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5話 幹部と変な設定

「ねぇ……献上くん」


 不安そうに相沢が呟いた。


「どうした……?」

「本当に入るの? ……ここ、三年生の教室だけど」


 そう言って、怯えた瞳で指差したるは三年生の教室。


 応援団部の三年生たちは既に引退している。故に、部室へは来ない。まぁ、相沢の気持ちは分からないでもないが、俺にとっては慣れてしまった事である為、上級生の教室に入ることに恐れはない。


「大丈夫。みんな優しいから」


 そう言ってやるが。


「でも、三年生だよ? ……あれだよね? なんかパシられたりすんだよね? 焼きそばパンなんか買ってこさせられたりするんだよね?」

「お前……それ、いつの時代の上級生だよ」

「かつあげとかされないかなぁ……僕、お金そんなに持ってないよ」

「なんで渡す前提なんだよ。ほら、アホな事言ってないで入るぞ」


 ため息を吐いてからカラカラと三年生教室の扉を開いた。


「二年の献上ですけど、社義(やしろぎ)先輩居ますか?」

「あぁ、応援団の後輩くん。いるよ。社義ぃー、後輩くん来てるよー」


 近くの三年女子が教室の奥に声をかけてくた。元応援団部の幹部社義(やしろぎ)治雄(はるお)。その人は、俺の師匠(・・)でもあった。


「献上か……! 入ってこい」


 三年女子の視線を追うと、そこにはブレザー姿の社義先輩。そんな彼の近くへと行くために教室へ入る。それに相沢もオズオズと付いてきた。


「お前、昨日喧嘩したらしいな?」


 流石は社義先輩。情報が早い。


「まぁ、成り行きで」

「アレは使ったのか?」


 社義先輩の視線が鋭くなった。それに俺は首を振ってやる。


「いいえ。使ってませんよ」

「そうか。……それで、何の用だ?」

「応援団部に新しい部員が入ったので、紹介しておこうかと」

「なにぃ!? じゃあ、まさかそこの君が……」


 それに、俺は後ろで怯えている相沢を先輩の前に立たせてやった。


「ほら」

「あっ、相沢努です! よろしくお願いします!」

 

 ド緊張のまま挨拶する相沢。その、あまりの初々しさっぷりに、周りの三年生たちが密かに笑った。


「そうかそうか。……ようやく新入部員が入ったか。……一応聞くが、応援団部が抱える事情は?」

「説明してあります。今日は挨拶と、『継承』について」

「うむ。……そうだな」


 そう言って腕組みをする社義先輩。彼はそのまま考え込んでしまう。


「……ねぇ、継承って何?」


 頭を上げた相沢は、じっと考え込む先輩を見てから俺に聞いてきた。


「応援団部には、古くから伝わる『応援秘技』と呼ばれる技がある。それは幾つかあって、一人に一つその技を受け継いでいるんだ」

「……なにそれ」


 呆然とする相沢。まぁ、当然の反応だろう。そんな中二臭い設定に呆れない方がおかしい。だが、それは残念ながら事実だった。


「相沢だったな? 君は……人が一歩を踏み出す時に必要なことは何だと思う? 勇気か? 信念か? それとも、後押ししてくれる仲間か?」

「……なっ」


 突然の問いに戸惑う相沢。そんな彼に俺は耳打ちしてやる。


「正直に答えとけよ?」

「え……あ、うん」


 それから相沢は少しだけ考え。


「やっぱり勇気……ですかね」


 と恥ずかしそうに言った。


「勇気か。では、その勇気の反対は何だと思う?」

「勇気の反対……怖さとかそういうものだと思いますけど。ほら、勇気が出せない人って臆病者ってよく言いますし」

「なるほど……では、お前にはその恐怖に打ち勝つため、何が必要だ?」

「恐怖に打ち勝つため……」


 そう唱えるように呟き、俺の顔を見てくる。困ったような顔。まるで、俺に答えを求めてくるかのように。だが、こればかりは相沢自身の答えでなければならない。


 だから何も言わずにいると、相沢は諦めてから何とか口を開いた。


「……たぶん、恐怖よりも強い気持ちが必要だと思います」

「気持ちか。では、最後に聞くがその気持ちは"喜怒哀楽"の中のどれに該当する?」

「喜怒哀楽……やっぱり"怒り"だと思います」

「怒りか。よく分かった。……では相沢、お前には『激励』を継承してもらおうか」

「げき……れい?」

「そうだ。その激励を継承してる奴だが……今日の放課後に紹介してやる。体育館の裏に一人で来てくれ」

「体育館……裏」


 相沢の声が震えていた。おおかた体育館裏という単語に、なにか善からぬことを想像しているに違いない。


「あの……一人でですか?」

「そうだ。その技というのは、誰にも知られてはならない秘技だからな」

「……一人」


 三年生の教室を訪ねたのは朝の一限目前のこと。あまり時間もなかった為に、俺と相沢は三年生の教室を後にした。相沢は教室を出てからも「一人」という言葉に頭を抱えている。


「……別にボコられたりしないから安心しろよ」

「献上くんも、その技って教えてもらってるの……?」

「ん? あぁ。一応『鼓舞』というのを教えてもらった。それを教えてくれたのが、あの社義先輩なんだ」

「なんなの……それ」

「まぁ、簡単に言うと『武術』みたいなものだ。応援団部は体育会系の部活でもあるから、そういったことにも通じてる。……というより、昔は他校の応援団部と抗争とかあったらしいから、その名残みたいなものだな」

「こっ、抗争……」

「体育会系の部活には試合があるだろ? その試合をする学校に生徒が殴り込んだり、殴り込まれたりがあって、それを担っていたのが応援団部だったらしい。体育会系の生徒が暴力沙汰なんて起こしたら、試合出場停止だからな」

「ふっ、不良だ……」

「だから、応援団部と生徒会は通じてた。生徒会は学校の治安を守り、応援団部は生徒の安全を守る……まぁ、それも昔の話。幹部と呼ばれてる人は、その技を受け継いでる人たちを差してる。何人かいるんだが、今や人数が少な過ぎて幹部を選定することも出来ない。だから、応援団部に入った時点で幹部候補生というわけだ」

「僕が……幹部……ふ、ふふ。この僕が……ふふふ……幹部」


 相沢は幹部を繰り返して、卑しく笑っていた。なんとなくその様子は……その『激励』を受け継いでる先輩に似ている気がした。


「ちなみにだけどさ……亜神楽くんも?」

「あぁ。あいつは『煽動』という技を受け継いでる」

「それってどんな技なの?」

「技というより……挑発に近いな? 相手を激怒させるやり方だ。あまり良い技とは思えない。一歩間違えば、自分も大ダメージだからな」

「怒らせるやり方」

「怒らせて動きを単調にさせる。力ませて弱くする、というのが『煽動』の技だ」

「なんか……凄そう」

「武術に例えて言ってはいるが、なにも暴力だけに使われてるわけでもない。本当に応援するために使われてたりする。だから……亜神楽は相手を煽ってやる気にさせる応援をする」

「そうなんだ……」


 そして、少し何かを考えていた相沢は最後にポツリと聞いてきた。


「応援団部って……一体なんなの?」

「知らん」


 その疑問に関して言えば、俺もまだ理解してはいなかった。


 俺も応援団部に入った当初、さきほどあった質問をされ、訳も分からぬまま『鼓舞』を教え込まれた。『鼓舞』とは、味方の士気をあげる技。それは、絶望的な状況に追い込まれた時にこそ発揮されるもの。どんなに暗い未来が目の前に在ろうとも、己だけは明るい未来を語り続けるというもの。そこには強い意志と信念が必要であり、それを行使する為の強靭な精神が必要とされた。


 だから、俺のやり方は普段では発揮されない。俺のする応援とは、挫かれた者にしか効果を示さない。


 応援団には他にも何人かの幹部がいて、状況や応援する人に合わせてやり方を変えるのだ。なにも「フレフレ」だけが応援じゃない。


「他にはどんな技があるの? なんかまだ、いまいち分からないんだけど」


 まぁ、そうだよなあ。俺は少し考えてから教えてやる。


「例えば、かつての女帝、神崎美保も幹部の一人だった。彼女が受け継いだのは『高揚』。高揚は矢面に立ち、味方を奮い立たせる技だ。昔で言えば、他校との宣戦布告が主な役目だったらしい。強い言葉で味方を活気づかせる応援方で、彼女はこの『高揚』の使い手の中では歴代最強だったらしい」

「最強……」

「聞いただけだが、生徒会立候補演説では彼女が話した後、全校生徒が立ちあがり、体育館が揺れるほどの大歓声に包まれた……らしい」

「そんなバカな……」

「まぁ、少し誇張し過ぎとは思う。ただ、その『高揚』の技を彼女は誰にも継承してない。いわば伝統の持ち逃げをした」


 そう話終えると、相沢は微妙な表情をしていた。


「なんか、聞いたらさらに謎が深まったよ……」

「だろうな」


 その気持ちはよく分かる。結局、何事もやってみなければ分からない。そして、やってみても分からない事は山ほどある。


 この応援団部という部活。いくらその全容を紐解こうとも、きっと俺もすべてを理解することは出来ないのだろう。


 ただ、言えることは――この応援団部は、だいぶ変わってる部活だということだけだ。

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