3話 最低な依頼
部室に戻ると、珍しく来客がいた。
「あぁ、良かった! 悪いけど今すぐ来てほしい!」
そいつは名も名乗らずに、俺の腕を引っ張ろうとする。それに俺は困惑するしかない。
「なんだよ、いきなり」
「あぁ、ごめんごめん。今からとある男子生徒が崇城様に告白するらしいんだ。今すぐに来てくれ!」
崇城……様ね。こいつもか。
どうやら、昼休みと同じく告白阻止の依頼らしい。
「悪いな。今は部長不在なんだ。諦めろ」
「なんだと!? 待ってくれ! 今日お前たちが『甘ヶ崎ファンクラブ』応援していたのは既に知っているぞ! それなら『崇城様を崇める会』も応援してくれたっていいじゃあないか!」
なんだその会は。危ない宗教か何かかよ……。
「部長がいたんだよ、その時は。俺はやったことないから出来ない」
「そっ、それでも君は応援団か!!」
無茶苦茶な反論に笑ってしまいそうになる。なんだよ、それ。そもそも人の恋路を邪魔する応援団っておかしすぎるだろ。
「とにかく来てもらわないと困る! 崇城様が受けるとは思わないが、万が一ということもある。大っぴらに邪魔するには、応援団の力が必要なんだ!」
必死の願い。こんなにも必要とされている応援団。むしろ清々しい程に最低な依頼。
そういえば前に、亜神楽が言っていたことを思い出した。
――俺が居なくても、告白阻止の依頼は受けてくれよ? 今はこれしか、応援団の活動ないんだからさ。
……うっわぁ。やりたくねぇ。
――これすらなくなったら、もはや応援団の存在価値ないから。
むしろ、その価値を自らで落としにいっているようなもの。なんだかなぁ……。
そう思いつつも、俺は部室に入って応援団に支給されている白い手袋を手に取った。まぁ、業務なら仕方ない。そう納得させて、呆れたようにソイツを見やる。
「……場所は?」
「それでこそ応援団だ!」
うんざりしながらも彼に続く。俺が、こうして誰かの恋路を邪魔するのは初めてだった。
そうやって到着したのは校舎裏。またベタな場所を……。ここでの活動は何度か経験したことがある。そこには既に『崇城様を崇める会』のメンバーが緊張の面持ちで仁王立ちしており、なんと崇城有理も壁に背中を付いてスマホを弄っていた。
崇城有理。彼女も俺と同じく二年生。やはり、高二という時期は、こういった恋愛に従事しやすい年頃なのだろうか。しかも、どいつもこいつも何故に告白するという事実を周囲に洩らしてしまうのか……いや、そうやって彼らは逃げ道をなくしたいのだろう。覚悟を決めて決意を他者に宣誓することで、告白するための勇気が欲しいのだ。
そんな彼らに、無情にも襲いかかる圧倒的羞恥プレイと罵詈雑言とも呼べる声援。改めて考えてみれば、この応援というシステムはあまりに悪趣味でありながらも絶大的効果を有していた。だからこそ、彼らは俺たちの力を欲したのだろう。
俺たちが悪魔ならば、彼らはそれを召喚するシャーマン。
その代償として、彼らは彼らの恋愛を捨てているとも言える。好きであるはずの存在の目の前でこんなことをすれば、もはや好きになってもらえるはずがない。
だが、それでいいのだろう。
「よく来たな……」
「待っていた……」
「かみぃぃぃぃ!」
もはや悪魔に取り憑かれているのはコイツらだと思う。そして、そこまでしてでも崇めていたい崇城有理という存在。
長い黒髪、整った顔立ち。制服のスカートが短めにしてある以外は、化粧も薄く自然な印象を受ける。素材勝負……というのが正確な表現かは知らんが、彼女には可愛さや綺麗への工夫という物があまり感じられない。だからこそ、彼らは彼女を神にも等しい存在として崇めているのだろう。理屈は分かった。
彼女はただ、喋らず黙々とスマホだけを弄っていた。
ただ、待っていても男の方は一向に現れやしない。
「……帰っていいか?」
俺を連れてきた奴にそう問いかけると「崇城様が帰られるまでだ」と怒られてしまった。
時計を気にしながら、帰りたいなぁ、などと思いながら辺りを見回す。
すると、校舎の壁にサッと隠れた人影に気づく。……はぁ。
「……トイレ。すぐ戻る」
「すぐだな? すぐだな?」
「すぐだって! 腕を掴むな!」
腕を振りほどき、トイレに行くフリをしてその場所を覗く。
「あぁぁあ……逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ」
そこには、頭を抱える初号機のパイロットがいた。
「――おい」
「ヒッ! みっ、見つかったぁ」
ビクリと反応。恐怖の表情。縮こまった体が強ばって、絶望の色が窺える。
「告白するのってお前だろ?」
「あっ、いや……人違いです。さようなら」
「まてまてまてまて!」
「放してくださぁいっっ。僕はもう、行かなきゃならないんだぁぁ」
「どこにだよ。あと、お前が告白しないと終わらないから、早く告白でもなんでもしてくれ」
「だってぇぇ。君たちが襲来してしまった以上、この僕の恋は終わってしまうじゃないかぁぁぁ」
「なんだ襲来って……人を化物みたく言うなよ」
「うっ……ううっ……。嫌だぁ、フラレるのは嫌だぁ」
「お前……」
もうこのままバックれてしまおうか……。そんな考えが頭を過る。こいつも告白する勇気0のようだし……。
「一応聞いとくが、崇城をここに呼び出したのはお前で良いんだな?」
「……うっ、うん」
「なら、俺から彼女に伝えといてやる。お前、名前は?」
そう言って腕を放してやった。
「二年の相沢です。……伝えるって……まさか、僕の代わりに告白してくれるの?」
「お前の代わりに告白してどうするんだよ。お前が来れなくなったって伝えてやると言っているんだ」
そもそも、待っているのは崇城だ。彼女が帰らないことには、彼らとて動く気配がない。
「だから、お前はこのまま帰っていいぞ。お疲れさん」
そう言って戻ろうとした。……が。後ろから肩を掴まれてしまう。
「動け、動け、動け、動け、動いてよ。今動かなきゃなんにもならないんだ」
それはまるで、自分にでも言い聞かせているようだった。そして。
「僕……行きます!」
決意に満ちた表情で言われた。……おっ、おぉ。頑張れよ。
そうやって戻った俺は、一言文句を言われてしまう。
「遅いぞ」
「それは告白する奴に言えよ……」
そんな会話の数秒後、相沢は校舎の建物からゆっくりと姿を現した。走る緊張、準備するメンバー。彼が告白したその瞬間が「フレフレ」の合図。それは相沢を応援する物ではなく、俺を召喚した彼らを支援するためのもの。そうやって崇城に彼を振らせることにより、彼らだけの『崇城様』を守るためのもの。
だが果たして、それは本当に応援と呼べるものなのだろうか。
後ろをチラリと見れば、メンバーたちは緊張の中にも好戦的笑みを浮かべている。前を見れば、彼は両手を必死に握りしめて勇気を振り絞ろうとしている。
「……これ、アンタ?」
ようやく言葉を発した崇城。その手には一枚の手紙。今時そんな古典的方法で呼び出したのか。それに彼は首を縦に振った。
「あの……崇城、さん。その……覚えてるかな? 前に僕に話しかけてくれた……こと」
相沢はゆっくりと語りだす。それに崇城は首を傾げてみせた。
「なんか話したっけ……?」
「いや、話というほどのモノじゃないんだけど、高校生活の初日、僕が教室に入れないでいたら、崇城さんが「邪魔」って言って僕の背中を押してくれて……いや! すごくどうでもいいことなんだけど、あれがあったから緊張が解れて……その」
彼はなかなかに告白をしない。それまでの経緯を長々と話し出し、その瞬間を後回しにしようとしているのが見え見えだ。
「二日目からはすんなり教室に入れたんだけど、それも全部、あの初日があったからで……僕はそのことにすごく感謝してて」
そうやって、少しずつ、少しずつ、彼は自分の気持ちを吐露していき。
……だが。
「――五日目は、だんだん皆とも仲良くなれて、でもそれは初日があったからで!」
……だが。
「一週間経って、土日を挟んだら、また教室に入るのが怖くなって……でも、初日のことを思い出したら勇気が出て……」
……だが!
「十日目、僕にはようやく友達と呼べる人が出来て、でもそれは初日の崇城さんの一言があったからで!」
なげぇぇぇぇぇえええ!
「十一目、この日は特に何もなくて……十二日目、この日は……覚えてないんだけど、やっぱり崇城さんの存在は僕の中で大きくて」
こいつ……まさか、入学してから今日までのことを語るつもりなのか? いやいや、焦らしプレイにも程があるだろ。
そんな彼に、ここまで待っていた崇城も業を煮やしたのか。
「――結局なに? 私も暇じゃないから、そんなことなら帰る」
……と、ため息を吐いて立ち去ろうとしてしまった。
「あっ、まっ、待って! その、僕が言いたいのは」
ようやくか……。だが、そこからも彼の焦らしは長かった。なんとか、崇城が帰るのを防ぎつつ、なんとか告白を先伸ばしにしようとし、ただ、時間だけが過ぎていく。
もはや、我慢出来ないのは――この俺だった。
だから。
「フぅウレェェぇぇぇ!」
深呼吸の後に発した声。
「フぅウレェェぇぇぇ!」
両手をを高く掲げ、腹からの声。
「あ・い・ざ・わ!」
その名前を口にした瞬間、後ろのメンバーたちがざわついたのを感じた。その本人も、俺の方を見てポカンとしている。
「ほら、続けよ」
そんな相沢を無視、後ろのメンバーに忠告。だが、そこには面妖な顔をするメンバー。
「フレェ、フレェ、相沢! フレェ、フレェ、相沢!」
それでも俺は声を出す。はやく帰りたかった。はやく終わらして欲しかったのだ。
「まてまてまてまて! 話が違うじゃあないか!?」
そんな俺の腕を掴むメンバーの一人。それを振りほどき、眼くれてやる。
「あぁ? 告白も出来ない腰抜け野郎共にしてやる応援なんてねぇよ。頑張ってる奴を後押ししてやるのが、俺たちの仕事だ」
「なっ……!!」
なにをそんなに驚いてるんだ……。
「そもそもの話だが……お前らはアイツ側の立場だろ。崇城を慕い、崇城に好きになってもらいたい男側のはずだろ。なのに、なんでそんな怪しい会の中だけで満足してる? お前ら、それで本当にいいの?」
「わっ、我らは崇城様を崇める会! 崇城様こそ我らが神! 神と親しくなりたいなど、言語道断!」
上ずった声音。それに崇城を見てから問いかける。
「そうなの?」
「勝手にやってるだけ。私は知らない」
「……と言ってるけど?」
「当たり前だ! 我らは勝手にやってるのだ! 自己満足なのは承知している!」
開き直ったように吐かれた言葉。もはや議論の余地すらない。
「なら、俺を巻き込むなよ。自己満足なら、最後まで自己満足のままでいろよ。自己満足なら、崇城が誰かに取られたって許せるはずだろ? なにせ、それはお前たちの中だけの自己満足なんだからな」
彼は一瞬呆然とした後に、表情を憎しみで歪めた。
「裏切りだ……裏切りだ」
やがてそれは、メンバー全員に伝染していく。
「裏切り……」
「裏切り……」
「裏切り……」
「裏切り……」
呟かれる憎悪。だが、それは裏切りではない。お前らが勝手に裏切られたと感じてるだけだ。
「崇城が好きなら、自分達で阻止してみせろよ。そんな勇気すら無いくせに他人にすがってんじゃねぇ」
俺は振り返り、深呼吸。だが。
「止めろぉぉ! こいつを止めろぉぉ!」
メンバーの一人が俺に飛びかかってきた。
「ぐっ、お前なに、すんだ! あっぶないだ……ろっ!」
力を込めて振りほどく。彼は、後ろからしりもち。
「やれぇぇ! こいつを断罪しろぉ!」
その声で、他のメンバーたちも飛びかかってきた。もはや、口論どうこうではない。
そこで始まったのは、ただの喧嘩。
次々に飛びかかってくる奴を殴る。
「なっ、殴ったなぁ!? 崇城様にも殴られたことないのにぃ!」
それを皮切りに、彼らも拳を握る。目からは敵意が満ち満ちていた。
そして。
「「「うぉぉおぉぉ!」」」
一斉に向かってくるメンバー。構えはしたが、さすがに人数が多すぎた。俺は呆気なく彼らによって、身動き出来なくなってしまう。
「ふっふっふっ……それでは、罪人に罰を与える!」
勝ち誇った笑み。大きく間違った観念。握られた報復の拳。だが、多勢に無勢の前に俺は為す術などなく、理不尽な断罪が始まろうとしていた。
「さぁて……死ねぇぇ――ぶべらっ!?」
だが、その拳が振り下ろされることはなく、反対に彼が殴られてしまった。
「お前……」
そこに立っていたのは――。
「僕がどうなったってい……世界がどうなったっていい……だけど君は……せめて君だけは……絶対助ける!!」
震える拳で俺に微笑みかける相沢だった。
「うぉぉおおぉぉぉ!!」
そのまま彼は、俺を掴んでいたメンバーの一人を殴りつける。
「ぐあっ!」
片腕が自由になり、その腕でもう片方の腕にしがみつくメンバーを殴る。
「くそっ! こいつらを止めろぉぉ! 止めろぉぉ!」
もはや告白どころではなかった。俺たちは揉みくちゃになりながら、拳だけで抵抗をした。
拳の先の鈍い肉の感触。腹を抉られる拳の感触。やがて痛みすら忘れるほどのアドレナリンに口角が歪み、喧嘩は激化の一途を辿る。
「……馬鹿じゃないの」
見ていた崇城がため息混じりに帰ったのが分かった。それでも勝負が着くまで殴りあう俺たち。
やがて。
やはり多人数とは強く、立ち上がることすらも出来なくなった俺と相沢。
「……はぁ、はぁ。もうお前らには頼まん!」
そう言って、彼らは立ち去っていった。
「痛っっ……お前、告白したの?」
戻ってきた痛みに顔を歪ませ、隣で倒れてる相沢に聞く。
「ははは……し損ねちゃった」
どうやら、告白前に喧嘩へと参加してしまったらしい。
「お前……本末転倒だろ」
「うん。だから、こんな僕のことなんて――」
そうして、彼は優しく微笑む。
「――笑えばいいと思うよ」
「頭大丈夫か?」
そんなやり取りをしていると。
バフッ、と。上から何かが降ってきた。ビックリして見れば、それは白いビニール袋。恐る恐る見れば、中には200ml紙パックの『スモモモ、オ・レ』が二つ入っていた。
見上げてみれば、二階の窓から一人の女子生徒が、同じ『スモモモ、オ・レ』をストローで飲んでいる姿を発見する。
「――意外とやるじゃん! それ差し入れねっ」
それだけ言って彼女は窓から姿を消した。どうやら、喧嘩を見ていたらしい。たしか、あいつは……。
「早乙女さんだ……」
相沢の言葉で思い出した。そう、彼女も高校二年生の女子生徒である。
早乙女桃花。常に頭のポニーテールを盛っていて、制服は当然の如く着崩し、ミニスカートの常習犯。彼女もまた、学内における美女美少女ランキング入りしている一人。
たしか、以前に告白阻止をしたことがあった。依頼してきたのは『早乙女組』を名乗る連中。
そして、甘ヶ崎や先ほどの崇城とも仲が良いと認知されている友人である。
「見てたのか……」
差し入れとか言ってくるあたり、どうやら見られていたらしい。そんな彼女が落としてきた救援物資『スモモモ、オ・レ』は、衝撃で潰れてしまっていた。その一つを相沢に渡してやり、俺も備え付けのストローを差し込んで飲んでみる。
それは、あまり美味しくない。桃とオレは美味しさとしての体をまったく成していない。桃のトロピカルさとオレの甘さが混じりあって、不味いとさえ言えた。ただ、多分だがずっと飲んでいると中毒になってしまいそうな予感はさせた。
そんなことをボンヤリと考えていたら相沢が急に言ったのだ。
「僕……応援団入ろうかな」
ふむ。どうやらこの飲み物には、判断を誤らせる効果もあったようだ。