4話 新しい部員
「咎士さぁ、どーすんだよ? 廃部審査で署名集められなかったら即廃部だぜ?」
応援団部部室。そこで亜神楽がため息を吐いてみせた。
「申し訳ないとは思うが、悪いとは思わないな。そもそも、奴等が署名してくれるとは限らないし、むしろ署名で廃部を免れるとも思えない」
「んー。まぁ、そうなんだけどさぁ。転ばぬ先の杖って言っただろ? ただでさえ俺たちは生徒会から目を付けられてんだぜ? 支持くらい集めとかにゃあ、先行き不安よぉ」
そう言って腕組みをする亜神楽。彼は、昨日俺が『崇城様を崇める会』と喧嘩をしてしまったことについて言及している。俺たち応援団部が、犠牲者を出してまで姑息な応援活動をしていたのにはちゃんと理由がある。
それは、年度末に行われる部活の査定。そこで廃部にならないための工作活動だった。
現在、応援団部は二名しかいない。さらに二名では応援など出来るはずもないので、活動しても実績がない。そんな部活を生徒会が残してくれる保証もない。本当ならば部員集めをしなければならない所なのだが、学ランという要素があまりに足を引っ張っており、それを望むのは中々にしんどかった。
ちょうどそんな時である。
コンコンと扉がノックされ、カララと開く。顧問のサエちゃんかと思ったが、そこには相沢が立っていた。
「うわぁ……応援団部の部室って、こんなに広かったの!?」
開口一番出てきたのは部室への感想。
「何しにきた?」
問いかけてやれば、相沢はキョトンとしてから。
「え……なにって……昨日僕も応援団部に入るって言ったよね?」
「「なっ!?」」
ガタタッと思わず椅子から半立ちになってしまう。それは亜神楽も同じだったようであり、俺たちはゆっくりと顔を見合せた。
「……なにその反応。さっき入部届けだしたら、サエちゃん先生も驚いてたけど」
「ってことは……学ランの購入届けも出したのか?」
「うん。出したよ」
「うっは! マジかよ!」
そうして途端に元気になる亜神楽。そりゃそうだろう。部員が増えるというのは、廃部を免れる為の特効薬だからだ。
「お前、本気だったのか」
「うん。僕、感動したんだ。あの時、献上くんは告白をする僕を喧嘩してまで応援してくれたでしょ? なんかそれにグッと来たんだよね!」
「咎士ぃぃぃ……お前最高かよ!」
感動する相沢と亜神楽。はやく帰りたかった等とは口が裂けても言えなくなってしまった。
「座ってくれ。相沢……なんだっけ?」
「相沢努。」
「そうかそうか。座りたまえ、相沢くんよ」
そうやって椅子を引いてもてなす亜神楽。それに座る相沢。
「んじゃあ、今日は相沢に、今の応援団部の現状を教えとかなきゃならねぇよな? あとは『幹部』にも挨拶だが……明日咎士が連れていってくれ」
「あぁ」
「……幹部?」
「それと学ランを着んだから、相沢にも何かしらのアピールをしてもらわないといけねぇな」
「相沢は真面目そうだし、そのままで良いんじゃないか? 草食系男子っぽいところが何処かの女子層に刺さるかもしれない」
「ふぅむ……それはアリかもな。強そうな不良路線よりは、そっちの方がウケるかもしれねぇし」
「女子……層? ……路線?」
「そういやぁ、相沢って部活はしてたん?」
「いっ、いや……してないけど」
亜神楽の質問に、動揺気味に答える相沢。
「なら、部活動ヒエラルキーの説明も必要だな。あと、クラスカースト上位女子に群がる男共の支持は集められなくなったから、新しい支持確保の方法も考えようぜっ!」
「ヒエラルキー……カースト……? ちょっ、ちょっと待って! なに? この部活、応援団部だよ、ね? なんか意味の分からない単語が並んでた気がするけど」
それにも説明は必要だろう。相沢は仮入部などではなく、学ランを買ってしまった以上、もはや部員なのだから。
「まぁ、順を追って説明するから楽にしてくれよ」
そう言って、亜神楽は説明をし出した。この部が抱える現状と、俺たちがやりたい目的とを。
――応援団部。この部活は他の部活と比べても極めて特殊な位置にある。それは、未だ学ランを着ている唯一の存在だからではない。これには裏があり、生徒会が『応援団部は学ランしか着てはならない。むしろ学ランこそ応援団である!』と、学校側に抗議した為であった。それに当時の応援団部たちも同意の声を上げたらしい。ブレザーへの移行は、学校側が既に決定していた事であった為に、この件の落とし所として『応援団部に限り、学ランの着用を許可』という結末が待っていた。
だが、これは罠であった。
「罠……?」
首を傾げる相沢。それに頷く亜神楽。
「応援団部は当時、部活動内のヒエラルキーにおいて、かなりの権力を持っていたらしいぜ。……ってのも、生徒会立候補者の殆どが、応援団部から排出されていたからだ。だーかーらっ、逆に言うと生徒会に入りたければ応援団部になるしかない、つーのが当時のセオリーだった」
「へぇー……。凄かったんだね。昔の応援団部って」
「ただ、応援団部ってのは……今は変わっちまったが、かなりの『縦社会』なんだ。厳しい練習と厳しい上下関係に付いてこれるのは男だけだった。……だから、必然的に生徒会も男ばかりになった」
そう。だからこそ、その仕組みに疑問を呈した者がいた。
「だけど、当時の生徒会長は奇しくも女子だったんだ。それまでの厳しい応援団部の組織に潜り込んで、女子からも男子からさえも圧倒的支持を得て生徒会長に成り上がった者がいた」
それが応援団部失墜の原因でもある。彼女は、最初からそれを狙っていたらしい。
「女帝――神崎美保。今はもう卒業しちまったが、彼女は応援団部の失脚と新生生徒会の創設者でもある」
そこまで説明すると、相沢は震えた声で疑問を発した。
「まさか……今の生徒会が女子ばかりなのってさ……」
それに指を鳴らして応える亜神楽。
「ご名答だ。彼女は応援団部からの役員排出の仕組みを断裁して、女子だけを役員として迎えたんだ」
これらは幹部……つまり、今の三年生から聞いた話だ。そして、これにはちゃんとした結末がある。
「応援団部が学ランしか着れないのは、神崎の罠だった。彼女は応援団部出身だったし、かなりのキレ者だったらしいからな。それに意を唱える者なんていなかったらしい……翌年、応援団部入部希望者が0になるまで、な?」
ガクガクガクガク。相沢の膝が震えていた。大袈裟だとは思ったが、この話を聞いた時、俺と亜神楽も背筋がゾッとした感覚を覚えている。
「生徒会との癒着を失った応援団部は、面白いほどに落ちた。彼女がこれを見越していたかどうかは分からねぇが、部員不足で部活動存続が審議されかねないほどにな? だから、俺たちは何が何でも廃部だけは阻止しなくちゃならねぇ。その為にいろいろとやってはいるんだがよ……」
そうしてこちらを見てくる亜神楽。それに俺は、やはり肩を竦めるしかない。
「上手くいってない。ここ最近は、もう諦めようかなんて話もしてたんだ」
「そっ、そうだったんだ」
亜神楽はヒョイと椅子から降りると、ポンと相沢の肩に優しく手を置いた。
「だけどよぉ、相沢が入ってくれたからもう少しやれそうだよな? 最終的目標は、生徒会に一矢報いてやることだ。まぁ、先輩たちの代理戦争ってとこだな?」
「なんか……思ってたよりも重かったんだね。応援団部が抱えてる事情って」
それから、ふと相沢は眉を潜ませた。
「……そういえば、神崎って」
「おっ、気づいたな? さーすがは希望の星、相沢くんだ」
どうやら相沢も気づいたようだ。そう、この代理戦争は、代理であって代理じゃあない。
まだ続いているのだ。
「まさか……学年成績トップの神崎蛍さんって」
それに俺は頷いてやる。
「神崎美保の妹だ。おそらく、意志は受け継がれている」
もはや呆然とするしかない相沢。
「廃部の件だが、この学校では年に二回の可能性があんだよ。年度末と生徒会発足直後。前者は予算案決議によるコストカット。後者は公約案の執行。予算案決議に関しては、たぶん幹部の人たちが手回ししてくれると思うが、公約案に関してはもう幹部の力は借りれねぇ」
「公約案の執行って……ごめん、よく分からないんだけど?」
相沢の疑問は最もではある。だから、分かりやすく教えてやる。
「つまり、生徒会長立候補者が『この学校に応援団は要りません。自分が生徒会長になったら応援団部を潰します』って約束したとするだろ? そいつが生徒会長になったら、本当に応援団はなくなってしまうって事だ」
「あぁ、なるほど! でも、そんなピンポイントな約束をする立候補者なんている……わ……け……」
相沢の顔が驚愕に満ちていく。そうなのだ。残念ながら可能性は十分にあり得てしまう。
「……神崎蛍さん」
「まぁ、そんなあからさまな公約を持ち出してくるとは思えない。おおかた、『学校生活改善の為、予算の見つめ直し』とかが予想される主張だろうな? だが、相沢。もしも「切り詰めて出来たお金で最新型のパソコンを買いまーす」なんて言ったら、簡単にそれは執行されるとは思わないか?」
「うわぁ……むしろ僕もそっち側だぁ」
「これは代理戦争だが、当時の最終決着は持ち越されたままなんだ」
「応援団部だけ学ランっていうハブられかたと、生徒会が女子だけってのが痛ぇよなぁ……女帝神崎は敵ながらあまりに大きな仕事をしやがったよ」
もはや敗けを認めてしまいたいほどに。
「このことって、先生たちは知ってるの?」
「知ってると思うがな。顧問がサエちゃんなのは、学校側が応援団部に力を入れてないからだ。三年前はゴリゴリの体育教師が顧問だったらしいからな?」
「それは……それで嫌だね」
「問題が表面化しなけりゃ、学校側は何も言ってこねぇはずだ。だから成績に関しては、部活動を言い訳に出来ないほどに頑張らないといけねぇ。相沢、学年順位は?」
それに彼はオズオズと答える。
「……学年末は148番だったけど」
学内には生徒が320人近くいる。数十人は退学したらしいが、それでも卒業までに300人よりは少なくならないだろう。つまり、相沢の成績は至って平凡で平均的なものだと言える。
「二人……は?」
自信無さげに聞いてくる相沢。
「俺は18番だ。咎士は20番くらいだっけ?」
「すまんな21だ」
「あぁ、そうだったか」
「……うそ」
唖然とする相沢だが、俺は大丈夫だと言って聞かせる。
「これからは三人で勉強することになるから、相沢も同じくらいになるだろ。むしろ、俺と亜神楽の成績が同じくらいなのは、同じ勉強を同じ量だけやってるからだ」
「付いていけなさそうなんだけど……」
「付いて来れなくても安心しろよ」
それでも不安そうな相沢。そんな彼に、俺は亜神楽と顔を見合せて笑ってやった。
「お前がこれから入部するのは何て部活だ?」
「応援……団……部」
「全力でサポートしてやるよ。まぁ、俺たちがやろうとしているのは応援とは少し違うがな?」
それを引き継いだのは亜神楽。
「俺たちは結果主義を掲げてんだ。……つーより、結果を出さなきゃダメなくらい追い込まれてる、ってのが正確な表現か? だから、ただ応援するだけじゃあねぇ。ちゃんと結果が残るやり方を方針としてる。その為には、身を犠牲にすることも厭わねぇ。つまりは……『支援』と言った方が良いか?」
「支援……」
「俺たちは口先だけじゃない。結果を出せるようサポートもする。まぁ、だからこそ告白阻止なんてエゲつない事もやってたわけだが」
結果があれば人は信頼してくれる。俺たちはそれを何よりも欲した。だからこそ、やっている全てのことに理由があった。
その一つを……俺は昨日、駄目にしてしまった。
だが、後悔はないのだ。たぶん、心のどこかで許せなかったのだろう。応援してやるべき対象に違和感を覚えていたのだろう。
それは間違ってなかったかもしれないが、正解とも思えない。
ただ。
「なんか分からないけどさ……僕も頑張るよ」
目の前の相沢を見れば、間違っていなかった事だけは断言できるような気がした。
まぁ……全て、応援団部だけでの都合の話ではあったが。
だから、相沢にとって応援団部に入ったことが間違っているかどうかと問われれば――即答で"間違っていた"。