それから何かをウンウンと考えていたが、やがて……。


「……わかった」


 承諾したのだ。


「なら決まりだな? 勉強の時間については、明日にでも話すから今日は帰っていいぞ」

「……え。本当にいいの?」

「良いって言ってんだろ? 俺の気が変わらないうち従っておいた方がいい。それとも全部バラして、ゲームする時間を増やしてやろうか?」

「わっ、分かった! 明日また来る!」


 そういうと甘ヶ崎はいそいそと立ち上がり、鞄を持って部室の扉に向かい、ガラッと開ける。


「……あっ」


 そこには、中腰で部室を覗いていたのだろう相沢がいたが……。


「いやっ、あの……僕はなにも覗いていたわけじゃ――」


 そんな相沢を無視し、甘ヶ崎は去っていく。残された相沢は気まずそうに頭を掻いてから、苦笑い、そしてこちらを見て。


「ちっ、違うんだよ! その……甘ヶ崎さんがヤられちゃうところを見ようとしたわけじゃないんだ!」

「相沢……お前の性癖はどうでもいいから入ってきていいぞ」

「あっ……うん」


 たぶん、相沢は継承の為に遅れたのだろう。


「継承は出来たのか?」


 聞くと、相沢は首を横に振った。


「なんか、訳の分からない事をやらされて『まだまだ足りない』とか言われて終わったんだよ」


 訳の分からない、というところには共感だ。この継承には、まったく理解できない特訓がついて回る。


 俺の場合、放課後はいつも社義先輩に連れられて遊んでいた。というより……遊ばれていた。いきなりラーメン屋に行って社義先輩が奢ってくれたのだが、頼んだのはとても食いきれそうにない特大盛。食べられないと言うと「吐くまでそれは信じない」と言われてしまった。いきなり町中を歩く女性を指差して「ナンパしてこい」と言われたり、そういえば教室に呼び出されて「一発芸をやれ」と言われたり……俗に言うパワハラである。それが、どうやら『鼓舞』の継承には必要不可欠だったらしい。俺はずっと、それを理由に社義先輩は俺で遊んでるものだとばかり思っていた。だが、実際はそうじゃなかった。


 今にしてみれば分かることだが、その当時は理解すらできなかった。


 ちなみに亜神楽は、町中にいる不良に毎日喧嘩を売ったらしい。それも彼の師匠による言い付けで。もちろん喧嘩などしない。その後は怒った不良共から死に物狂いで逃げたらしい。だから、亜神楽は度胸だけはある。……あと、普通に部活動生徒よりも足が速い。


「ちなみに……何をやらされたんだ?」


「なんか、女子テニス部が練習している所に向かって『僕は変態です』って何度も叫ばされた」

「また訳の分からないことを……」


 相沢には同情を覚えてしまう。そんなの、やれと言われても絶対に嫌だ。


 まぁ、だからなのだろう……。三年生の幹部たちは仲が良い。きっと彼らもそうやって理不尽ともいえる苦難を乗り越えてきた者同士だからこそ、仲を深められたのだ。


 亜神楽が喧嘩のことを、俺は無理難題のことを相沢に教えてやると、彼はとても驚いて拳を握る。


「僕も……頑張るよ!」


 明日もやらされるのだろう。女子テニス部に向かって変態告発……うん、頑張れとしか言えない。


 それよりも、である。


「亜神楽。さっきの話だが、目的は?」


 亜神楽が甘ヶ崎にしてみせた提案。その真意を聞く。


「まぁ、相沢も座れよ」


 そうやって相沢を促し座らせた後で亜神楽は話し出した。とても、楽しそうに。


「たぶん甘ヶ崎は応援団部に入ることになる。……いや、入ってもらわないと困るんだがな。その為の作戦を今から話すよ」


 その楽しそうな笑みは、とても意地悪く俺たちには写った。


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